＜エピローグ＞

 

＜暗黒神＞との戦いの全てを、＜カナガワ帝国＞の統治者であるハルキは民衆に隠す事無く、説明した。
“ヒト”の欲望や奢りが、自らの魂を汚し・・・『混沌』を生み出したのだ―――と。
そして、神の偉大さを称え、二度と過ちを犯さないよう・・・人々の心に神への強い＜信仰心＞を植え付けた。
全ての＜十宝＞は『世界樹』の根元に集められ、神を崇める神殿の中から、世界を＜視＞れるように封印された。
壊れてしまった建物は、人が作った物だから直らなかったが・・・『魑魅魍魎』によって無理に奪われた『命』は、輪廻の時を刻み直す為に、同じ肉体で生き返った。
全てが元通りと言う訳ではなかったが・・・それでも、時間は恐怖や恐れによって傷付いた人々の魂を癒していった。
ナツオやマコトは忙しくて＜首都＞を離れられない現王の手伝いと称して、各国の復興の手伝いをするために、諸国を回っていた。
それぞれが、自分の日常を取り戻し・・・役目をこなす為に生きている。
それが、神より与えられた己の『使命』だとでも言うように・・・。

＜カナガワ帝国＞新暦１年・・・―――春。
新しく創られたアカデミーの神殿の中に、タクは立っていた。
「もう・・・行くの？」
親代わりとして、アカデミーの中でタクを１９年間育ててくれた学園長のキヨミが、祭壇の上から声をかける。
「はい・・・。漸く、学園も直りましたから。」
小さく告げるタクの言葉に、迷いはない。
「そう・・・。―――タク。」
吐息のように言葉を漏らしてから、キヨミはタクに近付いてその身体を両手で抱き締める。
「忘れないで。ここが、貴方の帰る場所。―――アカデミーが貴方の家だと言うことを・・・。大きくなって、帰ってらっしゃい。」
静かに、キヨミはそういった。
「・・・いってらっしゃい。」
浮かんだ表情は、女神の慈愛に満ちた微笑みだ。
ずっと、護られていたのだ―――と、タクは識った。
母の温もり・・・それは、大地の女神の『抱擁力』。
主神が生み出した“魂”の全てを、女神は余すところ無く包み込んで癒すから・・・。
「はい。・・・お母さん・・・いってきます。」
涙を堪えて、タクは震える声で、決別の言葉を口にした。
春の穏やかな風が、世界を包んでいく。
不意に、ピンクの花びらが視界に入った。
それは、タクが初めてトキサダを見た場所。
裏庭にひっそりと咲いていた桜の木は、いつの間にか枝を広げ・・・見事な大樹へと育っていたのだ。
その誇らしげに大地に根を張っている姿を見て、タクは嬉しくなった。
そうして・・・視線を上げて驚く。
あの時と同じ格好で、樹の上の枝に座っていたその姿―――。
「・・・トキサダくん！」
懐かしい記憶に、タクは思わず声を上げる。
そんなタクの姿を悠然と緋の瞳で見たトキサダは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
飛び降りるようにして、タクの目の前に降りてくる。
タクの姿をジロジロと見回して・・・。
『オマエ・・・名ハ？』
そ知らぬ顔で、そう聞いた。
『―――オレ様は、トキサダ。ドラゴン族だ。』
トキサダの態度に驚いたタクを見ながら、トキサダは尚も続けていく。
その台詞に、漸く気付いたタクは、困ったように微笑った。
「・・・あの・・・ボク・・・食べても美味しくないし・・・呼び出してないし・・・」
そして、記憶の中にある、初対面の再現を繰り返す。
―――その真意を問う為に。
『気二入っタ。』
ニーッと上がった口元が、悪戯っぽい笑みを形作り、牙が見えた。
あの時、タクは恐くてどうしようもなくて、目を瞑ってしまい・・・？
同じように目を閉じたタクは、いつまで経ってもトキサダガ動かない事に、不思議そうに瞳を開けた。
途端に視界に入ったのは、珍しく困った顔をしているトキサダで・・・。
「トキサダ・・・くん？」
トキサダは何かを考え込んでいるようなトキサダに、タクは声を掛ける。
緋い瞳が、真っ直ぐにタクを捉えている。
その瞳に見つめられて、タクは鼓動が跳ね上がったような気がした。
「―――まだ、仮契約じゃなきゃ、駄目？」
魅惑的な声と、麗しい笑みを浮かべたトキサダに、タクの鼓動はますます早鐘のように鳴り出す。
「え・・・？・・・それって・・・どういう・・・？」
不思議そうにタクは、尋ね返す。
今更、仮契約も何もないという気がしたのだ。
「だから・・・」
これまた珍しく頬を染めているトキサダに、タクの何処かが危険信号を発している。
初対面でいきなり濃厚なキスをぶちかまして、タクの意思も意見も聞かずに、契約を交わしてしまった相手とは、まるで思えない。
それほど、トキサダの態度はおかしかった。
逃げ腰になるタクの身体を、トキサダはダッシュで捕まえる。
「―――！？」
驚いて固まってしまったタクの耳元に、魅惑の囁きが響く。
『・・・全部・・・欲しい・・・』
今度こそ食べられてしまいそうな勢いに、タクが身を捩ろうと視線をそらした瞬間だった。
「このエロドラゴン！！」
パコーーーーンッッ！！
何処からか飛んできた宝玉が、トキサダの後頭部に直撃する。
慌てて振り返ったタクは、そこに救いの主を見つけてホッと安堵した。
「・・・マー坊くん・・・」
聖騎士団のマントを羽織ったマサトが、仁王立ちして立っていた。
「・・・ィテェ・・・」
ムウッとしたトキサダが、マサトを睨みつけた。
“精霊”使いでも何でも無いくせに、“精霊”であるトキサダに危害を加えれらるマサトは、天敵のようなものだ。
実際、恋敵でもあるのだが・・・。
「人がちょっと目を離した隙に・・・抜け駆けしようなんて随分良い度胸じゃないか。」
返すマサトの眼差しもトキサダに負けては居ない。
視線がぶち当たった箇所で、火花が散ったような気がした。
トキサダの腕から開放されたタクは、慌てて乱れてしまった衣服を整えた。
そうして、始まってしまった喧嘩に入れずに、オロオロと辺りを伺う。
「―――変わりませんねぇ・・・。」
「・・・ガキか・・・テメーラは・・・」
のんびりと言うタイジュの横で、ヒザキが呆れた声を出す。
懐かしい顔を見たタクは嬉しそうにその側に近付いた。
「二人とも・・・ヨコハマに来てたんだ！」
言って、笑顔を向ける。
タイジュは＜十宝＞を納めた神殿の杜人となり・・・ヒザキはまた地元へと帰った筈だった。
「ええ。王宮のハルキ王と神殿の＜巫女＞に、＜十宝＞の封印が無事に終わった事を知らせにきました。それで、ここにくる途中で、彼と会いましたので。」
そう告げて、ヒザキを見る。
憮然とした顔で、ヒザキは眉を顰めた。
「・・・あいつらをここに連れてきたから・・・ついでに寄っただけだ。」
ぶっきらぼうに告げるその口調に、タクは笑みを浮かべた。
タクは知っている。
ヒザキが、本当は誰よりも優しい人なのだ―――と。
盗賊をやっていたのだって、親を失った孤児たちの面倒をみていた為で・・・どんな悪人に対しても、決して命を取ったりはしなかった。
そうして、今度から孤児は全てアカデミーに入れる事になったので、盗賊を続けなくても構わなくなった事も。
「これから、どうするの？」
タクの問いに、ヒザキは口端を持ち上げた。
「さぁて・・・取り敢えず、トレジャーハンターにでもなるかな。」
ニヤリと笑うヒザキに、意外な答えだとタクは目を丸くした。
そうして―――破顔した。
「・・・素敵だね。」
「一緒に―――やるか？」
言われて、言葉に詰まる。
最初にその言葉をタクに告げたその相手と、記憶がオーバーラップする。
無くさずに、胸に掛けられたスクールリングが、熱くなる。
「ちょーーーっと、待て！！」
無理やり会話に入ってきたのは、マサトだ。
『浮気したら、泣くゾ』
タクの背中にベッタリと、背後霊のようになって情けない事を言っているのは、トキサダ・・・で。
「タクちゃんは、オレと行くの！！」
「誰が決めたんだ・・・そんな事。」
言い切るマサトに、ヒザキも言い返す。
これ以上増やされちゃ堪んない・・・とばかりに、トキサダもマサトを応援している。
「誰が子供なんだか・・・」
今度こそ呆れたように言ったのはタイジュで・・・タクはまた始まってしまった言い争いに、途方にくれる。
どうして・・・こう・・・皆で仲良くは出来ないのだろうか・・・と。
ふと、気配を感じたタイジュが、顔を上げ・・・そうして、静かにタクにその事を促した。
「＜神子＞・・・」
言われて、タイジュの示すままに視線を向けたタクは、次の瞬間息を止めた。
時が止まったかのような―――感覚。
湧き上がってくる感情が・・・爆発した。
「―――あ・・・」
無意識の内に足が動いた。
視界に写るその姿が消えてしまわないように、強く祈りながら・・・いつしか歩みは走りとなる。
請うように伸ばされた両腕が、身体よりも先にその姿を捉えた。
「・・・ヒデトくんっ！！―――ヒデトくんっ！！」
泣きながら、タクはヒデトに抱き付いた。
そうして・・・その名を・・・ずっと呼んでいた『親友』をきつく抱き締めた。
「・・・タク・・・。」
そんなタクを、困惑した顔でヒデトは見つめる。
アカデミーで最後に見たのと変らないタクの姿に、ヒデトの目尻に涙が浮かんだ。
ヤヒロと対峙して強大な力に意識を吹き飛ばされた後、ヒデトの魂はずっと“シルバー・ホワイト”の中に護られ続けていたのだ。
そうして、最後の戦いの中で＜暗黒神＞の力が抜けて消滅しようとしていたその身体に、“シルバー・ホワイト”は魂を戻したのだった。
それでも、長い間負のオーラに支配されていた肉体は中々穢れを落とす事が出来ず・・・ヒデトの意識は戻らないままだったのだが・・・。
「―――ずっと・・・ずっと信じてた・・・絶対ヒデトくんは死なないって・・・だから・・・」
「・・・ああ・・・聞こえてた・・・オマエの“祈り”の声が・・・ずっと。―――すまなかった・・・タク・・・。」
安心しきったようにその身を預けるタクを、ヒデトは力強く抱き締めた。

きつく抱擁を交わす二人の姿は、すっかり自分たちの世界に浸っているかのようだ。
「・・・嫌だなぁ・・・あれ。」
率直な意見をマサトが言った。
『コロス・・・』
低く、地の底から響くような声でトキサダが呟く。
「・・・また、元の木阿弥かよ・・・」
頭を抱えて、ヒザキが唸る。
「―――良かった・・・＜神子＞。」
＜神子＞であるタクの幸せが全てだと思っているタイジュだけが、柔らかな表情を浮かべてそんな二人を見ていた。
後の連中は言わずもがな・・・で―――。

「オマエにだけは負けないぞ、ヒデトッッ！！」
宣戦布告をしたのは、マサト。
『やっぱり、今すぐ契約し直そう・・・！！』
トキサダはタクの身体を取り戻そうと腕を伸ばす。
「テメー、やっぱ、ムカツクから殴らせろ！！」
吐き捨てるようにヒザキがそう言って―――三人は、二人の世界をぶち壊した。

「うわっ？！何だお前等っっ！！」
「ヒデトくん！！」
突然の攻撃に驚いたヒデトと、何故か被害を加えられないタクが目を丸くした。

『―――もう、大丈夫だね―――』

そんな彼等の姿を、桜吹雪が包み込んでいく。
全ての想いを昇華させていくかのように・・・。
遥か彼方から響く旋律のような『音色』が、風の音と混じって消えていった。

『―――一緒にいよう・・・。いつも・・・何時までも・・・。
幾度と転生しようとも・・・『輪廻』の輪に飲み込まれても・・・。
主神の『愛』である＜神子＞の魂を護る為に―――。』

――――――それが、＜十宝＞たちの・・・切なる“想い”。

　　　　　　　　ハッピーエンド♪　　　／　　　戻る