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結婚物語（プロポーズ編）
「話がある。」
突然に目の前に座っていた彼が、そう切り出してきた時に、拓は飲んでいたミルクをもう少しで吹き出してしまう所であった。
「な・・・何が・・・？」
突然に喋り出すのはいつもの事とは言え、今日は少し思惑が違うらしい。
何処がおかしいとは・・巧くは言えないのだが・・・それでも、様子が違うような気がした。
拓の言葉に返事はない。
不機嫌そうな表情のまま、言葉を探しているようなのだが・・・それがまた、何を考えているのか拓には理解できなかった。
仕方なく、拓はまた気を落ち着ける為に、目の前のコップを持ち上げた。
思えば朝から様子がおかしかった・・・と今更ながらに思ってしまう。
二度目の出会った時も、朝は大っ嫌いな奴と言っていたので・・・朝だから仕方ないぐらいにしか思っていなかったのだが・・・。
それなのに、突然朝っぱらから呼び出されて・・・今にも雨が降りそうなどんよりとした天気の中を、愛車のゼファーに跨ってやってきたと言うのに、拓を迎え入れた彼は、ソファーに座ったままで、深い思慮の中に佇んでいるようだったので・・・そのまま拓は反対側のソファーに座ったのだ。
そうして、執事さんの持ってきてくれたミルクを飲んでいた時に、突然最初の台詞が彼の口から発せられたのである。
彼、天羽＝セロニアス＝時貞は拓にとって、理解不能の人物であった。
それがどれくらいかと言うと、相対性理論を原始人に理解させるのと天羽の思考を理解するのとどちらが楽だろうか・・・？と考えてしまう程だろう。
端的に言ってしまえば、気違いの気持ちは一般人には到底ついていけないという事。
そんな天羽と拓が何故一緒にいるのかと言うと・・・拓自身がやはり不運を引き込む『者』だからであろう。
尤もこの場合、拓の意思は何処にも存在しない。
運命に無理やり引き摺られていると言ったとて―――過言ではなかった。
｢拓・・ちゃん・・・｣
｢―――なっ・・何っ？！」
俯いたままの天羽が、またポツリと拓の名を呼ぶ。
びくっとしながらも、拓は慌ててコップを置いて返事を返す。
天羽の周りに、眼に見えない電流が漂っていて、波動が拓にまで届くような気がした。
ゴロゴロ・・・。
遥か遠くの方で雷の予兆のような音が聞こえてくる。
龍が空を走れば、雷鳴が轟き洪水のような雨を降らせて・・・やがて・・・。
｢あっ・・・｣
拓の口から小さな声が漏れる。
一瞬、身体に微妙な振動を感じたのだ。
「時貞くん・・・地震・・・が・・・？」
言った次の瞬間に、それは大きな波動を告げた。
グラグラと家全体が揺れている。
だが、その部屋の中でおろおろとしているのは拓一人で、アービィとルーファスでさえ、少しも騒がずに天羽の足元に蹲ったままだった。
急激な不安が拓を襲う。
感覚が違うのだろうか？と思ってはみても・・・この揺れは只事ではない。
「ひっ？！」
パッと電気が消えて、暗くなってしまう。
途端に、窓の外を強烈な光が走り抜けた。
まるでそれは世界の破滅のようで・・・拓は余りの恐ろしさにギュッと眼を閉じてソファーの上で縮こまった。
この場合、天羽に救いを求めたとて、無駄だという事は今までの経験からくるもので・・・別に身の危険を感じていたからではないのだが・・・。
動く気配があった。
いつしかすぐ側に、大きな存在が拓を守るかのように座っていた。
柔らかな毛並みが触れる。
「アービィ・・・ルーファス・・・」
泣きながら、拓は恐る恐るその毛並みに触れたが、二頭の犬はそんな拓の行動を許諾した。
「・・・駄目だよ。アービィ・・・ルーファス・・・『拓ちゃん』は、『オレ』んだから・・・」
少し不機嫌そうな口調が聞こえた途端、柔らかな感触が離れていき・・・代わりに抱き締められた。
「えっ・・時貞くんっ？！」
見た目よりもずっと広い天羽の腕の中にすっぽりと収まってしまい、拓は驚きの余り硬直してしまう。
「拓・・・ちゃん・・・」
甘い吐息のような響きが、拓の耳を擽る。
不思議な事に、その腕の中では雷も地震も感じられずに・・・ただ自分の心臓の音だけが大きく鳴り響いているのが聞こえた。
「・・・すべてあるがごとくにあり かがやくごとくにかがやくもの・・・どこまでもどこまでも一緒に行こう・・・『拓』ちゃん・・・もう、オレの側から離れちゃ、駄目だよ・・・♪」
フワリと極上の笑みで囁かれて、拓は一瞬自分の耳を疑ってしまう。
「・・・時貞・・くん・・・？」
問い掛けるような口調で、小さく尋ね返す拓に答えるかのように、天羽の顔が近付き・・・唇が奪われた。
「・・・！！？」
全身が凍り付く。
天変地異の現状も吹き飛んでしまう天羽の行動に、拓はそれ以上の恐慌に陥ってしまった。
「『約束』・・・だよ、『拓』ちゃん・・・」
人類破滅以上のダメージに、拓の思考回路が弾ける。
目の前にある天羽の瞳が緋くなり・・・その奥に輝く何かに虜まれたように、拓は意識を奪われた。
無意識というか、半ば強制とも言える状態に・・・思わず頷いてしまった拓が、ハッと気付いた時には全てが遅すぎた。
「檜原。すぐに式場の用意をしろ。」
にっこりと微笑った天羽の瞳が戻った時には、事態は思わぬ方向へと転がり始めていたのだ。
天羽は本気だった。
先程までの異常現象も全て跡形もなく消えており・・・まるで狐に包まれたような表情で拓は、呆然とするしかなかった。
またしてもウヤムヤの内に、拓の運命が不運を呼び起こしてしまったらしい。
[・・・どうして・・・]
ただただ、泣く事しかできない。
「拓ちゃんも、泣く程喜んでくれるんだ・・・」
天羽の言葉にも、もう反論するだけの根性も気力も残ってはいなかった。
どうせ、何を言った所で、自分の意見を聞いてくれるような相手ではないのだ。
勿論、常識に左右されるような性格をしている筈もなく。
やると決めたら、例え何が起ころうとも貫き通すだけの力も持っていたりする。
こんな厄介な相手に見初められてしまうのも、やっぱり『不運』なのであろうか？
「オレ、も『幸せ』だよ。」
それでも始めて見る無邪気な表情の天羽の、本当に嬉しそうな様子に、心が和らぐ。
考えている事は到底理解できないが・・・拓は天羽の笑顔が見れて小さく笑った。
[まっ、良いか。]
余りにも非常識な連中に囲まれているので、拓自身が常識というものから外れ始めていたりして・・・。
こういう場合いくら逆らってみた所で、事態が最悪になるばかりだという事はいままでの経験からも理解る事であり・・・どうせここまで悪いのなら、流れるままに行動して、何処かへ辿り着くのを待った方が幸運を呼ぶかもしれない。
天羽はきっと外人だから、日本の法律では男同士の結婚が認められていないという事が理解っていないのだろう・・・と、そう拓は思った。
両親もいなくて、誰も理解してくれなくて・・・だからと言ってヒロシやキヨシが側に居るような性格ではない。
だからきっと、自分を選んだ・・・。
それぐらいにしか、思って居なかったりするのだ。
全く持って、お気楽少年な拓であった。
相手はあの『セロニアス』なのである。
世界の真ん中を目指しているような男なのに、障害などで挫けるような奴ではない。
あのヒロシとキヨシに『超とんでもねー奴』だの『底意地悪く、天邪鬼でいーかげんで・・・喧嘩好きで！気分屋で！アキっぽくて、頭が悪くて、薄情なくせに馴れ馴れしくて』・・・とまで言われている天羽であろうとも、拓に対しては、どんな時も素直な感情のままに存在していた。
天羽にとって拓はそれ程、自分を出せる相手なのだ。
それに、天羽が心酔しきっている偉大なる詩人の宮沢賢治の詞を拓が理解できると知った時からの天羽の変貌振りを考えると、天羽の気持ちを諦めさせるのには、余程の事がなくては駄目だろう。
「『拓』ちゃん。」
クスクスと笑う天羽に、内心冷や汗を掻きながら・・・拓は自分の運を嘆いていた。
「結婚式はやっぱ教会で・・・新婚旅行はオレの故郷を見せてやるよ。どこまでもどこまでも・・・一緒に行こう・・・」
夢を見るようにうっとりとした表情の天羽に、拓は自分の未来がすっかり天羽の手中に掴まってしまったのだという事に気付いたが、後の祭りであった。
こうして、異常現象を引き起こすまでに高ぶった天羽の決意は見事に成就され・・・まさかと思っていた拓が、やっぱり不運と踊らざるをえない状況に陥るまで、３日とかからなかった。
『どこまでもどこまでも、一緒に行こう・・・』
天羽の敬愛する宮沢賢治の詩が、まさか天羽の本気のプロポーズだったとは・・・。
拓に取っては、まさに『青天の霹靂』状態であり・・・『龍神』が澱てきたようなものであった。
―だがしかし・・・。
目の前に突き付けられた、純白のウエディングドレスは、冗談では済まされないのだった。
結婚式編へ―続く。（結婚式編は相棒のｓｓなので載せてません（謝）） ／ 戻る |