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強い光が収まった時、そこにはそれぞれに元の姿に戻った二人が居た。

「―――“ニンゲン”だあぁぁあああ！！」

ザワザワと周りが煩い位ざわめく。
心臓を貫かれそうな戦慄と、値踏みするように絡みつく視線に囲まれて、拓の背筋を悪寒が走った。

「・・・ぁ・・・」
「弱気にならないで！魂を奪われてしまうからっ！」

思わず後ずさってしまった拓を庇うように、クロが前面に立ってそれらの視線から拓を隠した。

「クーロー、邪魔だぁぁあああ、そこを退けぇえええ！！」
「―――嫌だっ！」

ジャック・ランタンの叫びにも、クロは動かない。

「―――クロッ？！彼方、何をしているの？！」
「マスター・ミリア・・・」

周りを囲んでいた中から、魔女の格好をした少女が飛び出してくる。
その声に動揺したように、一瞬クロの身体がビクッとしたが、それでも立ち位置は変わらない。

「馬鹿な真似は止めなさい！人間に組するなんて愚かな行為よ・・・さぁ、こっちにいらっしゃい。」

怒ったように呼ばれても、クロの足が動く事はない。
小さく頭を振って、泣きそうな顔でクロは前を見続ける。

「ごめんなさい・・・ご主人様。・・・ボクが意思を持ったままここに居られるのは、この人のお陰なんです。―――魔法で人型になったボクが、この人に似ているのも全部・・・記憶が残っているから。だから、ボクは裏切者だと言われても・・・例え力が無くて殺されても・・・この人を守りたいんだっっ！！」

叫び返したクロに、ザワザワと波のように耳障りな音が広がっていく。

「なーらー、一緒に死ねえぇぇぇえええっっ！！」

カボチャ頭のくり抜かれた穴から、狂気に塗れて血走った瞳が爛々と赤く光る。
大きく振り上げられた巨大な鎌が、クロごと拓を切り裂こうと禍々しく光を弾く。

「―――“蒼焔の劫火”」

その場を支配する静かな声が、響き渡る。
突如廊下に出現したのは、漆黒の闇で・・・その中から現れた人物が片手で振り下ろされた鎌を止めて、そのまま弾き返したようだった。
銀の髪に褐色の肌・・・緋い瞳。
それが誰なのかを理解った拓は、息が止まる位衝撃を受けて・・・胸が締め付けられた。

「・・・時貞・・・くんっ！！」
「―――散々、捜したよ・・・拓ちゃん。もっと早く気付けば良かった。まさか、こっちの世界に連れ込まれてるなんて、想像もしなかったから・・・」

安堵に力が抜けて、フラッと倒れそうになった拓を、きつい程の時貞の抱擁が包み込む。
打って変わったような優しい口調と、暖かな温もりに、張り詰めていた緊張が緩んだ。
誰よりも会いたかった相手に会えて、拓の瞳からは止められない涙が溢れ出た。

「お前も料理してやるぅぅうううっっ！！」

自慢の鎌を弾き返されたジャック・ランタンが、物凄いスピードで襲い掛かってきた。

キンッ。

繰り出されたナイフが、受け止められる。
ジャック・ランタンの狂気の刃を受け止めたのは、時貞の魔法ではなく、アービィが抜いた黄金の剣だった。

「―――誰に向かって刃を向けるっ！この御方は“漆黒の王”だぞ！」
「おぅ？」

アービィの言葉に、真っ赤だったカボチャの色が、一瞬で青くなった。

「そんなに料理がしたいなら、お前のかぼちゃ頭を焼いてやろう。」

ゆっくりと立ち上がった時貞の全身を、青白い炎が包み込む。
みるみる内に掌に収縮された炎を、そのままジャック・ランタンに向けて解き放った。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁああああ！！あつい、あつい、あつい・・・っっ！！」

青白い炎に包み込まれた頭を抱え込んだまま、ジャック・ランタンは絶叫をあげてフラフラと逃げ出した。
同時に周りを取り囲んでいた魔物たちも、ザワザワと蜘蛛の子を散らすかのように次々と消えていく。
そうして静かになった廊下に残ったのは何人もいなかった。

「―――年に一度の祭りの夜ですのに、興醒めですわ。」

“夜の女王”が、つまらなそうに吐息を吐き出す。
それでも周りの騎士たちに指示を出さないのは、無駄だと知っているからだ。
ここまで魔力を封印された状態でも、その身に纏う力の威力が、桁違いなのを感じ取った。

「・・・先に喧嘩を売ってきたのは、そっちだ。選りによって俺の『唯一』を奪おうとは・・・」
「あら？私は何も知りませんわよ。ハロウィンは魔物が闊歩するのを理解っていて、魔宮に連れ込まれるニンゲンが愚かなだけで・・・」
「―――黙れ！甘い換言と欲望を叶える見返りに魂を自ら差し出させるならまだしも・・・完全に意識を失わせて、魔界に連れ込むのは許される行為ではないぞ。」
「・・・それは・・・」

時貞の言葉に、夜の女王が口篭もる。
成り行きをハラハラ見守っていた拓の傍で、急にクロの身体が崩れ落ちた。

「クロッ！！」

慌てたように飛び出してきたのは、先ほどクロを説得しようとしていた魔女だった。
傍らに跪いて、両手でクロの頭を膝に乗せて、声を掛ける。

「・・・クロっ！！」
「マスター・ミリア・・・？・・・っ！」

浅い息を繰り返して、うっすらと目を開けたクロが嬉しそうに笑った後で、苦痛に密かに顔を歪める。

「あなた、魔力はどうしたの？！なんで、こんなに無くなって・・・」
「―――あぁ、優しいボクのご主人様。ごめんなさい・・・折角頂いた『力』を、ボクは使い果たしてしまいました。」
「まさか、この人間を助ける為に？！なんて、馬鹿な事を・・・！！」
「ふふ・・・ボク、バカですから・・・感情でしか、動けませんでした。ご主人様は、もっと力の強い魔族と知り合えって・・・言って下さったけど・・・。結局、魂のキャンディーも口に出来なかった。」
「なんですって？！あれ程、食べておけと言ったじゃない！！」
「―――きっと・・・ボクは“逸れ”なんです。記憶の中に温もりが残っているから、完全に人を憎む事もできないし・・・」
「ちょっと、しっかりしなさい！すぐに魔力増強剤で・・・」

弱弱しく喋るクロを膝に抱えたまま、魔女はオロオロと自分の服のポケットを探る。
そんな魔女に、クロはフッと儚げな微笑を向けた。

「もう、飲みました・・・。」
「なんですって・・・？」

静かな声に、魔女の動作が止まって、紫の宝石のような瞳が見開かれる。

「・・・あれは、最後の手段。命を削る劇薬だと言ったでしょう？唯でさえ、魔力の無いあなたでは・・・二度は服用できないのに・・・」

呟くように茫然と魔女が零した台詞にも、クロの微笑みは変わらなかった。
きつく唇を噛み締めた魔女の方が、泣くのを我慢してるような仏頂面になった。

「―――ご主人様。ボクを拾ってくれて・・・ありがとう。」
「嫌よ！！消えるなんて、許さないから・・・絶対！！」
「・・・優しい、ご主人さま・・・ずっと御傍に居られなくて・・・ごめん、・・・なさ・・・い・・・」

弱弱しく持ち上げられた腕が、そっと魔女の腕に触れて・・・そのまま力を失ったかのように落ちた。
瞼が閉じられて、最期の息が唇から毀れた。
同時に、クロはまた、小さな黒猫の姿に戻ってしまった。

「―――そんなっ！！時貞くんっ！！」

言葉もなく二人を凝視していた拓が、弾かれたように時貞を見る。
助けを求めるようなその眼差しに、時貞は表情を変えた。

「何？拓ちゃん・・・」
「この子を助けてっ！！僕が殺されないように、この子が僕を逃がしてくれたんだ！！そうして、自分の力を全部使って僕を助けてくれたんだよ。ねぇ！僕に出来る事なら何でもするから・・・だからこの子を、助けて・・・時貞くんっ！」

縋るように想いを綴る拓の姿に、時貞も漸く視線を流す。
今までずっと拓しか気にしていなかったから、視界に入っていなかったと言っても過言ではない。
だが、改めて見遣った相手が、魔族なのに拓と同じ『気』だと気付いて目を丸くする。
しかも、殆どの魔力を失って、消えかかっている事にも気付いた。

「―――ルーファス。」

時貞に突然名指しされたルーファスが、茫然とした表情のままビクッと身を震わせた。

「・・・はい・・・」

覇気のない声に、一瞬燻がるが、眉を潜めただけで時貞は言葉を繋ぐ。

「他でも無い拓ちゃんの願いだ。今のお前なら、この魔宮で他人に魔力を分け与える事もできるだろう？」
「―――仰せのままに。」

その足元に傅いたまま、ルーファスは絞り出すかのように声を発した。
そうして、ゆっくりと立ち上がると、小さな黒猫を胸に抱き締めたまま、警戒するように後ずさる魔女の傍に近づいた。

「近寄らないでっっ！！」
「―――時貞さまのご命令だ。それに、早く魔力を与えないと、その子は完全に消滅する。」

最初こそ拒絶の言葉を吐いた魔女だったが、ルーファスの言葉に衝撃を受けたように口を噤んだ。

「あなたが、クロを助けられるって言うの？」
「・・・私なら。」

まだ信じられないと伺うように尋ねる魔女に、漸くルーファスは強張っていた表情を崩した。
浮かべられた綺麗な微笑に、魔女の頬が赤く染まる。
そっと差し出された小さな黒猫の身体を受け取って、ルーファスはクルリと踵を返した。

「ルーファス？」
「・・・魔力を分け与える間、私はこの魔宮から出れません。・・・心配しないで、拓さま。この子はちゃんと助けます。」

大事そうに小猫を抱えたまま、ルーファスは時貞と拓に向かってそう言うと、鏡の廊下を歩いていく。
その方向が、先ほど拓がルーファスと出会った部屋の方だったので、拓は案じながらもその背中を見送った。
そうして、深く息を吐き出す。
途端に、クラッと目の前が霞んだ。

「―――拓ちゃん？！」
「あ・・・あは・・・今頃、怖くなってきちゃった。」

差し出した時貞の腕にしがみ付きながら、拓は困ったように笑う。
ガクガクと笑う全身には全く力が入らない。
そんな拓を、時貞は大事な姫君のように両手で抱き上げた。

「ちょっ？！・・・時貞くん？」
「心が疲れちゃってるんだよ。さっさと帰ろう。」

慌てて身じろぐ拓を腕に抱いたまま、時貞は気遣うように拓を見つめた。
その、自分を心配してくれるという顔に、拓はそれ以上何も言えなくなってしまう。
だから、真っ赤になって、時貞の腕の中で小さく縮こまった。
自分の胸に顔を埋めるようにして、力を抜いたまま身体を預けてきた拓に、時貞も心中は穏やかではなかった。
普段なら物凄く恥ずかしがって、もっと抵抗する筈の拓が大人しく時貞の行動を受け入れているのが、本当に心身ともに疲れ果てているからだと気付いたからだ。
最終的に間に合ったから良かったものの、あの小猫が助けなければとっくにこの愛しい存在を失っていたのかと想像するだけで、心が重くなった。

「今夜は俺の傍から離さないから・・・」

ギュッと抱き締めて、時貞は想いを口にする。
まさかハロウィンの夜に、連れ去られるとは想像もしていなかったから、対応が後手後手になってしまったのも腸が煮え繰り返る程に口惜しい。

「時貞様？」
「俺たちは、あっちに帰る。折角のハロウィンの夜だ。お前たちは好きにすれば良い。」

身に纏う漆黒の闇をマントの様に広げた時貞に、アービィが声を掛ける。
チラリと視線を向けた時貞は、静かにそう告げた。
その言外に含まれる意味も悟ったアービィは、苦笑した。

「はいはい。邪魔はしませんから、俺ももう少し楽しんでいきますよ。」

悪戯ぽく笑うアービィを余計な事を言うなと言う様に軽く睨むと、無言のまま時貞はさっとマントを翻した。
漆黒の闇に包まれて、二人の姿が煙のように掻き消える。

「そんなに大事なら、籠にでも入れて飼っておけばよいものを・・・。さぁ、パーティーの続きを。今宵は、ハロウィン・ナイトじゃ・・・皆の者、踊れ・・・唄え・・・！」

夜の女王はそう捨て台詞を吐いて、周りを固めていた騎士たちと共に、豪華な扉の中に戻っていく。
その背を見送ったアービィは、困ったように腰に手を当てて大きく息を吐き出した。
時貞たちと一緒に戻ったら無粋だと思ったのと、ルーファスが心配だったからここに残ったのだが・・・今更、楽しめる筈もない。
ハロウィンの夜という事で、年に一度の快楽の共を捜すのも、同伴者を募るのも何だか気が抜けてしまった。
パーティー会場に戻れば、引く手あまただというのは理解っていたが、アービィはルーファスと同じように踵を返した。

「・・・ルーファスだけ、良い目を見るのもズルい。」

―――アービィの脳裏には、ルーファスが連れ去った小猫の・・・拓にそっくりだった姿が刻まれていた。

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年に一度のハロウィンの夜。
百年振りに姿を見せた“金の騎士”と“銀の王子”は、数多の名のある魔貴族の令嬢の誘いを退けて・・・何処かへと姿をくらませてしまった。
そんな魔界でも指折りの強い血統者である二人が、その夜選んだ相手は、微々たる魔力しかない小さな“黒猫（プシ・キャット）”。
魔女の力を貰わなければ、魔界で生きていくことさえできなかったクロは、その夜を境に、凄まじい力を手に入れた。
尤も、周りに力を見せ付けて誇示するような性格ではないクロは、今までと変わらない様子で、魔女の使い魔として凄し・・・高飛車だけど、本当は優しくて寂しがり屋の魔女の傍を離れる事は無かった。

「―――クロ？」
「はい。ご主人様。何か御用ですか？」

ニコニコと笑顔を浮かべて、クロは嬉しそうに尻尾を振る。
そんなクロを優しく撫でながら、魔女はそっぽを向く。

「もう、ご主人様って呼ばないで。・・・彼方の方が力が強いのに！」
「・・・でも、ボクのご主人様は貴女だけですから。」

癇癪を起すように言う魔女に、クロは柔らかな笑顔で幸せそうにそう答えた。

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