『出逢い』（『剣と魔法〜』番外編）

―――それは穏やかな光が降り注ぐ、気だるい午後の事だった。

「はぁ・・・。」
今日も授業中に失敗してしまったタクは、一人で居残って書を読んでいた。
その口許から零れ落ちるのは、先程から溜め息ばかりである。
「―――どうして、もっと上手く出来ないんだろう・・・。」
小さく呟かれた言葉は、掠れて音にならない程だ。
どれだけ書を読んでも、知恵を付けても・・・。
実際に上手く出来なければどうしようもない。
頭では理解しているのだが、どうしても実践となると呪文をとちったり、間違えたり・・・。
失敗すればするほど、自信がなくなり声が出なくなるという、悪循環なのだが、こればかりは性格なので直せなかった。
特出して知恵がある訳でもなく、力が強い訳でもない。
小柄で、体力も無く、争う事も嫌いなタクは、アカデミーの中で選べる学科が余り無い。
それでも、卒業する為に、“精霊使い”のマスターを目指さなければならないのだ。
―――未だに“持ち霊”すら決まっていないのに・・・。
同じ学科を選択している者の中には、既に上級の“精霊”を持ち霊にしている者もいると言うのに―――だ。
そんな連中と一緒に授業を進めていかなくてはならないのだから、タクは肩身が狭くて仕方なかった。
本を読むのは決して嫌いではない。
特に、＜創世記＞についての伝説や、英雄たち伝記なども好きだし、“精霊”や“妖精”など自然界の事を知るのも嫌いではない。
ただ、“精霊”を持ち霊にできるだけの自信が全く無いのだ。
“精霊”と契約を交わす為には、まず“精霊”を呼び出して会話をし、認められて契約を交わさなければならない。
その為に一番必要な『魅力』をタクは自分が持っているとはとても思えなかった。
その自信のなさが、術を巧く唱えられない最大の要因でもあるのだが・・・。
「―――ボクも伝説の英雄みたいに、強くて賢くて魅力溢れる人になりたいなぁ・・・。どれか一つでも備わっていれば、もっと自信が持てるのに・・・。」
ぼやきながら、手元にある書をパラパラと捲っていく。
「特に、＜創世記＞に活躍したっていう伝説の“竜神”を持ち霊にしていた“精霊使い”になれたら・・・なんて、ボクには無理だけど・・・」
眉を寄せて、困ったように呟くタクは、自分の事を良く知っていた。
平凡を絵に描いたような、何の取り柄も無い人間。
そんなタクにも、一つだけ誇れるものがある。
それは、胸元に光る一つのスクール・リング。
『―――卒業したら、一緒に“トレジャー・ハンター”にならないか？』
そうタクに言ったのは、アカデミーで一番優秀であり、“騎士”のクラスをスキップして一年半で卒業してしまったヒデトであり、タクの誇りにしているリングの持ち主だ。
互いのリングを交換して、卒業後のパーティーを組もうという『約束』。
それがあるから、タクもずっと頑張ってきたのだ。
あれから、半年―――。
タクも来年の春には卒業できる筈なのだが・・・。
如何せん、＜卒業試験＞をクリアーしなければならない。
しかも“精霊使い”として、持ち霊と共に受けなければならない試験なだけに、タクは焦っていた。
だから必死になって、本を読んで、持ち霊になってくれそうな“精霊”を呼び出そうとしているのだが、どうしてもいつも失敗してしまう。
こんな事では、卒業どころか留年さえ免れない現実に頭を抱えていた。

ぱらぱらと捲っていた書にも、タクが持ち霊にできそうな“精霊”の呼び出し呪文は載っていなかった。
勿論、簡単な術も使えないタクだから、高等な＜召喚魔法＞も唱えられるものの方が少なかったのだが・・・。
書を棚に戻して、窓の外を眺める。
春の季節は、風景を優しい色に染めていた。
「―――桜が綺麗だ・・・。」
それは、裏庭にひっそりと咲いていた。
正門の方の桜並木もそれは見事だったが、アカデミーから出ないタクにとっては、こちらの樹の方が馴染みが深かった。
図書館から出たタクは、寮に戻らずに裏庭に向かった。
「秋は中庭の紅葉の方が綺麗なんだけど・・・春はこっちの方が好きだな。」
校舎の陰になって狭い裏庭は余り人気が無く、近付く者もいない。
「・・・この樹にも“精霊”はいるのかな？・・・こんなに一生懸命に咲いて・・・本当に綺麗だ・・・。」
うっとりと夢見るように呟いたタクは、そのまま瞳を閉じた。
そして、脳裏に桜の風景を焼き付けていく。
『・・・クスクス・・・』
何処からともなく、声が聞こえてきて、タクはハッとしたように辺りを見回した。
だが、周りには誰もいなくて、人の気配も無い。
「・・・・・・・？」
不思議そうに視線を戻したタクは、桜を見て腰を抜かしかけた。
桜の枝に、“精霊”が座っていたからだ。
＜召喚魔法＞を唱えた覚えは全く無い。
目の前に飛び降りた“精霊”は、無遠慮な視線でタクを上から下までジロジロ見回した。
『オマエ・・・名ハ？』
「・・・え？タ・・・タク・・・あの・・・君は・・・？」
『―――オレ様ハ、トキダダ。ドラゴン族ダ。』
「――――ドラゴン族？！」
トキサダと宣言した相手の容姿は、確かに書に記されていたドラゴン族のものだった。
銀色の髪に、褐色の肌・・・“緋”の瞳に至っては、伝説の“龍神”と一緒である。
タクは、へなへなと座り込んでしまった。
ドラゴン族は“精霊”の中でも特殊な一族で、どちらかというと神族系に近い。
高名な“政令使い”でも、ドラゴン族を持ち霊にしているのは数人しかおらず、生半可な者では、凶暴な性格を御せずに食べられてしまうと言うので、その＜召喚魔法＞は禁断の術となっているのだ。
そんな物凄い相手が、目の前にいるとなれば、タクが腰を抜かしてしまっても仕方のないことであった。
「・・・あの・・・ボク・・・食べても美味しくないし・・・呼び出してないし・・・」
余りの恐怖に、声が震えて、自分が何を言っているのか判断できない。
『ハァ？別ニ、喰ったりしないゾ。オマエ小さくて美味ソウじゃないし・・・。オレもこの樹で昼寝してたダケダ。』
「・・・はぁ？」
食べられないという安堵と、想像もしていなかった答えに、タクはがっくりと全身の力を抜いた。
『フーーーン・・・。』
だが、相変わらずじろじろと見られるのは、慣れていないだけに、背筋がゾワゾワしてきた。
『―――タク・・・とか言ったナ、オマエ。』
クイッと顎を掴まれて、顔を上げさせられる。
目の前に、吸い込まれそうな程綺麗な“緋”色の瞳があって、タクは息が止まりそうになった。
気を失わないでいられる事が、不思議でならない。
『気ニ入っタ。』
ニーーッと上がった口元が、悪戯っぽい笑みを形作り、牙が見えた。
やっぱり気が変わって食べられてしまうかも？！―――と、タクが怖くてギュッと目を瞑った途端だった。

――――チュッ。

＜・・・・・！？？☆＃＃＊＊！！＞
・ ・・悲鳴は言葉にならなかった。

『これで、仮契約完了。』
呆然とへたり込んでいるタクの目の前には、物凄く上機嫌な様子のトキサダが笑顔を浮かべていた。
タクのファーストキスを・・・しかも物凄い濃厚なヤツをぶちかましたトキサダは、平然な顔をしていたが、タクは魂が抜きかけていた。
『これから、宜しくナ♪』
耳元で、甘く囁くように言われ、タクは完全に意識を手放した。

＜―――どうか、これが夢でありますように・・・・・＞

だが、ささやかなタクの願いは、天に聞き届けられなかったようだ。
自室のベッドの上で目を覚ましたタクは、一番最初にトキサダを見て、また気絶した。

――――それが、一番初めの・・・二人の出逢い。

『・・・クスッ・・・』
「どうしたの？突然、思い出し笑いするなんて・・・」
聞きとめたタクが、傍らに居るトキサダに問い掛けた。
『―――初めて出逢った時の事を思い出した。』
柔かな口調で言うトキサダに、タクは瞬時で真っ赤になる。
「あの時の事は・・・っ！！」
怒ったように、恥ずかしそうに・・・しどろもどろになるタクは、あの時と少しも変わらない。
だから、トキサダにとってはタクは“精霊使い”のままだ。
そうして、トキサダは“精霊使い”であるタクの契約者。
人間の世界がどうなろうとも、＜十宝＞とかいう武器や、＜守護人＞などという恋敵が何人現れようとも、知った事ではない。
タクがタクである限り、トキサダはタクの傍らで護るだけだ。
最初は本当に気紛れだった。
休んでいた樹の側で、桜色の景色の中に吸い込まれそうだったその姿を見た時に、確かにトキサダは興味を持ったのだ―――タクに。
そうして傍らに居て、そこがとても居心地が良い事に気付いてしまった。
だから――――。
『タクちゃん・・・もしオレが・・・・・だとしても・・・』
少し経ってから、前を歩いているタクの小さな背中に向かって、トキサダは彼らしくない不安気な声を出した。
その呟きは、タクの耳に入る事無く・・・吹き抜けた風が運んでいってしまった。

徐々に終焉に近付いていく旅の途中で・・・トキサダの中で眠っていた何かが目覚めていくようだった――――。

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