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新婚なり
唐突ではあるが、彼、鳴神秀人は幸せだった。
ずっとずっと長い間、手元から離さざるを得なかった“愛しい者”を、漸く手に入れる事ができたのである。
長い長い戦いであった。
一体何処から沸いてくるのか理解らない程の、【恋敵（ﾗｲﾊﾞﾙ）】達をねじ伏せて・・・漸く勝利を得たのだ。
はっきり言って、これ以上の充実感はないだろう。
更に、もう二度とは離さない証として、一緒に暮らす宣言までしてのけた彼である。
そうして、今日からその念願の二人っきりの暮らしが始まるのだ。
つい、にやけ顔を押さえる事ができない彼の頭の中は、常春のようであった。
「秀人くーーーんっ♪」
ニコニコと微笑いながら駆けてきた相手を、両腕で抱き留める。
「どうした？拓・・・」
「あのね・・・お隣さんに、引っ越しの挨拶に行ったら・・・びっくりしちゃった・・・」
大きな瞳を更に見開くようにして、驚きを表す拓が、可愛くて・・・秀人はうんうんと頷く。
端から見ると、どうみても・・・お子様とその保護者にしか見えない二人であるが、実は同じ年である。
この場合、秀人が年よりも大人びている事と、拓がかなり幼く見える事にも原因はあるのかもしれない。
「ほんとに・・・本当に知らなかったんだ・・・だから・・・えーと・・・」
拓の言葉が、少しだけ困ったような口調になったのは、自分を抱き締めている秀人の腕に力が入った為。
これから先の展開を気にして、拓は秀人の腕の中で困った表情となる。
「何しに、きやがった・・・テメェ等。」
低い声が、秀人の口から零れ落ち・・・容赦ない響きが辺りに漂う。
「あぁ？！別にオメーに会いに来たんじゃネー。」
「ご挨拶だよ・・・ゴ・ア・イ・サ・ツ！」
ニヤリと口元を持ち上げて、人の悪い笑みを浮かべる二人組に、秀人の背筋を悪寒が走る。
野性的な勘と言っても過言ではない感覚が、全身を覆いつくしていく。
目の前に居る二人は、秀人にとって最大の壁であったのだ。
「テメーが、拓ちゃんをゼッテー泣かせネーかどーか、ちゃんと見てっからヨ。」
「拓ちゃんが、決めた事だから許してっけどよ・・・オレ等“容赦”しねーゾォ！！」
グラサンの奥から、凄まじい眼光を投げつけてヒロシが言うと、その隣でキヨシも指を立てて言い切る。
ヒロシとキヨシ・・・別名『風神』と『雷神』。
コンビを組んだら“向かうところ敵無し”とまで言われている二人である。
ヒロシが拓の幼馴染みであり・・・ずっと保護者の位置にいたのである。
高校から初めて拓と会った秀人にとっては、このヒロシが最大の『恋敵』でもあった。
学校以外の場所では、必ずと言って良い程、出現するのである。
この場合、拓が純粋に慕っている所がまた厄介なのだ。
だから、秀人も本気が出せない。
尤も、拓に嫌われるのが嫌なので、それはお互い様なのだが・・・・。
「大丈夫だよ・・・ヒロシちゃん！だって・・・秀人クンって・・・すっごく・・・優しいんだ・・・！」
フンワリと蕩けそうな笑みを浮かべる拓に悪気はない。
実際にそうなのだから。
だが、『それは、お前に対してだけ！』という突っ込みを他の三人は同時に持っていた。
それを、誰も口にできなかっただけで・・・。
ヒロシとキヨシは、そう告げた拓の笑みに見惚れてしまっていたし・・・秀人は拓の言葉に、感動していたから・・・。
「だから・・・二人が心配する事なんて、無いんだよ・・・ね、秀人くん？」
小首を傾けながら言う拓は、すっかり秀人を信じきっている。
それは、純粋な“思慕”。
彼等がずっと欲しかった、拓だけが持っている【力（おもい）】。
“強さ”に捕らわれて、“暴力”に蝕まれていた彼等に、他人の為に闘う事のできる本当の“強さ”を焼き付けた・・・拓。
決して、相手を裏切らない・・・それが、どんなに凄い事なのかを・・・拓は知らない。
だから、誰もが拓を欲し・・・その傍らに自分の存在を置きたがるのだ。
臆病な癖に、他人を疑う事を知らないから・・・放っておけない・・・という気持ちも半端ではないが。
「でも・・・ヒロシちゃんが、隣に居てくれて、とっても嬉しいな。」
ピクッと秀人のこめかみに血管が浮き出る。
もしもし・・・今、何といいました？状態の秀人は、本気で、自分の耳を疑いたくなった。
もしも、言ったのが拓でなかったら、その場は修羅場と化していただろう。
「隣・・・？」
「うんっ！引っ越しのご挨拶に行ったら・・・ヒロシちゃんたちも引っ越して来たって言うから・・・」
拓の言葉が終わらない内に、秀人は、ひょいっと拓を抱え上げた。
体格差もあるのだが、抱えられるぐらい軽い拓の身体も問題があるかもしれない。
いつ、誰に奪われるか理解らないからこそ・・・秀人も必死である。
「―――ひっ・・・秀人・・・クン？？？」
いきなりどうしたの？と言う顔つきで問いかける拓に、自分がどれ程周りの連中に狙われているのか、という自覚はない。
「・・・引っ越すぞ。」
だから、秀人の答えは、一瞬だ。
「―――ええ？！どーして？折角、片付け終わったのにぃ・・・・」
だが、秀人の危惧を理解できない拓には、勿論、通用しない。
「そーだ！消えるんなら、テメーが、独りで行っちまえっ！」
拓の言葉に被せるように、ヒロシが付け足す。
「―――そしたら、ここで俺等が拓ちゃんと暮らせるからよォ。」
続くキヨシの言葉も辛辣である。
「―――何処行ったってよ・・追いかけるゼ、オレ等。」
「あぁ！！トーゼンだべ。」
更に続けられた言葉に、秀人はがっくりと肩を落とす。
二人っきりの甘いスゥイートホームの夢が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくようだ。
それは、拓の側を選ぶ限り・・・逃れられない【不運（ﾊｰﾄﾞﾗｯｸ）】でもあった。
「テメェ等・・・・」
フルフルと震える秀人の拳が一つ。
先が読めた拓は、大急ぎで自分の耳を両手で塞いだ。
「いい加減にしやがれっっっ！」
マンションの壁がビリビリと震える程の咆哮は、それだけ、秀人の煮詰まりも激しいという事。
鼓膜をやられた二人を、力任せにドアから押し出すと、秀人は鉄の扉をバタンと締め切った。
そうして、鍵を閉めて、更にキーチェーンまで頑丈に掛ける。
取り敢えず、ドアをガンガンと叩く音はするが、扉を開ける事はできないらしいヒロシとキヨシに、やっと秀人は安堵すると・・・後で、もっと頑丈な鍵を買ってこようと固く心に決めていた。
そんな秀人の様子を、拓は心底困ったような表情で見つめる。
拓にしてみれば、喩え秀人の側にいる事を自分で選んだとしても・・・ヒロシやキヨシや・・・他の皆とも友達でいたいのだ。
だから、もっと皆が仲良くしてくれれば良いのに・・・と心の底から思っていた。
ここまで意見の相違が生じると、後は笑い話にしかならない。
「ごめんね・・・秀人くん・・・怒った？」
戻ってきた秀人に、しゅんとなって拓が問いかける。
そんな拓の前髪をクシャッと掴んで、秀人はやっと一息をついた。
そうして、また大きな腕の中に拓を包み込んでしまう。
「・・・秀人・・・くん？」
「―――二人っきりは・・・嫌か？」
戸惑う拓に、腕の中の小さな身体をキュッと抱き込んだ秀人が囁く。
プルプルと首を横に振る拓が、愛しい。
「―――俺だけじゃ・・・寂しいか？」
「そんな事なっ・・・！ん・・・・」
慌てて、顔を上げて答えようとした拓の唇を、秀人は摘まみ取った。
―――息継ぎで一瞬離れた次の瞬間・・・それは更に深くなる。
「んんっ・・・・」
そういう行為に、全くといって良い程、奥手な拓は・・・ただ秀人にしがみつくようにして、その『想い』を受け止めた。
ゆっくりと唇を離した途端に、カクリと全身の力が抜けたように腕の中の拓の身体が崩れる。
それを支える秀人の腕に、拓は全身を預けたまま、肩で荒く呼吸をしている。
たかが、キスだけでこの状態なのだ。
それがまた、らしくて・・・可愛くて仕方ないのだが・・・。
百戦錬磨の秀人にとっては、嬉しい限りである。
「ひで・・・と・・くん・・・」
熱があるような顔つきと、掠れた艶のある声で、名前を呼ばれて・・・その気にならなきゃ、男がすたる！・・・ってなもんで、すっかり秀人はその感情に捕まっていた。
軽々と拓を抱え上げて・・・寝室へと運び込む。
部屋の中央にある巨大なダブルベットの上に、そっと拓を横にして・・・そのまま覆いかぶさる。
「・・・秀人・・・くん？」
優しいキスを繰り返すと・・・拓は秀人の首に両腕を回してふんわりと微笑う。
夢を見ているような表情に、困ったような笑みを浮かべてから・・・秀人は拓を見つめた。
「一緒に居て・・我慢なんかできねー・・・。オレのエゴでお前を傷つけるかもしんねー。・・・それでも、お前はオレの側に居るか？・・・拓・・・」
真面目な顔で問いかける秀人を、拓は真っ直ぐに見つめた。
真剣な秀人の『想い』に、拓はギュッと胸を掴まれたような気がした。
一瞬瞳を閉じて・・・一呼吸をした後で、再び開かれた瞳に迷いはなかった。
「ボクは、秀人くんを信じる・・・喩え、何をされても・・・秀人くんを、好きな気持ちは・・・きっと、変わらないよ。」
強い言葉が、唇から零れる。
だが、秀人は拓がそう答えるのを知っていたような気がした。
知っていて、尚、問いかけたのだ。
それは、拓に対する確認ではなく・・・自分に対しての勇気が欲しかっただけなのかもしれない。
「拓・・・オレもお前が・・・何よりも、大事だ。」
吐息のように吐き出される秀人の『聖約』に、拓は泣きそうな表情で頷いた。
秀人の強さに憧れた拓が、先に秀人の周りにまとわりついて・・・。
うざったい・・・から、興味に変わった秀人の想いが、更に成長する頃には、互いの身体が近づいていた。
そうして、拓の憧れが変化し・・・秀人の感情が拓に惹き付けられて・・・捕まった時に、二人は引き離されてしまった。
だが、二人の取らされた距離は、更に『想い』を増幅させる事にしかならなくて・・・。
何時の時も、全身で探していた・・・お互いの“存在”を。
そうして、再会。
何度も何度も、想いがすれ違って・・・歯がゆい思いもしたけれど・・・。
漸く巡り会えた・・・二人。
ベットの上・・・互いに抱き締めあって・・・。
身体を覆う衣服が一枚ずつ剥がれて・・・いつしか互いの体温を素肌で感じて。
柔らかくて白い拓の肌に、秀人がつけた赤い華が咲く。
いくつも、いくつも・・・それが所有印。
頭の先から、爪先まで・・・全身のいたる所にまでも・・・秀人は拓を征服していく。
ゆっくりとした慎重な愛撫は、拓から恐怖を拭って・・・更に身体に熱情を灯していく。
徐々に蕩け始めた拓の結べなくなった唇から、堪えきれない吐息が切なげに零れ始める。
敏感な箇所に触れる度に、ビクリと反応を返してしまう事が恥ずかしいらしく・・・全身を綺麗に赤く染め上げる拓が、秀人の瞳に焼きつく。
男同士なのだという禁畏を忘れてしまう程の、激情。
欲しくて堪らない渇望する『欲望』。
それでも、ギリギリの線で抑えている方なのだ。
相手が拓だから。
傷つけないように・・・怖がらせないように。
せめて、その瞬間まで・・・。
「拓・・・拓・・・」
睦言のように甘く囁く。
秀人の与える快楽に、捕まってしまった拓には何も考える事はできない。
息苦しいまでの・・・快感が、全身を駆けめぐり・・・意識が弾け飛ぶ。
秀人の手管に呆気なく果てた拓の欲望を、そのまま秀人は更に奥まった箇所へと蠢かす。
ぐったりとシーツの海に沈んでいた拓は、次の瞬間ビクリと全身を強張らせた。
体内を侵した異物に、痛みと共に感覚が蘇ったのだ。
「・・ヒッ・・・」
一瞬見開かれた瞳が、きつく閉じられて・・・目尻から涙が零れ落ちた。
蕾を押し開くかのように、差し込まれた秀人の指が、中でゆっくりと動く。
その度に、拓はシーツを掴んでしまう。
「拓・・・大丈夫だから・・・力を抜け・・・」
何度も何度もキスを与えながら、秀人も自分の欲情と闘っていた。
このまま、拓を抱けば、間違いなく傷つける事が理解ったので・・・なんとか、慣れさせたかったのだが・・・余りの狭さに、戸惑ってしまう。
それでも、秀人も限界なのだ。
感情では拓を傷つけたくないと理解っていても・・・身体が欲しくて仕方ないのだ。
無理やりにでも、全身で貪りたいという強烈な誘惑が、全身を苛める。
そんな秀人の思いか理解ったのか、拓は掴んでいたシーツを離し・・・震える腕で秀人にしがみついた。
「・・言った・・・よ・・・秀人・・く・・んに・・なら・・・・何を・・・されても・・・でも・・・ボクが・・こわくて・・・逃げない・・ように・・・捕まえてて・・・ね・・・」
途切れ途切れ、泣き声で告げる拓の言葉が、秀人の理性を吹っ飛ばした。
「拓っ！！」
噛みつくようなキスと共に、秀人は身体を突き進めた。
悲鳴は、口付けに封じ込まれた。
衝撃に、拓の身体が、秀人の腕の中で弾ける。
大きく見開かれた瞳から、大粒の涙が溢れて零れ落ちて・・・シーツに染みを作っていく。
救いを求めて動く拓の指が、秀人の背中に幾筋もの傷痕を付けていく。
だが、拓の痛みはそれ以上だった。
余りの強烈な痛みに、気を失う事もできず・・・逃れようとずれる身体は、秀人の腕にがっちりと捕らわれてどうする事もできない。
呼吸する事もできない苦しさに、無意識に首が振られて口付けが外れる。
だが、発せられる筈の悲鳴も、拒絶の言葉も出てこなかった。
「・・・秀人くん・・秀人くん・・・ひでと・・くんっ・・・！」
何度も首を振りながら・・・切ない程に掠れた【声音（おもい）】で紡ぎだされるのは、ただ秀人の名だけ。
そんな拓に、秀人は胸が締めつけられる程、苦しくなった。
こんな想いを、秀人は知らない。
こんなにも、他人を愛しいと思えるなど、生まれて初めて知った事だった。
秀人の激情を受け止めて・・・泣きながら名を呼び続ける拓を、秀人はきつく抱き締める。
深く深く・・・何処までも繋がって・・・。
そのまま時が止まってしまえば良い・・・と秀人は思った。
全身を包む歓喜は、例えようもなく・・・。
このまま死んでも構わないっっ！！・・・と、思った次の瞬間、目の前に閃光が走った。
全身を引き裂くかのような痛みが不意に途切れて・・・拓は漸く身体の力を抜いた。
そうして、そのまま気を失おうとした拓は、次の瞬間・・・信じられない現実に引き戻された。
「デェージョーブかよ？！拓ちゃん・・・・」
泣きながら、ガシッと自分を抱き締めているのが、ヒロシだと気付いた瞬間・・・拓はパッチリと瞳を見開いた。
だが、余りにもいきなりな展開に、頭はまだついていく事ができない。
先程まであった筈の秀人の腕を探そうとした拓は、涙で霞む視界を動かして・・・シーツに埋もれている秀人に気付いた。
そんな秀人を足蹴にしていたキヨシが拓に近づく。
「ったく、何が拓を泣かせる奴は俺が許さねぇ・・・だ！テメェが泣かせてやがるんじゃねーかよ・・・」
「あーあ・・こんなに目ぇ腫らして・・・もうデェジーブだかんな、拓ちゃん。」
涙の跡を拭うヒロシの台詞に、拓は頭の中がますます真っ白になってしまう。
「ヒロ・・・シ・・・ケホッ・・・・」
「あぁ？！ムチャすんな、拓ちゃん！ノドがイテーのかよ？」
拓が咳き込んだ途端に、何処から取り出したのか、キヨシがコップに入った水を差し出す。
それをコクッと飲んでから、拓はクルッとヒロシとキヨシを見つめた。
「・・・玄関、壊しちゃったの？ヒロシちゃん・・・」
取り敢えず、一番の疑問を拓は口にした。
「・・・いや・・・」
だが、言葉を濁すヒロシに目が座る。
「じゃあ、ベランダから窓を壊して？」
玄関以外の唯一の出入口になるだろう場所を示す拓に・・・二人は困ったように顔を見合わせる。
「じゃあ、何処から入ってきたの？」
答えない二人に、プッツンきた拓は、ジッと二人を凝視する。
まだ少し残っている涙に寄って、潤んだ大きな瞳で見つめられて、二人がヴッと身体を引いた。
「ここだよ。拓ちゃん♪」
何処からともなく響いた声が、消えると同時に、壁がクルリと回転して・・・思わずベットの上で後擦さってしまう。
「とっ・・・時貞くんっ？！」
堪えきれなかった言葉が、悲鳴のように聞こえる。
寄りによって、こんな場面を見られるとは思っていなかっただけに、恥辱で顔から火が吹く。
「素肌にシーツっていうのが、煽情敵で、ステキだ・・・」
うっとりと告げる銀の髪に褐色の肌の青年に、拓は裸足で逃げたい気分になってしまう。
だが、ここから拓がいなくなれば、秀人がどんな目に合うのか理解り切っているだけに、逃げる事ができない。
だが、喩え拓が泣いたとしても・・・別に拓がそれを受け入れていたのだから、何もあんな場面で飛び込んでくる必要はないのだ。
痛みがなくなって拓が、ホッとしたのも事実ではあるのだが・・・不意打ちを食らっただろう秀人が、更に哀れで仕方ない。
個室だと思っている空間に、まさか壁が回転して侵入者が入ってくるなんて誰だって理解る筈もない。
だが、ヒロシとキヨシが何故そんな事を知っていたのかもとっても気になる拓であった。
こうなってくると、最初から罠に嵌められた気がするのは、考え過ぎだろうか？
「ヒロシちゃん・・・始めっから、知ってたの？！」
「おう・・・！だから、泣かせネーかどーか見てるっつったろ。ったく、泣かせやがってヨ・・・」
そーゆう問題ではないだろう・・・と拓は頭を抱えたくなった。
「・・・だからって、意識ない秀人くん苛めたら・・・泣くよ・・・ボク・・・」
ジト目で言う拓も、少しは強くなったのかもしれない。
今にも秀人に繰り出されようとしていた拳や蹴りが、空を切る。
「まっ・・・まぁ、こいつも今日はこれ以上何もできねーしな・・・」
「おっ・・・おやすみっ・・・拓ちゃんっ！？」
「・・・ヒロ・・・キヨシィ・・・だからって・・・何で、オレまで・・・」
ガシッと銀髪の青年を両端から抱え込んだ二人が、そそくさと壁の向こうへと帰っていく。
クルリと回転した壁が、元に戻った途端に、拓はハアァァァーーーッッと深い溜め息を零した。
そうして、痛む身体を這うようにして・・・倒れている秀人の元へと向かう。
「あーあ・・・ひどいなぁ・・・。」
恐らく頭を殴られたであろう秀人は、完全にノックアウトされていた。
明日には、コブになっているだろう後頭部に、拓はそっとキスをした。
それから、キョロキョロと辺りを見回してから、少し恥ずかしそうにその唇に・・・。
真っ赤になった拓は、嬉しそうに秀人の頭を抱え込むようにして・・・そのまま毛布を掛けた。
第一日目からこれでは、これから先どうなってしまうのか・・・。
秀人ではないが、引っ越しを考えたくなってしまう拓であったが、度重なる恐慌にすっかりくたびれた頭で考えが続くはずもなく・・・いつしか眠りの国に誘い込まれるように身を預けていた。
翌日、頭を打った後遺症か理解らないが、意識を失う直前の事を思い出せなくて・・・ただ頭が痛む事を訴える秀人に、本当の事を話すべきか迷った拓であったが、結局真実はベールに隠されたままとなった。
それでも、このマンションのオーナーが、実質上天羽家の所有物だと知った次の瞬間、確かに秀人は拓を抱えたまま、逃げだそうとした事は言うまでもない事で・・・毎日のように誰かが遊びに（邪魔しにとも言う）来る生活に、いつまで秀人が我慢できるのか、それは拓にも理解らない事であった。
果して、秀人に安楽の日々は訪れるのか？
二人だけの、脳味噌がトロけそうな甘い生活が迎えられるのか？
幾多の試練を乗り越えた後に、何処まで続くのか“イバラ道”。
秀人が何処まで耐えられるのかを、“外道”のメンバー達が賭している事を、秀人は全く知る由もなかった。
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