番外編２

―――これは、まだタクが“アカデミー”を卒業する前のお話。

ヒデトが先にアカデミーを卒業してしまってから、一ヶ月が過ぎた頃。
ヒデトという親友を失って、たった一人でポツンとお気に入りの中庭で過ごしていたタクは、何やら騒がしい声に意識を現実に引き戻した。
いつもならこんな場所に近付く者もいないのだが・・・。
よく見ると、何人かの生徒が集団でやって来るのが見えた。
慌ててタクは読んでいた本を抱え込むと、その連中に見つからないように木々の間に隠れた。
―――そうでもしないと、落ち零れのタクはいつもからかわれる標的となってしまうのだ。
授業中や課題中などなら仕方ないとも思うが、それ以外の場所で連中と係わり合いになるのは避けたいと思った。
だが、彼等はそんなタクの想いに関係なく、中庭に向かって近付いてくるようだ。
＜どうしよう・・・＞
自室に戻るには、連中の横を通らなければならない。
自分から近付く事もできなくて、途方に暮れていたタクは、何だか様子がおかしい事に気付いた。
いつも意地悪な連中の真ん中に、見慣れない顔の生徒がいたのだ。
しかも物凄く可愛い顔付きで、背もタクとそうは変わらないような気がした。
＜あんな生徒・・・ここにいたっけ？＞
タクが不思議がるのも無理は無い。
何しろ、物心付いた時には既にこのアカデミーにいたタクは、ずっとここで生活してきたのだ。
だから、このアカデミーにいる者は全て知っているのだ。
そのタクが知らない人物は、笑顔で連中と一緒に歩いていた。
＜・・・あの制服は・・・お・・・男なんだ・・・？！＞
制服の下がズボンである事を確認して、がっかりする。
尤も、女の子でアカデミーに入学する者は少ない。
能力のある女子は殆どの者が＜巫女＞になる為に、＜巫女の神殿＞に行ってしまうからだ。
基本的にアカデミーは戦う為の能力と基礎を身に着けて、卒業後に王宮付きの騎士やギルドで働ける為の学校なのだ。
「ここが、中庭だぜ。」
「いつもは暗くてオドオドした奴がいんだけど・・・」
「―――俺等が怖くて隠れてんじゃねーのか？」
ゲラゲラ笑いながら言う連中の言葉に、タクは心臓が飛び出しそうだった。
持っていた本をギュッと抱き締めて、身を縮込める。
このまま周りの景色と同化できたら、どんなに良いだろうか・・・と考えながら。
「ふーーーん・・・割と良い場所じゃない？」
にっこり笑って答える相手に、連中は人の悪い笑みを浮かべた。
「そうそ。」
「人気がなくてな・・・。」
グィッと細い腕を掴んで、卑劣な笑みを浮かべると、大柄な少年は他の二人に合図して逃げ道を塞がせた。
＜・・・や・・・やばいんじゃ・・・＞
アワアワしながら、タクはキョロキョロと辺りを見回す。
だが、普段から人気の無い場所なのだ。
大声を出したって、誰かが来てくれる可能性は少ない。
それでも、悪事を見逃せる程、曲がった性格をタクは持っていなかった。
結果――――。

「イテエッ！！」
突然襲った痛みに、大柄な男は悲鳴を上げる。
タクが投げようとした本は、まだ手元にある。
「？」
？マークを顔にくっ付けながらタクがよくよく見ると、掴まれた手と反対の手で、掴んだ手を小柄な少年が握っているのが見えた。
その掴まれた手が、見る見る内にありえない方向へと曲がっていく。
「汚い手で、触るなよ。」
天使のような微笑を浮かべたまま、明るい声で少年は相手の腕をへし折ったのだ。
「うぎゃあああぁぁぁぁ！！」
折られた男が、悲鳴を上げてのた打ち回る。
「・・・可愛い顔して騙しやがって・・・！！」
「女みたいな癖に！！」
いきり立った他の二人が、構えを取る。
素行は悪い者たちではあったが、腕は確かだったりする。
だからこそ、誰も止められなかったのだが・・・。
「誰が・・・女見たいだってえええええぇぇぇぇぇぇっっ！！」
ドカーーーーーーーーンッッ！！
小柄な少年が発したオーラが爆発した。
物凄い衝撃が、空気を震わせて・・・繰り出された拳は自分よりも大きな男たちの体格を物ともせずに吹き飛ばした。
「ひえええええぇぇぇぇぇぇ・・・・・・・」
タクは腰を抜かしかけた。
実際、本を振り上げた格好のままで固まっているのだから、どうしようもないのだが――――。
ふと、振り返った少年と視線がばっちり合ってしまい、タクはビビッた。
物凄い綺麗な顔で破顔されても、強張った表情が解ける筈もない。
何事も無かったかのように近付いてくる少年に、タクは寿命が縮んでいくのを感じた。
＜ヤバイ所を見ちゃったから・・・ボクも脅されるんじゃ・・・＞
ビクビクしながら、タクが固まっていると、少年は間近まで近付いてタクの顔を覗き込んだ。
「――――これ、何？」
タクが振り上げたままの本を指差す。
「これは・・・その・・・」
襲おうとしていた奴に投げ付けようとしていました・・・なんて、今更なので答えられない。
困ったままの表情でタクが返事を考えていると、少年はにっこりと微笑った。
「オレ、マサト。今度、魔法学科に入る事になったんだ。君は？」
笑顔で自己紹介をし始める相手に、タクは真意を量り取れなくて悩んでしまう。
それでも、律儀に返事をしてしまうのは、持って生まれた性格故。
「・・・た・・・タク。一応、“精霊”使いを目指してるんだけど・・・」
モジモジと言葉を返す。
こんな風にタメ口で話したのは、ヒデトが居なくなってから初めてな気がした。
「そっか、タクちゃんか！オレの事はマー坊って呼んでよ。オレよりちっちゃくて可愛い奴初めて見た！―――オレ達、良い友達になれるよね♪」
ニコニコしながら決定打の様に言い切るマサトに、タクは目を丸くする。
確かに身体付きはマサトよりも小さいかもしれないが・・・可愛いという形容は自分には似合わない気がして・・・。
それでも、馴れ馴れしく引っ付いて、タクの頭をカイグリカイグリするマサトの行動を止められる程、タクは命知らずではなかった。
しかも、先程のマサトの強さを見せ付けられた後では、尚更だったりする。
「う・・・うん・・・」
小さく頷く事しか、タクに残された選択肢は無かった。
冬の訪れにはまだ早い晩秋の中庭は、銀杏や楓といった紅葉に彩られた景色が広がっていた。
ヒデトと別れた同じ場所で、タクは新しい友達を手に入れたのだ。
綺麗で可愛くて護ってあげたくなりそうな美少年は、実は凄まじく男らしかったりするのだが・・・。
それは、この後に友達として付き合い始めたタクが一番良く知っている。

中庭で出会った時から、まるでそれが『運命』の出会いでもあったかのように、マサトはタクの側から離れる事はなかった―――。

―――そして、今も友達の関係は続いているのだ。

＜ずっと・・・ずっと、一緒にいようね・・・。＞
囁きが聞こえる。
寄せては返す波の調べのように・・・。
それが、マサトのささやかな―――“願い”。

　　ＥＮＤ．　　　／　　　　戻る