その後は、二人で行為に夢中になったが――――。
結局、先に挫折したのは秋生の方だった。
おぼろげな記憶で、拓の身体に負担を掛けないようにと、何とか指を挿れて解して・・・いざ自分のモノを挿れようとしたのだが・・・。
流石に指とは違うのか、拓の身体の抵抗が激しくて・・・どんなに感じるだろう場所に愛撫を施して慰めても、入らなかったのだ。
正確には、先っぽを少し入れただけで余りの中のきつさと、酷く辛そうな拓の姿に、秋生の欲望が萎えたと言った方が早いかもしれない。
「・・・はぁ・・・無理・・・」
頭を抱えて、起き上がると秋生はベッドの上で座り込んだ。
どうしても痛みに力を抜けない拓は、全身ガチガチの状態で、涙をポロポロ溢した。
「ご・・・ごめんね・・・ぼ・・ぼく・・・」
自分を責めて泣きじゃくる拓に、秋生は深く息を吐いた。
「ばっか・・・ちげーだろ。」
秋生は拓を起き上がらせると、泣いている拓の涙を拭ってやる。
「・・・で・・・でも・・・」
「わり・・・オレも上手くできねぇから。もちっと、泣かせねぇで出来るようにベンキョ―しとくわ。」
苦く笑って、秋生はふざけるようにそう告げる。
「・・・秋生・・・くん？」
「オメーが辛そうなの・・・オレ、マジで駄目だ。」
そっと抱き締めてそう言うと、拓もギュッと秋生にしがみ付いてくる。
目を細めて愛しそうに拓の髪先にキスした秋生は、次の拓の言葉で一気に意識を奈落の底に叩き落される。
「ぼ・・・僕も、勉強してくる・・・から・・・」
拓にしてみれば、秋生にだけ苦労させるのも偲びないと思ったのだろう。
だが、その言葉に秋生はバッと表情を変えた。
「―――はぁ？！べ・・・勉強って・・・誰とっ？！」
「え？・・・誰って・・・こーゆー事に詳しそうなのって・・・誰だろ？」
顔色を変えて尋ねる秋生に、拓はキョトンとした顔のまま小首を傾げる。
「―――あ、彼女いるから・・・時貞くん・・・とか・・・？」
拓の口から飛び出した爆弾発言に、秋生の全身がピキ―――ンと凍りついた。
「そう言えば、大珠くんや来栖くん―――も、彼女持ち？で・・・でも、幾ら友達でも、こーゆー事を聞くのは、恥ずかしいよ、・・・ねぇ？それに、女の子とは多分、違うし・・・えっと・・・じゃあ、どうやって勉強すればよいのかなぁ・・・？」
うぅーーんと首を傾げながらブツブツ呟く拓に、深い意味は全く無い。
だが、出てくる名前の連中が、拓に対して並々ならぬ想いを持っている奴等だという事を、嫌というほど理解っている秋生に取ってみれば、グサグサと全身を槍で貫かれるような痛みが襲った。
「・・・後はぁ・・・んんっ？！」
それ以上、拓の口から男友達の名前を聞きたくなくて、秋生は拓の口を塞いだ。
キスをするという行為で。
大きく見開かれた瞳が、トロンとして閉じられて、大人しくなってから秋生は拓を解放する。
「・・・ふあっ・・・」
「・・・・から・・・」
「え？」
「だから、オメーは勉強しなくて、良っから！」
「そ・・・そうなの？」
「ああ。良いか、絶対ェ、誰にも聞くなよ！」
「う・・・うん。秋生くんが、そう言うんなら・・・」
拓の目を見て、真っ直ぐに言い聞かせるように秋生はそう告げた。
その余りの迫力に、拓はオドオドしながらも、小さく頷いている。
だがその表情から、拓は全く理解していないようだ。
どうして？というような雰囲気を張り付かせている拓の顔に、秋生はちょっとだけ泣きたくなって目線を落とした。
「とにかく、オメーはそのまんまで十分だから。オレが、何とかすっから・・・」
我ながら陳腐な台詞だとは思ったが、拓は素直に頷いている。
そうして、また秋生に凭れる様に身体を預けてきた。
「えっと・・・じゃあ、宜しく、お願いします。」
「お・・・おう。」
耳まで赤くしてそう言う拓に、秋生も漸くホッとして息を吐き出した。
実際、拓を狙っている連中は山の様にいるのだ。
そんな連中に拓が聞いたら、実践付で教えられる事が手に取るように理解ったので、秋生は気が気では無くなった。
特に最初に出てきた名前は、その筆頭で要注意人物�ｂPだったりする。
あの容貌ならば、確かに経験は豊富だろうし、そんな相手に無垢な拓が聞いたりしたらあっという間に喰われるのは目に見える。
少しだけ想像までしてしまって、秋生はゾクリと身体を震わせた後で、怖い考えになってしまったのをブンブンと頭を振って追いやった。
「・・・秋生くん？」
「―――何でもねぇ。」
拓の問い掛けに、秋生はハーッと深い溜め息を吐き出した。
「まぁ、焦らねぇでゆっくり、な。」
「・・・う・・・うん。」
「馴れりゃ、何とかなっだろ？」
「・・・な・・・」
秋生の言葉に、拓が絶句する。
「ん？何だよ・・・もう嫌なのか？」
「い・・・嫌じゃないけど・・・」
「オメー、“達”く時の顔・・・すげーエロかったし・・・むぐっ」
「だ・・・だから・・・そーゆー事言わないでぇ・・・」
ギャーと叫びながら、拓は秋生の口を手で塞いで、泣きそうな顔になっている。
首まで赤くなっている拓の姿は、やっぱり可愛くて・・・。
「―――好き、だ。」
塞いだ手を掴んでそのまま指先にキスしながら、秋生はそう告げた。
「う・・・うん。ぼ・・・僕も・・・好き・・・」
目を細めて、頬を紅くしながら、柔らかな笑顔が浮かぶ。
同時に顔を寄せて・・・触れ合った。
重なった唇が、互いの想いを伝える。
ゆっくりと離れた後で、どちらからともなく笑みが零れ落ちた。

薄い肌掛けに包まって、拓はうっとりとまどろんでいる。
色々な緊張の糸が解けて、一気に疲れが出たのかもしれない。
そんな拓を起こさないように気をつけながら、秋生はベッドから起き上がった。
結局、最後までする事はどうしても出来なかったけれど・・・まぁ、色々と違う方法で欲望を満たしたので、身体も心も十分満たされていた。
脱ぎ捨ててあった拓の服を拾うと、まだ幾分湿ってはいたが・・・大分乾いているようだった。
それを椅子の背に掛けて、部屋を出る。
部屋を出る前に見た時計の時刻が７時になっていたので、何か食べる物はないかと探そうと思ったのだ。
階段を降りて、ぎくっと足を止める。
丁度、家の中に入ってこようとした兄である夏生と鉢合わせたからだ。
「・・・おう。戻ってたのか。」
「あ・・・あぁ。兄貴こそ・・・」
「あぁ？俺は出先で降られちまったから、そのまま一服するつもりで話してたら、すっかり話し込んじまって、今さっき戻ってきたとこだ。それより、ガレージん中あったの、拓の“単車”じゃねぇか？この雨ん中・・・バイクで来てんのか？あっちにゃ居ねーみてぇだが・・・」
煙草を咥えたまま、ニヤニヤしていた夏生が、ふと思い出したように告げた言葉に、秋生はドキッと動揺した。
「え？・・・あ・・・あぁ。お・・・俺の部屋に・・・」
「ふーん・・・じゃあ、お前がデートから帰ってきてから来たのか。俺が３時に出掛けた時はまだ来てなかったし・・・」
「お・・・俺、食い物探しに降りてきただけだからっ！」
夏生の言葉にギクシャクしながら、秋生はそれ以上追及されたくなくて、そそくさと台所に向かう。
そんな秋生の態度に、夏生は片眉を持ち上げながら面白そうに追いかけてくる。
「なぁなぁ、デートはどうだったんだよ？折角お洒落させてやったんだ。少しぐらい報告しろって・・・ちゃんと、上手くいったのか？」
弟の口から、初めてデートという単語を聞いた夏生は、いつもと同じ格好で出掛けようとした弟の余りの洒落っけのなさに嘆いたのだ。
夏生だとて、それ程お洒落という訳ではない。
それでも、弟の格好は余りにも普段と変わらなかったので、兄ながら情けなくて・・・ついついダチがやっている美容室に開店前にぶち込んだり、アクセサリー屋で服やアクセを揃えてやったのだが・・・時間に遅れるとブツブツふてくされていた弟は、そんな兄の気遣いに対し全く感謝してくれなかった。
だが、デート相手の女の口から褒められれば少しは自分に対して感謝したかもしれないと思って、聞き出そうとしたのだが・・・。
「・・・っっ！」
冷蔵庫を漁っていた秋生の手が止まる。
その反応だけで、夏生は苦笑した。
こんなに早く戻っているのなら、余り上手くはいかなかったのかもしれない。
折角の弟改造計画も不発に終わったようだ。
「・・か・・・格好良いって・・・言われた・・けど・・・」
それ以上傷付けないようにそっと台所から出ようとした夏生は、ボソリと呟かれた秋生の言葉に振り返る。
「―――最初は別人だと思われて・・・それから・・・見慣れないから・・・落ち着かないって言われて・・・」
本の少し顔を赤くして言う秋生に、夏生は姿勢を変えてニヤニヤと笑う。
「―――でも、アイツは見てくれで人を判断したりする奴じゃないから・・・っっ！！」
ビシッと指を突きつけて、秋生はきっぱりと言い切る。
その口調に、夏生は今度こそ全開の笑みを浮かべた。
優しい笑みは、そのまま弟を気遣う物なので、秋生もそれ以上は怒らない。
「・・・理解ったよ。悪かったって。んじゃ、今度は俺にもちゃんと紹介してくれよ、な。」
二カッと笑って夏生がそう言うと、途端に秋生はグッと息を飲み込んだ。
「―――秋生？」
「・・・そ・・・その内、ちゃんと、言うから！」
冷蔵庫の中から取り出した飲み物と、テーブルの上にあった菓子の入った籠を抱え込むと、秋生はバタバタと逃げるように足早に台所を出て行った。
「はぁ？・・・変な奴・・・」
後に残された夏生は、訳が理解らなくて肩を竦めると、テーブルの上の灰皿で、咥えていた煙草をもみ消した。
そうして、自分も何か冷たい物でも飲もうと、冷蔵庫を開けてビール缶に手を伸ばした。
「アニキ・・・頼みが・・・っっ！！」
３０分もしない内に、またバタバタと階段を駆け下りてきた秋生が台所に戻ってきた時には、既に夏生は晩酌片手に、摘みを咥えながら野球中継を見ていた。
すっかり寛いでいる夏生の姿に、台所に飛び込んできた秋生はそのままガクゥッと崩れ落ちる。
「おう？どしたぁ？」
「―――何で、もう飲んでんだよ・・・」
「あぁ？今日の仕事ならちゃんと終わったぞ。労働の後の楽しみだってぇの。悪いかよ？」
「・・・いや・・・悪いっていうか・・・。外、まだ雨降ってんなら、拓の奴を車で送ってってもらおうと思ってたから・・・」
悄然と告げる秋生に、夏生の眉が跳ね上がる。
「あぁ？！何で、もっと早く言わねぇんだ？・・・さっきなら、まだ飲んでなかったのに！」
「だ・・・だから、ちょっと動揺して・・・って、じゃなくて！い・・・良いよ、もう。俺が、送ってくっから。」
「お・・・おい、秋生？！」
早口で捲くし立てると、秋生は身を翻す。
思わず後を追ってしまった夏生は、階段の下まで降りてきていた拓の姿を見て驚いた。
「あ。・・・こ・・・こんばんは。夏生さん。」
「お・・・おう。」
慌てたようにペコリと頭を下げる拓の格好がいつもと違う事に夏生は、動揺を隠せない。
いつも掛けられているパーマを落としてストレートにしている拓の姿は、普段よりも更に小さくて柔らかな印象を湛えていたのだ。
少し髪が乱れているのは、妙な癖がついているからだろうか？
夏生の視線に気付いた秋生の方が、ギクッと身体を強張らせる。
そうして、撫でるように拓の髪を直した。
「秋生くん？」
「髪・・・濡れたまま寝転がってたから・・・」
「え？・・・寝癖ついてた？ごめん・・・ありがと・・・」
ぶっきらぼうに言う秋生対して、拓はふんわりと微笑う。
いつもと変わらない笑顔の筈なのに、髪型が違うだけでこんなにも違うのだと知って、夏生は目が離せなくなった。
二人とも普段と違う姿なだけで、何でこんなにも甘い空気を醸し出せるのかが、妙に不思議だったが・・・。
「・・・これ位の雨なら、一人でもバイクで、すぐだから・・・大丈夫だよ？」
傘を用意した秋生にそう言った拓は、次の瞬間困ったように目線を伏せる。
どうやら、秋生の無言の何かがあったようだ。
「・・・理解った。歩いて・・・帰るから・・・」
溜め息を付きながら、拓は小さな声で諦めたようにそう言った。
「―――行ってくる。」
「あの・・・夏生さん、おやすみなさい。」
「おう、おやすみ。車出せなくて、すまんな。・・・また、来いよ。」
並んでそう告げると、二人は作業場を通り抜けて外に向かって歩いていく。
珍しいとも言える過保護な弟の姿に、夏生は少しだけ首を傾げながら、ナイターの続きを見る為に部屋に戻った。

夜の街中を、駅までの道を並んで歩きながら、言葉はなくて・・・。
ただ雨にけぶる街並みだけが過ぎていく。
休日だというのに、天気の所為かまだ８時前だと言うのに人通りも全く無い。
「・・・拓。」
不意に、声を掛けられて傘を持っていない方の手を掴まれる。
「秋生くん？」
驚いて視線を向けると、少し赤くなった横顔が見えた。
途端に、ドキッとしながらも・・・繋がれた手が嬉しくて、くすぐったくて・・・拓は微笑った。
２駅だけだから、本当はバイクで帰った方がずっと早いし近いのだ。
それでも、こんな風に誰も居ない夜に、静かに手を繋いで歩く方が何だか嬉しくて。

駅までの約１０分間。
―――それは、二人にとって、とても優しくて幸せな時間だった。

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