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スペシャル・ナイト
「デートしようか？」
それは、本当に不意打ちの言葉だった。
いつだって思い立ったら吉日の人間で、他人の意思や予定など全く無視する相手だという事は、この一年で嫌という程、半ば有無を言わさない状況で慣らされてしまった筈だったのだが・・・。
それでも、やっぱり唐突な言葉は、驚きを引き起こす元らしい。
「はい？」
大きな瞳を更に見開くようにして、拓はそれを告げた相手をまじまじと見てしまった。
そうして、怖々と言った様子で、まるで凶悪なものに向かうような仕草で、相手の額に向かって手の平を押し当てようとした。
「・・・ナニ？」
だが、その腕を逆に引き寄せられて、その腕の中に引きずりこまれてしまい、慌ててバタバタと手足を動かして逃れようとするが、所詮相手の腕力に適う筈もない。
「離して！？時貞くんっ！」
まい
はにー
「オレの“拓”ちゃん♪」
幸せそうな表情で、拓を引き寄せたままその髪に頬を擦り寄せる。
それをやられる度に、拓の心臓がどれほど縮む思いをしているのか時貞は知らない。
こればっかりは、慣れると言う事はなかった。
「デートしようよ。」
拓を両腕に抱き締めたまま、時貞はもう一度最初の言葉を告げた。
途端に、拓の抵抗が止み・・・信じられないという表情で時貞を見つめる。
「本気？！」
ここにきて、漸く時貞が真面目で言っているのだという事を知って、言葉も戸惑いのものとなってた。
「そう。二人で出掛けて・・・公園を散歩したり、食事をしたりして・・・。」
何かを夢見るような表情で告げる時貞の表情に、拓の中で危険に対する信号が点滅し始める。
「―――時貞・・くん？」
モシモシ？と言った口調で、拓はそっと問いかけるが、空想か妄想に耽っている時貞にとって、それはもう決定している事項だったらしい。
「じゃ、行こうか？」
言葉と同時に、抱え上げられてしまう。
「ちょっ・・・ちょっと時貞くんっ！？降ろして！？どうして、いきなり？！」
軽々と抱え上げられてしまう事に、ちょっと口惜しさを感じながら、拓は精一杯のお願いで頼んでみる。
下手をするとこのままの状態で“ＳＲ”に乗せられる可能性があるだけに、せめてその言葉を発する原因を追求したいと思うのは我が侭であろうか。
拓の問いに、ちょっとだけ眉を上げた時貞は、何でもないと言う風に微笑を浮かべる。
「したこと無かったから、恋人同士みたく一遍してみたくなった☆」
平然と告げる時貞に、拓は思いっきり脱力してしまう。
そりゃ、そうだろう。
恋人も何も、最初から恋愛感情など全く、全然・・・これっぽっちもなかったのだから。
なのに、空から恐怖の大王が降ってきたかの如く、『不運』というやつは、突然拓の人生を狂わせてしまったのだった。
勢いと、同情と、少しの『想い』だけで・・・永遠の後悔に陥る羽目になろうとは、拓自身想いも寄らなかった。
しかも、あの人生最大の不幸とも言える―――結婚式から、既に一年がたってしまったのだ。
現状は、未だに変化する事もなく、毎日が衝撃と驚愕で過ぎていくだけであったが・・・。
そんな状態で、今更恋人同士もないものであろう。
だが、拓の思惑とは逆に、時貞は人生を謳歌しているようであった。
毎日が幸せで、楽しくて仕方ないらしい。
尤も、表面上ではポーカーフェイスを保っているので、余程親しい者しかそれを理解る者はいなかったけれど。
「桧原っ！『拓』ちゃんと出掛けてくる。」
執事の桧原にそう告げると、時貞は拓を抱えたまま、結局“ＳＲ”に乗せてしまう。
逃げようがない拓は、仕方なく時貞にされるがままになっている。
「行ってくるよ、アービィ・ルーファス・・・」
主人の見送りにきた二頭のボルゾイ犬にそう告げるとその頭を撫でる。
おとなしくそれを受け入れた二頭は、時貞の腕の中で困っている拓を気づかうように、そっと手を嘗めた。
「・・・行ってくるね。」
仕方がないという風に、はぁっ・・・っとため息を零してから、拓も同じように頭を撫でる。
いつの間にか手に持っていたコートを、拓に被せると、時貞も愛用のコートを着込む。
「しっかり掴まらなきゃダメだよ。」
メットを被った拓にそう言い聞かせるように告げると、時貞は“ＳＲ”を駆動させる。
一瞬の“Ｇ”が、身体を浮遊させる。
そうして、まるで風と共に疾駆するかのように・・・二人の乗った“ＳＲ”は、横浜中央へと向かって走り出した。
―――だがしかし、拓はまだまだ自分の認識が甘かった事を、嫌という程身を持って知る事になるのである。
「着いたよ、『拓』ちゃん。」
時貞の言葉を、拓は一瞬聞き落とした。
と、言うよりも、まだ身体の中で“ＳＲ”の振動が残っているような感覚に包まれていて・・・痺れていたのだ。
「・・・ぁ・・・うん・・・あっ・・。」
単車から降りた時貞の後に、同じようにしようとした拓は、思わずバランスを崩してしまう。
「拓ちゃん？！」
それを、時貞がさり気なく支える。
「・・・あ・・・ありがと・・・・」
時貞に抱えられて漸く足を地に付けられた拓は、真っ赤になって礼を述べた。
心の中では、不覚を取ってしまった・・・！？と嘆きながらも。
「じゃあ、行こうか☆」
妙に浮かれている時貞が、珍しくて・・・でも、その笑顔がまんざらでもない拓はつい気を抜いてしまった。
「うん。」
素直に時貞の言葉に頷く。
地下の駐車場から、エレベーターを使って一階まで上がった拓は、そこが横浜ランドマークタワーだという事に気付いた。
いつもの市内地よりも、随分と海側へときている事に拓は不思議そうな顔をする。
「時貞くん？ここ・・・」
「ん？！あぁ・・・そう、“みなとみらい”だよ。ケッコー“イ”い場所あるらしい。」
フワリと微笑を浮かべる時貞に、拓は突然の行動の意図を悟ってしまった。
確か、昨夜見たテレビの中で、ここの特集を組んでいたような気がする・・・。
つまりは、またしても遊びたくて・・・でも一人では嫌なので拓を連れだしたのだ。
しかも、ここは横浜の中心街からは遠く、他の連中の邪魔が入らないと踏んだのだろう。
どうして・・・そういう考えを、もっと別の方向に向ける事ができないのだろう・・・。
つい、ため息が零れてしまう拓であった。
それでも実際、拓とて来た事がなかったので、ここはもう開き直って楽しんでしまうに限ると思い直す。
「何処に行くの？」
ちょっと困ったようないつもの笑みでそう問いかけると、途端に時貞の笑みが広がった。
一階の入口から外に出て、歩いて２．３分の所にあった建物に時貞は入っていく。
入口には《三菱みなとみらい技術館》と書いてあった。
その入口で、二人分の料金を払うと貰ったパンフレットを手に時貞は拓の手を引っ張った。
「うわぁ・・・」
思わず感嘆の声が拓の口から零れる。
重厚技術の最先端とも言える、先端技術の数々が、理解りやすく展示やゲームなどで紹介されていた。
大きなブロックは全部で５種類に別れていてそれぞれにテーマが決められている。
環境・宇宙・海洋・エネルギー・コミュニケーション・・・。
その中で、特に時貞が興味を持ったのは“宇宙”だった。
拓が声を掛けなければ、そのままずっと浸っていたのだろうか。
不意に、不安になってしまって拓はそっと時貞の服を掴んでしまう。
「時貞くん・・・？」
「あぁ・・・“ダイジョウブ”・・だよ。『拓』ちゃん・・・。」
穏やかな声に、ホッとしている自分に気付いて・・・拓は思わず冗談じゃない！？と首を横に振って、その感情を打ち消した。
“宇宙”を見つめる時貞の瞳が、懐かしいものを探しているように見えて・・・それがとても怖かったとは、口がさけても言えない・・・と。
取り敢えず、館内を一周してから・・・そこを後にした。
そのまま、隣に位置する《横浜美術館》へと足を向ける。
入館してエントランスホールと呼ばれる広場を抜けると、屋根がガラス張りの部屋に出る。
そこから右手のエレベーターへと、時貞は進んでいく。
初めての場所で戸惑う拓の足取りとは逆に、時貞のそれは軽い。
まるで行く場所をずっと前から計画を立てていたという風に。
常設設備の方ではなく、企画展のコーナーの方に向かうという事は、その内容を把握しているからなのだろうか？
入口の所に出ていた看板では、『古代・中世ヨーロッパ印象派展』と書いてあったが、それがどんなものなのか、拓には全然理解らなかった。
そうして、その意味が把握できたのは、その展示してあった絵画を見た瞬間だった。
それは、確かに時貞の求めるものだったかもしれない。
『厳粛』な“美”。
大いなる・・・壮大なる“敬愛”。
神々しいまでの―――“翼ある者”
宗教的な色が一番濃く写し出されている作品の数々は、逆に人々の救いへの“願い”を訴えているようだ。
黒い翼の“夜の女神”。
それは、決して恐怖だけではなく・・・。
キリストを胸に抱き、涙するマリアの絵の前で、時貞は足を止める。
ジッと見つめる“緋”い瞳が、深い彩りを見せる。
その横顔を見つめる拓の心を鷲掴むようだ。
どれ程の『想い』を、抱えているのだろう。
どれだけの『願い』を、祈った事だろう。
それらは、叶ったのだろうか？
少しでも、報われたのだろうか？
こんな時、拓はどうしようもなく、胸が苦しくなる。
何もしてあげられない自分が、とても歯痒くなる瞬間。
ふと、気付くと・・・時貞の手が拓の指先を掴んでいた。
「−時貞くん？」
「・・・今は、拓ちゃんが・・・いるから。」
小さく囁くような呟きが、耳を掠める。
キュッと握られたその強さが、拓の胸の痛みを拭い去っていくようだった。
「これは・・・“祈り”・・・“天使たちの囁き”・・・“神への讃歌”・・・」
一枚一枚の絵の前で、横に書かれてある横文字を見ながら、時貞は拓へと説明していく。
尤も、そういう方面には、まるっきり無知な拓は、ただ時貞の言葉を素直に信じる事しかできなかった。
何だか、すっかり高尚なコースを辿っているような感覚を覚えながらも、拓は時貞の進む後を付いていく。
「一休みしよう。」
一通り見おわってから、突然時貞がそう告げて、拓は一瞬キョトンとする。
確かに結構歩き回ったが、別に疲れているという訳ではないし・・・時貞に至っては、全然最初と変わっていないようにしか見えないのだ。
「何処・・・で？」
「ここの２階だよ。」
言葉と同時に、時貞は拓の腕を掴んで、どんどん歩き出す。
そうして、時貞が歩いていく店を見て、拓は更に目を見開いた。
「ちょっ・・・時貞くんっ！？ここって・・・」
拓の焦りも無理はない。
店の雰囲気が、とても高校生が入れるような場所ではないと訴えているようなイメージだったのだ。
「ティーブレイクは、本当はイングランドに限るけど、かといって、この辺で甘味処はないし・・・仕方ないよね。」
明るく言う時貞の意識は、拓のそれとまるっきり異なっていたりする。
そういう問題じゃ・・・！？と拓が思ったのも束の間・・・結局強引な時貞に勝てる筈もない。
「何にする？『拓』ちゃん。」
メニューを見て、その値段にまたクラクラとする拓を尻目に、時貞は平然と選んでいる。
時貞がお坊ちゃんだと言う事は、前々から知っていた。
感覚が、平民の拓とは違うと言う事も。
だが、だが・・・拓が他の連中と一緒に一服するというのは、良くあるファーストフード系統の店で、セット売りいくらの世界だというのに・・・フランス料理の店に入られるのはちょっと・・・どころか、かなり嫌かもしれない。
こんな高級そうな所でする一息など、息を止めているに等しい。
「そんなに高くないな・・・味はどうだろ？」
コーヒーが一杯５００円もする事に、缶コーヒーなら１１０円で済むのに・・・と考えていた拓は、時貞の言葉に思わずテーブルに突っ伏してしまう。
これだから・・・金持ちは嫌いだ・・・・と自分も既にその金持ちに養われていながらも、まだ金銭感覚が一般人から抜けられない拓は嘆いた。
「オレは“ドン・ペリ”のロゼ・・・こっちは、ミルクたっぷりのカフェ・オレとミルフィーユを。」
注文を取りにきたウェイターに、そう告げると時貞は椅子に背を預けた姿勢のまま、ポケットから煙草を取り出して火を点けた。
一息吸って、ゆっくりと吐き出す。
その仕草も、実に堂々としたものなので、誰も未成年が煙草を吸っているとは思いもしないだろう。
半分異国の血が混じっている時貞は、歳相応に見られる事はない。
拓だとて、初めてその年齢を聞いた時に、信じられなかったのだから。
それでも、一緒にいて、少しづつその表情の少ない変化まで、理解るようになってきて。
・・今では、子供っぽいと思う時すらある・・・。
尤も、思うだけで、面と向かって言った事はまだないが。
「お待たせしました。」
注文したものがテーブルの上に並べられる。
半分しか吸っていない煙草を、時貞は灰皿で消してしまった。
「時貞くん？」
それがとても不思議で、拓はつい問いかけてしまう。
「こっちを、飲みたい？！」
シャンパングラスを、わざわざ拓に向けて尋ねる時貞に、ブンブンと首を横に振って見せる。
「こっちがあるからいいっ！」
それから、慌てて時貞の視線から逃れるように、目の前のカフェオレに口を付けた。
ミルクのたっぷり入ったそれは、だが、まだ砂糖が入っていなかったので結構苦かった。
「あつっ！？」
おまけに猫舌な癖に、冷ますのを忘れていたのでその反動が全部きてしまった。
苦いし、ヒリヒリするし・・・半べそをかきそうになってしまう。
「・・・しょうがないなぁ。」
クスリッと微笑を浮かべながら、時貞は備付けのシュガーポットから、二つ掬って拓のカップの中に入れて・・・最初に出されたコップの中から小さな氷を掬ってそれも入れて軽く掻き混ぜる。
それから、それをいつもするように一口嘗めて・・・また元に戻した。
「もう、平気だよ。」
にっこりと告げる時貞に、拓は恥ずかしいやら立場がないやらで茹でダコのように真っ赤になって俯いてしまった。
「・・・ありがと！？」
「どういたしまして。」
小さな・・・消え入りそうな声で告げる拓に・・・時貞の笑みが深まる。
そんな拓を“可愛い☆”“抱きしめたい♪”と思っているのだから、既にビョーキも脳まで達していると見ていいだろう。
拓にとっては息が詰まりそうな・・・だが、時貞には至福の『お茶の時間』であった。
美術館の外の広場を歩いて・・・そのまま《けやき通り》を通って、もっと奥の方の海側の建物へと向かって歩く。
大きな展示場を持つ《パシフィコ横浜》は、色々なイベントなどが催される事もあるらしい。
今日は何もなかったので、見学する事もできたが・・・そこは時貞の目的地ではなかった。
そのままぐるりと回って、海側へと足を運ぶと、海の上に浮かんでいるような建物があった。
「時貞くん？何、あれ・・・？」
不思議そうに拓が尋ねると、時貞は『行ってみよう』とだけ告げた。
橋を渡って建物の中に入ると、そこはシーバスなどの海の交通の乗船口となっていた。
「へえぇ・・・知らなかった。」
海風に煽られながら、拓が止まっていた船を見て感心したような声を上げた。
「横浜駅や、山下公園まで行ってるようだよ、『拓』ちゃん。」
「ふぅーん・・・。」
《ぷかりさん橋》の説明の画面を見て、本当に海の上に浮かんでいるのだという事を知った。
足元のすぐ下は、穏やかな波がゆらゆらと揺らめいている。
濁った近くの海は、とても綺麗とは言えなかったが、遠くの水面は陽の光を反射させてキラキラと輝いていた。
そろそろ夕暮れ時も近づいていたので、潮風も幾分きつくなってきたのかもしれない。
「そろそろ行こう？」
「うん。」
最初は強引で無理やり連れてこられた事に、ちょっとだけ不満があったが・・・それも今では何処かへと消えてしまっているようだった。
《ぷかりさん橋》から歩いて１０分もしない内に、《コスモワールド》という遊園地へと二人は辿り着いた。
「わぁっ・・・遊園地なんだ？！」
そんなに広い場所ではなかったが、何よりも一番目につくのは、巨大な観覧車であった。
施設の案内板の所で、そこにある乗物などを調べたら、全部で１０個もあったので、つい顔を見合わせてしまう。
遊園地というと、前に真里と初対面の時にそのまま誘われて行って、ちょっと怖い体験をしてしまった思い出があったので、拓は本の少しだけ躊躇してしまったのだが。
「何乗ろうか？『拓』ちゃん☆あっ、勿論観覧車は最後だよ。」
笑顔でそう言う所を見ると、やはり最初っからここは目的地に入れていたらしい。
そういえば、昨夜の番組でも、ここの特集をやけに時貞がじっくりと見ていたような気がした。
拓にしてみれば、親子連れが仲良く遊んでいる風景を寂しそうに見ていた時貞の背中が、とても切なくなってしまったと言うのに。
肝心の相手は、その頭の中で、既に今日の行動範囲を設定していたというのだから、これはもう絶句以外の何でもない。
「あれは？」
がっくりと肩を落としている拓の横で、視線を周りに流していた時貞の視界に何かが写ったらしい。
その声に釣られて、ふと顔を上げた拓は、時貞が示す方を見やって、目を見開いた。
目の前では、ちょうどレールの上を仲がとてもよいカップルが、楽しそうに渡っていく所だったのだ。
「何？あれ・・・・」
「えっと・・・“ムーンサイクル”。人力モノレールって書いてあるけど・・・どう？」
どう・・・と聞かれても、あれを二人ですると言うのだろうか？
恐る恐る時貞を見ると、嬉しそうな顔で待っている。
拓の額から、脂汗が流れる。
一瞬、二人で仲良く乗っている姿を想像してしまった拓は、そのまま気を失いそうになってしまう。
フウッと一瞬目の前が暗くなる。
とっても、嫌かもしれない・・・。
ああいうのは、カップルで乗るから楽しいものであって・・・。
例え、時貞の『想い』が、それを示していようとも、世間が認めない事もあるのだ。
流石に、高校生の男の子が二人で乗る物ではないだろう。
「怖いのかい？大丈夫だよ、『拓』ちゃん。オレがついているから♪」
だから、嫌なのだ・・・とは、口が裂けても言えまい。
言ったが最後、この平穏な状態は粉々に打ち砕かれ・・・後に残るのは“戦慄”だけとなるのが目に見えているのだから。
そういう問題じゃ・・・！？と、拓が穏便にと努力しようとも、それらを全て無力化してしまう時貞の前ではそれも通用はしない。
結局、気付いた時には、それに乗る為の列に並んでいた。
目立つ・・・ただひたすら目立つ。
拓だけならば、こんなに好奇な視線に見られる事はなかっただろう。
小柄な拓だけなら、人込みの中に紛れてしまえば、見つけ出すのも困難な程、存在感はないというのに・・・。
だが、時貞の存在が、それを許さないのだ。
横浜の中華街や、元町などではそれ程目立たない時貞の中に流れる異国の血も、ここでは異様に目立ってしまう。
会社帰りのＯＬらしきグループが、クスクスと笑っていたり、不思議そうな顔で見ている人々の中で・・・拓は穴があったら入って消えてしまいたいような気がした。
「ごらん。皆『拓』ちゃんが可愛いから見てるよ。」
更に、笑顔で告げる時貞の言葉に、拓はますます追い詰められてしまう。
自分の事には、とんと無頓着なこの御仁は、自分がどれ程目立つ容姿をしているのか、まるで理解していなかった。
楽しそうに、空中散歩のつもりで車輪をこいでいたりして・・・。
思わず涙が出そうになってしまう拓であった。
やっとの思いで、一周して降りれた拓は、嬉しくて本当に泣きたくなった。
「次はあれにしよう。」
だが、ホッとする暇もなく・・・次の場所に連れていかれてしまう。
既に拓の意見を聞く状態ではなく、拓はいつも時貞の隣にいれば良いという事になっているらしい。
尤も、時貞の決めた事に、意見が言えるぐらいなら、こんな生活などとっくに終えている筈でもあるが・・・。
次に時貞が選んだのも、二人乗りの乗物であった。
“ギャラクシー”と言い、回転しながらブランコのように上下に振り回されるものである。
これは、以前に真里と一緒に乗った事があったので、拓も少しホッとした。
拓の顔が、安堵のそれとなったので、逆に時貞の方が訝しげな表情を浮かべた。
「乗った事、ある？」
ずばりと核心を突いてくる時貞に、ギクリッと身を強張らせて、拓は墓穴を掘ってしまった。
「誰、と？」
目を細めて尋ねる時貞に、もう誤魔化せない事を悟ってしまう。
どうせ隠し事をしても、いつもばれてしまうので・・・素直に吐いてしまった方が得策と思った拓は躊躇せず口を開く。
「あっ、だからその・・・マー坊くんとかアキオくんとかと、皆と一緒によく・・・」
「フーン・・・」
拓の口から零れる名前に、『緋』い瞳をキラリと光らせてから、ゆっくりと時貞は瞳を伏せた。
拓は怒らせずに済んだと、胸を撫で降ろしたのだが、それは大きな間違いであった。
順番が回ってきて、二人で一つの椅子に座る。
腿の上でロックされて、機械が動き始める。
拓が、違和感に気付いたのは・・・回転が早くなって身体が遠心力にずれた時だった。
いつの間にか時貞の腕が、腰に回っていて、動いた拓の身体を自分の方へと引き寄せたのだ。
「とっ・・・時貞・・・くん？！」
びっくりした拓が、時貞を見るが、当の本人はどこ吹く風で、身に掛かる“Ｇ”を楽しんでいるようだった。
拓に取ってみれば、それ処の話ではない。
何とかして身をずらそうとするのだが、許して貰えなかった。
そのうち、上下の振り子運動も加わり、どうしても時貞と密着してしまう。
結局、最後まで時貞の腕の中にいなければならない状態に陥ってしまって、拓は楽しむどころではなった。
勿論、時貞が上機嫌へと変わっていた事を、付け加えておこう。
それから、残りの施設を回ってから・・・最後に観覧車に並んだ。
その前に入った“アイスワールド”でも、拓は十分ショックを受けていたのだが・・・。
唯一の館内の施設という事もあって、スピードに疲れた身体を休ませようと入ったのだが、名前の通り極寒の世界であったのだ。
館内のヒャッとした空気に、思わず身を竦めた拓を、あろう事か時貞は抱き締めたのである。
『寒いだろ・・・オレが温めてあげるよ。』
とか、言いながら、実際は拓の方が体温が高いので、時貞の方が拓をカイロ代わりにしているようなものだ。
更に、突然の行為に背筋まで悪寒が走ってしまったので・・・拓は思わず、通常歩く場所を走ってしまった。
時貞にしてみれば、他のカップルのように暖め合ってゆっくりと歩くというのを希望していたのだろうが―――とんでもない。
ペンギンやアザラシなどの機械人形が可愛らしく迎えてくれようが・・・寒いものは寒いのだ。
出てきた時は、ブツブツ言っていた時貞も、やはり一番の楽しみは観覧車だったようで・・・いつの間にか、何処で買ってきたのかお菓子を手に持っていたりする。
既に時刻も夕暮れ時に入っていて、“コスモクロック２１”と呼ばれる観覧車にも、イルミネーョンが輝き始める。
「大きいなぁ・・・。」
上を見ていると首が疲れてしまいそうな、その大きさに拓は感心する。
この一番頂上からみる景色というのは、どんなものだろう？
いつも遊ぶ横浜の中心部まで見えるかもしれない・・・と思いながら。
そうして、その思いは、感嘆へと変化を遂げてゆく。
ゆっくりと上昇するに連れて、周りの景色が消えて視界が広がっていく。
夕暮れ時の・・・夕焼けが広がる海の“彩”は、とても表現できない程、絶景だ。
言葉もなく魅入られてしまう程・・・。
「気に入った？」
「・・うん・・・っ！！」
ボウッと夢見心地で見ていた拓は、次の瞬間掛けられた声が前ではなく、隣のしかも至近距離からだと理解ってビクッと身を竦めた。
いつの間にか、ちゃっかりと時貞が拓の隣を陣取っていた事に。
「―――と・・・時貞・・くん？」
動き出した時は、確かに前の椅子に座っていた筈だ。
向かい合って座ったのだから、それは間違いない。
さり気なく、且つ、気配を消して近づいてくるというのをどうにかしてほしい。
その度に、拓の心臓は縮む一方だったりする。
そのうち、心筋梗塞や心臓発作を起こすという事態に陥る前に、止めて欲しかった。
「『拓』ちゃん・・・。」
完全に時貞の声色が変わっている事に、拓は己の陥った危機に漸く悟った。
今更ではあるが、ここは地上から数十メートル上空の狭い箱の中なのである。
勿論、拓が空を飛べる筈もないので、逃げ場はない。
絶体絶命の状態に、拓は袋小路に追い詰められた獲物の気分を体験したような気がした。
「とっ・・・とっ・・・時貞くんっ！？」
それでも、時貞の伸ばしてくる触手のような指先から必死で逃れる。
だが、それも長くは続かなかった。
グイッと捕まえられて、引き寄せられたのは時貞の腕の中。
避ける間もなく、唇を奪われてしまう。
「んっ・・・」
首を振って逃れようとしても、顎を固定されてしまって時貞の唇からは逃げられない。
時貞の腕の中で、対抗する拓の動きも、長い口付けの中で力を奪われた。
自然と零れ落ちる涙は、漸く時貞が拓を解放した時に、唇で拭い取っていく。
すっかり脱力して、何も考える力を失った拓は、時貞の腕の中で、ぼんやりと景色を瞳に写す。
「・・・拓ちゃん。」
拓の顔を覗き込むように正面に回った時貞の顔が、拓の視界に写った。
その中で、『緋』い瞳が、夕焼けの“彩”を染めているようで・・・拓は素直にそれが綺麗だと思った。
そうして、その瞳の中に自分の姿が写っている事に、不思議な感覚を覚える。
どんな風にこの『緋』の中に、“彩”られているのだろうか。
真っ直ぐに見つめ返す、拓の瞳もまた黒曜石のように輝いて、時貞の意識を虜にしていた事を拓は知らない。
それ以上時貞が、拓をどうこうする事もなく・・・残りの時間は何事も無かったかのように、ただ寄り添いあって景色を眺めた。
夕暮れ時から、夜の風景へと変化していく景色は、二人の間から言葉を奪ったが・・・心は和んでいた。
「帰ろう。」
観覧車から降りた時貞の言葉に、拓も頷く。
《コスモワールド》の前の道を、真っ直ぐ歩いていくと、最初の《ランドマークタワー》へと戻ってこれた。
そのまま地下の駐車場へと向かうと思っていた拓は、時貞が一階の奥へと歩いて行くので、慌てて後を追っていく。
「時貞くん？！」
「食事をするのも、デートコースだよ。」
ここまできて、まだデートにこだわっている時貞に、拓は思わずコケそうになってしまう。
「ハ・・ハハ・・・！？」
もう、笑うしかない。
それでも、その直ぐ後で、笑い事では済まされない現実が、拓を手招きして待っていた。
「・・・時貞・・・くん・・・？」
今日一日で一体、何回驚かされた事だろう。
もう数える事もできないが、それをひっくるめたような驚愕が、拓の目の前に突きつけられた。
できる事なら、このままクルリと後ろを向いて逃げだしたいような気まで起こってくる。
現実逃避できるのなら、今すぐ実行したい拓であった。
食事をしていこうという時貞の提案には、拓もお腹が空いていたので、すぐに飛びついた。
だが、拓が考えていたのは、あくまでも一般人の・・・しかも高校生としての範囲での食事であった。
それが、常識だと、拓はずっと思っていた。
なのに、それらは時貞と行動を共にするようになってから、どんどん外れていくような気がしてきた。
「フランス料理と中華と和食・・・どれが良いんだい？『拓』ちゃん？」
そんなの聞かないでほしい・・・と拓が思ったのも束の間、エレベーターは長かった振動を漸く停止させた。
ウィーンと扉が開いて、広がった世界はとても拓が足を踏み入れるような場所ではない。
先程の観覧車じゃあるまいし・・・こんなに高い場所にあるレストランにわざわざこなくても・・・！？
拓の考えも、尤もなのではあるが、如何せんこのわがまま男は、最高のコースを辿るのがデートだと勘違いしているらしい。
それが、相手を恐縮させているという事に気付いていないのだから、始末にも終えない。
６８階と言うのは、もう拓の想像を遙に越えてしまっている。
ただ理解できるのは、とてつもなく高級で、値段も考えたくもないものだという事だけ。
どうせなら、美味しいものが食べたいという時貞の気持ちも、理解らないわけでもないが・・・雰囲気を楽しむというにしても、格が違い過ぎるのではなかろうか。
最終的には、時貞の思いどおりになってしまうので、拓の意思などあってなきに等しいのだが・・・。
結局、懐石は駄目だし・・・中華ではムードがないという事で、フランス料理に決めたらしい。
堂々と店に入っていく時貞の後ろを、場違いなとこに来てしまったという面持ちの拓が続く。
店の中に入った途端に、また注目を浴びてしまう。
そりゃ、そうだろう。
二人して、そういう場所に相応しくないのだから。
「何名様ですか？」
「―――二人。」
入口でボーイに聞かれて、すんなりと時貞は答えている。
「失礼ですが・・・。」
明らかに侮蔑するような視線の相手に、時貞はフンと鼻を慣らしてから、ポケットに無造作につっこんでいた物を、相手の目の前に突き出した。
金色の何かのカードのようなそれを見た相手の顔つきが変わる。
「使えるだろ。駄目なら、こっちでも・・。」
今度は反対のポケットに入っていたものを取り出す。
何かの本のようになっているそれは、チケットのように一枚ずつ切り取るものらしい。
「失礼しましたっ！」
急に腰が低くなったボーイに、拓は時貞の服の裾を引く。
「何見せたの？」
「これ。」
そういって、時貞が渡したものをマジマジと見つめて・・・拓は腰を抜かしかける。
手の中にあるのは、よくコマーシャルとかで見た事のある、有名人がにこやかに持っているあのゴールドカードであり・・・本だと思っていたのは、小切手帳だったのである。
それを、時貞は無造作にポケットに入れていたのだ。
無頓着もここまでくれば、大したものかもしれない。
拓には、とても付いていけない感覚だが。
「ハ・・・ハハハ・・・」
またしても虚しい笑みが、拓の口元からため息と共に零れ落ちた。
「美味しいかい？『拓』ちゃん☆」
にっこり微笑んで尋ねる時貞に、慣れない手つきで両手にナイフとフォークを持って目の前の料理に取り組んでいた拓は、思わず引きつった笑みを浮かべてしまった。
確かに料理の味は、美味しいのかもしれない。
だが、緊張に強張った舌では、その料理を楽しむだけの余裕がなかった。
それでも、答えなければならない拓は、口を開かずに首を縦に振って答えるのが精一杯だ。
拓のそんな想いも知らずに、時貞はその答えに満足したような表情を浮かべている。
実は、両手にナイフとフォークを握り締めた拓が、チョコンと首を縦に振った仕草がただ可愛いかったからなのだが。
「そう、良かった♪」
凶悪と呼べる程、素直な笑みが広がって・・・拓は何となく自分がまた“不運”と踊ってしまいそうな予感を感じた。
時貞と二人っきりで外食をするのがこんなにも、疲れる事なのだという事を拓は始めて知った。
フルコースを食べたのはいいが、既に、どんな料理だったのかすら記憶になかったりして・・。
「ディナーの後は、最上階のバーに行って、夜景の中のベイブリッジを見下ろしながら乾杯しよう。」
ニッと目を細めて言う時貞に、拓はただ付いていく事しかできなかった。
ディナータイムが終わったばかりの店内は、既に結構な賑わいとなっていた。
こんなに混んでいては、座る場所もないだろう・・・と拓が少しだけ喜んだのも束の間、時貞は入口にいたボーイを手招きする。
「先程、予約した『天羽』だけど。」
＜え？！＞
そのまま告げた言葉に、拓は目を点にする。
今まで一緒にいて、そんな素振りは一度もなかったのだ。
「はい。『天羽』様ですね。ご予約を承っております。係の者がご案内しますので、お待ち下さい。」
その上、中から出てきた更に仕立ての良い恰好をしていた人物の言葉に、ますます頭が混乱してしまう。
「と・・・時貞くん？」
「あぁ・・・さっきの、レストランで“頼”んだんだよ。」
席に着いた途端に、拓は疑問を投げかける。
それに、しれっと答える言う時貞に、拓はダーッと泣きたくなった。
それならば、食事の最中にいきなりボーイを呼びつけて何事かを喋っていたのは、ここの予約を取る為だったのだ。
そうして、時貞の機嫌がやけに良かったのも、理由が漸く納得できた。
拓が、アルコール類にまるっきり弱いという事を知っている癖に、こういう事ができるのも時貞ぐらいだろう。
時貞が『ブロウ』と呼ぶ、拓の幼馴染みのヒロシとその相棒のキヨシなど、拓の１ｍ範囲から、アルコールの含まれる物を排除してくれるというのに。
「あぁ・・・本当に“キレー”だな。」
窓の外を眺めながら、小さく呟く時貞に釣られて、拓も景色を見る。
【天空に一番近いラウンジ】という言葉がぴったりくるこの場所からは、まるでキラキラと光り輝く宝石箱をひっくり返したような美しい夜景が、一望できた。
「何にする？拓ちゃん☆」
メニューを見ながら、尋ねる時貞を少しだけ上目使いに見やる。
飲めないのが理解っていて、言うのだから答えようもない。
「何って・・・・言われても・・・・」
「じゃあ、テキトーに選ぼう。」
困ったように告げる拓に、時貞は平気な顔をしてボーイを読んでしまう。
「ツーダブルセブンとシューティングスター。」
メニューを渡してそう言うと、時貞は深いシートにゆったりと寄り掛かった。
またしても場違いな場所にいる気がしている拓には、寛ぐ事などできはしない。
未成年はお酒を飲むのは禁止されてるんじゃ・・・と思っている拓は、あの高校生ばかりが行っている横浜市内地のクラブの《デモンズ》でさえ、入口で断られるぐらい年相応にしか見えない。
下手をすると、年よりも子供に見られる時さえあるのだ。
幾ら大胆不敵に座っている時貞がいようとも、追い出されないのが不思議なくらいだった。
更にここまできて今更のような気もするが、二人はバイクでここまできたのだ。
二人ともアルコールを摂取してしまうのは、まずいのではないだろうか？
それを口実にして、拓が時貞の誘いから逃げようとすると、時貞は何でもない事のようにその逃げ道を塞いでしまった。
時貞、曰く。
「デートのラストは・・・ベッドの中でキスをしよう☆」
――――だった！？
もう少しで悲鳴を上げそうになってしまった拓は、必死の思いで両手で口を塞ぐ。
背筋を走り抜ける悪寒と、流れ落ちる冷や汗が・・・回りの空気を薄くさせた。
息をするのも忘れたように、拓はマジマジと時貞の顔を見てしまう。
夢を見るような表情で言ったにも係わらず、それは時貞の本気だった。
「いくら酔ってもダイジョーブ♪ここ、ちゃんとホテルもついてるし、部屋ももう取ってあるから☆」
にこやかに最終通告を告白する時貞に、今度こそ、拓は半べそとなってしまう。
「時貞くーーーんっ！？」
いつの間に、そんな物を・・・・
ポケットからジャラリと時貞が取り出してテーブルの上に置いた物は、紛れもなくホテルの部屋のキーだったりして・・・。
全然そんな物が入っているように見えないコートのポケットから、次から次へと拓の驚くような物ばかりが出てきて・・・一瞬四次元ポケットなのでは？・・・と思ってしまった。
準備万端・用意周到な状況に、ここにきて漸く拓はこれが綿密に計画された時貞の策略だった事を思い知らされてしまった。
思い立ったら吉日・・・など、とんでもない。
この『龍神』は生贄が、飛び込んでくるのを待つようなそんな生易しいタイプではなかった。
気に入った“もの”はとことん自分で追い詰める性格なのだ。
相手を袋小路に追い詰めて、その手中に収めるまで決して諦めたりはしない。
それが、日頃の生活状況で良く理解っていた筈なのに・・・。
「お待たせしました・・・。」
運ばれてきたオリジナルカクテルが、テーブルの上に並ぶ。
〔金色の夢〕のようなツーダブルセブンと〔淡い海〕のようなシューティングスター。
色も形も飾りつけも、ロマンティックな夜を飾るには相応しいカクテルのようだ。
『二人の素敵な夜の為に・・・乾杯・・・』
ツーダブルセブンを持って、グラスを合わせるとそのまま時貞は楽しそうな表情でそれに口を付ける。
素敵どころか、最悪の夜になりそうであり・・・決して時貞の手中から逃れられない事を悟ってしまい・・・拓はただ己の運の無さを悔やむしかできなかった。
「また、デートしよう、ね☆」
―翌日―。
朝が大嫌いな筈なのに、鼻唄でもしそうな程、超ご機嫌な時貞が、満たされた天使のような笑顔で告げた瞬間・・・拓は、二度としたくない・・・と心の中でまだ泣き続けていた。
時貞が怖くて言葉にできないのも事実であったが、それよりも喉が痛くて声が出なかったのだ。
どうして、拓の声が掠れてしまったのか？
―――それは、時貞の言うところの｛素敵な夜｝だけが知っている・・・！？
幸せ？！
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