ここにきて、漸く拓の意識もはっきりしてくる。
目覚まし時計を確認して、今の時刻を知った拓は、ほんの少しだけ眩暈を起こしかけた。
昨夜、ちょっとした理由で帰れなかった拓が、漸く家に帰ってこれたのはほぼ明け方で・・・。
ベッドに入ってからまだ５時間程しか経っていないのだ。
折角の日曜なので、昼頃までは眠れるだろうと思っていただけに、辛い。
因みに、昨夜から今朝まで一緒に居た真里も、拓と同じ時間しか寝ていない筈なのだが・・・このテンションの高さは何なのだろう。

「ん？何？拓ちゃん。」
「どうして、マー坊くんがここに居るの？」

目が覚める前に、真里が何か喋っていたようだが、はっきり言って殆ど拓には聞き取れていないのだ。

「今日は、“ポッキーの日”らしいから、拓ちゃんと一緒にポッキー食べようと思って♪」

何処から取り出したのか、手に持った箱をずいっと目の前に差し出してにこやかに告げた真里に、拓はまたしても眩暈を感じた。
出来る事なら、このままベッドに沈み込んでそのまま眠ってしまいたい。
それこそ、拓にとってはお菓子の会社が勝手に作ったイベントなんてどうでも良い。
だが、お菓子大好きな真里が、わざわざ起きて家まで来たという事は、拓を逃がしてくれる訳もないのだ。
真里の為なら何でもしてやると、常日頃から豪語している秋生は、残念な事に甘いものが苦手なので・・・だから、拓に白羽の矢が立ったに違いない。
ここで拓が相手をしなければ、機嫌を損ねた真里の八つ当たりが秋生に向かうと理解っている拓は、いつもお世話になっている秋生を助ける為にも受け入れるしかない。

「・・・・・・・・・・理解った・・・」

たっぷり深呼吸した後で、拓は半分投げやりな感情で頷いた。

「―――じゃあ、口開けて。」
「・・・え？ボ・・・自分で・・・ん・・・」

起き上がって真里と一緒に並んでベッドに腰掛ける。
朝っぱらから、ご飯ではなくお菓子を食べなければならない状態に、少しだけ躊躇するが、ご飯代わりに甘い物を食べる事が多い真里は、嬉々揚々と箱のパッケージを開けて、中からチョコのポッキーを取り出すと、それを食べないで拓の口元に持ってきた。
驚いた拓が断ろうと口を開けた所に、差し込まれて言葉が途切れる。

「折角だから、ポッキー・ゲームしよ♪」
「―――んん？！」

口に咥えさせられたポッキーのチョコの甘さに一瞬気を取られた拓は、見惚れそうな程艶やかに微笑った真里の言葉に、目を白黒させる。
思わず逃げの体制に入った所を、押さえつけられて、絶体絶命のピンチ。
ベッドの上、後ろは壁で逃げられない。
伸し掛かるように迫ってきた真里に押されるように、堪えきれなかった拓はポスンとベッドに横になってしまった。

「・・・んぅっ・・・ま・・・」
「しっ！黙って・・・」

思わずポッキーを離してしまった拓が、声を上げようとした途端、真剣な顔の真里が至近距離で、真っ直ぐに拓を見ていた。
その表情に、拓はドキッと鼓動を鳴らして、思わず目線を逸らしてしまう。
拓が口から外してしまったポッキーは、今度は真里が咥えている。
そのまま押し出されるように口元に差し出されて、拓は頬を染め上げた。
真里の真意に漸く気付いた途端、羞恥に取り込まれる。

「ん・・・」

もう一度真里に催促されて、拓は泣きそうになる。
上から真里が覆い被さっている状態なので、逃げる事などできない。
ドキドキと高鳴る心臓の音は、今にも鼓膜を破ってしまいそうな程大きい。
真里を直視するのが物凄く恥ずかしくて、拓は唇に触れるポッキーを、瞳を瞑って小さく開いた口の中に咥えなおした。

ポリッ・・・ポリポリ・・・。

両端から、同時に短くしていく。
ゆっくりと・・・だが、確実に近くなっていく距離。
互いの息が、相手の顔にかかる。
息苦しいほどの緊張に包まれたまま、拓はその瞬間を迎えた。

―――ふっ、と。

息が重なった途端・・・固いポッキーとは全く違う柔らかな感触が触れる。
滑りを持った生き物のように動いた舌が、拓の唇を形に沿って舐め上げたので、拓はビクッと全身を震わせた。

「・・・んっ・・・」
「・・・ふ」

密かに開いた拓の唇の隙間を縫うように、真里の舌が侵入する。
熱い息が、絡まっていく。
砕かれたポッキーの欠片が残っている口内をザラリと舐められて、拓の背筋に痺れのような衝撃が走った。
無意識に逃れようとするのを、真里の指先が顎を掴んで引き戻す。
満足に息をする事も出来なくて、苦しさの余り、拓の目尻から涙が溢れる。
何かに縋るように伸ばされた指先が、触れた真里のシャツをきつく掴んだ。

「・・・はぁ・・・」

やがて、拓の口内までも舐めつくした真里が満足したように顔を上げて、息を吐き出す。
拓は息も絶え絶えで、ぐったりとしたまま浅い呼吸をくりかえすだけだ。

「―――甘い・・・」

グイッと口元を指先で拭った真里が、その指先を舐めて欲情した顔で微笑う。
そんな真里の表情に、拓もゾクリと身を震わせた。
口の中の甘さだけじゃなくて、全身に甘い痺れが残っている。
真里から与えられるキスは、いつもいつも甘くて激しくて息が止まりそうで・・・。
だから、拓は思わず逃げたくなってしまうのだ。
逃げられる筈もないのに。

「もう、一回・・・しよ。」

獲物を捕らえた獣のような強い笑みが、征服者の証。
捕らわれてしまった拓は、どうする事もできない。
涙に潤む瞳を閉じると、先ほどと同じように唇にポッキーが差し込まれる。
ゆっくりと覆い被さってくる真里の重みを感じながら、拓は身体の力を抜いていく。
爆発してしまいそうな心臓を抱えて、呼吸困難に陥って。
―――文字通り、甘いキスに溺れていく。

「・・・ん・・・・っ・・・」

ポッキー一箱分のキスをされたら、溺れて死んでしまうかもしれない。
そう、拓は思った。