「・・・な、に？アービィ・・・？」

浅い呼吸を繰り返して、酷く熱いその身体はまるで熱に浮かされた病人のようだ。
拓の身体に全身でしがみ付くようにしながら、肩口に顔を埋めたままだったアービィが、拓の問い掛けに顔を上げる。
注がれる眼差しの熱さに、拓はドキリと鼓動を高鳴らせた。
深海のような紺碧の瞳が、今は妖しい琥珀色の光りを秘めていた。

「たぁ、く・・・たく・・・」

その形良い唇から繰り返し零れ落ちるのは自分の名前。
その響きが、拓の背筋を震わせる。
ルーファスとは違う雰囲気は、さき程以上に切羽詰っているかのようで。

「・・・・っ！！」

サラリとした癖の無い真っ直ぐな金の髪が、頬に掛かったと同時に、拓は苦しげな表情を浮かべたアービィに口付けられていた。
奪うというのが相応しいような激しい口付けに、拓は大きく瞳を見開いた。

「・・・ん・・・や・・・・っぅ！」

逃れようとした顎を、大きな手で掴まれて引き戻される。
息苦しさに開いた口から歯列を割られて、舌が進入してくる。
本日２度目のディープ・キス。
今度は吸われなかった唾液が溢れて、口端から顎を流れ伝っていく。
同時に身体のラインを辿るように肌を弄られて、拓はビクンッと全身を硬直させた。

「―――ちょっ、何を・・・？！やっ・・・」

唇が解放されると同時に、拓は抗議しようと口を開いたが、喉元に噛み付くようにキスを落とされて言葉が途切れる。
しかも抵抗する間も無く下着まで奪われてしまい・・・とうとう拓は一糸纏わぬ姿になってしまった。
余りの羞恥に、必死に力の入らない腕でアービィの身体を押し退けようとするが、唯でさえ体格差があるのだ―――その身体はビクともしなかった。
その間にも、アービィの行動は止まらなくて、片手で簡単に拓の身体が反転させられる。

「・・・だ・・・だめっ・・・！や、、、ぁ、っ！」

背骨の先端で、首の付け根の出っ張っている箇所に噛り付くように口付けられて、拓がビクッと身体を震わせる。
柔らかな双丘に押し付けられた昂ぶりが、拓の恐怖を一気に煽る。
何をされるのか解らない恐怖が、拓の全身を支配した。
肩甲骨の辺りを探るようにベロリと舐められて、そのまま食べられてしまうのではないかという思いから、必死に身体に力を入れる。
だが、這いずって逃げようとする拓の腰を高く持ち上げると、アービィの唇はそのまま背骨を辿って尾てい骨の下・・・奥に秘められた箇所を発いた。
閉じられた箇所を、押し広げるかのような動きに苛まれて、拓は余りの羞恥と衝撃に愕然とした。
余りにも信じられない展開に、拓は絶望に取り込まれた。
拓の大きく見開かれた瞳に涙が盛り上がる。

「やだっ！アービィ・・・い、、やぁっ・・・！！」

ガクガクと身体を震わせながら、拓は必死に離れようともがく。
だが、大きな手と腕にがっちりと抱え込まれている下肢はどう足掻いても逃げられなくて・・・その長い指先の進入を拒めなかった。
どうしてこんな事をされなければならないのか全く理解できない拓にとっては、抵抗できないまま陵辱されているのと同じでしかない。
それでも、どんなに嫌だと思っても、欲望に慣らされてしまった身体は心とは裏腹にアービィの行為に熱くなっていく。
生き物のように内で蠢く舌の動きと指で弄られて、全身を甘い痺れが支配していく。

「・・・くん・・・っ・・・ぅ・・・て・・・」

与えられる快楽に溺れて、拓の呼吸が乱れる。
噛み締めすぎた唇が切れて血の味がした。
心と身体のバランスが崩れてどうにかなってしまいそうな状態で、拓はすすり泣いた。
泣きながら、脳裏に浮かぶただ一人の名に縋る。
銀の髪に紅い瞳の―――拓が選んだたった一人の愛しい『者（ひと）』。

＜―――助けて・・・時貞・・・くん・・・＞

声にならない想いが、迸る。

ドカアッッ！！

凄まじい音と共に、拓を支配していたアービィの身体が吹き飛んだ。
拓は一瞬何が起こったのか理解らなかった。
ただ拓の身体を支配していたアービィの身体が離れた事で、ずっと続いていた甘苦しい感覚から漸く解放されたのだと・・・ドサリと身体を投げ出してシーツに沈む。
もう指一本動かすのも困難なほど、拓は気力を消耗していた。

「―――やっ！！・・・あ。」

そのまま意識も飛ばそうとした拓は、次の瞬間力強い腕に抱きこまれて思わず身じろいでしまった。
だが、ビクビクと震える拓を安心させるような抱擁と共に漂ったのは、今まで拓を支配していた甘い香りではなく、独特な体臭と交じり合った慣れ親しんだもの。

「ときさだ、、、くん・・・」
「ごめん・・・遅くなった。もう大丈夫だから。」

ブワッと拓の瞳に新しい涙が盛り上がる。
掠れた声で名を呼んだ拓を安心させるように、時貞は拓の頬を流れ伝う涙をキスで拭って・・・それから優しく口付けた。
ふわりとシーツに包まれて、時貞の腕の中で泣きながら口付けを受けた拓は、漸く緊張の糸が切れて今度こそ深い場所に意識を手放した。
カクリと意識を失った拓が、随分と気を奪われている事に気付いた時貞は、腕の中の拓をそっとベッドに横たわらせる。
そうしていく筋も残る涙の跡が付いた頬を愛しげに撫でると―――ユラリと立ち上がった。

「随分とヤンチャするじゃないか・・・お前たち。」

背後に暗黒のオーラを背負った時貞が表情を無くして、最初の一撃から立ち上がったアービィと、駆け込むように部屋に飛び込んできたルーファスを見下した。
その場の全ての物を凍りつかせそうな“死の瞳”を見て、ルーファスが息を飲み込む。
完全に萎縮してしまったルーファスは、その場に土下座するように頭を垂れて完全服従の姿を取った。
だが、ユラリと立ち上がったアービィを覆う気迫は、ビリビリと空気を震わせていて・・・今にもに時貞と対峙する気満々だ。
首や手足から垂れ下がった引き千切られた鎖がぶつかって、ジャラリと金属音を発した。
その戦闘態勢準備万全な雰囲気と迫力に、時貞は口端を持ち上げてからハッと小さく笑った。

「これだから、“発情期”の獣は手に負えないな。―――檜原。取り敢えず“殺”しはしないから安心しろ。尤も、腕の一本や二本は覚悟してもらおうか。」

ゴゴゴという振動と共に、時貞の背後の暗黒が手の中で凝縮していく。

「ガアアアァァァァアッッ！！」
「俺も大部分の『力』を封じられているからな。手元が狂ったら、赦せ。」

完全に正気を失っているアービィが、咆哮を上げながら時貞に向かって跳躍した。
並の者なら一瞬で胴体を真っ二つにされそうなアービィの『鋭爪』を、時貞は軽やかな動作で避けた。
それは常人には見えない動き。
あっという間にアービィの背後を捉えた時貞は、その首根の部分に暗黒の塊を押し付けた。

「グア・・・ァアアアッッ！！」

皮膚の焼け焦げる匂いと共に、アービィの首筋に黒い焼印が浮き上がる。
激痛から逃れようと闇雲に暴れるアービィの腕を、時貞は簡単に一纏めにして闇の鎖で縛り上げてしまう。
拘束を嫌がったアービィが、鎖を引き千切ろうとして暴れるが、今度の鎖は暴れれば暴れるほど直接腕に食い込んでいくようで、見る見るうちに腕の血管が浮き上がっていく。
その状態のまま、時貞はアービィを吊るし上げた。

「檜原。」
「はい。」

時貞の言葉に、忠実な執事は畏まった姿勢のまま、持ってきた瓶とコップを差し出した。

「死ぬほど不味い“クスリ”だ。死ぬ気で飲め。」

時貞が瓶の中に入っていた黄土色のドロリとした液体をコップに注ぐと、何ともいえない凄まじい悪臭が部屋の中に充満した。
鼻の良い二人にとってはその匂いだけでも拷問だったが、時貞はガシッとアービィの髪を無造作に掴むと無理やり顔を上げさせた。
途端に凶暴な犬歯を剥き出しにしてアービィが時貞を威嚇するが、全く怯む事無くニヤリと笑った時貞はそのまま持っていたコップをアービィの口に突っ込んだ。

「ぐっ・・・！！っぅ・・・！」
「態々採りに行って来てやったんだ。一滴残らず飲め。」

流し込まれた液体を反射的に吐き出そうとするアービィの顎と鼻を押さえ込んで、時貞は絶対零度の声音で命令した。
余程強烈な味がするのかアービィは時貞の戒めから逃れようと必死に抵抗するが、その手が緩むことは無い。
褐色の肌色である筈のアービィの肌の色が、青くなったり赤くなったり色褪せたり凄い状態になっていて、脂汗がダラダラと顔面を流れていく。

「・・・さく、ら・・・」

見ているルーファスの方まで、気持ち悪くなってきそうなアービィの姿だったが、時貞が相手ではどうする事も出来ない。
ここまで時貞が怒っているのも珍しいのだ。
容赦ない仕打ちは、間違いなく自分にも降りかかってくる。
暫く抵抗していたアービィだったが、終に力に押し負けて口内の液体を飲み込んでしまった。
途端に、カッと大きく瞳を見開いて・・・勇猛果敢な騎士で、戦場では決して弱い所を見せなかったアービィがガクリと頭を垂れた。
漸く大人しくなったアービィから時貞が腕を放すと、そのままズルズルとアービィの身体が床に崩れる。

「―――これで、良いのか？」
「はい。お手を煩わせて申し訳ございません。時貞さま。」
「どれ位で効き目が表れる？」
「そうですね。原液のまま摂取したので後小一時間もすれば。」
「一時間か・・・。」

傍に寄った檜原に向かって時貞が口を開く。
持っていたタオルを時貞に渡しながら、檜原は言葉を返した。
その返答に時貞は少しだけ考え込む動作をした後で、何かを思いついたように口端を持ち上げた。

「やはり・・・ちゃんと教え込まないと、な。」
「時貞さま？」
「いや・・・こちらの話だ。・・・ルーファス。」
「は・・・はいっ！？」

そうして檜原との会話が終わった時貞は、部屋の隅で死刑宣告を待っているかのようなルーファスを一瞥した。
途端にルーファスの身体が弾かれたように、ビクンと震えた。
蒼褪めた顔で時貞の言葉を待っているルーファスに近付くと、時貞は座っている彼にきっちりと目線を合わせて屈んだ。

「お前は、何をしていた？」
「あ・・・わ・・・わた、しは・・・」

怖い程の時貞の視線に見つめられて、ルーファスは泣きそうな顔で言葉を濁す。
誰も居なかったから、好い匂いのする拓と一緒に遊んだのは事実。
しかも、拓の意識も身体も束縛した状態で、『魅了』と『快楽』の“力”を使って拓の身体を甘蜜へと変えて、アービィの“発情”を促進させてしまった。
時貞の『力』を愛情と共に受けている拓の身体は、自分達にとっては極上のご馳走のような存在なのだ。
勿論、普段から優しくて甘くて良い匂いの拓は二人のお気に入りなのだが・・・“発情”によって本能が強く発露してしまったアービィにとっては毒にも薬にもなる存在だった。
漸くその事に思い至ったルーファスは、自己嫌悪に陥っていた。
元々中性的なルーファスと違い、アービィは雄々しい分だけ雄の特徴が人一倍強かったのに。

「―――ごめん、なさい。・・・っ！」

項垂れながら謝るルーファスに、時貞は小さく溜め息を吐く。
そうして、少しだけ強い力でルーファスの頭に拳骨を落とした。

「・・・マスター・・・」
「あんま、手間掛けさせるな。」

深翠色の瞳に涙を浮かべるルーファスに向かって、漸く時貞はいつもの笑みを浮かべた。
そうして、時貞はゆっくりと立ち上がるとベッドに近付いた。
今までの騒がしさでも目を醒まさなかった拓は、余程、精神力を使いきってしまっているようだ。
ほんの少しだけ目線を細めて拓を愛しげに見つめると、時貞はシーツに包まったままの拓の身体をそっと持ち上げた。
軽々と抱き上げるとクルリと踵を返して、時貞は後を振り返る事無く部屋を後にした。

「―――本当に、時貞さまはお前たちに甘い。」

時貞の姿がドアの向こうに消えて、暫く経った後で、呆然としていたルーファスに向かって檜原はそう呟いた。
そうして苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてアービィを一瞥する。

「態々鎖に繋げたのは、何百年振りの“発情”では酷く辛いだろうから、少しでも魔力を感じられるようにと身体の『血脈』の位置に鎖を嵌めて、渇望を抑えようとしたのだし・・・出掛けたのは“発情”を抑える為の薬を手に入れる為だったのに。それを、この馬鹿者は！こうなったら躾し直さなくてはならんな。」

『雪』の名を持っているルーファスでさえ背筋が寒くなってしまいそうな口調と声音でそう告げると、檜原はアービィの首から垂れている鎖を持ち上げた。
そうして、小柄な身体の何処にそんな力があるのか全く理解ない状態で、気を失ったままのアービィをズルズルと引き摺っていく。
そのまま二人も部屋を出て行ってしまった。

ポツンと一人残されたルーファスは、自分も部屋を出て行こうとして足元に落ちていた服に気付いた。
それは、温室から持ってきた拓の洋服で―――。
怒りを漲らせている時貞の余りの怖さに、抱えていた腕から落としてしまった物。
そっとそれを拾い上げる。
すっかり温もりの無くなってしまった冷たい布の感触は、拓の温もりを与えてくれなかったけれど・・・。
ゆっくりと抱き締めるように顔を埋めると、微かに拓の放つ甘い香りがした。

「たぁく、さま・・・」

うっとりとルーファスは夢見るように呟く。
腕の中に居たのは本当に密かな時間だけで、思っていた風には為らなくて最後は泣かせてしまったけれど。
ルーファスの指先に触れた肌は、思っていた以上に暖かくて柔らかくて触り心地が良くて・・・色付いた時は綺麗だった。
時貞が“唯一”と選んだ時は本当に驚いたけれど、直ぐにその事を思い知らされた。
どんなに欲しくても―――拓は『時貞（マスター）』のものだから。

「ここが、痛い。」

胸を抑えてルーファスは蹲る。
殴られたり刃物で切られたりするような痛みではないのに、深く染み込んで消えない『痛み』。
甘く疼く様な痛みが、ずっと消えないのだ。

「本当にマスターが甘いのなら・・・」

詮無い願いを口にしようとして、ゆっくりと被りを振る。
時貞と拓が一緒に居る時の、穏やかな空間もルーファスにとっては羨望のものだから、壊すことなど出来ない。
どんなに息苦しい想いに苛まれようとも―――。

ギュッと抱きしめた洋服に、ポタリと落ちた透明な染みが広がる。
涙を溢しながら、ルーファスは切なげな貌で微笑っていた。

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（えっと・・・実は時貞の怒りはまだ収まってなくて、この後に本気のお仕置きが待ってたりするのですが・・・余りに極悪非道で二人が哀れだったのと、どんどん話が長くなってしまいそうなのでここで終わらせちゃいましたｗｗｗどんなお仕置きかって？じゃあ、ちょっとだけバラしちゃうと・・・『両手足を拘束して身動きの取れない状態の二人の目の前で、拓ちゃんとの濃厚な夜の愛の営みを一晩中見せ付けるっていう―――んで、時貞の腕の中で蕩けそうな程甘美で妖艶なのに可愛く身悶えちゃう拓ちゃんを嫌って言うほど魅せられて、余りのジレンマに泣きながら赦しを請う二人』って言う続きがあったりするんですが・・・鬼畜過ぎて挫折しましたorz根性無しで・・・すみません・・・（遠い目））