終わりなき夢

 

　



上空からは、絶えず霧雨のように水が降ってくる。

暖かな光と、木々と、澄んだ空気。

果実が実っているわけでも、小川が流れているわけでもないのに・・・そこは、『楽園』に非常に似た空間だった。

振り返れば、白衣に身を包んだヒザキが、苦笑しながらゆっくりと歩いてくる。

「ヒザキっ！」

走って戻りながら、オニキスはヒザキの腕の中に飛び込む。

満面の笑顔と、ちぎれんばかりに振られた尻尾が、言葉よりも顕著に喜びをヒザキに伝えていた。

「―――気に入ったか？」

「うんっ！とっても！！」

「そうか。」

間髪入れずに返ってきた返事に、ヒザキも表情を和らげた。

『生物化学生体研究所』の地下にある実験室は、ある意味この星そのものの楽園場所でもあった。

赤い砂に覆われたこの星の地表でも生育可能な樹木を作り出すために、ヒザキが長年研究を続けてきて、漸くここまで来たのだ。

まだ幼い頃に見た、昔の地球のホログラムは本当に美しい宝石箱のように脳裏に焼きついていた。

水も十分な空気もない赤い砂だけの惑星を、あの青い星と同じようにするなんて、夢物語だと誰もが口を揃えて言ったけれど・・・それでも、ヒザキは諦め切れなくて。

与えられた仕事の合間を縫って、研究を重ねてきたのだ。

何千・何万もの種子の中から、耐性に強いモノだけを何代も掛け合わせて、徐々に赤い砂に慣らしていき・・・漸く、最終段階まで持ってきた。

赤い砂に含まれる毒素を中和して、浄化した空気を生成できる木々。

あとは、こんな亜熱帯のジャングルではなく、微量の水素でもそれを行えるだけの能力を持った木々に成長させるのが、最後の課題なだけで・・・。

ヒザキが生きている内に、この星の地表に根をはることの出来る樹木が造れれば・・・それは、夢を叶えたのと同じ意味を持っているから。

「・・・わっ？」

不意に伸びた蔓が、オニキスに触れる。

余程驚いたのか、耳と尻尾が垂れ下がっている。

ヒザキは苦笑した。

「・・・大丈夫だ。ここの木々は自我を持っているんだ。お前を確認しているだけだ。」

「ぼ・・・ぼく・・・オニキス。宜しく･･･お願いします・・・。」

ヒザキが説明すると、オニキスは恐る恐るといった風に、蔓に指を絡めた。

途端に、あちらこちらの木々から何本もの蔓が延びてきて、オニキスの全身に絡みつく。

「・・え？・・あっ・・・やっ・・・くすぐったい・・よ・・・」

困ったように身を捩りながらも、蔓を拒絶できずにいるオニキスを助けたのは、他ならぬヒザキだった。

「―――駄目だ････駄目だっ・・・！こいつは俺のだ！！」

少し不機嫌そうにそう言うと、絡みつく蔓からあっさりオニキスの身体を奪い返した。

「・・・ヒザキ？」

キョトンとした大きな瞳に見つめられて、ヒザキは顔から火を噴くかと思った。

嫌だ―――と、思ったのだ。

その存在を確認しているだけなのに・・・『触れ』てほしくなくて・・・。

それは、恐ろしい程の��独占欲�＝B

気付いてしまったヒザキは、赤くなってしまった頬を隠すように顔を逸らして・・・口元を押える。

そんなヒザキの腕に、オニキスはそっと触れてきた。

途端に、ヒザキの全身が柔らかな波動に包まれる。

伝わる気持ちは、確かに暖かな温もりまで与えてきて・・・。

―――理解っていた。

言葉にしなくても・・・伝わることは。

自分の気持ちなど、すべて駄々漏れなのだという事も。

こんな筈ではなかった。

自分がこんな風になってしまうとは、夢にも思わなかった。

それでも・・・総てを曝け出しても構わない程、夢中になれる相手が、この世に存在していたことこそが、何よりも幸せで。

そっと抱き締めると、柔らかな笑みが返ってくる。

顔を近付ければ・・・総てを受け入れるかのように、大きな黒曜石の瞳は閉じられて―――。

しっとりと重なる唇は、信じられない程柔らかく甘く・・・。

腕の中の『宝玉』を壊してしまわないように、ヒザキは慎重にならざるをえない。

―――だからこそ、未だに最後の一線を越えられないのだが。

取り敢えず、キスだけでも十分満たされてしまうのだから・・・それでも構わない気がした。

背後でサワサワと鳴る梢の音が、まるで祝福の音色のように聞こえていた。

　　　　
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