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ＰＯＩＮＴ
出会いというものは、本当に奇妙なもので、会いたいと思う人にはなかなか会えなくて・・・一度会っただけで、もう一生会いたくないと思う人には、何故こんな場所で・・・？！と思うような場所で出会ってしまうものである。
それが、偶然なのか、はたまた運命の神様の悪戯と言えるのか・・・結局誰にも理解らないことではあるが―――それでも、これはあんまりではないかと考えずにはいられない状況に、彼は思わず泣きたくなってしまった。
２度ある事は３度ある―――とも言われるが、できる事ならばその３度目は永遠にやってきませんように・・・と、密かに願っていたというのに・・・。
―――――＊＊＊＊＊―――――
ここまでくるともうこれは、やはり運命と言うしかないのであろうか？
彼―――浅川拓は、またしても"不運"と踊ってしまったのである。
目と目で通じ合う、そういう仲にはなりたくもないが、絡まってしまった視線はとてもではないが、自分の方からは外せそうにもなかった。
それ程、相手の眼差しが強烈だったのである。
ひょっとすると"キョーアク"と呼べるかもしれない・・・。
ついこの間、不意打ちのように出会ってしまった場所で、またしても同じような状況に陥ってしまったのだ。
相変わらず人気の無い場所は助けを呼ぼうにも・・・通る者さえいない。
尤も、譬え助けを求めた所で、並みの者では相手にならない事を知っているし・・・尚且つ、知っている者の中で唯一『タイマン』を張れる人物には、とてもではないがこの場所に現れて欲しくなかった。
ユラリ・・・と空気が動く。
動かしたのは、勿論相手の方である。
＜"神様"・・・！＞
思わず、神に祈ってしまう拓であった。
―――――＊＊＊＊＊―――――
一方、龍也の方もまた、この出会いに眉を顰めていた。
いつもの時ならば、鼻にもかけない相手ではあるのだが、何よりもあの『マサト』が一目置いているような相手なのである。
ならば、間違いなく自分の『チーム』の―――"敵"なのだ。
負ける気はしないが、少なくとも今がまともに動ける状態ではない事も確かだった。
＜・・・チッ・・・＞
心の中で舌打ち一つ。
先ほどのケンカで、思いもよらなかった一撃によって傷付けられた個所がズキリと痛んだ。
今も、流血は続いている。
その手当てを人知れずに済ませてしまおうと思って選んだ場所で、またしても出会ってしまった。
偶然なのか・・・それとも・・・？
相手が『理解』できないだけに『判断』ができない。
似てなどいない！・・・と強く確信しても、時折見かける眼差しの輝きが、彼の者と酷似するのだ。
それは、龍也の意識を捕らえてしまう。
今、この瞬間さえも・・・。
―――その事に、『マサト』も気付いているのだろうか？
時が流れていくが、相手が動く気配がないので、龍也は己から行動を起こした。
いつまでも、こんな場所で、睨み合っているヒマはないのだ。
意識が過去に捕らわれてしまう前に、一刻も早くこの場所から立ち去るべきだ・・・と意識がシグナルを発する。
クルリと振り返った龍也は、身構えたまま相手に背中を見せる。
もしも敵という意識があるのなら、必ず襲ってくる筈だ。
そうすれば、手加減する事もなく、心置きなく戦い倒す事もできるだろう・・・。
油断なく神経を張り巡らせて、歩き始めた龍也は、それでも相手が動く気配がないのを悟って、自分が考え過ぎだった事を恥じた。
自分に対して本気で刃向かってくる奴など、やはり『マサト』か『武丸』ぐらいしかいないのだ。
またあの二人なら・・・納得もできる。
―――強さに対しては、確かに自分と同等かもしれない。
負けるつもりなど、毛頭も持たないが・・・。
「・・・フッ・・・」
薄く苦笑を漏らして、フッっと気を抜いた瞬間に、力が抜けて倒れそうになってしまう。
目の前が暗くなったのは、出血が思ったよりも多かったからだろうか・・・？
やばい・・・。
そう思った時には、全身の感覚が薄れていく。
そのまま、意識を失うのは間違いなく起こる現実だが、薄れていく意識の中で龍也はそれを必死に拒絶する。
―――狂乱麗舞・・・。
それが、自分の選んだ道なのだから・・・こんな場所で無様な姿を晒す訳にはいかないのだ。
きつく眉を顰めた龍也は、次の瞬間、カッと目を見開いた。
突然に全身で龍也を支えるかのように触れてきた相手が、誰なのかを認識して。
まさか・・・。
自分の肩程しかない身長・・・。
俯いた視線に旋毛が見えた。
一瞬だったし・・・近づく気配を感じられなかった。
なのに、龍也を全身で支えていたのは、先程まで怯えた様子で自分を睨んでいた者なのだ・・・。
「・・・だ・・・大丈夫・・・ですか？」
気遣うように、困ったような表情で下から覗き込むその視線が、またしても龍也のそれを捕らえる。
その眼差しの前では、龍也は全てを曝け出してしまいたくなるというのに・・・。
「・・お・・前・・・？」
相手の行動が理解らなくて・・・龍也はただ呆然と呟く。
彼の者たちが目の前からいなくなってから、こんな風に他人に気遣ってもらう事などなかった。
龍也にとっては、全てが『敵』であり・・・彼の者がいないこの世など、粉々に砕け散ったとしても何の感情もわかない程"空虚"なただの空間だった。
突然現れたこの眼差しは・・・龍也にとって何を意味するのか？
「・・・離・・・せ・・・」
苦々しい口調で、龍也は首を振った。
同情？哀れみ・・・？
どちらにしても、それは龍也を侮辱している事に違わない。
それでも、身体に力が入らない。
支えると言うよりもしがみついていると言った方が正しいような相手を、無理やり振り払う事ができないのだ。
いつもの龍也の力ならば、ちょっと払っただけで吹き飛んでしまいそうな・・・小さな身体だというのに・・・。
―――――＊＊＊＊＊―――――
実は、しがみついている拓の方が、龍也よりもずっと自分の行動を理解できずにいた。
ここ最近、無意識に他人を助ける行動を取っていた拓は、またしても先に身体が動いてしまったのだった。
しかもハッと気付いた時には、既に硬直状態であったりして・・・。
＜うわーん、どうしよう・・・？！＞
実際に拓は、龍也が後ろを向いて歩き出した瞬間に止めていた呼吸を戻して、全身の力を抜いてホッとしたのだ。
そうして、自分もさっさとこんな場所から逃げてしまおうとして強張ってしまった足を必死に動かそうとしていた。
何故、その時に龍也の方を見てしまったのか・・・。
―――思えば、それが原因だったのかもしれない。
一瞬、その背中が揺れて見えて・・・。
おかしい・・・と感じた時には、勝手にそれが当たり前のように身体が先に動いていた。
ここまでくると条件反射とも言えるかもしれない。
龍也の身体がグラリと傾いた時には、意識とは裏腹に手が触れていた。
そうして、手だけでは支えきれないと感じた瞬間、全身が・・・。
龍也の重さを、確かに感じた時に、拓は初めて自分の取った行動の余りの恐怖に気付いたのだ。
それは正しく、手負いの獣の檻に自分から飛び込んだようなものだった。
厄介事に自分から飛び込むこの癖を、何とか直したくてしょうがないのに・・・どうしてもこれだけは（周りの情況も関係するが）直りそうもなかった。
「・・・離・・・せ・・・」
怒ったような、低い脅しとも取れる台詞が、苦しげな吐息の中に発せられる。
途端に、全身に震えが走った。
殴られるどころの騒ぎではないかもしれない・・・。
それでは、あのまま放っておけば良かったのだろうか・・・？
―――とてもそんな事はできない。
自分が何ができるのかも理解らないし・・・どうかしようという気もない。
ただ・・・そのままにして置けなかった。
損な性格だとは自分でも感じている。
それでも、そんな性格を悪いとも思わない。
最悪な状態になってしまった時は・・・やはり、運がなかったのだと思う事にしている―――最近は。
もしも、振り解かれたとしたら、自分ではもうどうしようもない。
だけど・・・言葉とは裏腹に、龍也が拓を突き飛ばす事はなかった。
「『拓』ちゃーん・・ドコぉーーーっ？！」
校舎の方から、真里が自分を呼ぶ声が聞こえて、龍也の身体が微妙に奮えたような気がした。
その場の空気の温度が一気に下がったような・・・そんな感覚に襲われる。
＜・・・最悪・・・＞
ただもう、心の中で十字を切る事しかできない拓であった。
―――――＊＊＊＊＊―――――
その言葉を耳にした時に、龍也は己が身震いした事を感じた。
『マサト』にだけは、こんな無様な姿は死んでも見せたくはない。
彼の者たちで終わった筈の『爆音小僧』を復活させてしまった奴になど・・・。
認めない・・・そんな存在など自分の手で消し去ってしまいたい。
―――それが、龍也の望みだった。
命をかけた・・・己の全てだった『爆音』のチーム。
その一員であった事を、誰よりも誇りに思っている。
だからこそ、『チーム』は彼の者たちの代で終結させて欲しかったのだ。
『伝説』になってしまったあの人と共に・・・。
過去を・・・思い出を・・・誇りを・・・『爆音小僧』に存在た事を。
―――その為、龍也は『６代目総長』の意志に従い・・・『爆音』ではなく自分のチームを作った。
それはあの人の想いに少しでも近付きたくて・・・走る事を止められなかったからだ。
それを、『マサト』は"裏切り"だと言った。
できる事ならば、そっくり返してやりたい言葉でもある。
龍也にとって、『爆音』は過去のものなのだ。
『彼の者』の『死』によって、その存在は龍也の中で絶対的なものとなっているが・・・。
一生忘れられない傷さえも・・・。
そうして今、『彼の者』と同じ眼差しを持つ者がここにいる。
『７代目爆音小僧』の一員として・・・。
＜ふざけるな・・・。＞
満ちてくるのは怒り。
それが、何に対してのものなのかは龍也にも理解らない。
理解らないが・・・熱く燃える原動となるのは確かだ。
自分を支えているつもりの相手が、『マサト』を呼べば・・・こんなぎこちない状態にもケリをつけられる。
そうして・・・『眼差し』による呪縛からも解放されるだろう。
だが、相変わらず相手は動かない。
『マサト』の声はどんどん遠ざかっていく。
それは、龍也にとって考えられない事であった。
目の前の者は、確かに『マサト』の取り巻きの一人なのである。
『マサト』にとって龍也が"敵"になるのだから・・・今の状態で『マサト』を呼ぶべきなのだ。
頭が混乱してくる。
相手の目的が理解らない。
別に怖い訳ではないのに・・・心を揺すぶるこの感情を何と言えばよいのか。
怒りが薄れていき、奮えが止まる。
「おい・・・。」
呼びかけに、弾かれたように顔が上がる。
真っ直ぐな視線が、己の姿を映し出して・・・それを見つめて龍也は疑問を投げかける為に口を開いた。
―――――＊＊＊＊＊―――――
『・・・どういうつもりだ？』
それは想像と掛け離れた、静かな問い掛けだった。
呼びかけに反射的に顔を上げた拓は、龍也の視線に捕らわれていた。
何をどう言えば、自分の気持ちを上手く伝えられるだろうか・・・？
そんな事を、つい考えてしまう。
真里の声を聞いた途端に、険しい顔付きで・・・全身に闘志を漲らせていた龍也の姿に、呼べば必ず『上等』が始まってしまうだろうと思って、返事ができなかったのだ。
譬え、龍也が怪我をしていようが『真里』が遠慮をするような性格ではない事は、ここ最近の付き合いですっかり覚えさせられているし、またどれ程の重症を負っていようが、龍也が死闘を繰り広げるのは、理解りたくもないが間違いないだろう。
ただでさえ、いつも何故かしら巻き込まれてしまうのだ。
理解っている事まで、自分で厄介事を呼び寄せる程、拓も馬鹿ではない。
だからと言って、それをそのまま龍也に言う事もできる筈もなくて。
ならば、何と答えればよいのだろうか？
困った顔をしたまま、上目使いに龍也を見つめて・・・だが、答えがでる事はなかった。
それよりも、先程から龍也の顔が青褪めている方がよっぽど気になる事だった。
近くにいるだけに、ますますはっきりと龍也が怪我をしている事が理解る。
『時貞』の時と同じく、きつい血の匂いが服を通して匂うのだ。
既に、結構な量が出血しているに違いない。
それでも、気絶もしないで・・・立っているというのは、流石というか？やっぱり・・・と言うか。
お節介と言われれば、それまでであるが・・・一刻も早く手当てをした方が良いのではないかと思う。
怖い・・・。
射抜くような龍也の眼差しが、拓の瞳を貫く。
生半可な根性では、あっという間に飲み込まれてしまいそうな気迫が拓を追い詰める。
膝が震える・・・倒れそうなのは自分かもしれない。
怖くて怖くて仕方がないのに・・・それでもここから逃げ出す事ができない。
ならば、自分の思ったとおりに行動するしかないだろう。
「・・・ほっ・・・保健室・・へっ！！」
たとえどんなに声が裏返ったとしても、この場合はちゃんと言えた事の方を褒めてほしいと思う。
精一杯の気力を振り絞って、龍也の視線を受け止めて・・・絡まった眼差しで想いは伝わっただろうか？
一瞬大きく見開かれた瞳が、次の瞬間に苦しげに細められた。
「・・・クッ・・・・」
苦笑とも嘲笑とも取れる笑みが、龍也の口元に浮かぶ。
やり切れないような、怒りなのか絶望なのか・・・きつく寄せられた眉が吊り上る。
なのに、その真ん中の瞳がとても悲しそうで・・・。
拓はギュッと胸を締め付けられそうになった。
こんな瞳を拓は知っている。
二度と見たくないと思っていた・・・あの時―――拓が恐怖の余り拒絶した時に、秀人が見せた眼差しと酷似していた。
龍也もそんな想いを誰かからされた事があるのだろうか？
裏切られた事が・・・？
自分は知らない。
真里から聞いたのは、龍也の方が彼らを裏切ったんだという事だけだ。
真里がよく口にする"スピードの向こう側"を教えたという『誠さん』というのが絡んでいるのか・・・それとも・・・？
拓の心の中で、龍也に対する恐怖が薄れる。
思い起こせば、真里が事故った時も、本気で始末しようとするのならば、あの『武丸』にようにたとえ倒れていようとも息の根を止めていた違いない。
キッと睨みつけた拓の視線に薄く笑みを浮かべたまま走り去ったのは、真里の生存が確認できたからだろう。
真里は気付いていないだろうが、拓が飛び込んだ時に確かに龍也は誰かの名を呼ぼうとしていたのだ。
それが、誰の名前だったのかまでは、拓には理解らなかったけれども・・・。
―――――＊＊＊＊＊―――――
戸惑うままの表情で、返ってきた答えの余りの間抜けさに、龍也は深く意識を捕らわれた。
くそ真面目と言うか・・・真っ直ぐと言うか・・・。
だが、それは"甘さ"だ。
―――下手をすれば命取りも成りかねない・・・。
龍也にとっては『情け』ではなく、『侮辱』でしかないその言葉なのに、その真摯過ぎる眼差しが下らない『感情』を思い出させて・・・
「・・クッ・・・」
苦笑が零れた。
忘れていた筈の・・・捨て去った『感情』が、心を喰い破って溢れ出してくる。
流れているのは己の血か・・・想いなのか・・・？
"闘い"の日常を過ごしている―――『修羅』の自分。
力こそが全てで、制圧するか、されるか・・・息継ぎをする間もなく走り続けた。
過去を振り返る時間など、振り切って・・・。
この苦笑は、誰のための嘲笑みなのか？
下らないと想いながらも、それに浸りたいという愚かな『感情』。
汚れを知らないような瞳。
裏切りや絶望など知らずに、幸福に育ったような甘い性格。
いっその事、メチャメチャに傷付けてやったら、こんな瞳を自分に向ける事もなくなるのだろうか？
沸きあがってくるのは危険な感情。
触れられている個所が、怪我の所為ではなく・・・熱い。
苦手な人種だ。
暴力や力でこられたのならば、そのまま返すのだが、こんな風に接してこられた時の手段を、龍也は知らない。
熱い・・・身体中の血が滾る。
渇望する想い・・・望んでも陽炎のように、この手をすり抜けてしまう残影が心を引き裂く。
どんなに望んだとしても、あの人はもう存在ない。
風のように走っていく背中も・・・きらめくような笑顔も・・・空に道を探すような眼差しも・・・幻のように消えてしまった。
ただ、『伝説』だけを残して・・・。
だから、『朧童幽霊』と名乗っている。
存在を持たない幽霊のように走っている・・・それが、己の姿だ。
そうして"狂いながら乱れて華麗に舞う"走りができれば・・・他は望まない。
いつか、彼の残した『伝説』を粉々にしてくれる奴が現れるまで・・。
―――――＊＊＊＊＊―――――
「・・・ヤ、さん・・・リュウヤさんっ？！」
いきなり重くなったかと思ったら、龍也の身体がのしかかってきて、支え切れずにそのままベチャッと倒れてしまった。
とんでもないような体勢に、慌てて龍也の名を呼ぶがピクリともしない。
ついに大変な事にぃぃぃ・・・？！と拓は半べそをかきながら、やっとの思いで龍也の下から抜け出した。
「・・・どうしよぉ・・・」
最悪の事態に、キョロキョロと辺りを見回すが、当然人気はない。
尤も、ここで誰が現れようが、結果が最悪になるのは目に見えていた。
＜・・ぐすっ・・・だから、保健室って言ったのにぃ・・・＞
拓の口から深―い溜め息が零れる。
かと言って、このままここに放っていく訳にもいかない。
やはり、自分が龍也を保健室まで連れていくしかないだろう・・・。
問題は、どうやって・・・か、だ。
背負う事などできないし、抱えるなど問題外である、
もし、できたとしても・・・気付いた時の龍也の対応はもっと怖い。
自分がヒロシやキヨシのように逞しくなく、また真里のように馬鹿力じゃなくて本当に良かった・・・とつい感謝してしまった。
それでも、倒れている龍也を見て・・・自分の身体を見て・・・がっくりと肩を落としてしまう。
引きずるしかあるまい・・・。
それはそれでとっても怖い事態を引き起こしそうではあるが、他に方法は見つからなかった。
＜・・・ごめんなさい・・・龍也さん・・・＞
心の中で必死に謝りながら、拓は龍也の右手を両手で持ち上げた。
保健室に辿り着くまでに、龍也の意識が戻りませんようにと祈りながら・・・。
―――――＊＊＊＊＊―――――
クスクスクス・・・・。
何処かで甘い笑い声が聞こえる。
それは随分と遠くのようで、それでいてすぐ近い場所にも感じられた。
「・・・いい加減に目を覚ましたらどうなの？―――もうとっくに気付いているのでしょう？・・・リュウヤ。」
懐かしい響きのその声に、反発するように龍也は寝返りを打った。
頬に当たるシーツの感触に、そこが何処なのか意識する。
そうして、自分が気を失ってしまった事も・・・。
「全く、素直じゃないわね・・・。まぁ、尤もアンタが自分からここにくる筈もないものね。誰にやられたのかは聞かないけれども、あの子には感謝するのよ。」
「・・・余計な事しやがって・・・」
ボソリと零れるのは、プライド故の台詞。
「なーに、言ってんのよっ！」
「・・・っ！！」
言葉と同時にバシッと傷口を叩かれて息が詰まる。
「―――『甘え』てんのはどっち？！あのまま倒れたまま、死にたかったの？それとも他の連中に見つけられて、馬鹿にされたかったの？あの子はねぇ、一人でアンタをここまで運んできたのよ。誰にも言わずに、何度も転びながら・・・。手も足もドロだらけだったんだから。」
キヨミの一言一言が、荒んでいた心に響く。
「良い子じゃない。あの子が、『浅川拓』？あの目を見た時に、なんとなく納得したわ。あぁ、マコちゃんと同じってね。―――アンタもそう思わなかった？リュウヤ。」
懐かしむような口調で言うキヨミに、龍也の中でまたシグナルが発せられる。
「・・・全然・・・似てねぇよ・・・」
ギュッと拳を握り締めて、低く呟く。
「・・・邪魔したな。」
バッと毛布を引き剥がして、起き上がると、龍也はかけてあったＹシャツと学ランを着直した。
そのまま、ズカズカと歩いて保健室のドアを乱暴に開けた。
「―――龍也っ！マコちゃんを引きずってんのは、アンタだけじゃないんだからねっ！」
龍也の背中に、キヨミの想いが投げ付けられる。
キッと眉を寄せて、龍也はその言葉を拒絶した。
「カンケーねぇよ。今のオレは、『朧童幽霊』の初代総長だ。―――『狂乱麗舞』だぜ。」
パタンとドアが閉まる。
「・・・意地っ張り・・・」
閉まる瞬間、ドア越しのキヨミの呟きが龍也を捕らえた。
龍也が歩く度に、目の前の奴らが道を開ける。
恐怖と羨望と妬みの視線を投げ付ける。
視線を向けたとて、絡むような度胸のある奴はいない。
すぐに目を逸らせて、龍也が通り過ぎるのをじっと待っているような奴らばかりだ。
ふと、あの視線が蘇る。
龍也の本気の視線を受け止めて、真っ直ぐに返してきた―――あの眼差し。
「『拓』ちゃあぁぁーーんっ☆見っけぇーーーー♪」
校舎の外側で、明るい『マサト』の声が上がる。
渡り廊下から飛び出したまま、嬉しそうな顔で拓に飛びついていく。
「『何処』行ってたのぉーー？オレ、ずっと捜しちゃったよぉ？！」
「・・ご・・・ごめん・・・ちょっと・・・」
抱き着かれながら困った表情で、笑い返す顔は確かにドロだらけだった。
その笑みがやけに眩しくて、思わず目を細めた龍也は、自分の気持ちを誤魔化すために空を見上げる。
＜―――『似て』などいない・・・だが・・・＞
支えられた温もりが、まだ感触として残っているような気がしていた。
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