ドキドキ・ホワイトデー（なんて安易なタイトル・・・ＴＴ；）


気が付けば、月日の経つのは本当に早いもので・・・。
卒業シーズンも佳境である。
まだ桜は咲かない・・・３月半ば。


「拓ちゃーーん♪」
嬉々として近寄ってきたのは、先刻まで仏張面で卒業する先輩たちに捕まっていた時貞だった。
その両手に、またしても抱えきれない程の荷物を持っていた。
「・・・どうしたの？それ・・・」
「―――お別れの"シルシ"だってさ。」
あげるならばまだしも、卒業する人たちから貢がれてどうするんだろう・・・？
そんな想いが沸いてくる。
相変わらず、時貞の人気は凄まじい。
そこらのモデルにも負けないだろう均整のとれた肢体。
異国の血を色濃く際立たせる、銀色の髪に緋の瞳。
成績優秀で、品行方性とくれば、女子が憧れない方がおかしい。
―――だが。
だが、である。
ぶっちゃけた話、その性格はネジが一本外れている所か、最初から捻じ曲がっているのだ。
無頓着・・・と言うのだろうか？
自分の事に興味を持たない時貞は、他人にどう思われようが気にしない。
勿論、時貞に被害はいかない。
行くのはいつも・・・。


「・・・はぁ・・・」
小さな溜め息が漏れる。
入学時に出会ってしまったのが、拓の運の付き。
一目惚れしたと、同性の癖に宣言した時貞は、それからずっと拓の傍らに居るのだ。
最初は冗談だと思っていた拓も、流石に２度も唇を奪われてしまえば・・・疑う余地も無い。
それでも、嫌じゃないのは何故なのだろうか・・・？
趣味は日向ぼっこで・・・犬と戯れるのが好き。
何処か懐かしいような眼差しも、真っ直ぐに見つめられる瞳も、困ってしまうけれど・・・不思議と嫌悪感は沸かなくて・・・。
「・・・拓ちゃん？」
不思議そうに顔を覗き込んでくる時貞に、拓は慌てて思考を取り戻した。
「え？！何・・・？」
振り返ると、時貞は見惚れそうな笑みを浮かべていた。
「―――今日、暇？」
問われて、一瞬答えに詰まる。
「えーーーっと・・・」
どうしようか、迷う。
その、真意を拓は知っていたから・・・。
＜今度の金曜日・・・学校終わったらデートしよ♪＞
２日前にそう、言われた。
考えといて・・・とも。
その後、時貞は卒業する先輩たちに捕まってしまい、すれ違う事が多かったから考えないようにしていたのに・・・。
突き付けられるように言われて、困った顔で・・・拓は頷いた。
「用は・・・ないけど・・・」
「じゃぁ、決まり。一緒に、港の見える丘公園に行こっ！」
そう言うと、時貞は持っていた荷物をロッカーに放り込んだ。
中身はぎっしりとプレゼントの品々で一杯である。
前は一々捨てていたらしいが、今は一応取ってあるらしい。
それも、拓が勿体無い・・・と、ポツリと呟いたからだ。
誰からも認められるような時貞が、どうして自分を好きだなどと言うのか・・・それが拓にとっては一番不可解な事だった。


公園に着くと、時貞はさっさと芝生に寝転んでしまう。
「・・・時貞くん？」
「拓ちゃんも寝転べば？気持ち良いよ。」
うっとりという時貞は、ゆっくりと瞳を閉じた。
そんな時貞を、道行く人たちが、見ていた。
その風貌が目立つのもあったが、やはり女性の方が視線を向ける率が高い。
他人を気にしない時貞と違って、他人の目線がとっても気になる拓は、とても寝転ぶ事などできそうもない。
だから、黙ってその隣に腰をおろした。
暖かな陽光が降り注ぎ、海の方から吹いてくる風が、心地よい。
まだ少し肌寒い日も多いけれど、今日は小春日和だった。
晴れた空には、鳥の姿も見えた。
のんびりとした時間。
時貞は眠ってしまったのか、静かだった。
何の為に拓を誘ったのか理解らなかったけれど、こんなゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりだった。


いくら日が落ちるのが延びたとはいえ、５時を過ぎれば薄暗くなってくる。
同時に、気温も下がる。
どうしようか拓が考えていると、突然時貞が起き上がった。
「―――俺、寝てた。」
「・・・うん。とても気持ちよさそうだったよ。」
まだ寝ぼけてるような時貞に、拓は小さく微笑った。
「芝生が気持ち良くて暖かかったから・・・でも、いつもはこんなに寝入る事なかったのに。」
呟くように、時貞はそう言った。
「―――まぁ、良いや。メシ食いに行こう。」
立ち上がって、伸びをしながら拓に向かって告げる。
このまま帰るのも何だか悪い気がして、拓は付き合う事にした。


カラン・・・と、音を立ててドアが開かれる。
「いらっしゃい？あれ・・・セロニアス？」
入った途端に声を掛けられて、驚く。
時貞は、勝手知ったるなんとやらで・・・ずかずかと店の中に入っていった。
そうして一番奥のテーブルに当たり前のように座ったので、拓も同じように座った。
店の雰囲気はとてもではないが、いつも拓が行っているようなファーストフード系の物とは違っていた。
場違いな雰囲気に、肩が竦んでしまう。
「―――セロニアスが、誰かと一緒に来るなんて・・・珍しい事もあるなぁ・・・。」
ニコニコと語りかけてくる店員さんに、拓は首を傾げる。
「・・・セロニアスって、時貞くんの事？」
不思議そうに呟くと、店員はプッっと吹き出した。
途端に時貞の睨みにあって、慌てて口を抑えるが笑いの発作は治まらないようだった。
「高遠・・・笑い過ぎだ。」
ブスッと言う時貞に、その人は漸く笑いを治めた。
「悪ぃ悪ぃ・・・そういや、時貞が本名だったよな・・・。―――ったく、どうみても外人みてえなのに、そんな昔の人間みたいな名前で・・・ぷぷ・・・」
また、笑い始める相手に、時貞は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「・・・セロニアスは、俺の洗礼名だよ・・・拓ちゃん。」
「―――洗礼・・・名？」
聞きなれない言葉に、拓の頭は疑問符だらけである。
「キリスト教徒が生まれた時に持つもの。」
「ふーーん・・・。」
さらりと告げられた言葉に、拓は時貞がキリスト教徒なのだと初めて知った。
普段、学生生活しているだけでは、そんな事までは理解らない。
「へぇ・・・セロニアスが最近おとなしくなったっていうのは、ホントだったんだ。こいつ、昔は・・・痛ェッ！」」
何か言おうとした、高遠を時貞は蹴り飛ばした。
「うるさい。俺達は、客だぞ。良いからさっさとメニュー持ってこい。」
尊大な態度で告げる時貞に、拓は冷汗を垂らす。
幾ら知り合いだからと言って、蹴るのはどうかと思うのだが・・・。
でも、学校内では絶対見られない時貞の態度に、拓は不思議な感じもしていた。
「へいへい・・・。全然変わらねぇじゃねーか・・・。」
ボソリと呟きながら、高遠はカウンターに戻っていく。
「あの・・・時貞くん？」
「何？」
「―――こういうトコ、よく来るの？」
どう考えても、ただの喫茶店ではない。
カウンターの上に乗っているのは、多分お酒に違いないから・・・。
「昔・・・ね。」
拓の問い掛けに、時貞は少しだけ目を細めてそう答えた。
気だるげな言い方に、それ以上は触れてはいけないような気がして、拓は黙った。
それは、拓の知らない過去だ。
―――ほんの少しだけ、胸が痛む。
「お待たせしました。」
戻ってきた高遠が、グラスとメニューを持ってくる。
「セロニアスは、いつものヤツか？」
「―――いや。今日は・・・拓ちゃんはどれにする？」
聞かれて、メニューを見ていた拓は固まった。
羅列するのは、英語ばっかりで・・・読めないと言った方が正しい。
「あの・・・僕・・・」
困ったように時貞を見る拓に、漸く時貞も納得した。
「―――これが、本日のデイナー。それから、こっちがパスタに、ピザに・・・ライスはこれなんだけど・・・読めないか。」
説明しながら、それが面倒くさくなったのか時貞は高遠を呼んだ。
「二人とも、本日のデイナーで良いや。俺は、パン。拓ちゃんは・・・パンとライスとどっちにする？」
「・・・え・・と・・・ご飯。」
「じゃあ、ライスで。あと、アルコールはいらないから―――俺も。」
パタッと、テーブルの上にメニューが落ちる。
ふと見ると、高遠は固まっていた。
「セロニアスが、アルコール抜き・・・？」
まるで、恐ろしい事を聞いてしまったかのような青褪めた顔で、そう呟いている。
「いいから、さっさと戻れって。職務怠慢で、報告するぞ。」
ボソリと凄みを利かせて言う時貞に、高遠は物凄いスピードでメニューを拾うとカウンターに戻っていった。
「・・・来んじゃ、無かった。」
ムッとする時貞に、拓は思わず苦笑する。
馴れている様子から、ここは時貞の常連の店なのだろう。
座っている時貞は、この店の雰囲気と凄く似合っていたのだ。
溶け込んでいると言っても、過言ではないだろう。
だからこそ、いつも学校で時貞が纏っている緊張感が消えていた。
柔らかな表情。
「拓ちゃんは、こういう場所は嫌い？」
問われて、返答に困る。
「嫌いも何も・・・入った事なかったし・・・。」
普通の学生生活を送っている限り、高校生が立ち入れる場所ではない。
ディスコとか、ライブハウスとか・・・興味がないと言ったら嘘になるし、一回は行ってみたい気もする。
ただ・・・勇気がないだけで・・・。
何となく、不良のイメージが強いから・・・レッテルを張られるのが怖くて。
「でも・・・嫌いじゃないよ。」
限りなくアメリカに近い店内。
流れているのも勿論英語の歌詞で・・・壁には様々なレプリカ。
派手ではなく、落ち着いた作りの店内に座っている時貞を見ていると、ここが日本であるという事が嘘のようだった。
「ご注文の本日のデイナーです。」
そうして、出てきた物に、拓は腰を抜かしかけた。
デンと乗っかった肉の塊は、一体何ｇあるのだろうか？
しかも、周りに置かれたサイドメニューの数々。
思わず金額を計算してしまって・・・拓は財布の中身を心配してしまった。
美味しそうではある。
しかし、人間食べられる量にも限界があるのだ。
時貞も、一瞬嫌そうな顔をしていた。
「・・・これ、メニューに載ってたヤツか？」
「―――スペシャル・バージョン♪今日は特別な日だから、コックも腕によりをかけて作ってるんだ。残さず食べてね。」
にっこりと言う高遠に、拓はタラタラと冷汗を流す。
「―――俺たちは、ＭＰじゃねえぞ・・・ったく・・・。」
悪態をつきながらも、時貞は肉にナイフを入れていく。
「残しても、構わないよ、拓ちゃん。こんなに食べる奴なんか、滅多にいないから。」
「う・・・うん・・・。」
時貞の言葉に、拓も漸く料理に取り掛かった。
想像していた以上に、料理は美味しかった。
その量もやっぱり想像以上で、食べきれなかったが・・・。
時貞は、さっさと諦めて残していた。
「―――ごちそうさま。」
満足した拓が、笑顔になる。
何だかんだ言っても、人間は満腹になると笑顔が出てしまう。
そんな拓の様子に、時貞も嬉しそうに笑う。
「満足した？」
「うん。とっても。・・・こんな大きくて美味しい肉にかぶりつくなんて贅沢、したことなかったから・・・」
「―――贅沢・・・か。」
途端に少し翳る時貞の表情に、拓は首を傾げる。
「いや・・・。そろそろ、出ようか。」
何だか時貞の様子がおかしかったが、それよりも拓はギクッとしてしまう。
勘定がいくらになるのか、不安だったからだ。
「―――あの・・・時貞くん・・・。僕・・・余りお金持ってこなかったから・・・」
学校帰りなのである。
そんな大金を持っている方がおかしい。
だが、時貞は拓の心配を一笑しただけだった。
「誘ったのは俺だよ。それに、ここは金払わなくて良い場所だから。」
笑いながら言う時貞に、拓は瞳を丸くした。
言っている事が良く理解らなくて、思考が止まる。
だが、そのまま会計も済ませないで、店を出ていこうとする時貞に、拓は慌ててしまう。
「あの・・・でも・・・？」
「―――俺の、店なの。」
「・・・は？」
真っ白になってしまう。
「ちょくちょく、顔出せよ、セロニアス。」
バイバイと手を振っている高遠にまでそう言われて、拓は―――言葉も出なかった。


前を歩く時貞は、何も言わない。
その後ろを拓はトボトボと歩いていく。
驚きと衝撃から、まだ戻れないでいた。
駅までの帰り道・・・ふと時貞の足が止まった。
「―――俺の事、拓ちゃんに知って欲しかったんだけど・・・」
小さく呟かれる言葉。
ゆっくりと顔を上げると、不安げな緋色の瞳とぶつかった。
「・・・あ・・・。うん。ちょっと、びっくりしちゃって・・・。僕の知らない時貞くんだったから・・・その・・・。」
しどろもどろ、応える。
初めて知る事が多過ぎて、頭がパニックを起こしているのだ。
「・・・嫌いに、なった？」
言われて、ブンブンと首を横に振る。
それだけは、無い。
今日の時貞は、本当に自然だった。
驚いたけれど・・・嫌ではない。
「―――考えてみたら、時貞くんの事、余り知らないんだなぁって・・・。その、どうして僕なんかと一緒にいるんだろうって、考えた事はあるんだけど・・・。」
「・・・迷惑・・・かな？」
独特な言い回しで聞かれて、拓は困ったように首を横に振った。
「迷惑とか・・・そういうんじゃなくて・・・。」
どう答えていいのか、拓にも理解らない。
ただ、胸が苦しくて・・・。
知らないことを知る度に、不安になっていくのはどうしてなのだろう？
「―――拓ちゃん？」
不思議そうに呟いた時貞の指が、頬を撫でる。
びっくりした拓は、大きく瞳を見開いて・・・涙が零れた。
「あの・・・これは・・・その・・・。」
途端にカアーーーッと顔が熱くなってくる。
そんな顔を見られたくなくて、思わず顔を背ける。
―――途端に、後ろから抱き締められた。
「・・・えっ・・・あっ・・・？！」
驚いて反射的に逃げようとした拓は、抱き締める時貞の腕が震えている事に気付いた。
「・・・拓・・・・・・」
掠れたくぐもった声が、耳に響く。
自分の名前を聞いて、こんなにぞくりとするとは思ってもみなかった。
「―――早く・・・・・・」
続けられた言葉は、音にならなくて、聞き取る事ができない。
ドキドキしている自分の鼓動の音が、耳障りで。


・・・息が止まるかと、思った。


どうする事もできない拓が、沸騰しそうな意識を必死で繋ぎとめていると、漸く時貞は拓を解放した。
動き出した時に、拓も思わず深呼吸してしまう。
酸欠で倒れそうだった身体も、放たれた感触に緊張が解けた。
「・・・ごめん・・・。あんまり拓ちゃんが可愛くて、我慢出来なかった。」
真面目な顔で言われて、羞恥の余り倒れなかっただけ、慣れたのかもしれない。
それはとても、怖い事だったけれど・・・。
「・・・はぁ・・・」
だから、がっくりと肩を落とす。
駅前通りではないから、人気がなくて良かったのか、悪かったのか・・・。
３度目のキスまで奪われてしまえば、もう拓も覚悟を決めるしかないのだろうか？
理不尽だとは思うのだが、どうしても嫌いになれないのだから。
だからと言って、好きなのかと問われれば・・・違う気もする。
拓は、困ったように時貞を見た。
「―――何？」
「やっぱり、時貞くんは僕には『謎』・・・。」
真剣な顔で見ていた時貞に、困ったように拓は微笑った。


それでも、ほんの少しだけ時貞を知る事が出来た日。
―――３月１４日のホワイト・デー。


　ＥＮＤ。　　　／　　戻る

（これは、前回のバレンタインＳＳの続き物です♪読んでない御方はＳＳの部屋へＧＯ！内容は・・・突っ込み無しにして下さい。ええもう、雰囲気だけで、書いてるＳＳなんで（苦笑）遅くなってごめんなさーーーいっ（脱兎））