永遠の友達（後編）
　
　
　―――“捕”まえようとしちゃいけない　たとえ“それ”が怖く見えなくても・・・―――
　
　気を失っていたのは、一瞬だったのかもしれない。
　戻った視界に写ったのは、天空に浮かぶ“満月”で・・・。
　自分が“事故”ったのだという事に、周りの騒ぎで漸く認識できた。
　『そーか・・・“夏生”サンは“知ってた”んだナ・・・見たコトがあるんだ・・・きっと・・・』
　ぼんやりとした意識の中で、不意にその事に想い当たった。
　だからこそ、自分に忠告してくれたのだと・・・今なら理解る。
　　　　　　　　　_{ダチ　　　　　　　　　　とど}　
　＜“死”んだ友達には・・・“到達”かない・・・＞
　それが、現実・・・。
　とても悲しい事だけれども・・・。
　「“到着”く時・・・ボクも死んじゃうんだ・・・きっと・・・」
　視界の中に、記憶の中の時貞の姿が蘇る。
　意識を失う前に、見たと思ったその姿は、自分を誘う“死に神”の罠だったのだろうか？
　それを理解らせる為に・・・彼は自分を、止めた？！
　それとも・・・。
　一瞬でも、彼と同じ“領域”に達する事ができて・・・その“残像”を見たのだろうか？
　全て・・・幻の中に消えて・・・。
　「ダぁーメだ・・・“拓”ちゃん。こんなトコで寝てちゃあ・・・轢かれちまうゾォ？・・・ひかれたらイテェーゾォ？」
　突然、ぬうっと目の前一杯に広がったのは、幼馴染みの顔。
　「デェジョブかぁ？！“時貞”の単車も無事みてーよ？」
　単車を立て直してくれたのは、その相棒で。
　元『獏羅天』の特攻一番機で・・・“三鬼龍”の残り二人。
　『風神』のヒロシと『雷神』のキヨシ。
　ヒロシの方が小学校の時に一緒のクラスメートだったのだ。
　再会した瞬間は、とても怖い思いをしたが・・・相手を理解してからは、ずっと“友達”のままで。
　何か困った事があると、必ず助けてくれる。
　「ヒ・・・“ヒロシ”ちゃん？“キヨシ”くん・・・？」
　だけど、こんな場面を見られるなんて・・・とても焦ってしまう。
　慌てて、涙を拭って起き上がる。
　「立てっか？どこもイっちまってねーみてーだけど・・・」
　久しぶりに合った幼馴染みのセリフは優しい。
　「う・・・うん・・・」
　支えられてやっとそれだけが唇から溢れる。
　「どエレー、カッコだナ・・・“拓”ちゃん・・・」
　単車を支えたまま振り返ったキヨシが、意味深な口調で告げる。
　そうして、初めて自分の格好を思い出した。
　時貞の事ですっかり気を抜いていたが・・・自分はもっと大切な事をやりにいかなくてはならないのだ。
　過去ではなく・・・未来を捕まえる為に・・・。
　「―――あ・・・じ・・実はボク・・・“ヒロシ”ちゃんと“キヨシ”クンに話してないコトが・・・」
　“爆音小僧”の特攻服に“蠅王”の腕章・・・“外道”のハチマキ・・・どれをとっても、ヒロシとキヨシのチームの物ではない。
　だが、その為に気まずい思いはしたくない。
　「いーんだよ？それよか、急いでんだろー？」
　どう切り出そうかと思っている内に、先にヒロシにそう言われてしまう。
　「あぁ・・・行こうぜ？“拓”ちゃん・・・」
　同じようにキヨシも、そんな事はどうでも良い事のように告げる。
　そうして、二人並んで前を歩く。
　「行く？あ・・・あの・・・ドコへ？ボクは・・・」
　そんな二人に向かって、疑問を投げかける。
　二人が何を目指しているのかは、理解らないけれど・・・自分は別の所に行かなくてはならないのだ。
　「オレと“キヨシ”はいつだって“拓”ちゃんの味方よォ・・・」
　「だからそんなの・・・決まってらぁ・・・」
　作業服のジャンパーの背中に刺繍されている“風神”と“雷神”が並ぶ。
　「“拓”ちゃんの“行こうとしてる場所”さぁ！！」
　背中越しに、振り向いた二人は、口を揃えてそう言い切った。
　「う・・・ん・・・」
　何も言わなくても・・・説明なんかなくても・・・“理解”ってくれる。
　そんな“友達”がいる。
　逝ってしまった“友達”には、“到達”かなかったけれど・・・自分には、まだ大切な“友達”が沢山残っているのだ。
　胸が熱くなって、景色が歪む。
　盛り上がった涙が溢れ落ちるのを、拭う事も出来ずに・・・ただ感動した。
　
　
　立ち止まっている事はできない・・・。
　自分を待っている“者”たちがいるから。
　何ができるか理解らないけれど・・・失う事のできない“者”たちが、拳を交えて闘っている。
　皆“友達”だから・・・だから、止めさせたいのだ。
　たとえ、それが“掟”だとしても−−−！！
　“族の世界”・・・“敵同士”・・・“友達”・・・ゴチャゴチャとしたキーワードが頭の中を駆けめぐる。
　本当に大切な事・・・遣りたい事・・・守りたい事・・・一体、何が“真実”なのか・・・？
　その“答え”を見つける為にも・・・急がなくてはならなかった。
　
　
　後ろを付いてくるヒロシとキヨシの事は、既に脳裏にはない。
　走り初めてすぐに、また“龍神”の幻影が顕れたのだ。
　全力で追いかけなければ、直ぐに消えてしまう“幻”を追い続けて・・・スロットルを開く。
　真里が前によく言っていた、“スピードの向こう側”というのは、確かに“存在”するのだろうと理解り始めてきた。
　“音速”のスピードの中で、全てが閉ざされそうな空間の圧力の中。
　　　　　　　　　　　　　　　　　_みち
　瞳に写るのは、前を走り“未来”を示す一筋の光。
　『見えてる・・・ボクには・・・・何度でも捕まえに行く・・・』
　走りながらそれでも、もう自分を見失う事はない。
　“ルシファーズ・ハンマー”も、自分の一部のように身体に馴染んでいる。
　止まっているように見える、前方を走る何台ものパトカーも、自分を止められはしないのだ。
　“罪”とか・・・いけない事とか・・・そんな感情では、決して納まらない程・・・自分等の行動は激しいのだ。
　激しくて熱くて・・・理屈なんかじゃ納得できないから・・・だから、唯一理解る『力』を求めるのだ。
　大人になりきらない少年の心のままで、頭で理屈をこねるのではなくて、行動で自分の“存在”を示したいから・・・いつの時も。
　もしもここに“時貞”がいたならば・・・彼はそんな自分を微笑うだろうか？　　　　　　　　　　　　　　　　_わけ　
　『そうしなくちゃいけない理由なんてわからない・・・ナニが大切かなんてわからないよ・・・でも・・・』
　速く速く・・・一分一秒でも迅く・・・その場所へ。
　『“つらい”ことや“怖い”こと・・・・“友達”とか・・・“敵”とか・・・憎んでいる事やつらいこと・・・・・』
　脳裏に浮かぶのは、喧嘩を始めているだろう“友”の怒りの顔。
　真剣な・・・悲しい程に強くて・・・他人を認めたくない“怒り”。
　『“全部”がどーする事も“できない”くらい悲しいから・・・どんなにそれが“自分”で・・・到達くことが・・・“不可能”だとしても・・・運命なんて・・・ぜんぶ、決まっちゃってることだとしても・・・・』
　一人一人の顔が浮かんでは消えていく。
　全て、大切な“友達”。　漸く出会えた者たちだから・・・。
　時貞を失った時に受けた絶望は、二度としたくないから・・・。
　『ボクは・・・行く・・・！！』
　
　
　パトカーをぶっちぎって・・・走り続け・・・漸く目的の“場所”が近づいてくる。
　「“拓”ちゃん・・・！！突堤　封鎖されてるゼェ？！」
　後ろからヒロシの声が聞こえる。
　「ナンじゃあ？！“聖龍連”だぁ？！ブッ潰しちまおーぜェ？！ヒロシィ！！」
　ヒロシの愛車であるＺ�Uにタンデムしていた二人が喧嘩の体制に入る。
　流石に、一台に乗ったまま二人で一つのチームを潰した事のある二人なだけはある。
　「オレらが道を切り開くから・・・」
　ヒロシの詞はとても嬉しかったが、それがまた悲しくなった。
　「オ・・オイ・・・？！“拓”ちゃん！」
　引き止めるような叫びを無視して、前を封鎖している何十人もの群れの中に突っ込んでいく。
　『わからないよ・・・どーして“誠”さんは死んだんだ・・・・どーして“時貞”クンは死ななくちゃいけなかったんだッ・・・！』
　走りながら、疑問が頭の中を駆け巡る。
　“想い”が深すぎて・・・考える度に胸が痛くなってしまう。
　『―――どーしてみんな争い続けて・・・憎しみ続けて・・・・・』
　理解らなかった。
　争いから何が生まれるのか？
　憎しみの中から・・・一体何が・・・？
　そんな事を続けていたから・・・大切な“人”たちを失ってしまったのだ。
　そうして、これからも失うかもしれない・・・。
　「どーして？！」
　溢れ落ちる涙を止める事ができない。
　誰に対するでもない問い掛けは、悲痛な叫びであり・・・悲鳴だった。
　速度を落とさないままで・・・人垣の中をライディングする。
　慌てて道を開ける連中の間を、切り裂くように走り抜けて・・・。
　開かれた場所に、皆がいた。
　だが、視線は目の前を走る“姿”に捕らわれて。
　乱闘の場所に向かわずに、そのまま真っ直ぐに走り続ける。
　「ヤメロォ！！“拓”ちゃん　海だぁ！！」
　「ヤベェ！！“拓”ちゃん見えてねーゾォ！！」
　ヒロシとキヨシの叫びが、耳に届く。
　ちゃんと聞こえていた。
　それでも、ブレーキを握れない。
　遙か彼方の海上に、光が集中する。
　海の中から、“ナニ”かが顕れてくるようだ・・・。
　『ボクには見えてる！ぜったい捕まえる！！』
　これが、最後の賭だった。
　乱闘していた者たちが、動作を止め自分の名を叫んでいる。
　“友達”・・・大切な者たち。
　見て欲しいのだ。
　彼らにも・・・失った“者”の姿を・・・。
　忘れてはならない・・・“存在”を。
　前方に広がる巨大で神々しい光の中に、時貞の姿が浮かび上がる。
　うっすらと微笑する表情は、全てを包み込むように優しくて・・・。
　この“想い”の全てを込めて・・・。
　激しく鳴り響いていたマシンの鼓動が、唐突に止む。
　その魂が、マシンを一番愛していた“彼”の元へ戻って行ったのかもしれない。
　自分の“想い”を乗せたまま・・・。
　彼がずっと捜し求めて・・・そうして“到達”りついた宇宙へ・・・帰還っていく・・・。
　海から昇った巨大な朝日の輝きの中で、全ての“想い”が昇華されて・・・堤防ギリギリの位置で、止まった単車から降りる。
　悲しみも苦しみも・・・全てが浄化されてしまったかのように、感情が落ちついていた。
　もう、何も怖くない。
　“暴力”では永遠に得る事のできなかった“力”を、手に入れたのだ。
　そうして、大切な“友達”にそれを理解って欲しいから・・・。
　「み・・・みんな・・・」
　ゆっくりと振り返る。
　眩しい程の光を背に受けて。
　見なくても理解るのだ。
　後ろに“居る”事を。
　今までもずっと・・・見守っていてくれたのだろう・・・“彼”が。
　無数の羽根が散らばっているように見える、“想い”のカケラ達。
　「・・・喧嘩・・・止めに・・・来たよ？」
　彼らには、見えただろうか？
　自分の後ろに居る“彼”の姿を・・・。
　『龍神』の心を・・・確かに受け継いで・・・だから、これが最初のすべき事。
　二度と悲しい結末を迎えないように・・・。
　強くなるのだ・・・誰よりも。
　他人を服従させる“暴力”ではなくて・・・自分の“魅力”で、他人を引き寄せられるようになりたい。
　“チーム”でもなく・・・“地域”でもなく・・・走る事が好きな者たち全てが・・・一緒に走れるように・・・そんな繋がりを作っていく為に・・・。
　
　
　―――ここからが、『伝説』を作っていく為の、本当の始まりなのかもしれない。
　　
　
　
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