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＜第四章・前編＞
この世界は大きく３つの柱によって形成されている。
主神が支える『天空』・女神が守る『大地』・海神が治める『海原』。
それらが合わさって＜世界＞はあるのだ。
その秩序を乱して、全てを我が物としようとした神が・・・遥か昔にいた。
だが、他の神々との戦いに負けて―――＜暗黒神＞となった。
堕ちた＜暗黒神＞は地底の奥深くへと追いやられ、輪廻から外れた死者の魂を使って魑魅魍魎を生み出した。
神々の寵愛を一心に受けている“ヒト”への呪いの神となって―――。
＜暗黒神＞は“ヒト”の弱い心の隙間に入り込んで、欲望を植えつけた。
それが、創世記前の時代。
混沌に支配された世界を、秩序ある元の世界へと戻す為に、天空界より地上へと使者を使わされた。
その使いが、＜神子＞である。
森羅万象の全ての支配者である主神の愛児。
＜暗黒神＞の力を封じ込めて、“ヒト”の魂を導く道標となる者。
主神は＜神子＞を守る為に、＜十宝＞も大地へと卸した。
そうして、＜暗黒神＞を封じ込める事に成功した＜神子＞と＜十宝＞は、人の世界の創始の象徴となり、人々を導き続けた―――。
寄せては返す波の音が、砂浜を風と共に渡っていく。
空気に含まれる塩分が、遠く遥か彼方から海水の上を渡ってきたのだと、示している。
それは、『生命』の源とも言われている広大な領域。
古代より海神が治める『海原』。
潮風を身体に受けながら、ゆっくりと足を動かす。
広い海域は、何処までも遠く見渡せ・・・やがて空と交じり合っている。
穢れない水が、足元に押し寄せる。
規則正しい波の調べは、永遠に続く旋律のように耳に響いた。
白い砂浜には歩いてきた足跡が、うっすらと残っている。
髪の先が、悪戯な風に浚われて、靡く。
「ここまで来たら、もう＜湘南地区＞に入っているから・・・。」
横を歩いていたマサトが、ゆっくりと口を開いた。
海に視線を向けているタクの返事はない。
変わらない“緋”い瞳が、波を捉えている。
「海がンなに珍しいんかよ？」
ヒザキが側に来て、同じように視線を向ける。
「＜ヨコスカ＞の海よりは、色が濃い気がするが・・・」
藍色に近い海の色は、随分と冷たそうに見えた。
「・・・海水の温度が低い。」
タクの口から、どうでも良いという響きが漏れた。
「＜神子＞・・・？」
問いかけたのは、タイジュだ。
―――言外に含まれる苛立ちを感じ取って。
「お出ましだ。」
タクのその言葉と同時に、漣の音が止んだ。
「敵か？！」
只ならぬ気配にマサトが叫ぶ。
一瞬で凍り付いた海の上に、グロテスクな怪物が現れる。
大きな口を空けた、巨大な芋虫のような体躯の化け物は、見た目からは想像もつかない俊敏な動きで、タクに襲い掛かってきた。
口から吐き出された液体を、タクは軽々と避けると、そのまま術を結ぶ。
途端に、胸元に掛けられていた＜三鬼龍＞の護りから眩いまでの光が飛び出して敵の身体を切り裂いた。
だが、切り裂かれた筈の敵の身体が、分身したかのように増えてまた襲ってくる光景に、タクは舌打ちをした。
「あーあ、増えちゃったよ・・・」
あからさまにため息を零したのは、マサト。
ヒザキも眉を潜めた。
「斬る攻撃では増えるだけなようですね。氷系のモンスターなので、『爆炎』か『雷光』の攻撃呪文が効果があると思うのですが・・・。」
タイジュが＜透視＞して、敵の弱点を見つけ出す。
「攻撃魔法なら、俺に任せろっ！！」
“レッド・フォア”を構えなおしたマサトが、嬉々として叫ぶ。
『―――全てを焼き尽くす浄化の炎よ、汝の敵を滅せよ・・・』
術印を結んでいくマサトの言葉が、言い終わらない内に、天空から降ってきた幾つもの雷の矢が敵の身体を貫いた。
「・・・え？」
眼前の出来事に術を繰り出そうとしていたマサトの身体が固まる。
「―――誰だ！？」
背筋を走った嫌な予感に、ヒザキが声を出す。
３０ｍ程先の岩山の上に座っていた人物に、鋭い眼光を向けて。
気づかれた事に、苦笑を浮かべた相手はそのままスッと立ち上がる。
逆光になって、全貌を見る事は出来なかったが、シルエットから小柄な身体だと理解った。
軽やかな動作で岩山の上から飛び降りると、タクの前に立った。
透けるような白金の髪に白い肌・・・天使のような綺麗な顔付きである。
薄く浮かべた微笑は、並みの者ならば魂すら奪われてしまうだろう。
細い肢体に似つかわしくなく、背中に背負っているのは、弓矢だろうか？
金色の光を放っていた。
「アンタが、＜神子＞？随分、チビッこいんだな。」
顔からは想像も付かない言葉遣いが、赤い唇から発せられる。
どうやら、マサトといいこの者といい、性格と顔は一致しない方が多いのかもしれない。
ジロジロと視線を向ける不躾な相手に、マサトが一歩前に出る。
「お前は何者なんだ？」
自分がやっつけようと思っていた敵を奪われて、力の解放が出来なかったので、思いっきり仏頂面である。
「オレは、＜神子＞に聞いてるんだけど・・・邪魔しないでくれる？」
言った途端に、渦が巻き上がりマサトの身体を後ろへ吹き飛ばす。
「うわっ！！テメー！！」
「止めろ。」
いきり立ったマサトが飛び掛ろうとするのを、制したのはタクだった。
「オマエの背の武器・・・＜十宝＞だな。」
「うん。そう。流石＜神子＞だな・・・と言いたい処だけど・・・オレが欲しいのは＜神子＞だけだから、お前も邪魔だ。他の奴等も。」
その言葉と同時に、持ち上げられえた指先が、タクの額に当てられる。
途端に、タクの身体が力を失ったかのように崩れ落ちた。
時が止まったかのような空間に全てが支配される。
「オレの名はクルス。“イエロー・マッパ”の守護者。＜神子＞は貰ってくね」
その身体を軽々と抱き止めて、底意地の悪い微笑を浮かべると、そのまま宙へと浮かび上がる。
堕天使の表情を浮かべてクルスは身を翻すと、天空の彼方へと消え去った。
―――刻が正常に刻まれ始めた頃には、クルスの姿も、連れ去られたタクの姿も霧のように消えた後だった。
「・・・っ！」
「―――マジかよ・・・」
呆然と呟いたのはヒザキだった。
マサトはがっくりと砂浜に膝を付いて、きつく拳を握り締めている。
「＜十宝＞の＜守護人＞なのに、何故・・・。」
苦しげに吐息を漏らしたのはタイジュである。
だが、一番先に我に返ったのもまたタイジュだった。
『―――我は森の『賢者』。我が一族の使いよ。天翔る友よ。我等が護りし天界の愛児を見付け給え。その果てしなき眺望の力を持ってして・・・』
低く呟くと、何処から現れたのか白鷹が飛んできてタイジュの腕に止まる。
「頼む・・・」
タイジュが声を掛けると、一声高く鳴いて飛び上がった。
いつの間にか戻っていた風が、翼を後押しして白鷹は光の中へ消えていった。
止まっていた漣が、同じ響きを取り戻す。
取り残された＜十宝＞と＜守護人＞は、どうする事も出来ずに、長い間砂浜に佇んでいる事しかできなかった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
タクは長い間・・・夢を見ていた。
それは、幸せな頃の夢だった。
自分が＜神子＞などと言われる事もなく・・・大好きなヒデトの側で笑っていられたあの頃の・・・。
胸の中が暖かくなるような・・・ふんわりとした感覚の中で―――それは霧散した。
真っ暗闇に覆われた世界の中で、タクは怖くて泣き出した。
零れ落ちた涙が、雫の粒となって光を放ち・・・闇の世界を消滅させていく。
＜―――独リニシナイデ・・・我ダケヲ見テ・・・ココハ暗イ・・・寒イ・・・＞
遠くから、響いてくる誰かの声が、タクの意識を惹き付けた。
「―――誰？」
声のする方へ歩いていくと、そこには小さな珠が青白い光に包まれて存在していた。
タクはその珠にそっと手を差し出した。
途端に青白い光は消えて、タクの手の中に珠が納まる。
＜・・・オマエハダレ？＞
脳裏に響く音無き＜音色＞に、タクは困った顔をする。
「誰・・・なんだろう？分からない・・・ボクは・・・一体・・・」
問いかけに泣きそうな声を上げる。
物心付いた時には既に、アカデミーの中にいたのだ。
誰が親なのかも分からない孤児として・・・。
タクが自分に自身が持てないのも、それが原因かもしれない。
自分が何処の誰なのか・・・何の為に生まれてきたのか・・・それを知らないから。
＜暖カイ・・・＞
ポタリと落ちた涙が、掛かると同時に珠は震えた。
＜忘レテイタ・・・コノ感覚・・・オマエガ我ノ待チ続ケタ者・・・＞
手の中の珠が眩い光を放ち出す。
その光源が、タクの身体をも包み込んでいく。
それは、意識を失う前の光景。
光の渦が全身と同化して・・・タクの細胞の一つ一つを覆い尽くして―――内に秘められた何かを奮い立たせようとしている。
＜“呼”ンデ・・・我ヲ・・・我ノ名ハ――――――――――――＞
その途端、脳裏に浮かんだ＜御名＞を、確かにタクの『魂』は識っていた――――――――。
ゆっくりと、覚醒の時がタクの意識を前面へと押し出した。
震える睫が静かに動いて、黒曜石の瞳が景色を映し出す。
まだ、浮遊しているような感覚に、景色もぼやけていたが・・・。
「―――気付いた？」
聞き覚えの無い声に、無意識に視線を流したタクは、そこに天使の笑みを浮かべた人物を見て、ここは天国なのかとぼんやりとした頭で思った。
途端に、自分が死んでしまったのかと涙を零す。
「・・・何処か痛む？クルスが、無理やり引き剥がしちゃったみたいだから・・・」
続けられた口調に、流石におかしいと感じて、タクは改めて相手を見つめた。
一見した感想は、正しく『天使』である。
さらさらな蜂蜜色の髪に、薄茶の瞳。
小柄な身体付きといい、何処かマサトに近い物がある。
だが、覆う気の柔らかさの中に何処か不安定なナニかが見えた。
それが、何を示しているのか、今のタクには分からない。
「君は・・・？」
「あ、ボクはナオミ。＜十宝＞の一つで、この“イエロー･マッパ”の＜守護人＞だよ。貴方が＜神子＞なんでしょう？」
柔らかな物言いに、タクは慌てて身を起こす。
途端にふらつくが、側にきたナオミが支えた。
その背中には、黄金に輝く弓矢があった。
「ありがとう・・・。あの・・・他の皆は・・・？」
まったく状況の理解らないタクがそう尋ねると、途端にナオミは困った顔をした。
「それは・・・」
呟くように何かを告げようとした途端に、ナオミが背負っていた＜十宝＞が光を放ち始めた。
「いけない！クルスが目醒める！！早くここから逃げてっ！！―――早くっっ！！」
一瞬で顔を苦痛に歪めたナオミの只ならぬ様子に、タクはどうしようかとオロオロとしてしまうが・・・ナオミの身体を覆うオーラの色が禍々しさを滲ませたのを見て、瞳を見開いた。
「・・・ナオミく・・・っ？！」
弾かれた様に周りを見たが、特に誰かが何かをしているようでもない。
徐々に色が抜けて白金になっていく髪色と、金色に染まる瞳がナオミを別人へと変貌させていく。
「―――邪魔しやがって・・・」
低く呟かれる呪詛のような響きがナオミの唇から漏れて、タクは弾かれたようにナオミから離れた。
「＜神子＞の力は俺の物だ・・・」
完全に容貌が変わってしまったナオミの姿は、正にマサトたちからタクを浚ったあのクルスそのものだった。
タクは固まったように動けなくなってしまう。
「―――誰にも・・・渡さない・・・」
じりじりと近付いてくるクルスに、タクは逃げる事も出来ずに固まっていた。
その身を覆う暗黒の気に気圧されて、どうする事も出来ないのだ。
あと少しでクルスの手がタクを捉えようという刹那―――突如現れた影が、タクの身体をその場から救い出した。
「・・・トキサダ・・・く・・・？！」
てっきりいつものように自分を護ってくれる“精霊”だろうと、声を出して自分を抱えている者を振り返ったタクは愕然とした。
＜―――誰？！＞
初めて見るその人物が誰なのか、全く知らないのである。
スラリとした体躯は、黒の長衣を纏っている所為で、見かけよりもずっと逞しい身体なのは、タクを片手で抱えている姿からも伺える。
腰に差していた長剣を鞘から引き抜くと、そのままクルスへと切っ先を向けている。
「“ニンジャ”の守護人・・・何故お前がここに・・・」
クルスの苛立ったような問い掛けに、返事は返らない。
無言のまま剣を突き付けて間合いを取ると、黒衣の青年はそのまま足元に出来た陰の中へと身を沈めていく。
「行かせるかっ！！」
弓を構えたクルスが、矢を射る。
長剣で飛んできた矢を正確に叩き落すと、青年は返す一振りで空間を薙ぎ払った。
凄まじい威力の炎が生まれて、クルスを襲う。
「ナオミくん・・・っっ！！」
驚いたタクが悲鳴を上げた途端、炎を掻い潜って黄金の光の矢が飛んできた。
「グッ！」
その矢は叩き落される前に、青年の肩口を射抜いた。
途端に抱えていたタクを落としかけて、体制を崩した青年は持っていた剣の柄を口に銜えなおして、反対の手でタクをもう一度抱え直した。
瞬時で行われた動作と、闇が完全にタクの視界を奪ったのは同時だった。
二人の身体を吸い込むと同時に、影は四散した。
後には何の痕跡も残っていない。
「―――あれが、“ニンジャ”の守護人―――リューヤ・・・か。ふん・・・この借りは返させて貰うからな。」
壮絶な笑みを浮かべて、クルスはそう呟いた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
不意に眩しい陽光に照らされて、タクはパチパチと瞬きした。
馴染む景色の中に、見えたのは肩口に矢を突き刺したままの青年で・・・。
その矢を無理に引き抜こうとしている姿だった。
「ぐっ！」
低い呻き声と共に、矢が引き抜かれる。
途端に、青年はガクリと地に膝を付けてしまう。
噴出した血と、その傷口を見て、タクは眉を寄せる。
敵なのか味方なのか理解らなかったが・・・取り敢えず青年がタクに危害を加える素振りは見られない。
青年の側に近付くと、傷口に手を当てる。
「―――見せて下さい。」
ビクッと避けようとした青年を制して、タクは呪文を唱えていく。
応急処置の程度しか治すことは出来ないのだが・・・。
それでも、傷口が塞がった所為で、出血は止まったようだった。
よくよく見ると、肩口だけでなく、それ以外にも多数の傷跡があるようだった。
「もういい。」
低く告げる言葉と共に、身体が離れていく。
一番目立つのは、左頬に刻まれた縫い跡だった。
切れ長で、鋭い眼差しが、きりっとした顔立ちの印象を更にきつく見せている。
短く整えられたオールバック風の頭髪の色は、赤褐色だった。
陽光の中に映し出されて、初めて相手が聖騎士団の所属の騎士であることに、襟元の徽章で気付いた。
長剣の柄に刻まれた『炎』のエンブレムといえば、第三騎士団である『ロードスペクター』の団章でもあった。
『黒衣の武士』の異名も名高い騎士団長リューヤその人である事に、タクは漸く思い当たったのである。
つまり、＜十宝＞の守護人の一人なのだ―――と。
余りの事に、思わず肩を落としてしまう。
自分が意識を失っている間に、一体何が起こってしまったというのか？
夜空に朱く輝いていた『禍星』を見た次の瞬間から、どうしてナオミと一緒にいたのかも分からないというのに・・・。
しかも、突然の変貌は一体何故だったのかも、タクには疑問だらけで。
「他の奴等はどうした？」
だから、低く問われても返答に困ってしまう。
タクの返答を待っている相手を困ったように見返すことしかタクには出来ない。
「フゥ・・・。」
だが、そんなタクの目線だけで、相手には状況が伝わったようで・・・疲れたように額に拳を当ててリューヤは眉を顰めた。
「―――ワニブチからの伝言だ。『『湘南地区』の＜十宝＞は敵の手に落ちた。接触するのは注意しろ。』以上。」
そう言うと、リューヤは踵を返す。
タクに背を向けて、歩き出そうとした足が、次の瞬間には何故か止まった。
「あの・・・ちょ・・・」
ここが何処かも理解らない場所で、一人で置いていかれそうな不安から、思わず後を追おうとしたタクは突然止まったリューヤの背中にぶつかってしまう。
どうしたのかな？・・・と、タクが顔を上げると、いつの間にか二人は大勢の人間に取り囲まれていた。
「チッ・・・！その格好は行方不明になった『調査隊』だな。」
無言のまま立ち塞がっている者達は、何処か焦点の合わない虚ろな目のまま、真っ直ぐにタクに向かって距離を縮めてくる。
それはさながら、意識を持たないアンデットのようで・・・。
「退けっ！！」
相手が『魑魅魍魎』ではない事に躊躇したリューヤの一瞬の隙をついて、幾つもの腕がタクの身体を掴んだ。
「ひあっ・・・や・・・」
ゾクリッとタクの背筋が震えた。
彼等からは全く“生命”の波動が感じられなかったからだ。
掴まれた箇所から流れ込んでくる恐怖が、タクの意識を支配しようとする。
「―――離してっ！！」
泣きそうな声で、タクが悲鳴を上げた途端、“ニンジャ”が反応した。
リューヤの腰から下げられた長剣から、オレンジの光が立ち上り・・・それがタクの身体を包み込んで、一瞬で身体の中に吸い込まれていった。
途端に、タクの身体の奥底から力強いエネルギーが生まれて、放出された。
タクの全身を覆うオレンジの浄化の光によって、タクを掴んでいた幾つもの腕が消滅した。
＜神子＞の身体から発せられた光りは、やがてオレンジから深翠へと変化する。
「・・・お・・まえ・・・？」
「―――許さない・・・死者の魂を弄ぶなんて・・・。苦しみを与え続けるなんて・・・そんな『輪廻』から“魂”を外す行為を＜許さない＞！！」
力」強い口調できっぱりとそう言うと、タクは両手で印を結んでいく。
『死者の魂を黄泉へと導く『者』よ。汝の主にして魂の保護者である主神よりの使命果たすべく、ここに出でよ―――『ジェイソン』！！』
タクが声を発した瞬間に、巨大な銀色の鎌を持った『死神』が現れて、タク達を囲んでいた多くのアンデットを薙ぎ払った。
途端に、その身体が霧散して、幾つのも光の筋が天空に向かって飛翔していく。
全てのアンデットを切り裂いた後、『死神』は何事も無かったかのように、還っていく。
一連の光景を目の当たりにしてしまったリューヤは、声もなく立ち竦むしかなく・・・。
やがて、二人の他には誰も居なくなった景色の中で、ゆっくりとタクの身体が崩れ落ちるのに気付いて、慌てて意識を覚醒させた。
固まってしまった腕を動かして、寸での所で、倒れるタクを抱き止める。
リューヤにしては、実際にタクを目にしても未だに相手が＜神子＞だとは信じていなかったのだが・・・先程の光景は正しく驚愕ものだったのだ。
「・・・あれが、＜神子＞の力・・・」
思い出して、ゾクリと戦慄する。
先程の『死神』は紛れも無く現王であるハルキの持つ“ジェイソン”に間違いないからだ。そこに＜十宝＞が無くても、術でその『真力』を遠くより引き出して使いこなせる者。
確かに、＜神子＞を手に入れた者が、＜世界＞の覇王となるのは間違いないのかもしれない・・・。
そこまで考えて、リューヤは自嘲気味な笑みを浮かべた。
腕の中、片手で抱えられるその姿の小ささが、痛ましくさえ思うからだ。
「―――大変な事だ・・・だが・・・」
リューヤにとって、覇王になる事は確かに野望でもある。
だからと言って、誰かの手を借りて為す事でなく・・・自分の力だけで目指す場所なのだ。
今はワニブチの強さには勝てないとしても、次の時代―――マサトにだけは負ける訳にはいかない。
それが、前王であるナツオやマコトと共に騎士として戦ってきた者としての誇りだから。
喩え“レッド・フォア”の方が“ニンジャ”よりも強いとしても―――。
ギリッと唇を噛んで、拳をきつく握りしめる。
「マサト・・・お前にだけは＜神子＞は渡さない・・・」
心に刻むように、誓いを口にする。
まるでそれが呪詛のように・・・。
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ピューイッッ！！
甲高い鳴き声と共に、何かが急降下してくる。
白く雄雄しい翼を広げたその姿は、天からの使いのようでもあった。
白鷹はその鋭い爪先で、タクを抱えているリューヤの腕を狙った。
ザッと音がして、黒衣の袖が引き裂かれる。
一瞬、リューヤの意識に隙が出来た。
「―――！」
同時に、眼前の空間が捻じ曲げられて、歪みが生じた。
それが、強大な術によって作られた道だと気付いて、リューヤは慌てて気を引き締めて身構えた。
漆黒の闇が、ぽっかりと開いた空間の中から這い出てくる。
それは、巨大な蛇の形を造っていた。
ズルズルと這い出した巨大な蛇が、見る見る内に変貌していき・・・やがてリューヤの目の前で“ヒト”の形を形成していく。
「・・・空間移動は、人型を保てなくて困る・・・」
艶やかな赤く濡れた唇を舌なめずりしてから、魂を虜にしてしまいそうな『魅惑』を全身に纏ったような美人に変貌した蛇神は、そう呟きを漏らした。
―――物凄い美麗な笑みを浮かべたまま。
腰まで流れる金糸の髪は美の女神の化身のように、神々しいほどに艶やかだ。
性別さえも超越した美しさは、危険な香りを漂わせていて・・・。
「・・・誰だ・・・？」
戦慄を思い起こさせるその姿に、リューヤの中で危険信号が鳴り響く。
近付いてはいけない・・・そんな、感覚が身体を動かす。
無意識にタクを庇ったまま、リューヤは距離を取った。
突如現れた第三者の存在が、一番キケンだと判断したのか・・・白鷹が攻撃対象を変えて襲い掛かっていく。
「―――ジャマ。」
唇の端を持ち上げた状態で、小さく呟いて美人は持っていた鞭を振り上げる。
生き物ように動いたそれは、攻撃した白鷹を打ち据えて地面に叩き付けた。
「―――＜神子＞を渡して。」
クスクスと笑みを浮かべながら、リューヤに告げる口調は、有無を言わせない『命令』だ。
「断る。」
ムッとして、リューヤは後擦さった。
「・・・ん・・・」
腕の中で、漸く意識を取り戻したタクが身じろぐ。
目を開けて、自分の置かれている状況に、また硬直してしまう。
＜・・・何で・・・抱えられて・・・って・・・誰ェ・・・？！＞
またしても見た事ない人物が目の前にいて、タクは大きな瞳を更に大きく見開いて凝視してしまう。
「ふふふ・・・お姫様のお目覚めだ・・・。その黒曜石の輝き・・・ゾクゾクする。どうあっても、貰い受けるよ。」
そう言うと、相手は腰まで流れる金の髪を振り乱して、鞭を繰り出した。
「させるかっ！！」
庇う為に動かしたリューヤの腕に、鞭が絡まる。
反対の手でタクを抱えているので、その状態だと身動きが取れない筈なのに、リューヤの瞳は強い光を発したままだ。
「成る程・・・先程のアンテッドを操っていたのも、この鞭なんだな・・・。」
「そうだよ・・・。私の大切な＜十宝＞。“ファット・ボーイ”は、『傀儡人形』を作り出す『力』を持っている。お陰で、＜神子＞の在る場所が分かったんだ。＜十宝＞の『力』を浄化させる術を使えるのは他にいないからね―――。」
美笑を浮かべて、肉体を弄ぶ事を何でもない事のように告げる相手に、タクは胸がズキリと痛んだ。
「・・・何時まで、遊んでいるんだ？チフユ・・・。」
突如、振って沸いた声にタクの鼓動が跳ね上がる。
止まりそうな心を落ち着けて、ゆっくりと視線を声の方へ向けたタクは、途端に泣きたくなった。
視界に写ったその姿―――に。
「・・・ヒデ・・・ト・・・く・・・」
夢にまで見た人物が、漆黒の闇を従えて、そこに仁王立ちしていたのだ。
「ヒデト・・・馬鹿な！！死んだと・・・！？」
リューヤの口から、驚きの声が漏れた。
気が緩んだのは一瞬の事だ。
だが、その一瞬が命取りだった。
ザシュッ！！
疾風の動きで、繰り出された暗黒の剣が、リューヤの身体を切り裂いた。
衝撃で、抱えていたタクを放り出す。
「・・・ィタッ！」
地面に投げ出されたタクは、血飛沫を上げて倒れるリューヤの姿を視界に捉えて愕然とした。
次いで、ヒデトが切ったのだと認識した。
「―――グズグズしていると、他の＜十宝＞が来る。戻るぞ。」
低くチフユに告げると、ヒデトは何事も無かったかのように無表情で剣を鞘に収めた。
漆黒の髪に闇色の瞳。
全ての輝きを失ったその姿は、『黄泉』の住人に違わなくて。
ガクガクと震える全身の震えを、タクは止めることが出来ない。
ヒデトの全身を覆う気が、タクの知っている彼のものとは余りにも違いすぎて・・・。
「違う・・・」
グイッと掴まれた腕の痛みが、タクの嘆きを増幅させた。
「―――ヒデトくんじゃない・・・ヒデトくんッッ、助けてっっ！！」
零れ落ちる涙をそのままに、慟哭の叫びを上げる。
だから、タクは悲鳴を上げた。
タクが誰よりも大好きだった彼の“名”を―――。
途端に、タクの全身から白銀の光が飛び出して、タクの腕を掴むヒデトの手を貫いた。
「ぐぅ・・・！！」
衝撃にヒデトの身体がタクから離れる。
二人の間には、何時の間に現れたのか“シルバー・ホワイト”があった。
その切っ先は、間違いなくヒデトに向けられている。
「―――タクちゃんっっ！！」
「＜神子＞！！」
続いて飛び込んできたのは、マサトとタイジュだ。
チフユとヒデトの存在に驚きながら、タクの身を護るように動いて、それぞれの＜武器＞を構えた。
「―――誰だか知んないけど・・・よくもタクちゃん泣かせてくれたな・・・」
ゴオォと音を立てそうな勢いで、深紅のオーラを纏ったマサトが呪文を唱え始める。
「チッ・・・！」
忌々しげに舌打ちすると、ヒデトは暗黒の剣を抜いてそれを頭上に翳した。
途端に、周りの空間が闇に包まれる。
目標を失ったマサトの炎が、漆黒の闇を切り裂くが、それはヒデトには当たらなかったようだ。
「・・・今日の処は帰るけど・・・またね、＜神子＞」
艶やかな声が、闇の中に響き渡った。
それは、呪詛のように心に染み付いてタクの意識を強く捉えた。
間違いなくまた彼等と出会うだろう―――それは、『予知』だった。
「マー坊・・・くん？・・・トキサダくんは？」
かき消すかのように闇が消えて、辺りの景色が戻ってから、タクは懐かしい友に声を掛けた。
そうして、一番最初に飛び込んでくる筈の姿が無くて、質問する。
途端に、ビクッと身体を振るわせたマサトは、恐る恐るといった風に、タクを振り返った。
「―――タク・・・ちゃん・・・？ホントに？」
「え？！ホントも何も・・・えぇっと・・・どうして？」
何でそんなにマサトが身構えているのか全く理解らないタクは、逆に恐くなってしまう。
「＜神子＞は、完全に戻っていますよ。」
オーラで人を認識するタイジュが、肯定する。
「うわーーーん・・・タクちゃーーーんっっ！！」
大粒の涙を零しながら、マサトはタクに抱き付いた。
「良かった・・・本当に良かった・・・タクちゃんだぁ・・・」
スリスリと頬擦りしながら、嬉しそうに言うマサトに、また何かあったのだろうかと、タクは気が気では無かった。
だが、いつもならこの辺でマサトの行動に釘を刺すトキサダがこんな状態でも出てこないので、タクは困惑する。
「―――で・・・ここで死んでる奴は・・・誰なんだ？」
感動の再会に加わらなかったヒザキが、ピクリともしない黒衣を足先で突付きながら、どうでも良いように声を出す。
「そんな奴ほっとけよ・・・って・・・・リューヤ？！」
てっきりタクを奪っていった奴だとばかり思っていたマサトが、素っ頓狂な声を上げた。
「あっ！！」
弾かれたようにタクが飛び出して、倒れているリューヤの傍らに膝を付く。
血の気の失っている顔は、既に事切れているようにも見えたが、“ニンジャ”の波動が消えていないのを理解したタクは、慌てて黒衣を広げた。
途端に、酷い傷跡が現れる。
傷口が青黒いのは、毒に犯されているからだろう。
生半可な治癒の術では治せない事が、理解ってタクはゆっくりと目を閉じた。
そうして、意識を集中させる。
一緒にいたのは短い間だったが、リューヤがタクを傷付けようとする素振りは一度も無かったのだ。
更に、ハルキ王からの忠告をわざわざタクに伝えにきてくれた人物を・・・＜十宝＞の守護人をこのまま失う訳にはいかなかった。
『―――『生命』の力・・・治癒の力の具現の杖よ・・・その力を吾の勇者の為に解放せよ・・・出でよ『ディトナ』』
タクの口元から呼び出しの術が紡ぎ出され、タイジュの持っていた“デイトナ”が淡い緑光に輝いた。
そうして現れたのは、樹木の精霊である『癒しの神』だった。
小枝が絡まったような杖を振り翳すと、リューヤの傷口が見る見る内に浄化されていく。
青黒かった場所も、新しい皮膚が再生されて、傷諸共消えていく。
切り傷が、うっすらと赤い線のような痕跡だけになると、精霊は緑の光と共に消えてゆく。
リューヤの血の気の失われた顔にも、うっすらと生気が戻っていた。
「・・・ハァ・・・。」
大きく息を吐いて、崩れそうなタクを支えたのは、ヒザキだった。
本来の自分の＜十宝＞の『力』を目の当たりにしたタイジュは声も無く魅入られていただけだ。
「大丈夫・・・。」
ハアハアと息を乱しながらも、タクはゆっくりと言葉にした。
「・・・チビ・・・」
『次にタクちゃんが目覚めた時が、＜神子＞の本当の覚醒だ。』
トキサダの言葉が、嫌に重くヒザキの脳裏に蘇った。
覚醒したのは良いが、まるで＜十宝＞の本当の力を引き出す為に、タクは自分の力を使い果たしてしまいそうな気がしたのだ。
それは、確かな感情ではなかったが・・・それでも、嫌に意識に引っ掛かった。
胸の奥底に眠っている何かを、無理やり引きずり出して、確認したくなるような・・・そんな感覚だった。
ヒザキは無意識に腰に下げていた短剣に触れていた。
この短剣が力を発動する事が無ければ良い―――何故か、そう願っていた。
「・・・う・・・」
短く呻き声を発して、リューヤが意識を覚醒させる。
カッと目を見開いて、瞬時に飛びずさって長剣を構えている。
そのきつい眼差しは、真っ直ぐにマサトの姿を捉えていた。
「―――貴様・・・なぜここに・・・グ・・・」
掠れた声で、唸る。
まだ完全に全身の毒が抜けてはいないのだ。
「まだ動いちゃ・・・！！」
慌てて身を案じるタクの腕を払って、リューヤは傷付いた獣のように身構えた。
「触るな！！俺は＜神子＞の力など頼らない！！」
激しい拒絶の言葉がその引き結ばれた唇から発せられた。
「―――んじゃ、死んじまえよ。」
ゾクリとする程の響きでマサトが声を出す。
「タクちゃんに助けられておきながら・・・その力を否定しやがって・・・テメエも＜十宝＞の守護人のくせに・・・」
苛立ったような声は、マサトの怒り。
相性とか反りとか・・・立場上とか・・・そんな物ではない。
生理的に合わない相手というのは、確かに存在するのだ。
同じ人物を、同じ想いで見続けていた―――一番、近い『魂』故に。
「マサトォオオオ！！」
怒りの咆哮が、リューヤの喉を膨らませた。
ギュウオオオオゥと、その場の空気が凝縮されていく。
凄まじい竜巻が、空間を捻じ曲げていく。
守護人同士の戦いの激しさを危惧したヒザキは、寸での処でタクを小脇に抱えて飛び上がった。
身軽なのは盗賊の証でもあるが・・・。
「・・・ガキ共が・・・。」
うんざりした様に吐き捨てて、安全な場所へと移動する。
それは、タイジュが張った結界の中だ。
「―――困ったことだ。」
やれやれという風に言いながら、タイジュは印を結んで結界ごと嵐の外へ移動した。
その間、タクはアワアワとしていただけで、どうする事も出来なかった。
「あの・・・その・・・ど・・・どうしたら・・・」
半ベソをかきながら、マサトとリューヤの戦いを見ているだけで・・・。
「さあなぁ・・・。」
「＜神子＞の権限でお願いすれば良いのでは？」
ヒザキの返答に、タイジュが提案する。
「・・・権限って・・・どうやって・・・」
ううう・・・と萎縮してしまうのは、眼前で繰り広げられる凄まじい展開ゆえ。
周りの木々は倒され、地面は持ち上がり、炎やら竜巻やら雷に雹に・・・およそ天変地異が全部ひっくるめられた様な空間に近付ける者など、いる訳ないではないか。
「はい、ストップ！！」
パンッ！！
―――と言う音と共に、現れた人物によって戦いの空間自体が消滅してしまう。
「やっぱり・・・喧嘩になっちゃったかぁ・・・」
ハアァと溜め息を付きながら、腰に手を当てて困った顔をして立っていたのは、マコトだった。
「・・・マコトさんっ！！」
「―――」
気付いたマサトが笑顔を浮かべる。
反対に、リューヤは眉を顰めた。
「全く・・・オレやナッちゃんの弟子なのに、どうして仲が悪いんだろうね、二人とも・・・。」
困ったように言いながらも、目が笑っていない。
「ほら、＜神子＞が困ってるじゃないか・・・。」
言って、ポンポンとマサトの頭を諌めるように軽く叩いた。
「マコト・・・ジャマするな。」
「・・・リューヤ・・・いい加減、ナッちゃん困らせるの止めろって。」
痛い所を付かれたのか、リューヤの頬に羞恥の色が浮かんだ。
「マー坊！！・・・怪我ないか・・・？」
「・・・アッちゃん？・・・何でここに・・・」
マコトと共に現れた人物がマサトに声を掛けると、途端にマサトは困った顔付きとなった。
「・・・とにかく、あの時とは状況が変化したんだ。このまま＜湘南地区＞にいても残りの＜十宝＞を手に入れるのは無理だ。おまけに、タケマルが＜暗黒神＞の負の波動に触発されて意識を捕らわれて・・・“インパルス”も、結局＜暗黒神＞の封印を解いてしまった・・・。」
眉を寄せたまま説明するマコトの言葉に、リューヤとマサトの表情が変わる。
「タケマル・・・が？」
「マジかよ・・・」
互いに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「―――ハルキも頑張ったんだけどね。・・・ヒナちゃんの『祈り』も通じなくて・・・“インパルス”は“ジェイソン”の結界すらぶち壊して・・・＜ヨコハマ＞から出て行ったよ。―――多分＜暗黒神＞の元へ・・・と。」
マコトの言葉に、一同は声も無く息を呑む。
「仕方なくナッちゃんが“アール・スペシャル”を宝殿からまた持ち出して、ハルキと一緒に薄れた＜ヨコハマ＞の結界を架けなおしているんだけど、更に強くなった＜暗黒神＞の波動の前では、それも上手くいかなくて・・・どうしてもタクちゃんの・・・＜神子＞の力が必要なんだ。」
「＜神子＞の力・・？」
突然の指名に、タクが困惑の表情を浮かべる。
「そう・・・＜十宝＞の真の『力』を引きだす為には、もう＜神子＞の『穢れ無き力』を注ぐしか手段が無い。」
困ったように言うマコトに、タクは真っ直ぐに見つめた。
「『穢れ無き力』？」
「そう・・・神様が＜神子＞をこの世界に使わしたのは、この世界の均衡を護る為なんだよ。―――このままだと、弱い人の心から、＜暗黒神＞の負の波動に虜まれてしまうから・・・その時こそ、この世界の破滅と混沌が始まってしまうんだ。だから、そうなる前に、少しでも“ヒト”の魂を護りたくて・・・それで、動けるオレが＜神子＞を迎えに来た訳―――。」
そこまで言って、マコトはまたハァと溜め息を零した。
「まさか、仲間の＜守護人＞同士でケンカしてるなんて思ってもみなかったんだけどね・・・」
続けられたマコトの言葉に、マサトがバツの悪そうな顔となる。
「＜十宝＞は＜神子＞を守る為に天から使わされた＜武器＞だ。己の私利私欲の為に使えば、＜十宝＞に選ばれた守護人と言えども、＜暗黒神＞の放つ負の波動に取り込まれてしまう。１００年前の内戦の時も、強い『力』さえあれば、全てを統べる覇王になれると、強大な『力』を求めた傲慢な魂が、＜魔王＞の『力』を解放する為に、封印とされていた＜十宝＞の力を奪い始めた。守護人を殺してでも『力』を欲する“ヒト”に、＜神子＞は嘆いた・・・そして・・・。」
マコトはそこで、一旦言葉を濁した。
「―――結局、＜暗黒神＞側に付いた＜十宝＞に、＜神子＞は『穢れ無き力』を注ぐ事は無かった。唯一、闇のオーラに負けなかった＜十宝＞は３つだけだった。更に、誰よりも強く輝く魂を見つけ、その者の＜武器＞にも『力』を与えた。その４つの＜武器＞が伝説の＜オンソク＞と今でも呼ばれている。＜神子＞と選ばれた＜オンソク＞の＜武器＞は世界の秩序を護る為に、＜暗黒神＞の前に立ちはだかり・・・『創世記』の通りに・・・」
そこまで、説明すると・・・マコトは何故か悲しげな表情を浮かべた。
その先は思い出したくない・・・とでも言うかのような顔だった。
マコトの言葉が、タクの胸の奥の底の琴線を振るわせた。
それは、幾重にも張り巡らせた『封印』。
身体の奥底から這い上がってくるような何かを感じて、タクは思わず胸元を探る。
そこに掛けてある筈のヒデトと自分のスクールリングに触れて、心を落ち着かせようとしたのだ。
だが、指先が触れたのは＜三鬼龍＞の護りの方で・・・。
不思議な感覚が指先から流れ込んできて、タクは身震いした。
泣きたくなるような・・・懐かしくて・・・優しい『オーラ』。
「・・・トキサダくん・・・？」
それが、トキサダからいつも与えられていた感覚と同じだと気付いた。
そうして・・・いつも一緒だった、その存在を失ってしまっている事を漸く“認識”した。
途端に湧き上がる“想い”。
「―――どうして？」
心細くて、声が震える。
『ずっと・・・一緒にいるカラ・・・』
柔らかな声が・・・『音色』が、記憶の中で響いているのに・・・。
世界中の何処にもその気配が感じられなくて―――。
「・・・一体、何がトキサダくんにあったの・・・？！」
答えを欲して、タクは縋る様な眼差しで周りを見た。
「・・・タクちゃん・・・？」
突然のタクの様子に、マコトが問いかける。
だが、タクの意識は次から次へと脳内に溢れ出してくる、記憶の渦に捕らわれていた。
「・・・今まで・・・意識を失った＜神子＞の代わりに、『龍神』がその御身を護っていたのです・・・」
一歩前に出たタイジュが息を吐き出すように、告げる。
オーラで識別できるタイジュだからこそ・・・＜視＞えた結果は、確かに＜神子＞に伝えなくてはならない事だから・・・。
「あの時、“カミナリ・マッパ”の守護人は・・・『龍神』の意識を何処かに吹き飛ばして、＜神子＞を連れ去りました・・・。」
重い口調で、そう告げる。
その言葉に導かれて、タクは一連の出来事を＜視＞た。
それは＜十宝＞の織り成す記憶の連鎖。
＜禍星＞に向かって光の渦に巻き込まれた時から、ずっと護ってくれていた温もりが消えて、タクは覚醒したのだ・・・という事まで―――。
それでは・・・あれは・・・。
意識を取り戻す前に見た夢の中で・・・暗闇の中でタクを呼んだのは・・・。
「・・・あ・・・・あ・・・・」
タクの手の中にあった小さな『珠』・・・。
呼んでと言っていた―――その名を。
魂が覚えていた真実の『御名』・・・それは・・・。
『“呼”ンデ・・・我ヲ・・・我ノ名ハ――――――――――――』
タクの全身が震え出す。
魂の奥底に幾重にも封じ込められていた『記憶』。
ずっと鳴り響いていた琴線が、一本一本と引き千切れていき・・・奥底に沈められた記憶の扉が顕れてくる。
その扉が、長い時を経て今、開かれようとしていた。
同時に幾つもの光が＜十宝＞から飛び出して、タクの身体に吸い込まれ・・・更に似たような光も、遥か彼方から飛んできて、タクの身体を包み込んでいく。
虹色とも・・・黄金とも・・・凄まじいまでの光源が、タクの身体を覆い尽くしていく。
そこにいる誰もが、その情景を見ていた。
誰も、動くことが出来なかった。
「―――＜神子＞の覚醒・・・だ。」
マコトが、呻くように呟いた。
それ程、神々しいまでの尊厳さがそこに存在したのだ。
『・・・＜アモウ“セロニアス”トキサダ＞・・・』
俯いていたタクの唇が―――動いた。
それは、『言霊』。
長い間封印されていた『龍神』の・・・＜暗黒神＞へと堕ちた神の・・・開放の『詞』。
小さな『珠』が弾けて・・・世界は闇に包まれた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
昔、天界の主神は愛の欠片から“ヒト”を創り出した。
主神の想いを、大地の女神が受け止めて、海神が恵みを与えた。
小さな生まれたばかりの儚くて清らかな『存在』を、主神は何よりも愛した。
誰よりも主神を慕っていたある神にはそれが気に入らなかった。
自分だけを見て欲しくて・・・何時しか、心が歪みを生じる。
歪んだ心のままに、姿まで醜くなった神を、主神は振り向くことさえない。
それが、『絶望』を生んだ。
自らの姿を隠す為に、『闇』が生まれた。
三至神に次いで、力を持っていた神だったのに、歪んだ“想い”が秩序を乱す元になってしまった。
＜―――ただ、誰よりも愛されたかっただけなのに・・・。＞
そして、想いは更に歪む。
“ヒト”さえいなければ―――と。
それが、間違った事なのだと・・・主神の意に反する事だと思う力さえ、嫉妬という歪みの前には見えなくなっていて。
・・戦い敗れて、神は嘆く。
自分が間違ったのだ―――と。
堕ちた翼は醜く裂けて鈍い銀の色へ―――肌は漆黒の色・・・空を映し出していたスカイブルーの瞳は、殺めた“ヒト”の血の色へと変化していた。
余りにも醜い己の姿に、絶望しながら神は更に地の深くへ沈む。
零れ落ちた最後の清らかな涙がその姿を映し出し、小さな『珠』となって・・・地上へと残った。
地底に潜った神は、醜いが為に“ヒト”の前から消された『魑魅魍魎』を従えて、魔国を作り自分を愛さなかった主神と敵対した。
いつか、自分の存在を主神の眼前に見せつけ、主神が愛する全てのモノを滅するその日を夢見て・・・。
＜暗黒神＞と呼ばれるようになる『魔王』は長い眠りの時の中に、自ら入ったのだった――――。
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