＜第三章・後編＞

 

天空に＜凶星＞が現れてから、三日が経とうとしていた。
その間、＜凶星＞はますます鈍く紅く輝いて・・・夜空でなくても肉眼で捉えられるようになった。
―――同時に、魑魅魍魎の勢いも増し、＜カナガワ帝国＞のあちらこちらで、被害が広がり始めた。
ヨコハマにある＜巫女の神殿＞でも、『悪夢』に取り込まれた一部の＜巫女＞や＜神官＞たちが狂気に捕らわれて、暴れだした程だ。
どうやら『感依能力』が高ければ高いほど、能力者であればある程、強い影響を受けるようであった―――。

「ハルキッ！！あの＜禍星＞は何の為に顕れたの？！まさか、暗黒神の復活を示しているんじゃないでしょうね！！」
王宮の一室に飛び込んできた女性は、開口一番に、玉座に座っていた者に問い掛けた。
「―――キヨミちゃん・・・？久しぶりだね。」
明るく迎え入れたのは、笑顔のマコトだ。
隣にはナツオが難しい顔をしていた。
「・・・隠遁していた貴方たちが、ここにいるという事は、間違いないのね・・・。」
がっくりと肩を落として、キヨミは溜め息を溢した。
「・・・他の首都との連絡が取れなくなっている。それだけ、魑魅魍魎共の勢いが増している。」
玉座に座っていた男が、ゆっくりと喋る。
現王のワニブチ＝ハルキだ。
「―――『元始の書』に書かれている通りの象徴だとすると・・・暗黒神が復活しようとしているのは間違いないだろう。」
重々しく言葉を繋いだのは前王のナツオだった。
「ナッちゃん？」
「理由も、お前には理解っているのだろう？ハルキ。」
マコトの問い掛けに答えずに、ナツオはハルキを強く見た。
「―――確証はない。だが・・・」
言葉を濁して、ハルキは横に置いてあった“ジェイソン”に視線を流した。
全員の視線もそこに集まる。
＜十宝＞の一つでもあるそれは、巨大な鎌の形をした武器だった。
「＜神子＞が覚醒しようとしている。」
続けられた言葉に、息を呑んだのはキヨミだった。
「・・・まさか・・・あの子・・・が・・・」
「―――アカデミーで隔離して育ててたみたいだけど・・・やっぱり『運命』には逆らえないって事か・・・。」
「あの『龍神』を卸した時に、＜神子＞かもしれないとは思っていたけど・・・まさか、こんな早く・・・。だって、あの子は何も知らないのよ！自分の事も・・＜十宝＞の事も・・・。『予言の書』に書かれている結末なんて、絶対に認めない・・・！あの子は、私が育てたんですもの・・・」
泣き崩れながら想いを告げるキヨミを、マコトは悲痛な面持ちで慰める。
「大丈夫だよ、キヨミちゃん。先日、初めて会ったけど、凄く良い子だったよ。純粋な綺麗な瞳をしてた。マー坊が自分から付いて行くと志願した時は驚いたけど・・・信じようよ。あの子達は、オレたちが育てたんだ。どんな困難にも立ち向かってくさ。」
一言一言、自分にも言い聞かせるように、告げていく。
「マコちゃん・・・。そうね・・・取り乱したりして・・・恥ずかしいわ・・・。」
キヨミも漸く涙を拭いた。
「―――で、＜十宝＞の内、幾つが封印を解いたんだ？」
クルリと振り返って、マコトはハルキに問い掛けた。
「・・・３つ。恐らく『湘南地区』の＜十宝＞は全て暗黒神側に付いたようだ。」
「湘南地区？！じゃあ・・・」
「―――ああ。＜神子＞が向かっている。４つの＜十宝＞を従えて・・・な。」
「・・・最悪。」
会話を続けながら、マコトは大袈裟に顔を顰めた。
「みすみす敵の陣中に行けって教えちまったよ。」
「その件に関しては、リューヤが追った。俺が動く訳にはいかないからな。」
ハルキがそう告げると、マコトは困ったように笑った。
「・・・マー坊が素直に聞く相手じゃないだろうに・・・。ま、死闘でも繰り広げりゃ少しは確執も減るかな？」
「――＜神子＞が居るから大丈夫だ。」
「ん―――。まあ、＜守護人＞である限り、そうなんだけどね。しかしなぁ・・・＜神子＞の権限を使うような子じゃなかった気もするし・・・。」
「今朝方、アキオも後を追ったらしい。＜湘南地区＞出身の騎士団の者を連れて行くと言っていたから、少しは早く着くかもしれん。」
ハルキとマコトの会話に、思い出したようにナツオが付け加えた。
「―――残りの封印・・・大丈夫かなぁ・・・。」
マコトが話題の転換を図った。
これ以上、泥沼になるだろう連中の事で頭を悩ませる暇はないのだ。
この＜ヨコハマ＞だって、いつ敵の襲撃を受けるのか理解らない状態なのだから。
「“インパルス”の状態が大分不安定なようだ。このまま＜禍星＞の力が強くなるようなら、あれも封印する。」
「―――タケマルが？！」
「・・・『モウリョウ』は元々暗黒の力に影響されやすい。正規の騎士団とはいえ過去の＜ヨコハマ＞内の陰の仕事を処理するのが主な仕事だからな。“インパルス”が暗黒神の波動を感じて、封印を自ら解いてしまうのも仕方が無いかもしれない。封印を解いた後、暴走しないように、頼むぞ。」
ナツオが苦い口調で告げる。
騎士団の中から反逆者が現れるのも辛いが、事態は火急の様を指しているのだ。
事前に出来る限りの事をしなければ、被害は大きくなるばかりなのだ。

１００年前の内戦の失敗は二度と繰り返さない。
―――そう、心に誓っていたナツオとマコトだった。

＜風の谷＞を精霊が渡る。
同時に響くのは風の音。
遠くまで鳴り響くようなその音は、＜大草原＞を越えて広がっていく。
まるで、泣き声のようだという者もいれば、啜り泣きだという者もいる。
本当は―――唄っているのだが・・・。
しかも、『風神』の鼻歌だったりする。

雲に乗って出掛けていた『風神』が戻った時、洞窟内では一騒動が起こっていた。
『どうしたってんだ？』
酒を酌み交わして、すっかり意気投合したヒザキに尋ねる。
「ああ。チビが目覚めたんだが・・・」
言葉を濁して視線を流す先では、確かにタクがベッドの上に起き上がっていた。
『チビスケ・・・起きたのか！』
一瞬驚くが、途端に笑顔になって近付く。
―――が、何やら様子がおかしい。
『チビスケ・・・？』
「タクちゃんがーーーっ！！」
頭を抱え込んで、嘆いているマサトの様子も尋常ではない。
『―――！！―――』
次の瞬間、振り返ったタクを見て、『風神』も仰天した。
綺麗な黒曜石の瞳が、すっかり“緋”色に変化していたのだ。
それは―――。
「・・・参ったな・・・」
自分の身体を眺めてそう言うタクに、タイジュが凍りつく。
「―――何で、オレがタクちゃんの身体になってんだ？」
止めの一撃は、タクの口から発せられた。
『トキサダッッ！！』
「ああ。」
事態は本当に、思わぬ方向へと動いているようだった。

「―――う・・・嘘だあぁぁぁぁぁぁぁああああ・・・！！」
泣きながら、マサトは洞窟を飛び出して行った。
ドップラー効果で、嘆きは遥か彼方まで響いていってようだ。
タイジュはタクを凝視したまま固まっている。
『風神』は途方に暮れた。
今まで長い間生きてきたが、こんな事が実際に起こるとは夢にも思わなかったからだ。
“共鳴”という方法で、一時的に互いの身体を交換して、術者のダメージを減らすというのは聞いた事があるが・・・。
余程の強固の“絆”が確立していないと、術の反動も大きい大技だった気がした。
「・・・これもあの星が関係してやがんのか？」
入り口で岩壁に寄りかかったまま、ヒザキが口にする。
視界に映さなくても、意識に妬き付くような強烈な印象の光りが脳裏に蘇る。
思わず惹き込まれそうになって、ヒザキは拳を強く握り締めた。
「さぁな。実際、オレとタクちゃんが入れ替わったっていう訳じゃない。タクちゃんの意識は眠ったまま、この身体の中にあるからな。」
『あぁ？』
タクの口から発せられる＜トキサダ＞の言葉に、「風神」が眉を寄せる。
言葉の意味が通じなかったからだ。
「―――暫く、“眠り”に入ってる。次にタクちゃんが目覚めた時が、＜神子＞の本当の覚醒だ。
言い切る＜トキサダ＞にタイジュが弾かれたように反応した。
「では―――。」
「ああ。＜暗黒神の封印＞が解かれようとしている。＜十宝＞が狙われているのもその所為だ。光りの柱の中で＜魔星＞と対峙した時に、タクちゃんは確かに＜神子＞としての己を確信した。だが、同時に起きた、急激な覚醒に『精神』が追いつかなかったんだ。」
『んじゃ、なんでオマエがタクちゃんの中にいんだ？』
＜トキサダ＞の言葉に、『風神』が疑問を口にする。
途端に、タクの顔で＜トキサダ＞は艶やかな笑みを浮かべた。
「タクちゃんは、オレのだから♪」
にっこり笑顔で言った凶悪な宣言に、タイジュの額にピキッと青筋が立った。
同じように、ヒザキも眉根を吊り上げた。
『ハァ・・・何でそう・・・』
『風神』は深い溜め息を溢す。
『他のヤツに身体を乗っ取られない為―――なんだろ。』
疲れたように、説明する。
肉体の定義を持たない＜神＞クラスの精霊だからこそ出来る所業だ。
だからこそ、数多の“精霊使い”が＜神＞クラスの精霊を持ち霊にしたくて頑張っているのだが・・・。
その所為で、『風神　』である自分も何回嫌な思いをしたものだ・・・と、過去を振り返ってぼやいた。
「動かないと危機を回避する事もできないからな。」
そう言うと、＜トキサダ＞はパチンと指を鳴らした。
途端に、まだ横たわったままだったトキサダの身体が消滅した。
残ったのは、緋色のガラス球だ。
中央に刻まれているのは―――奇妙に入り組んだ模様。
それを大事そうに拾うと、＜トキサダ＞は軽く口付けた。
それから、『風神』がやった勾玉と一緒に首に掛けた。
一連の作業を終えると、＜トキサダ＞は立ち上がった。
何処からどう見てもタクの姿なのだが、中身がトキサダだというだけで、随分と印象が変わるものだ。
いつも何処かオドオドした雰囲気が弱まり、強いオーラが全身を包み込んでいる。
それは、＜神子＞としての覚醒が現れている所為だけではなく、トキサダの持つ独特的な雰囲気が前面に押し出されている為だ。
弱視の為、肉眼で物を見る事ができないタイジュには、その違いがはっきりと＜視＞れた。
「・・・＜神子＞・・・は・・・何時・・・？」
目覚めるのか・・・？
タイジュのその問いは、言葉にならなかった。
＜トキサダ＞が真剣な顔付きになったからだ。
緋い瞳が陰りを映す。
「――――――」
唇を少し開いただけで、＜トキサダ＞は答えなかった。
その姿はまるで、答えるのを拒否したかのように見えた。
「じゃあ、チビが起きるまでオマエが＜神子＞なんだな。」
奥に入ってきたヒザキが、確認する。
「そうだ。」
「＜十宝＞もそれを認めるのか？」
「――――知らねぇ。そいつ等に聞きゃよいだろ？大体、そいつ等があの＜朱星＞に触発されて光りの道を作ってタクちゃんを無理矢理に覚醒させようとしたんだからな。あのままだったら、タクちゃんの『魂』が光源に飲み込まれちまうトコだった。まぁ、それがそいつ等の目的だったのかもしれないが・・・オレは認めない。」
＜十宝＞を睨むようにしてそう告げる＜トキサダ＞に、周りの連中がギョッとする。
＜神子＞の口でそんな不穏な言葉を発しても良いのか―――と。
だが、＜十宝＞は反応しなかった。
“パール・ホワイト”も“ピンク・ルビー”も“ディトナ”・・・も。
全てを黙認しているかのようだ。
『意志を持つ＜武器＞だかなんだかしらなぇが・・・タクちゃんを哀しませる奴はオレが許さねぇよ。いいか、トキサダ！！タクちゃん死ぬ気で護れよ！！』
『風神』が強く言い切る。
＜・・・理解ってる。二度と、見失ったりしない・・・＞
ボソリと呟かれた声は、余りにも小さ過ぎて音にならなかった。
それは、トキサダの“想い”。
深い深い―――誓い。
出来ることならこのまま・・・眠りについたままでも構わない。
―――そうとまで、思っていた。
ずっと・・・ずっと・・・。
この先起こるだろう悲劇を繰り返さなくても済むのなら。
それが。逃れられない『運命』の輪廻だという事も“識”っているのだが・・・。
「――――ああ。」
ゆっくりと、＜トキサダ＞は頷いた。

一時間後、マサトは漸く洞窟に戻ってきた。
「あー、すっきりした。」
出て行った時とは雲泥の差で・・・。
笑顔すら浮かべて戻ってきたマサトに、他の連中の方が何をしてきたのか不安になってしまう程だった。
「ンーーー、思いっきり暴れたら、何だかすっきりした。・・・ま、いつかは元に戻るだろうし・・・ね。」
言いながら、旅支度を始める。
「―――−マサト殿。」
「こうしている間にも、＜ヨコハマ＞が危機に晒されてるかもしれないし・・・マコトさんやナツオさんに言われたように、＜湘南地区＞で他の＜十宝＞を探す旅を続けなきゃ。」
タイジュの問いに、マサトは苦笑した。

洞窟を出発した彼等は、マサトがどれ程暴れたのかをすぐに知る事ができた。
そこかしこの岩山が、破壊され尽していたのだ。
「これは・・・。」
「・・・ははは・・・。」
唖然とする連中に、マサトはただ苦笑いを浮かべた。
「・・・普段、猫被ってるから・・・」
「――――オマエに言われる筋合いじゃないゾ。」
「オレは、いつも本気で付き合ってる。」
「・・・可哀想なタクちゃん・・・こんな奴に付き纏われて。オレが絶対元に戻してあげるからね。」
「どさくさ紛れに、手を握るな。」
「仕方ないだろ。オレだってオマエに言ってる訳じゃないもん。だから、タクちゃんの顔で嫌そうな顔すんなって！！あー、何で触った手を布で拭くんだよ？！」
「―――除菌。」
「きーーーっ！！テメー、ホントにさっさとタクちゃんから追い出してやるぅ！」
握り拳を作って、マサトは地団太を踏んでいる。
その姿はどう見ても、これから危険な旅に出発する者とは到底思えない。
「・・・姿ではなく『オーラ』で人物を確認している我ならともかく・・・何で今までと変わらない口論が出来るのだろう・・・。」
タイジュが疑問を口にする。
「―――馬鹿馬鹿しい・・・。」
ヒザキは、一言で見切りを付けた。

断崖絶壁の細い道を通ったり・・・岩山を登ったりしながら、漸く＜風の谷＞を抜けた彼等の前に見えたのは、＜湘南地区＞―――では、無かった。
「待ちくたびれたぞ、＜神子＞！！」
漆黒のマントに身を包んだ“精霊使い”が、踏ん反り返って彼等の前に立っていた。
「―――誰？」
「知らん。」
「人違いでしょう。」
「―――係わるだけ、無駄。」
言いながら、彼等は見なかった事にして通り過ぎようとする。
言っちゃあ何だが、小者に係わっている暇はないのだ。
「グウゥ・・・！！」
無視して行こうとする一行に、“精霊使い”は憤怒の表情を浮かべた。
「＜神子＞の力、我が主である＜暗黒神＞に捧げよ！！」
そう言うと、分厚い『黒本』を懐から取り出した。
「出でよ、『雷神』ッ！！」
ピカッ！！ガラガラドッシャーーーンッッ！！
稲光がしたと同時に、凄まじい雷鳴が響き渡る。
そうして、目の前に出現したのは、『雷神』だった。
「・・・・・・・・・・」
全員の表情が、呆れた。
記憶の中の『風神』の言葉が蘇る。
『―――妖術使いに操られちまって・・・人の意見も聞きやしねぇ。』
―――つまり、こいつが妖術使いで、『雷神』は操られているらしい―――のだ。
「・・・やれやれ・・・。」
酒を酌み交わした相手が、心配していた者だ。
変な所で律儀な性格をしているヒザキが、仕方なく最初に動いた。
『雷神』が繰り出す攻撃を、軽々と避けて・・・。
「―――ヒッ！！」
妖術使いの首を絞めて、華麗な足技で『黒本』を蹴り落とした。
「それを、燃やせ！！」
そう叫ぶが、それはマサトの唱えた呪文を跳ね返した。
「うわっ！！」
「―――魔法防御と物理防御が張られている！通常の攻撃では傷を付ける事もできない。」
薄く張られたバリアーを＜視＞たタイジュが叫ぶ。
「チッ！」
妖術使いを羽交い絞めにしたまま、ヒザキは舌打ちした。
「ふははははは・・・＜暗黒神＞様のお力は絶大だ！！行け、『雷神』！こいつ等を倒して、＜神子＞を手に入れるのだ！！」
妖術使いの言葉に、『雷神』が反応する。
「やばいっ！！」
「―――＜神子＞！！」
次々と降ってくる“雷光”が、彼等を襲う。
「ふふふ・・・あはははははははーーーーーーっっ！！」
突然、高らかに響いた笑い声が、その場の緊張感を払拭した。
全員が、固まる。
腹を抱えて笑ったのは＜トキサダ＞である。
タクの姿で、さも可笑しくて堪らないといった風な笑顔を浮かべている。
その身を包むオーラが、微妙に輝いているのを＜視＞てしまったタイジュは、冷や汗を流した。
ヒザキも野生の勘というう奴が、全身を駆け抜けた。
「・・・こんな奴に操られるなんて・・・間抜け過ぎるゾ！キヨシィ！！」
ビシッと『雷神』に人差し指を突き付けて、＜トキサダ＞はそう言った。
それから、つかつかと大仰に歩いて『黒本』を拾い上げると、そのままあろう事かそれを真っ二つに引き裂いたのである。
「ギャアアアアアアァァァァァァァァーーーーーッッ！！」
大きく口を開けて、断末魔の叫びを上げると、妖術使いは消滅してしまった。
裂かれた『黒本』も、見る見る内に燃え上がり、消滅した。
余りの展開に、誰も言葉を発する事ができない。
まさか、ほぼ完全な防御魔法が掛けられている『黒本』を・・・手で引き千切るなんて非常識な事を考えるなんて・・・。
しかも、実際に行えてしまうのだから、仲間の衝撃は凄まじかった。
だから、止まってしまったかのような時を動かしたのは、やはり＜トキサダ＞だった。
パンパンと手を叩いて、手についた消し炭を払い落としたのだ。
その音に、ハッとしたように『雷神』が動いた。
操られていた時のように、何処か合わなかった焦点が、しっかりとタクの姿を捉える。
『―――ダレダ？！オレは一体・・・何を・・・』
頭を振りながら呟く『雷神』に、＜トキサダ＞は笑った。
そうして、首から掛けていた勾玉を取り出す。
『それは、ヒロシの・・・そうだ！突然、変な奴が来て、真っ黒い本を見ながら呪文を唱えたら、それが触手みてぇになって・・・捕まって・・・』
「操られてたんだよ、オマエ。」
「『風神』が心配してたぞ。」
マサトの言葉に、ヒザキが付け足す。
「―――オマエの勾玉も寄越せ。キヨシ。」
『あぁ？何でオレの名前を知ってんだよ、テメー！！』
「思い出したからな、全て。」
『何言って・・・』
「まだ、理解らないのか？！」
首からもう一つの珠を取り出して見せる。
途端に、『雷神』の顔付きが変わった。
『―――“龍神”・・・マジかよ・・・』
冷や汗を掻きながら、そう呟いた。
『何だよ・・・何でテメーが、ンな“ニンゲン”の姿になってんだ？』
「説明すんのメンドくせーから、ヒロシに聞け。それより、勾玉。」
催促するように手を差し出す＜トキサダ＞に、『雷神』はまだ納得がいかないようだったが、懐から同じような勾玉を取り出して、寄越した。
『風神』の勾玉が、綺麗な“新緑”色なら、『雷神』の勾玉は“トパーズ”色だ。
受け取った勾玉を＜トキサダ＞は同じように首から下げる。
そうすると、３個が絡まるようにくっ付いて、一つの首飾りになった。
『“三鬼龍”の護りかよ。オマエがそれを欲しがるなんざ、久しぶりだな。』
「・・・タクちゃんを護る為だ・・・。」
『タクちゃん？！』
「―――＜神子＞だ。」
『オマエ、またっ！！』
＜トキサダ＞の言葉に、『雷神』は驚いた表情を浮かべた。
だが、刺すような“緋”い瞳に、それ以上の言葉を飲み込んだ。
『まぁ、それは置いておいて・・・オレ等の力が必要な時は、呼べよ。イイが、ゼッテー一人で突っ走んじゃなーぞ！！オマエが暴れっと、この世なんかあっという間に滅んじまうんだからなっ！！』
末恐ろしい事を口にすると、そのまま『雷神』は天を仰いで、口笛を吹く。
すると何処からともなく、雲が現れた。
その雲に、『雷神』は飛び乗った。
『じゃあな、トキサダ！！今度は、そのタクちゃんを紹介してくれよ！テメーの大事な奴なら、オレ等にとっても大事な奴だかんな。』
豪快に笑いながら、上空に消えていく。
見る見る内にその姿は小さくなって、＜風の谷＞の方向へと消えていった。
「さて。」
クルリと＜トキサダ＞が振り返る。
視線は＜湘南地区＞へと向けられている。
正確に言うならば、更に先の・・・。
―――ここからは見えない遥か彼方に広がる“魔の樹海”。
＜逢う魔ヶ森＞に潜んでいる、得体の知れない『影』。
まだ完全に封印が解かれていない筈なのに、＜暗黒神＞の負の波動は、確かに＜カナガワ帝国＞全土に広がっているようだ。
＜神子＞であるタクの身体の中に入った事で、尚更その事が理解ったトキサダだった。
本の少し眉を顰めて・・・それから息を吐く。
「―――行くか。」
言って、歩き出す。
後ろを振り返る事もない。
弾かれたように反応したマサトが、慌てて後を追う。
そうして、タイジュとヒザキもその後ろを付いて行った。

目指すは目的の地。
まだ見ぬ＜十宝＞が存在する『場所』。
＜十宝＞が全て揃った時に、何が起こるのかを、知っている者はいない。
辛うじて“予知”できたトキサダだけが、不安を募らせる。
タクを護る為・・・ただそれだけの為に、トキサダはここにいるのだ。
相手が誰であろうが・・・譲る気などさらさら無かった。

行く先に何が待っているのかは、誰も理解らない。
終着点が何処なのかさえも・・・。
それでも、先に進まなければ、終わりなのだ。
―――それは、全ての事象の終焉になってしまうから。
だから、前に向かって。
真っ直ぐに“イバラの道”を進むしかない。

どんなに傷付いても・・・。
どんなに苦しくても・・・。
選ばれてしまった者達の、それが『宿命』でもあるかのように―――。

　　
　　　　　　　　ＥＮＤ．　　　／　　　戻る