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ＭＯＯＮ ＢＡＢＹ （前編）
天空に月が輝く。
遙かなる年月を、変わらずに光り輝く−暗黒の世界を・・・。
月は、女神・・・。
夜が闇の・・・眠りを司る『女王』であるなら・・・月は眠りから外れた者たちを、優しく誘う。
そうして、強い"願い"を聞き入れる。
不可思議なムーン・ファンタジー。
特に今夜は・・・特別な夜。
夜空の真ん中で光りを弾く満月の・・・銀の輝きが、深夜になって更に増したようだった。
情事の後の気だるい満足感の後・・・何かを感じたような気がして、ベットから起き上がる。
窓を開けて、バルコニーへと出ると、天空を見上げた。
満月の光りと同じ銀色の髪が、夜風に吹かれて揺れる。
その視界の中に映った満月に、彼はフッと口元を持ち上げて、微笑を浮かべると踵を返した。
部屋の中に戻ると、ベットの中の誰よりも愛しい者にソッと触れる。
「拓ちゃん・・・？月が綺麗だよ・・・」
静かに声を掛けるが、相手は既に眠りの国の住人と化していて・・・目覚める気配もない。
「仕方ないなぁ・・・。」
その唇に軽く口づけると、彼はそのままその小さな身体を毛布ごと軽々と両手で抱き上げた。
そうして、そのままの恰好でバルコニーへと向かった。
――月には、不思議な力が宿っているのよ。――
今はいない"母親"が、遙かな昔に口癖のように言っていた言葉。
それが、この満月の下で、鮮やかな程蘇ってくる。
『マァム・・・見えるかい？拓ちゃんだよ。オレが見つけた・・・たった一人の・・・"大切"な・・・』
腕の中で眠る者を、月の光りに照らす。
満足気な笑みを浮かべた彼が、その頬にそっとキスを送る。
『こんな感情が、まだオレの中に残ってたなんて・・・不思議だろ。――拓ちゃんがいなかったら、オレはきっとダディとマァムの所へ逝っていたよ・・・。』
苦笑したまま、呟く。
『夢を見ているようだよ・・・毎日・・・こんなに満ち足りた時間ばかりで・・・。うざったい奴らもいるけど・・・こうして、拓ちゃんはオレの腕の中にいる。』
そうして、視線を月へと流した彼は、一瞬酷く自嘲めいた笑みを浮かべた。
「願い・・・か。それが叶う事なら・・・オレは・・・・・」
小さく呟かれた彼の言葉は、夜の闇の中に吸い込まれるように消えていき・・・夜空の満月の輝きが、一瞬、真昼の輝きのように光った。
余りの眩しさに、思わず"緋"い瞳を細める。
銀の髪に褐色の肌・・・"緋"い瞳・・・いずれも『彼』が異国の血を受け継いでいる証拠でもある。
祖父の反対を押し切って、海外へと逃げだした父親が、"自由を主張する国"で、母親と出会い・・・彼が生まれたのだ。
だが、幸せというのは、ある日あっと言う間に粉々に砕け散った。
目の前で両親を撃ち殺されるという惨劇に、幼い心に衝撃を受け・・・ただ一人の身内として引き取った祖父は、彼の容姿を見て、冷たい一瞥をくれただけだった。
あの日から、彼は"愛"を失った。
誰も信じず・・・ただ破滅だけを求めて・・・夜の世界を彷徨い続けて・・・。
やがて漸く巡り合えたのだ。
全身全霊を込めて、『想い』を伝える事のできるただ一人の者。―――"拓"と。
ずっと『死』を望んでいた彼が、その瞬間になって初めて『生』へ未練を残したのだ。
その"力"が強すぎて、死者の国へ向かう途中から生き返ってきてしまったのだから、もう怖いモノなど何もなかった。
ただ一つあるとすれば、それは失う事。
何よりも誰よりも大切な"拓"を。
拓の為に・・・戻ってきたのだから・・・その側にいる事が彼の望みでもあった。
そうして、その望みは、叶ったのだ。
こうして・・・共に過ごしているのが、まるで夢のように・・・。
―――月よ・・・願いが叶うなら・・・。―――
月は変わらずに其処に在る。
悠久不変の時を刻むかのように・・・その形を変えながら。
"想い"もまた・・・幾重にも変化したモノならば・・・それは同一の力を持つだろう。
「拓ちゃん・・・オレの願いが叶ったら・・・どんな顔するだろう・・・？」
悪戯っぽく笑った彼の笑みが、月光に弾けていた。
「ヒ・・・ヒエェェェェーーーーッッ？！」
翌日・・・目が覚めた拓はパニック状態と化していた。
ベットの上、いつもなら、鬼畜な時貞の文字通り精根尽き果てるような閨の相手をさせられた翌日というのは、起き上がるのも困難な程疲れ切っているというのに・・・飛び起きてベットの上で後擦さっている。
尤も、顔色が悪いのは、驚きだけの所為ではなさそうだが・・・。
「とっとっとっ・・・時貞くーーーんっ？！」
思わず、涙声で、助けを求めてしまう。
ベットの上・・・今まで拓が眠っていた場所では、毛布に包まれた何かが、モゾモゾと動いている。
勿論、大きさから言って、時貞が飼っている二頭のボルゾイ犬・・・アービスとルーファスではない。
その言い知れない恐怖に、拓は硬直状態のまま、身体が動かなかったのだ。
「拓ちゃんっ！！」
「拓ちゃん！どうした！！」
「何だよ、今の悲鳴はッ！！」
だが、拓の救いを求める声に、部屋の中に飛び込んできたのは、違う人物たちであった。
「・・・マー坊くん・・・ヒロシちゃん・・・キヨシくーん・・・？！」
その姿を見て、拓はベットの上で・・・すぐ側にある毛布を示した。
「な・・・何かいるぅ・・・・」
確かに、毛布はまだモゾモゾと動いている。
完全に怯えている拓は、それから視線を外せないでいたりする。
何しろ、唇に触れた感触で目が覚めて・・・また時貞が目覚めのキスとかをしているのだろうと思って、退けたのだが・・・プニャっとした感触に、違うと思って仰天してしまったのだ。
得体の知れないモノにまで、キスされてしまった・・・？！
すっかり拓は、"不運"とお友達であった・
「・・・ったく、拓ちゃんのベットに・・・」
額にピキマークを浮かべたマー坊こと、鮎川真里は、この時間なら拓の寝顔が見られるかもしれないと、ワクワクしていた出鼻を挫かれて怒っているらしい。
ニコヤカ笑顔を絶やさないまま真里は、その得体の知れないモノが被っていた毛布を、力任せにひっぺがした。
「・・・ヒッ・・・！」
「・・・！！・・・」
「・・・！！？！」
「・・・なんだぁ・・・・」
思わずギュッと目を瞑ってしまった拓以外の三人は、それぞれ驚きの表情を浮かべた。
ベットの上・・・毛布の中から現れたその姿に・・・。
キョトンとした大きな瞳が、彼らを見つめていた。
それは、まだ小さな天使のような――子供だった。
周りのシンとした状況に、拓が恐る恐ると言った風に瞳を開ける。
「・・・時貞・・・くん・・・？」
そうして、視界に映ったその子供に、呟きが零れた。
びっくりしたように、拓が手を差し出すと・・その子供は嬉しそうにニコッと笑って拓の腕の中に飛び込んだ。
「あっ、テメー、ガキの癖にっ！」
「"フザ"けてんじゃねぇっ！！」
「・・・性格は変わってねぇ・・・・」
その様子に、三人三様のリアクションが返る。
「・・・何も子供相手に・・・・」
子供を抱えたまま、拓が困った表情を浮かべて見せた。
「それにしても・・・一体・・・」
「どーゆう事よ・・！！拓ちゃん・・・？」
拓に思い入れの深い真里とヒロシが、余りの事に半分思考回路が飛んでいる拓に問いかける。
「・・・何が？」
「だからぁ・・・どーして、こんなガキがいるわけぇ？」
納得いかない！という口調で、真里が詰め寄っていく。
腕の中の子供に視線を向けてから、その笑顔に釣られて笑顔を返して・・また真里に視線を戻した拓は、本気で泣きそうな顔付きとなっていた。
「―――理解んない・・・・」
拓でさえ、途方に暮れているのだから、理由なんて理解る筈もないのだ。
「拓ちゃんっ！」
「まさか、こいつが時貞ってぇ事はねぇよなっ！！」
"ブロウ"の情けない姿に、ヒロシとキヨシががっくりと肩を落とす。
「皆様・・・時貞様がお待ちでございます。」
いつの間にか現れた執事の檜原が、部屋の入口でそっと声を掛ける。
「時貞が？」
「あんにゃろう、問い詰めてやるっ！」
「拓ちゃん、いこうっ！」
「あっ・・・うん・・・。」
ヒロシとキヨシが先頭に立って、彼らは檜原の後を付いて行った。
「ようこそ、天羽の館へ・・。おはよう、拓ちゃん♪」
食堂に着いた途端に、椅子に座っていた時貞が、全員に声を掛けた。
テーブルの上に置いてあるワインと言い、穏やかな口調と言い・・・どうやら時貞は頗る機嫌が良いようである。
目を細めて、拓の腕の中の子供を見つけると、時貞は珍しく破顔した。
「嬉しいよ、『拓』ちゃん・・・オレたちの"宝物"を認めてくれたんだね。」
うっとりとしたセリフに、瞬間拓の背筋に悪寒が走っていく。
またしても自分が底知れない"不運"を呼び込んだのではないかと思ったのだ。
「"宝物"？」
「決まってるだろ。オレと拓ちゃんの『愛の結晶』だよ☆拓ちゃんそっくりだろ♪」
ニコニコと笑う時貞に、全員の力が抜ける。
――クリソツなのは、お前にだろっ！ ――
言葉にできない『想い』が、彼らの脳味噌を、暴力のように掻き混ぜているようだった。
拓の腕の中で、スヤスヤと眠りに付いている子供は、まさしく時貞のミニチュアだったのだ。
銀の髪・・・褐色の肌・・・彼らを見つめたキョトンとした瞳さえ"緋"くて・・・だから、彼らは一瞬時貞が子供になってしまったかのような錯覚さえして、拓に甘えたのが、気にいらなかったのである。
「"フザ"けんなよ、時貞ァ！！」
「ドコの"オンナ"に生ませやがったんだよ！！テメェ・・・」
その時の感情を思い出して、奮起した真里とヒロシが、食ってかかる。
拓の事に関すると、全くもって別人のようになる此の二人は、拓を溺愛する事にかけては、トップクラスである。
「拓ちゃん、哀しませたら・・・許さネーって、言ったよなぁ・・・」
ボキボキと指を慣らして近づく真里に、時貞は平然とした表情を崩さない。
「・・・判ったべ。−−あの・・・"ユーリ"とか言うオンナだろっ！」
「そういや・・・"横須賀"にいた頃からのテメーの"オンナ"だったよなぁ・・・ 」
ハッと思いついたように言うキヨシに、その相手を思い出したヒロシがブチ切れる。
「時貞・・・テメー・・・自分の不始末を拓ちゃんに・・・」
「――"優里"ィ・・・？そーいや・・・最近会ってない・・・すっかり、忘れてた。」
低く脅すヒロシに向かって、時貞はケロっとした顔でそう告げた。
途端に、拓が困った顔となる。
気に入った者や物以外には、無関心なのは、今に始まった事ではないけれど・・・ここまでとは思いもしなかったのだ。
腕の中の子供に目を遣る。
もしも、この子が優里との子供だったら、やはり母親は必要なのではないだろうか？
男である拓が、母親になどなれる筈もないのだから、時貞が本当に子供が欲しいのなら、優里と結婚するべきだ・・・と。
そうすれば、拓は、こんな衝撃の連続のような生活ともオサラバできるのだ。
だが、そう思った瞬間に、心の何処かが痛みを訴えていた。
それが、何に対する痛みなのかを、拓はまだ知らなかったけれど・・・。
尤も、それを理解できる日がくる事がない方が、拓は幸せでいられるのだが。
「んじゃ、誰のガキなんだよっ！」
時貞の煮え切らない態度に、腹に据えかねたヒロシが問い詰める。
まい・はにー
べいびー
「だから、オレと拓ちゃんの子供♪だって言ってるじゃないか・・・ヒロ。」
白々しく頬を染めて言う時貞に、その場にいた全員の全身がチキン肌になってしまった？！
いまだかつて、ここまでの言葉の暴力は聞いた事がなかった彼らは、既に怒りすら通り越していた。
「まだ、寝惚けた事言ってやがんのかよっ！時貞っ！！」
「このガキが拓ちゃんの子供ってぇんなら、"証拠"見せてみろ、テメー・・・」
まだ詰め寄るヒロシと真里の言葉に、時貞は漸く笑みを収めて・・・やれやれと言う顔つきとなる。
「しつこいなぁ・・・オマエ等も・・・。折角人が、幸せに浸ってたのに・・・。――将がないから見せてやるよ。あんまり可愛いから、誰にも見せたくなかった――オレと拓ちゃんの『天使』だよ。」
そうして、ホラッとでも言うように時貞は自分が着ていたガウンの前を開く。
「なっ？！」
「なにぃっ！！？！」
途端に時貞に迫っていた二人が、驚きの声を上げる。
「何だ何だ・・・？げっ・・・」
釣られて覗いたキヨシも、驚愕した。
固まっている三人を尻目に、時貞は、至福の微笑を浮かべていた。
「食べちゃいたいくらい、可愛いだろ♪」
時貞のガウンの中・・・小さな子供がくるまったように健やかな眠りについていた。
サラサラの真っ黒な髪のあどけない寝顔は、正しく拓とそっくりであった。
まるで、小さな拓が、そのまま時貞の腕の中に納まっているような錯覚になってしまう。
心底嬉しそうに、自慢する時貞に真里はクルリと回れ右をした。
「拓・・・ちゃん・・・」
「え？！」
そのままツカツカと歩きだした真里が、まだ時貞の腕の中の存在を知らない拓に近づいて、その肩をガシッと掴んだ。
突然の展開に、ついていけなかった拓が、青冷める。
真剣な顔付きの真里に、自分が何か悪い事をしてしまったのではないかという感情が、拓の意識の中を駆け巡っていく。
「・・・いつの間に、子供なんかぁ・・・」
「えぇ！！何！！・・・どーゆう事ォ！！？！」
顔をクシャクシャにして泣き始める真里に、拓の方が焦ってしまう。
一体、彼らは何を見たと言うのであろうか・・・。
「テメー、時貞・・・あーんなか細い腰の拓ちゃんに・・・双子なんか生ませやがって、少しは拓ちゃんの身体にも気を使えっ！！ 」
訳の理解らない事で、更に怒っているヒロシに、拓はますます困惑してしまう。
「あ・・・あの・・・？」
意識の何処かで、危険信号が鳴っているのだが自分だけ蚊帳の外と言うのも、やっぱり悔しいので拓は疑問を口にする。
「ヒロシィ・・・そーゆー問題かよ・・・」
何か激しく誤解して、全然違う事で怒っているヒロシに、キヨシが呆れた声を出す。
「何言ってるんだよ、ヒロ。オレは、拓ちゃんに無理させた事なんか・・・ベットの中でしかないよ。それも、拓ちゃんが、感度が良過ぎるから・・・止まんなくてだけど・・・」
「時貞くんっ！？！」
クスッと笑顔で告げる時貞に、聞こえた拓は、耳まで真っ赤にして怒る。
ここまでくると結局、惚気以外の何でもない。
ブルブルと拳を握り締めた真里の瞳がマジになる。
「・・・テメェ・・・あんまフザけた事言ってっと・・・"ミンチ"にしちまうぞ・・・！！」
「時貞・・・ブッ殺すッ！！」
だが、真里とヒロシの本気になった凄味のある顔にも、時貞は少しも躊躇しないで・・・人指し指を立てて、それを口元へと添える。
「静かにしろよ・・・。折角見せてやったのに、起こしたら・・・殺スゾ。」
優しい眼差しを、腕の中で眠りについている子供に向けながら、時貞はそう告げた。
それが、言葉だけではなく、本当に実行される事を知っているので、グッと詰まってしまう。
「拓ちゃーん、マジで、ンな奴と別れちまえよっ！！」
「そうそう、今からでも遅くないって・・・ガキの一人や二人・・・俺が面倒見てやっからよォ・・・！」
時貞に向かって、何を言っても無駄だと悟った二人は、今度は拓に向かって説得を開始する。
「駄目だよ・・・ヒロ・・・。いくらヒロでも拓ちゃんは"渡せ"ないって言っただろ・・・。
だでぃ まぁむ
べびーず
ふぁみり
"オレ"と"拓ちゃん"と"天使達"とで『家族』なんだから・・・。」
ヒロシの言葉に、ピクッと眉を上げた時貞は、フゥッとため息を零しながら断言する。
「なぁーにが、ファミリーだ！！」
「ナメとんのかぁ？おんどりゃあッ！！」
ヤレヤレと言う風に言い切る時貞に、射抜くような一瞥をくれると、二人はまた拓に向き直る。
「あっ・・・あの落ち着いて・・・マー坊くんも・・・ヒロシちゃんも・・・？！」
「これが、落ち着いてられっかよ。」
「そうだよ、拓ちゃん。オレに黙って、あんな奴の子供なんか生んじゃって・・・。」
オドオドと告げる拓に、畳みかけるように二人が言い募る。
まじっく
「――んで、マジでどんな『魔法』を使ったんだよォ、時貞！！」
「キヨシ！！」
「マジで可愛ーじゃんか。それに、あっちはテメェにクリソツだし・・・あいつ等は、感情が先走っちまって、理解んねーみてェだけどよ・・。フツーじゃねェだろ。拓ちゃんも、テメェも"男"なんだからよォ！」
ニッと口の端を持ち上げて言うキヨシに、時貞は意味ありげな笑みを返す。
−いのった−
「"願"ったのさ。」
「"祈"り！！てめェがかぁ？」
「そうだよ、キヨシ。昨夜はあんまりにも月が綺麗だったから・・・拓ちゃんと二人で銀の光を浴びたんだ。尤も、ベイビーが二人もいた時は、一瞬オレも驚いたけど・・・」
「それで、拓ちゃんにクリソツな方だけ、連れてくんじゃねーよ・・・・」
がっくりと肩を落としてキヨシはそう呟いた。
それにしても・・・と思う。
拓が、何も知らなかったのだろう事は、最初の悲鳴からしてたやすく想像できた。
問題は、何も知らない拓が、目覚めた時に、いきなり時貞のミニチュアを見てどれ程の衝撃を受けたかと言う事である。
自分だったら、卒倒モノである？！
まぁ、これが拓に似た方だったら、時貞と同じような行動を取る事は間違いないが・・・・。
ヒロシや真里程ではないが、キヨシだって結局拓フリークなのである。
「いくら拓ちゃんが"優"しーからって、あんま困らせてんじゃねーぞォ、時貞。」
だから、一応クギだけは刺しておく。
キヨシの視線の先では、真里とヒロシに言い寄られて、明らかに困った表情の拓が、半ベソをかいていた。
「おいおい、お前等も、いい加減にしとけって。拓ちゃんが困っちまってんだろ。」
「キヨシッ！テメー、一人だけ良いコぶってんじゃねーぞォ！！」
「そーだそーだ、拓ちゃんはそいつに騙されてるだけなんだからなっ！」
すっかり意気投合したらしい二人に、キヨシはやれやれと言う風に肩をすぼめた。
「話にならねぇなぁ・・・あいつらはよォ・・・」
ぼやくキヨシの横で、時貞は口端を持ち上げて、微笑ってみせた。
「まぁ、尤も、他の奴らに知られたら・・・騒ぎは広がっちまぅ一方だけどよォ・・・・一応、聞ーとくけどよォ、時貞・・・まさか、俺等以外にも呼んだ奴いねェだろーなァ・・・おい。」
「・・・呼んだ。」
念を押したキヨシの言葉にを、時貞はあっさりと否定していた。
途端に、キヨシの瞳が見開かれる。
「バッ・・・！何だってそう、てめェは物事をでかくする事ばっかしやがんだよ・・・？！」
「――"面白い"から。」
ため息のように漏らしたグチに、時貞は間髪入れずに答えて・・・キヨシを撃沈させた。
"こいつ・・絶対性格変わりやがったゼ？！"
しゃがみ込んで、両手で頭痛のする頭を抑えながら、キヨシはそう考えていた。
暖簾に腕押し・・・糠にクギ・・・。
昔から自分の事しか考えない自己中心男ではあったが・・・それがここまで酷いとは思ってもみなかった。
真里やヒロシとはまた違った意味で、時貞から拓ちゃんを離したくなってしまったキヨシであった・・・。
一方、真里とヒロシに詰め寄られていた拓は、心底困りきっていた。
何が一番困るって・・・それは、二人が完全に拓が生んだのだと思っている事であった。
少し考えれば、理解る筈なのだ。
どう考えたとしても、"男"の拓に子供が埋める筈もないのだから・・・・
そう思った事を口にしても・・・納得してくれないのだ二人共。
曰く―――
『相手が得体の知れない"龍神"だから、常識外の事だって、ありえるっ！！』
・・・らしい？！
反論する言葉を、拓が捜せなかったとしても、拓に罪はない。
それ程、時貞は理解不可能な者なのだ。
こうして、毎日同じ時間を過ごしている拓でさえ・・・心の其処で、時貞が何を考えているのか、理解りはしないのだ。
シニカルな表情の裏に隠されたその『心』までは・・。
突然にキュッと腕を掴まれる感触がして、拓はハッと意識を戻す。
視線を腕に向けると、腕の中で眠っていた筈の時貞そっくりの子供が、拓をその"緋"い瞳で見つめていた。
何かを言いたそうなその瞳に、拓は小首を傾げて笑みを浮かべる。
「何？」
拓が笑った途端に、顔を輝かせた子供は、そのまま拓の胸に擦り寄る。
そうして、実に嬉しそうな声で、拓に止めを刺した。
「・・・マァム・・・♪」
「テメェッ！！ガキだと思って甘くみてりゃあ・・・ッ！！」
「ナメてんじゃねェぞォ・・・こらァッ！！」
子供相手に、いくら凄んで見せたとしても、相手はあの時貞のミニチャア版なのである。
脅えもしなければ、振り向きもしない。
――実に良い性格であった。
逆に止めの一撃を食らった拓が、グラリと傾いた程である。
「た・・・拓ちゃんっ！？！」
慌ててヒロシが支えるが、拓の意識は半分飛んでいた。
それでも、子供を落とさないのは、流石に後の報復が怖いからであろうか？
取り合えず、拓を側の椅子に座らせてから、ヒロシは心配そうに様子をみようとしたが、それはリトル・時貞に阻まれてしまった。
「こン、クソガキャア！ 」
性格まで時貞に酷似している相手に、ヒロシがブチブチと血管をブチ切らせる。
「マァム・・・マァム・・・」
今にも怒りの鉄拳を食らわせようとヒロシが拳を上げた途端に、リトル・時貞は拓にギュッとしがみつく。
「だ・・・駄目だよっ！ヒロシちゃん・・・こんなちっちゃな子に暴力ふるっちゃ・・・？！」
ハッと意識を取り戻した拓が、条件反射の如くそう言ってヒロシの怒りを止めさせた。
「だ・・・だけどよォ・・拓ちゃん。なんかムカつくんだよ、そいつ・・・」
ムッとした表情のまま、それでも怒りを鎮め切れないヒロシがぼやく。
またリトル・時貞を、拓が庇ったのが、面白くないようだった。
「なんかよォ・・・子供っつうより・・・ありゃマジで『分身』っうんじゃねェ！！」
すっかり観客と化しているキヨシが、感想を告げる。
少しは、相棒としてヒロシの煮え切らない怒りに、後で付き合わされる身にもなれと言う思いを込めて。
それでも、そんな思いが通じる相手ではないという事も、嫌という程理解っているのだが。
「ナンでも良ーよ。オレと拓ちゃんの天使なら・・。」
目を細めて言う時貞は、本当に幸せそうだった・・・。
何しろ、ずっと長い事、夢を見続けた事が実現したのだから。
あの日・・・目の前で『家族』を失ってから、初めて手に入れた自分だけの『家族』。
時貞が、強く・・・激しく"願"った『者』。
月の女神の気まぐれだとしても、今のこの瞬間が、時貞の何よりの幸せだった。
拓の側にいる為に、生き返った時貞にとって、常識など何の価値もないのだから。
「時貞様！用意が整いました。」
檜原が、声を掛けてくる。
「あぁ。出してくれ。」
「畏まりました。」
時貞の言葉を受けて檜原が合図をすると、何人ものメイドやボーイたちが、両手に料理を持って現れた。
「おい、時貞？」
「―――お祝いだよ☆」
キヨシの問いに、時貞はクスッと笑みを浮かべて、そう答える。
一体、何のだ・・・と更に聞こうとしたキヨシは、その答えを視覚によってもたらされた。
「時貞ァ！！」
「・・・日本の習慣だろ？」
次々と美味しそうな料理の数々が、運ばれてくる。
あっと言う間に、テーブルの上は様々な料理で一杯となってしまった。
そうして、最後にボーイ二人に運ばれてきて、テーブルの上に、デンと置かれた巨大な皿に乗っていた赤いモノに、目を丸くする。
どう見ても・・・喩え、食べてみなくても・・・それが赤飯である事は誰にでも理解った。
西洋料理の真ん中に、巨大な赤飯・・・。
それが、何を意味するのかは、一目瞭然であった。
「どういう事よォ・・・」
眉をつり上げた真里が、低く呟く。
今度こそ、拓は意識を手放した。
数々の衝撃に必死で耐えてきたのが、既に限界だったのだ。
信じられない事ばかりなので・・・拓はこれが悪夢だと思い込む事にしたのだ。
だから、このまま意識を失えば、この悪夢から目覚められるかもしれない・・と密かな期待を持ちながら・・・。
そうして、目覚めた時には、全てが夢で片付けられますように・・と祈るように願っていた。
既に"不運"とまでも縁組を交わしてしまったような拓では、祈るだけ無駄な努力に終わってしまうのだが・・・。
意識がない時の拓は、取り合えず神経は安らげるのだった。
「拓ちゃんっ！」
「しっかりしろっ、拓ちゃん！！」
だから二人の言葉も、もう拓に届かなかった。
「どーすんだよ・・・時貞ぁ・・・・」
冷や汗を垂らしながら尋ねるキヨシに、時貞はほんの少しだけ苦笑した。
どうするも、こうするも・・・こうして二人の子供がいる限り・・・時貞はこの授かった『家族』を護るだけなのだ。
何よりも誰よりも大切な"拓"と同じように。
この幸せが、長くは続かないだろう事を、時貞は何となく理解っていた。
拓が、酷くショックを受けるだろう事も。
それでも・・・。
腕の中の温もりが愛しかった。
何よりもこの存在が、己の『想い』が形作られたモノであるのだから、余計に愛着が湧くのだ。
「どうしようか・・・"たく"ちゃん。」
少しでも力を入れたなら、壊れてしまうのではないかと思う程小さな肢体から、伝わる温もり。
その柔らかな頬を指先でつついて、時貞はゆったりと微笑った。
―――未だ目覚めない拓によく似た"天使"もまた、何を夢見ているのか、小さく笑っていた。
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