＜―――時貞くんが、死んだ。＞
　
　
それを知った時、とっさに嘘だと思った。
彼特有のきついジョークなのだと。
だが、現実は容赦なく真実を表して、拓を打ち据えた。
　
『嘘だ嘘だ嘘だ―――――っっ！！』
叫びは言葉にならず・・・慟哭が心を押し潰す。
もっと分かり合えた筈なのに・・・。
漸く“彼”が見えてきたばかりだったのに―――。
　
　
―――総て、『死神』が巨大な鎌を振り翳して奪い去ってしまった。
　
　
「時貞くん・・・」
強い風が吹いていた。
落ちた木の葉が、抵抗することも出来ずに風に煽られて、空高く舞い上がって逝く。
一緒に寝転んだ芝生も枯れてしまった場所で、拓の心も飛んでいってしまいそうだった。
蹲る拓の横に、ふと気配が動く。
気付いた拓がゆっくりと涙に濡れた顔を上げると、そこには真里の姿があった。
「マー坊・・・く・・・ん・・・？」
俯いた真里の表情は、風に巻かれた髪で見えない。
「拓ちゃん・・・の気持ち・・・理解るよ・・・オレも・・・」
静かな口調の真里の言葉。
「・・・駆け抜けて逝く者は・・・いつだって勝手な者たちだから・・・。後に残された奴らが・・・どんなに悲しむのかも知らないで・・・『伝説』なんて祭り上げられたって・・・本当に格好良い『死』なんてあるわけねぇのに・・・。」
一言一言重みのある言葉が、拓の胸に響いて悲しみが深まる。
真里も、同じなのだ。
話で聞いただけだが・・・尊敬していた人物を、族同士の闘争で亡くしたのだ・・・と。
「―――マー坊くん・・・」
時貞の死に対して、真里が怒りを覚えている事に、拓はほんの少しだけ心が救われた気がした。
“彼”が本当に独りでは無かったのだと理解して―――。
　
　
生きている限り時間が止まる事は無い。
人が鼓動を打つ限り・・・。
拓の生活も、徐々に日常へと戻っていく。
それでも、時貞の残した“形見”がある限り、拓の心からその『存在』が消える事もない。
ふとした瞬間に、思い出されるその“姿”。
その度に、拓は時貞の最期の場所へと足を運んだ。
「時貞くん・・・」
もしも自分が超能力者だったら、彼を救う事が出来ただろうか？
浮かぶのは、馬鹿げた考えばかり。
それでも、願わずにはいられない。
“彼”はいつも祈っていた気がした。
どこか投げやりな態度の中で、一生懸命にナニかを探していたような・・・そんな様子が忘れられない。
だから、もしも自分に出来ることがあるのなら・・・色々話をして・・・友達になって・・・。
考えている内に、涙が出てくる。
最後に見た、ステージの上の“彼”の姿が、消えない。
あんなに凄くて感動的な“音色”を、もっと色々な人に聞いて欲しかった。
これからと言う時に、神様は時貞を連れて逝ってしまったのだ。
ぎゅっと唇を噛み締めて、握り拳で涙を拭く。
「―――探していたモノは、見つけられた？」
永遠に応えのない問い掛け。
それでも、拓は言葉にしてしまう。
彼が、本当に望んでいたことが、知りたかったから・・・。
誰が悪い訳でもない。
逃れられない事象を、“運命”と呼ぶのなら、確かに時貞の『死』は運命だったのかもしれない。
それが、どんなに理不尽な事でも・・・。
それでも、あの寂しそうな“緋”の瞳が忘れられない。
闇に浮かび上がるような、銀の髪に褐色の肌。
“異国”のイメージが強い彼は、それでも『魂』は日本人に近かった気がする。
宮沢賢治の言葉を“詩”と表現する、心も持っていた。
だからこそ、拓とも少しずつ解りあえたのだ。
そうしてもっと分かり合えたら、『友達』として傍にいる事も出来たかもしれない。
あの寂しそうな“緋”が和らいだかもしれない。
そんな可能性を考えていたからこそ、彼の死が運命だったのだとしたら、こんなに残酷な事はないだろう。
もっと自分に力があったら・・・。
もっと早く分かり合えたら・・・。
総ては、手遅れなのだと――――理解っていても。
　
　
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“悪魔の槌鉄”が壊れた。
時貞の残した彼の翼が・・・。
出る筈の無いスピードで・・・最後の力で、拓に勝利を齎して。
それでも、事態は進んでいく。
日常は拓を巻き込んで、どんどん膨れ上がっていく。
もう、誰も失いたくないのに・・・。
誰にも、同じ想いをさせたくないのに・・・。
　
　
“親友”だと思っていた秀人と、敵対関係になってしまった。
秀人のようになりたくて・・・強くなりたくて・・・。
本当に望んでいるのは、“戦”う事ではないのに。
　
『もっと一杯・・・話したい事が・・・』
『この闘いが終わったら・・・』
　
すれ違う互いの心。
重ならない“想い”。
どうすれば良いのかなんて、答えが見つかる筈もない。
それでも、何ができるかすら理解らなくても、行くしかないのだ。
『友』を失わない為に。
『自分』を見失わない為に・・・。
　
　
もしも、『奇跡』というのが本当にあるなら―――。
目の前の光景は正しくそれだった。
　
　
「時貞・・・くんっ！！」
疾風のように駆け抜けていく街並みの中で、前方に現れたその“姿”。
それは拓の意識を奪い取った。
魅入られたように、後を着いていくと、そこは拓が目的としていた場所で。
彼もまた争いを止めさせたいのだと―――理解った。
拓の意識と、時貞の意識が同調する。
「――――止めろおぉぉぉ！！」
叫びと共に、突っ込んでいき、全員の意識を惹き付けて・・・。
　
　
――――“疾風”が、巻き起こる。
　　　更なる『奇跡』を呼び起こそうと―――。
　
　
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何も無い白い空間に、拓は浮かんでいた。
一瞬湧き上がるのは、不安。
自分が死んでしまったのではないかと思ったのだ。
更に、それを印象付けたのは目の前の人物の所為だった。
　
　　　
ゆうるりと“存在”するその姿。
「時貞くん？！」
死んだ筈の時貞が目の前に居ると言う事は・・・。
ザッと拓は蒼褪めた。
『―――大丈夫。拓ちゃんはまだ死んでない。』
拓の考えが理解ったのか、安心させるように時貞はそう告げた。
「―――でも・・・。」
まだ信じられない拓に向かって、時貞は彼独特の微笑を浮かべる。
『オレが・・・会いたかったんだ・・・もう一度・・・。』
ゆっくりと語る時貞に、拓は驚いたように瞳を丸くした。
そう思っていたのが、自分だけではなかった事に、胸が苦しくなる。
「・・・ボ・・・ボクも時貞くんと・・・」
声が詰まる。
もっと巧く話したいのに、言葉が見つからない。
『逢えて良かった・・・』
時貞の“緋”の瞳が揺らぐ。
そうして、ゆっくりと腕が伸ばされて、抱擁され・・・拓は真っ赤になった。
「あ・・・あの・・・」
更に思考回路が上手く働かなくなり、拓はパニックした。
『拓ちゃんは・・・俺のオレの願いを叶えてくれた・・・。だから、今度はオレが拓ちゃんの願いを叶えて上げる・・・』
静かに告げられる『詞』。
呪文のような囁きに、拓はハッとしたように時貞を見つめた。
そうして、瞬時に考える。
それは、ずっと“想”っていたこと。
そして、ずっと“願”っていたこと。
自分に力があるのなら・・・ゲームではないけれど、魔法が使えたり、本当に『奇跡』が起こせるのなら・・・。
あの哀しい“緋”を見なくてもすむように―――――。
　
　
「ボ・・・ボクの願い・・・それは・・・」
　
　
拓が目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
バイクで突っ込んだまま、走り抜けて・・・突堤を飛び越えてバイクごと海にﾀﾞｲﾌﾞしたと言うのだ。
何とも情けない話だが・・・その後がまた大変で・・・。
喧嘩をしていた筈の皆が揃って拓を助ける為に、海に飛び込んだらしい。
同じチームの真里や、一緒に走っていたヒロシやキヨシならまだしも・・・怒っていた筈の秀人や何故か緋咲や来栖に龍也に・・・その他諸々・・・頭クラスの連中が飛び込んだので、闘争事態ウヤムヤになってしまったらしいが・・・。
何よりも不思議だったのは、時貞の“記憶”が彼等の中から消えていた事だった。
慌てて家に帰った拓は、更に時貞の形見や二頭のボルゾイ犬のアービィとルーファスも居なくなっている事に愕然とした。
夢を見ていたとは思えない程に鮮明なその姿を、覚えているのは拓だけ。
“存在”していた痕跡すら残さずに・・・拓の望みが叶ったのかも理解できないまま。
「―――時貞くん・・・。ボクは信じてる・・・きっと、また逢えるよね・・・」
それは、本当に『奇跡』になるかもしれない。
地球上に暮らす４０億の人の中で、たった一人の人を探すような・・・気の遠くなる話。
もしかしたら、一生逢う事はないかもしれない。
それでも、今生で逢えなければ、未来の何処かですれ違えれば良い。
そうすれば、きっと心から笑い合える・・・そんな“友達”に・・・。
零れ落ちる涙をそのままに、拓は微笑っていた。
　


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