春眠
　
　
　好きな物―――甘い物。
　アイスクリームと餡玉が好物で・・・。
　女の子みたいな顔をして、いつもにこにこ笑顔。
　なのに、本気の時は、誰よりもキレるのも早いし・・・容赦無し。
　バイクのスピードは天下一品。
　力だって、超人並。
　人気も信頼もバッチリ持っている。
　そんな凄い人物が・・・何で、よりによって自分の事を「好き」だなどと言うのかが、とっても理解らない。
　突然の告白に、すっかり現実逃避をしていた拓は、次の瞬間グイッと抱き締められて・・・びっくりした。
　「―――オレ、本気だよ・・・拓ちゃん。」
　耳許で、囁く声が・・・何故かすんなりと心に染みる。
　それでも、だからと言って、「はい、そうですか。」と言える筈もない。
　何しろ、自分はちゃんと男なのだ。
　相手も、確認した事はなくても・・・顔が女の子っぽくても・・・やっぱり男・・・なのだと思う・・・。
　「拓ちゃんは・・・オレの事嫌い？」
　幾分低まった口調が、とっても怖い（汗）
　「きっ・・・嫌いじゃないけど・・・」
　うーん・・・と考え込んでしまうのは、これ以上『不運』とお友達になりたくはないからだ。
　「じゃあ、好き？」
　顔を覗き込むようにして、見つめてくる相手の眼差しが、余りにも真剣なので・・・拓はとことん困ってしまう。
　好きか？嫌いか？と問われられたら、答えは一つしかない。
　曖昧に誤魔化す事もできないから・・・それが決定になってしまう。
　「―――好き・・だけど・・・」
　そう・・・だけど、なのだ。
　相手の欲しがっている“想い”と、拓の答えは恐らく違う意味を持っている。
　だが、そんな事は相手には通じる筈もない。
　何しろ、告白したと言うことは、既にその常識は通用しないと見るべきなのだから。
　「拓ちゃん♪」
　みるみる内に全開の笑顔を浮かべた相手が、ギュッと抱き締めてくる。
　「まっ・・マー坊くん？！」
　焦りまくって、その腕の中から逃れようと身じろぐが、抵抗など露程も感じない相手では効果はなかった。
　「オレも好きだよ、拓ちゃんの事・・・マジだから♪」
　全開笑顔で、べったりと懐く相手に、トコトン困った表情となってしまった拓だった。
　
　
　マー坊くんこと、鮎川真里は、顔に似合わずに激しい性格をしていた。
　一見しただけでは、身長もないし、体格もよくはなく・・・どちらかというと女の子っぽい可愛い顔をしているので、おとなしい雰囲気を持っているのだが・・・。
　そんな要素は全くと言って良い程、存在していなかったりする。
　初めて出会った瞬間から、その走りや性格に憧れて、ずっと好きだった“ヒト”を、何も告げられずに失った時から、性格が変わったらしい。
　昔は本当に可愛かったんだ・・・と、過去を振り返って供述するのは、いつも側でハラハラしながら見守っている幼馴染みの詞である。
　哀愁を漂わせて、ボソリと呟くその“台詞”を、拓はただ困った顔で聞く事しかできない。
　そうして、視線は自分の膝の上・・・食事が終わった途端に、ゴロンと横になって、人のひざ枕で本気で熟睡している相手の寝顔。
　それでも・・・と、少し大人の雰囲気を身につけている相手は、苦笑した。
　“こんなに安心した顔されちゃ・・・何も言えねぇよ・・・ナ”
　ボソリと呟いて、飲み干したパックを握りつぶして。
　“だから、頼むな。”
　告げられた詞に、狼狽する。
　顔を上げて相手を見ると、何処となく寂しそうな笑顔が見えた。
　そうして、去っていく後ろ姿が、胸に切なかった。
　遙か彼方から、こわごわと自分たちを見ている視線は、引きつり以外の何でもなかったが・・・。
　好きかと聞かれたから、好きだと答えた翌日・・・。
　事態は、拓の想像以上の広がりで持って、瞬く間に津波となった。
　原因は、真里の上機嫌だった訳を、集会で尋ねたかららしいが・・・。
　『爆音小僧』という、族の“頭”を張っている真里が、にっこり笑顔で答えた台詞は、その場を阿鼻叫喚の図に叩き落とす威力をもっていた。
　『えー、そんなに嬉しそうな顔してる♪そうかなぁ、自分じゃ抑えてるつもりだったんだけど・・・』
　抑えてるなんて少し思えない顔つきで、告げられたメンバー達は、“頭”の詞を聞く為に、静まり返っていたらしく・・・。
　『でもまぁ、隠す事じゃないから、言っちゃうけど・・・オレ、拓ちゃんと恋人同志になるから、皆もヨロシクね♪』
　にっこり、きっぱり。
　どんな顔で言ったのかまでも、想像がついてしまった拓は、慌てて思考を現実へと戻した。
　それでも、現実は現実で、ちょっと大変なのも事実だった。
　ひょっとすると、ちょっと処ではないかもしれないが。
　拓のそんな気持ちも知らずに、真里は気持ち良さそうに眠っている。
　本当に気持ち良さそうなので、拓も思わず眠くなってしまう。
　何時までも考えていても、泥沼なのは見えていたし、何処まで行っても悲嘆的な考えしか浮かばなかったので・・・拓は諦めたような笑みを浮かべた。
　真里は、自分の感情にとても正直だから、いつも真っ直ぐな気持ちしか見せない。
　嬉しい時は、笑うし、哀しい時は、泣く。
　怒っている時は、本気で怖いし・・・でも、八つ当たりとかはしない。
　そんな真里の側に居て、更に告白されてしまった事が、実はそれ程嫌じゃなかったので、拓はこんなにも困ってしまっているのだ。
　本当なら、マトモじゃない筈の関係が、真里が口にすると何でもない事のように聞こえるから。
　“本気だから・・・オレ、本気で拓ちゃんの事好きなんだ・・・”
　告白された時の声が、意識を捕らえて・・・拓は顔を赤くした。
　出会ってから、まだ半年もたっていない。
　それでも、真っ直ぐな強い瞳が、それが嘘じゃない事を知らしめる。
　言い切れる程の自信が、拓にはまだない。
　真里の言う“好き”と言う気持ちが、拓の考えている以上の意味だという事。
　それを、周りの連中が皆知っているという事。
　今後どうすれば良いのか？
　考える事は沢山あるのに。
　拓の膝を枕にして、気持ち良さそうに熟睡している真里には、全く悩みなどないようだったが・・・。
　それでも、こんな風にされているのも、恥ずかしいけれど・・・困ってしまうけれど−−嫌ではない。
　＜やっぱり、ボクも好きなのかな・＞
　うーん・・・と考え込みながら・・・拓はそっと青い空を見上げた。
　何時だって、突拍子もない事をしたりして、拓の気持ちをグイグイ引っ張ってしまう真里に、感化されているのかもしれない・・・。
　＜でも・・・友達としての好きじゃ、駄目なのかなぁ・・・・＞
　眉を少しだけ顰めて、そっとため息を零す。
　どう考えても纏まらない気持ちを抱えたまま見上げた空は、春の柔らかな日差しが輝いていた。
　
　
　季節が変わって、学年も代わり・・・乱校も世代交代を迎えていた。
　最後の追い込み補習で、漸く進級できた真里は、別に頭が悪い訳では決してない。
　ただ、出席日数が、他の者に比べて極端に少なかった為である。
　結構気分屋な所があるので、気が乗らないと授業を受けないのだ。
　だが、ただ単に、一時間同じ姿勢でいるのが退屈なだけなのだという事を拓は知っていた。
　だから、ラクラククリアーした筈の拓まで、真里の補習に付き合う羽目になったのだった。
　教師にまで、泣きつかれてしまえば、拓に嫌と言える筈なく・・・。
　貴重な春休みまでも、拓は真里に付き合って学校に来ていたのだった。
　そんなこんなで、漸く始まった新学期。
　“ウチの学校、クラス替えが無いから良かったネ♪”
　初っぱなから迎えに来た真里に連れ立って、一緒に登校する途中で、拓の疑問に応えた真里の返事は笑顔だった。
　それは、勿論漸く慣れた友達と別れるのは辛いし・・・“乱校”と呼ばれるように不良の巣のような場所で、それぞれのチームのテリトリーのようになっている教室内が分裂したら、ちょっと怖い事になりそうだ。
　特に、三年になった筈の、『魍魎』の武丸と、『朧童幽霊』の龍也が、同じクラスになって・・・机を並べている図など、絶対に見たくない・・・。
　“そ・・・そうだね・・・・”
　思わず想像してしまった拓は、途方に暮れた表情で冷や汗を零した。
　そうして、学校に来た二人は、それぞれに別々の出会いを受けたのだ。
　真里には、新入生からの挑戦であり・・・拓には・・・前に知り合った者からの、再会の挨拶である。
　問答無用で、挑んできた血気盛んな者に対して、真里が困ったように相手をしている間、拓はべったりと懐かれてしまっていた。
　勢いはあるけれど、実力が足りなすぎる相手を、余裕であしらった真里の視線が、拓に移った時に、それが怒りの色に染まったようで、一瞬ビクッとする。
　だが、真里は解くに何も言わないまま、拓から後輩を引き剥がすと、そのまま拓の肩を抱き抱えるようにして、歩きだした。
　訳が理解らない状態の拓が、その原因に気付いた時には・・・事態は思わぬ方へと転がっていて、最初の告白シーンとなってしまったのだった。
　
　
　遠くで鳴るチャイムの音に、昼休みの終わりを知った拓は、また困った表情を浮かべる。
　余りにも真里が気持ち良く眠っているので、起こすのが忍びないのだ。
　だが、起こさなければ自分が動く事も出来ず・・・。
　それでも、新学期早々からサボるのも何だか気が引けてしまうので・・・拓は真里を起こす為にソッと声を掛けた。
　「マー坊クン・・・起きて・・・・」
　「・・・うーん・・・」
　少し揺するようにすると、半分程覚醒した真里が、眉を顰める。
　「午後の授業始まっちゃうよ・・・」
　「・・・う・・ん・・・もうちょっと・・・」
　ゴロッと寝返りを打つと、拓の足を抱えるようにして、また眠りに入ってしまう。
　ますます困った表情となる拓が、辺りを見回しても助けてくれそうな人は何処にもいなかった。
　勿論、誰か人が居たとしても、真里に匹敵できる者かどうかは理解らないが・・・。
　そうこうしている内に、等々授業の始まるチャイムまで鳴ってしまい・・・拓は諦めたように全身の力を抜いた。
　「しょうがないなぁ・・・もう・・・」
　ブツブツと呟く位は、許されるだろう。
　それでも、眠っている真里を見捨てて、自分だけ戻ろうという気持ちが全くない所が拓だった。
　尤も、足をしっかりと抱えられた状態では、動く事も叶わなかったけれど・・・。
　どうする事もできないまま、やがて拓も眠りの誘いが忍び寄ってきた。
　暖かな日差しに、午後の気だるい時間帯というのが不味かったのかも知れない。
　只でさえ眠くなるのに、何もせずにボーっとしているのだ。
　拓が、睡魔に負けたとしても不思議ではないだろう。
　何しろ、更に眠りの国に刺そうような真里の気持ち良さそうな寝顔を見ていたのだから。
　だから、いつしか・・・拓も一緒になって、眠ってしまっていた。
　授業中の静かな時間帯・・・聞こえてくるのは小鳥の囀りだけで・・・。
　穏やかな・・・至福の時。
　ここが“乱校”だという事を忘れてしまいそうな程、平和な時間だった・・・。
　
　―――結局、真里が目覚めたのは放課後になってからであり・・・漸く真里が起きて、動いた拍子に足に走った電流のような痺れに、拓も目を覚ましたのだった・・・。
　
　
　「ゴメン、拓ちゃん・・・オレ、スッゲー気持ち良かったから・・・つい・・・ゴメン・・・」
　何回も謝る真里に、拓は困ったように首を横に振る。
　「別に・・・大丈夫だから？！ただ、ちょっと痺れてるだけで・・・。」
　立ち上がれない程、足の感覚がなくなってしまった事のどこがちょっとで済むのか・・・と思いながらも、拓が怒ってない事を知った真里は漸く謝るのを止めて、顔を上げて拓を見つめた。
　それから、拓の事をギュッと抱き締める。
　「拓ちゃん、スッゲー優しい♪」
　嬉しそうに言う真里に、拓はますます困ってしまう。
　足が痺れて動けないので、真里の行動から逃げられなくて・・・。
　「ちょっ？！・・・マー坊く・・・んっ・・・！」
　そのまま倒れ掛かるように迫ってきた真里を支えきれなくて、押し倒される形となってしまった拓が、抗議しようとした唇は、真里の唇に奪われてしまった。
　余りの驚愕に、拓の全身が硬直する。
　「・・・・今度は、オレが拓ちゃんを気持ち良くさせてあげるよ。」
　ゆっくりと離れた真里の唇から、零れた言葉に、拓は目を見開いた。
　「えっ・・・？！すっ・・・ストップっ！？！」
　短ランの裾から差し込まれた手に、襲われると気付いた拓は、慌ててその手を外そうともがく。
　「―――遠慮しなくて良いから。」
　にっこりと告げられる言葉程、怖いものもない。
　それでも、貞操の危機だけはどうしても守りたい拓だった。
　半泣きになったまま、ブンブンと首を横に振る。
　顔が真っ赤なのは、怒りではなくて、羞恥の所為。
　キスだって初めてだったのに、こんな呆気なくファーストキスを体験させられた拓は、プシューッと湯気が出そうな程だった。
　「そんなに、恥ずかしがらなくても、誰も来やしないのに・・・。」
　拓の抵抗が、屋上という場所の所為だと思い込んでいる真里の呟きに、とうとう拓はダァーッと涙を零した。
　そういう問題じゃないだろう・・・・という気持ちは、どうしても言葉にならなかったが・・・。
　「可愛いなぁ、拓ちゃんは☆」
　拓なんかよりも、よっぽど可愛い容姿をしている真里に言われても、ちっとも嬉しくない。
　だが、それ以上行為をする事を止めて、ただジッと拓を抱き締めるだけの真里に、漸く拓は全身の緊張を解いた。
　「他の奴に取られないように、先にオレのモノにしたかったんだけど・・・でも、良いや！オレがちゃんと守るから・・・拓ちゃんの事。だから早く・・・オレが拓ちゃんを好きな気持ちと同じぐらい・・・拓ちゃんも、オレの事を好きになってよ・・・。」
　そっと囁かれた言葉に、拓はドキッとしてしまう。
　こんな風に真里が側にべったりとくっついている理由が理解って・・・。
　途端に、キュッと胸が締めつけられる。
　「マー坊くん・・・」
　拓と同じぐらいの身長の真里が、拓なんかよりもずっと大きく見えるのは、抱えているものの違いかもしれない。
　どうしても、人の顔色を伺ってしまう付き合いしかできない拓だから・・・真っ直ぐに気持ちを表現できる真里が羨ましい。
　自分以外の人に依存して、もしも裏切られたら？
　好きになった相手に、嫌われてしまったら？
　そんな臆病な心が強いので、どうしても拓は深い感情で他人と付き合う事ができないのだ。
　だが、真里は違う。
　喩えどんな事になろうとも、いつも真剣に全身で相手と対峙する。
　本当は、拓がこんな風に生きたかった生き様を、持っている真里。
　勿論、喧嘩とか力とか・・・そういう事ではなくて。
　だから、どんな強引な言葉にも、拓は逆らえなくなってしまうのだ。
　「・・・もうちょっと・・・」
　「―――拓ちゃん？」
　ボソッと呟く拓に、真里が顔を上げる。
　「だから・・・もうちょっと・・待ってよ・・・だってボク・・・突然で・・・良く理解らなくて・・・マー坊くんの事好きだけど・・・でも、こーゆう事考えた事ないし・・・だけど・・・」
　一生懸命に自分の考えほ告げる拓を、真里はジッと見つめ続ける。
　その一言一言を、総て聞き逃さないとするかのように。
　「・・・頑張ってみるから・・・」
　恥ずかしさの余り、耳や首まで染め上げた拓が、真里の視線から逃れるように告げた台詞に、真里は鮮やかな笑顔を浮かべた。
　「うんっ！待ってるから・・・ちゃんと、オレ・・・我慢して・・・でも・・・」
　クイッと顎を掴まれて、正面に顔を向けられるのと同時に、口づけられてしまう。
　今度のキスは、先程よりも大分長くて・・・息苦しさの余り口を開いた拓の中に、真里の舌が入り込んで・・・。
　驚きと狼狽でグチャグチャになりそうな拓の意識すら、総て奪われてしまった。
　「・・・キスぐらいは、許してネ♪」
　唇を離した途端に、ぐったりとした拓に向かって、悪戯っぽく告げる真里に、拓が何かを言う気力すらなくて。
　だから、それは了承したという事になってしまったのだった。
　「オレ・・・我慢するのあんまり得意じゃないから・・・なるべく早くしてネ・・・」
　ゴロゴロと拓に懐きながら、そう告げる真里に・・・漸く拓はとんでもない人物に好かれてしまったと認識したが・・それでも、それが思った程嫌ではない事に気付いた。
　「・・・うん。」
　だから、応える−今できる、拓の精一杯の“想い”で。
　いじめられていた頃には、決して手に入れる事のできなかったこの温もりを。
　抱き締めて・・・本気で自分の事を好きだと言ってくれた・・・初めての相手を。
　拓も、もう失う事などできなかったのだから・・・。
　「じゃあ、ひざ枕のお礼に、アイス奢ってあげるよ♪」
　行こっ☆と差し出された腕に、拓は素直に手を乗せた。
　「そう言えば・・・何で誰も迎えにこないのかなぁ？」
　ボソリと呟く拓に、真里も首を傾げる。
　「さぁ？きっとアッちゃんが、気をきかしてくれたんだよ♪オレと拓ちゃんの仲を邪魔をしちゃ駄目だってネ☆」
　ニコニコと笑って、末恐ろしい事を告げる真里に、慣れたとはいえ、どうしても泣きたくなってしまう拓だった。
　良いのだろうか？チームの“頭”が特攻隊長さんを、そんな風に使ってしまうなんて・・・・
　確かに彼と真里は、拓なんかよりもずっと昔からの幼馴染みで、真里の事を良く知っているからかもしれないが・・・。
　巻き込まれてしまっただろう、仲間たちの事を考えると、ちょっと可哀相になってしまった拓であった。
　屋上から出ようとした拓は、事態は更に悪化していたのだと言う事を知らされて、愕然としたものだったが・・。
　「何やってんのォ？そんなトコで・・・？」
　踊り場から階段にまで、チームの者たちが玉砕しているのを見た真里の第一声がこれである。
　「えっ！？いや・・・別に・・・」
　漸く意識を引き戻した特攻隊長こと−秋生−が、引きつったような口調で口籠もる。
　その様子に、ピンと来たらしい真里の眉が徐々に持ち上がっていく。
　「―――さては、アッちゃんたち・・・ずっと見てたんだ・・・。」
　「えっ？！そっ・・・そんな事はないゾ！！」
　「そうそう、マー坊が拓を押し倒してたトコなんて、絶対に見てない？！」
　「ホントホントっ！！」
　頭の怒りに対して、顔色を失った面々が、言わなければ良い事をわざわざ口にしてしまう。
　見られていたのだと知った拓は、ショックの余りふらついて・・・慌てて支えた真里の腕に抱き留められた。
　「拓ちゃんっ！・・・大丈夫だよっ！！オレが今、こいつらの記憶を総て消しちゃうからっ！！」
　恥ずかしさの余り、目尻に浮かんだ拓の涙を拭うと、真里はそんな事できる訳ないだろうという事を告げた。
　途端に、特攻隊長以下、メンバーたちの背筋を冷たいものが駆け抜けていく。
　「一発で記憶を消せない奴は、消えるまで殴っちゃうからナ・・・」
　喩え、チームメンバーだとて、容赦はしない。
　真里だって、この恋は本気なのだ。
　だから、邪魔する奴は喩え誰であろうとも、許せないのだ。
　この場合、誰が来るか理解らない屋上で、そんな事をしていた真里が本当は一番悪いのだという事は通用しない。
　だからこそ、チームの“頭”を張れるのかもしれないが・・・・
　「おっ・・・落ちつけ、マー坊？！」
　マー坊の一発が、ただの一発でない事をよーく知っている秋生が、仲間の身を案じて決死の覚悟で身体をはって止めている。
　「オレはネ・・・別に見られてたって良いんだけど・・・拓ちゃん恥ずかしがりやさんだから・・・あーゆうトコを見られると可哀相だから・・・ちゃんと忘れよーね☆」
　ニィーッコリと恐怖の微笑を浮かべる真里に、チームメイトたちは、強烈な勢いで首を縦に降り続ける。
　結局、別にそのまま雪崩込んだ訳ではなく・・・ただ押し倒した瞬間を見て玉砕していた彼らに対して、余りと言えば余りな言いぐさではあったが・・・藪をつついてこれ以上真里の怒りを爆発させたくない面々であった。
　「忘れたってサ・・・良かったね・・・拓ちゃん♪」
　ちっとも解決していないような気もするが・・・取り合えず自分の為にしてくれた事に対して、拓はコクンと頷いて見せた。
　勿論、羞恥心は少しも減ってはくれなかったのだが。
　「あっ、そーだアッちゃん、オレこれから、拓ちゃんとアイス食べに行くんだ・・・だから・・・ネェ・・・」
　おねだりするように告げる真里に、秋生はやれやれという風にポケットから財布を取り出す。
　「オレたちが悪かったから・・さっさと喰ってこい！」
　「サンキューッ、アッちゃん☆じゃ、いこっか？拓ちゃん♪」
　先程までの、人類滅亡させそうな怒りは何処へ行ってしまったのか・・・超ゴキゲンな真里が、拓の手を掴む。
　「えっ？！マー坊くん？」
　そのまま手を引っ張って走りだす真里に引きずられるように、二人はその場から消えていった。
　
　
　「当分・・・当てられそうだな・・・・」
　そうして、真里の性格を良く知っている幼馴染みの言葉は、正しく未来を予言していたのだった？！。
　
　
　
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