広大な高原地域が広がる中央大陸。
何処までも続くサバンナの景色は緑の絨毯で彩られている。
北に行けば万年雪を冠した山が幾重にもそびえ立ち、それを越えれば雪に閉ざされた北の王国がある。
南にはこれまた広大な砂漠があり、砂上の楼閣のような古い歴史だけしかないような南の王国が存在している。
東の海を渡れば、連邦に所属しないまま確固たる国を築いている“日ノ本”と呼ばれる小さな島国があった。
そしてさらに西に行けば、摩天楼がそびえ立つ大都市を要する、連邦公国がある。
そんな全ての国と行き来できる便利な場所なので、交通の便を使った商売も成り立つわけで、様々な商人が中央大陸には居を構えていた。
―『何でも運び屋・疾風迅雷』―
『疾風迅雷』は、中央大陸ではそれなりに名の通った運び屋だ。
風神のジャケットがトレードマークのヒロシと、雷神のジャケットのキヨシの二人組。
名前以外は全てが秘密とされているが、その実力は皇帝国内では折り紙つきで、依頼達成は100％を誇っていた。
「ヒロシぃ、次、この荷を何処に運べば良いんだぁ？」
「あー、それは急ぎの積荷だから、オレのZ750F
DⅡで行ってくる。オメーは悪いけど、倉庫整理しながら留守番しててくれ。」
「あぁん？ゼッツー出すほどか？」
腕まくりしたガタイの良い金髪の青年が、持っていた荷物を怪訝そうに見ながら、相棒に声を掛ける。
「割増代５倍の上客だ。逃がすかよ。」
帳面と睨みあっていた黒髪でサングラスを掛けた青年は、ニヤッと口端を持ち上げてそう笑った。
「５倍ねぇ・・・ヤバイ代物じゃねぇだろうな・・・」
「機密文書と言えばそうだけどな。いつものお偉いさんからの依頼だよ。皇王から連邦長官への貢ぎ品。」
「はん。まぁ、気ぃつけてけよ。」
中身が何だか理解した途端に、興味も失せたのか、持っていた物をヒョイと投げて寄越すと、そのままクルリと背を向けてキヨシは出ていく。
「おう。行ってくる。」
持っていた手帳を閉じてポケットにしまうと、出かける準備をする為に、ヒロシもまた席を立った。
キヨシが向かった別方向のドアを開けて店を出ると、途端に全身を乾いた風が包み込む。
「ああ。今日は良い風だ。この分なら、想定時間の半分で戻ってこれるな。」
愛用のグローブを嵌めて、サングラスを耐久度の高い物に換えると、そのまま愛車に跨る。
「今日も頼むな。」
見かけ以上にじゃじゃ馬な愛機を、愛しむ様に撫でると、そのままエンジンを開ける。
次の瞬間、ヒロシをのせたZ750F
DⅡはつむじ風のように一瞬でその場から飛び出した。
通常の高速艇でも半日は掛かる距離を、僅か３時間で往復してきたヒロシは、店に戻る途中でいつものように気流に乗って遊んでいた。
下方に広がるのは何処までも続く緑の草原で、代わり映えの無い景色にちょっとだけ飽きてきたからだ。
それでも、もう少し時間が経てば、西の方から赤くなって太陽がサバンナに沈む景色が見れる。
雄大で綺麗なその瞬間が見たくて、いつもならとうに店に辿り着いているのに道草をしていたのだ。
ゆっくりと沈んでいく太陽を上空から眺めていたら、不意に目の端に違和感が生じた。
「ん？何だ？」
視線を向けると、緑の絨毯の一角の色が違うのだ。
もっと良く確認しようと高度を下げたヒロシは、それが数えきれないほどの動物が作り出している事に気付いた。
円を描くように集まっている動物たちの姿に、更に瞠目する。
弱い動物が巨大な群れを成して、サバンナを移動している光景は何度も見た事があったが、こんな風に種類の違う動物たちが寄り集まる様に集合する光景を見るのは初めてだったからだ。
更に高度を下げたヒロシの目に映ったのは、円の中心にあった姿。
「・・・っ！」
思わず、ハンドルを操作して、円の中心に向かって下降した。
動物たちが作った円の中心には、一人の子供が倒れていた。
「おいっ、大丈夫か？！―――っっ！！」
見た事の無い白い服を纏った、小柄な身体を抱き起す様に声を掛けたヒロシは、その顔を見た瞬間に息を詰まらせた。
サングラスの奥の瞳が大きく見開かれる。
「・・・嘘・・・だろ・・・。―――タク、・・・ちゃん？」
思わず口から掠れた声が零れ落ちた。
同時に脳裏に浮かんだのは、いつも穏やかで淋しそうな笑顔を浮かべていた幼馴染の少年。
不治の病と最後まで闘って・・・眠るように逝ってしまった、今でも最愛の友達。
目の前の子供の顔は、その幼馴染にそっくりだった。
「・・・ん・・・」
腕の中で、小さく身じろいだ子供が覚醒する。
ふるふると睫毛が揺れて開かれると、零れ落ちそうな程大きくて真っ青な瞳が顕れた。
全く汚れの無い綺麗な宝石のようなそれが、真っ直ぐにヒロシを捕らえる。
二度・三度と瞬きが繰り返されて―――。
「・・・きゃああああぁぁぁぁぁっっ！！」
スローモーションのような時間は、甲高い悲鳴に取って代わった。
「・・・っせ。」
思わず眉を潜めて耳鳴りを堪えると、途端に小さな身体がビクリと震えて、見る見る内に大粒の涙が盛り上がって、堰を切ったようにボロボロと零れ落ちた。
「ふっ・・・ひっぅ・・・ううぅ・・・」
クシャクシャに顔を歪めて泣きじゃくる子供に、ヒロシは途方に暮れた。
どう考えても、自分が怖がられている事に気付いたからだ。
「はぁ・・・」
溜め息を吐いただけなのに、ビクッと怯えられれば、ヒロシの方が泣きたい。
仕方なくサングラスを外して、泣きじゃくる相手を真っ直ぐに見つめる。
「何もしやしねぇから、泣くな。お前に危害を加えようとするヤツはオレが守ってやる。約束だ。・・・それでも、オレが怖いか？」
一言一言、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
言葉を発する度にビクビクと身体を揺らしていた子供は、じっとヒロシを見返してから、言われた事が判らないと言う風にパチパチと瞬きした。
「あの・・・あなたは、ボクたちを捕まえに来たんじゃないの？」
「―――あ？いや・・・オレは、ここでお前を見つけただけで・・・」
キョトンとしながら小首を傾げた姿の余りの可愛らしさに、思わず動揺しながらヒロシは言い募る。
すると小さくて柔らかな手がそっとヒロシの手を掴んだ。
「貴方は、とっても優しい人・・・。全然、怖くない・・・ね。」
目尻に涙を滲ませたまま、ニッコリ笑ったその顔に、ヒロシは完全に捕まった。
つづく ／
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