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＜第二章・前編＞
うっそうと生い茂った蔦や蔓が、遥か彼方まで続いている。
通る旅人を、飲み込んで彷徨わせる＜迷宮の樹海＞。
それが、アサヒナ峠の別名である。
一歩足を踏み入れたら、そこは妖しの世界。
昼の最中でも薄暗い獣道が永遠に続く、奥深くに入った者で戻ってきた者はいない。
過去にもその奥に隠された秘宝を求めた“トレジャー・ハンター”たちが果敢に挑んでみたが、樹木の結界に阻まれて方向感覚さえ失い、命辛々逃げ出してくるような秘境だった。
不老不死の夢を叶えるという万能の杖“アール・ディー”は、そんな樹海のど真ん中にあると古い伝記に記されていた。
「ここが、アサヒナ峠・・・」
「凄い樹海だね・・・。」
目の前に広がる広大な樹木の数にタク達は思わず途方に暮れてしまう。
＜迷いの森＞と呼称されるだけあって、一度入ってしまったらちゃんと戻ってこられるのかも不安な程、ずっと先まで蔓や蔦が生い茂った樹木が見えるだけなのだ。
「いっそ、トキサダが飛んで取ってくるっていうのは？」
マサトの提案に、トキサダは嫌そうな顔をする。
『―――結界がある。』
無理だとは、絶対に言わない。
不可能なことが一杯あるのに、この我が侭な精霊は自分に不可能な事は無いと言い切るほど、プライドが高い。
それが、理解っているからタクは困ったように微笑った。
「・・・危険かもしれないけど、行くっきゃないよね。」
タクの言葉に、マサトも頷く。
トキサダが破れない結界なら、歩いて突破するしかないだろう。
尤も、歩いて突破する事も出来なければ、新しい＜宝＞情報をまた探せば良いだけなのだ。
危険な冒険の末に手に入るお宝の輝きに喜びを見出す筈の“トレジャー・ハンター”とは、まだまだ言えない三人だった。
樹海と呼ばれる＜アサヒナ峠＞と言っても普通の道は通っている。
一般の旅人達が通るのは、樹海の端を迂回するように作られた街道だったが、それでもたまに樹海に潜むと言われている妖しに攫われる事もあった為、今は余程急いでいる荷物の時に、傭兵を雇って渡る者ぐらいしかいない。
人が通らなければ、道路ではない。
―――獣道である。
だが、タク達が立ち入ろうとしている場所は、更に樹海の奥深くであり、ある意味禁断の地でもあった。
「・・・今にも、何か出てきそう・・・。」
張り詰めたような樹海の空気に、ピリピリと刺激を受けて鳥肌が立つ。
「手、繋いで歩こうか？」
そんなタクの様子を見て、マサトは不安を拭うように笑顔を向けた。
そうして、返事を待たずにその腕を取る。
「―――マー坊くん？」
「大丈夫だよ。タクちゃんは、自分の力を信じれば良いんだ。」
きっぱりと言い切る。
その自信に溢れた言葉が、タクにも勇気を与えた。
「うん。」
だから、頷いて応える。
タクを覆い尽くそうとしていた恐怖は、消えていた。
ぐるりと回りを見回しても、生い茂った草と蔓と苔ばかりで、不安にならないと言ったら嘘だろう。
それでも、誰かが傍にいると言う事が、こんなにも力強い。
「取りあえず、魔法防御掛けとくね。」
にっこり笑ったマサトは、持っていた“杖”に向かって呪文を唱える。
すると、真紅の光りが放たれて、タク達の身体を包み込んだ。
「あとは、前進あるのみっ♪何か、ワクワクする！」
本当に嬉しそうに、マサトはそう言った。
器が違うのかもしれない・・・。
未知との遭遇に対しての、考え方の違いだと思うが、タクにはとても楽しむ事は出来そうになかった。
樹海は奥に進むほど、行く手を阻むように入り組んでいた。
このままで行くと、樹海の中で夜を過ごさなくてはならなくなってしまう。
＜逢う魔ヶ森＞ほどでは無いけれど、夜になれば妖し共の領域になってしまうので、タク達は焦っていた。
「―――方向はこっちで、良い筈なんだけど・・・」
羊皮紙に描かれた古ぼけた地図を広げて、マサトはぼやいた。
方角を示す磁石は、中央にへばり付いたままで、使い物にならなかったので、樹海に入った時点で諦めていたのだが・・・。
「ボク達・・・迷ったんじゃ・・・？」
見渡す限り樹木に囲まれて、既に道すらない。
薄暗闇の中で、変幻に曲がって連立する樹木は、異様にも見えた。
『来るぞ！！』
今まで黙っていたトキサダの口から、警告が発せられた。
ザザッと、周りの梢がざわめく。
向けられる憎悪の塊に、タクの全身が、総毛だった。
「うわっ？何だよ、これっ！！」
最初に、動き出したのは一枝だった。
だが、次々と動き始めた枝が、絡みついていた蔓を鞭のように撓らせて攻撃してきたのだ。
『タクちゃんっ！』
シュルシュルと延びた蔓が、タクの身体に巻きつく。
そうして、気付いた時には拓の身体は宙に浮いていた。
「―――うわーーーんっ！！」
余りの恐怖に、タクは半泣き状態である。
救いを求めようと下を見れば、マサトとトキサダが必死の形相で戦いながら、タクに近付こうとしていた。
その姿を見て、タクも精一杯の力で、蔓の呪縛から逃れようともがいた。
だが、次から次へと延びてきた蔓によって、ますます身動きを封じ込められてしまう。「タクちゃんっっ！！」
徐々に引き離される距離に、マサトが焦った声を上げる。
『チッ』
舌打ちしたトキサダが、印を結んで呪文を唱えて、邪魔な蔓の動きを封じ込めた。
気付いたマサトも“レッド・フォア”を使って、“炎獄”魔法を唱えた。
途端に炎が生き物のように蠢いて、標的である蔓を焼き払った。
そうして、漸くタクの元に辿り着こうとしたその直前で、新たな蔓の大群に阻まれてしまった。
「トキサダくんっ！！」
タクの口から悲鳴が上がる。
物凄い勢いで、タクを捕まえていた蔓が引っ張られたように動き出したのだ。
『―――タクちゃんッ！！』
翔んでタクを追おうとしたトキサダは、樹海に張り巡らされた結界に阻まれて、翔ぶ事が出来なかった。
見る見る内に、タクの姿は樹海の奥深くに消えてしまった。
『うおぉぉぉぉぉぉぉおおおっっ！！』
トキサダの、全てを灰燼にするような咆哮が、辺りに響き渡った―――。
張り巡らされた樹々の合間を縫うようにして、タクは運ばれ続けた。
そうして、蔓の動きが止まって、振り落とされる。
「いたっ！」
思いっ切り尻餅をついてしまい、慌てて腰を擦る。
それから、鬼が出るか蛇が出るか？という面持ちで、周りを見回した。
そこは、不思議な空間だった。
何処からか差し込む光が、地上の苔を金色に輝かせ、淡い色彩の岩石が周りをぐるりと覆っていた。
特別な空間・・・そんな感覚がタクはした。
「ここは・・・祭壇？」
呟いて、中央に置かれていたモノに愕然とする。
それは、一本の杖だった。
漆黒の黒曜石をはめ込んだ、古めかしい―――“杖”。
近付こうとして、その側に誰かがいる事に気付いてギクリとした。
「―――オマエは何者だ？」
問われて返事に窮してしまう。
何だか、最近同じ質問ばかりされている気がした。
「・・・ボ・・・ボクは・・・タク。ここは・・・何処？」
取り合えず、名前だけを伝える。
そうして、知りたかった疑問を口にした。
「ここは、古の都。滅びた文明の廃墟。樹海だけが護る禁忌の地だ。」
そう告げられてタクは、冷や汗を垂らした。
何だか嫌な予感がヒシヒシと感じるのは何故なのだろうか？
「オマエは“ディトナ”が呼んだ『者』。だから、俺も危害を加えるつもりは無い。もう一度聞く。オマエは何者だ？」
「“ディトナ”・・・？ボク達が捜しているのは、“アール・ディー”っていう万能の杖なんだけど・・・。」
「―――“アール・ディー”とは“ディトナ”に変化する前の状態の呼び名だ。お前達は＜十宝＞である“ディトナ”を奪いに来た＜ハンター＞ではないのか？」
＜やっぱりぃ・・・＞
相手の言葉に、タクは泣きたくなった。
自分達の探していた宝が、またしても近付いてはいけない筈の＜十宝＞だったと理解ったからだ。
だが、タクが何かを応えるよりも早く“杖”から放たれた黒い光がタクの全身を包み込む。
その様子に、相手は驚愕したように瞳を見開いた。
「オマエ、まさか＜神子＞なのかっ？！」
前回と全く同じ展開に、頭痛すら覚えるタクだった。
＜神子＞だか何だか知らないが、好きでなった訳ではない。
何で自分が伝説に出てくるような＜神子＞なのか、自分の方が教えてもらいたいものである。
黒の光が全身に吸収され、漸く収まった時、相手はタクの目前で何故か跪いていた。
「・・・？」
「―――非礼を御許し下さい。俺は、“ディトナ”の守護者のタイジュ。今は亡き一族の最後の生き残りです。永い間、この“杖”を護り続けてきました。何時の日か現れる＜神子＞の為に・・・。」
そう言うと、タイジュは祭壇から“杖”を抜き取った。
それから、厳かにタクに掲げた。
「―――あの・・・？」
話が全く見えないタクの頭の中はクエスチョンマークで一杯だ。
当たり前である。
いきなり訳も分からず連れてこられて、あれだけ苦労して探していた＜宝＞を、あっさり渡されてそのまま受け取る訳にもいかないだろう。
「・・・＜十宝＞って、＜守護人＞の物じゃないの？ボクが貰っても・・・その・・・ボクはアカデミーを出たばかりの“精霊使い”だし・・・どう使えば・・・」
「＜十宝＞は＜神子＞を護る為に作られました。勿論、使うのは＜十宝＞が選んだ＜守護人＞です。俺は“ディトナ”のガーディアンとして、＜神子＞に永遠の忠誠を誓います。」
余りにも驚きすぎて、タクは声も出なかった。
どうすれば良いのか、辺りを見回しても助けてくれるような人はいない。
こんな時、トキサダだったら・・・と思って、タクは漸く意識を現実に戻した。
「そうだ！！トキサダくんとマー坊くんはっ！」
真っ青になって、逆に問い掛ける。
自分は確かに危害を加えられなかったが、あとの二人にはガンガンに攻撃していたのだ。
二人が無事ならば良いが、そうでなかったら・・・自分の所為でまた・・・。
「―――あの二人の強さは計り知れません。それも＜神子＞の騎士ならば当然ですね。こちらに向かって真っ直ぐに近付いています。最初は“杖”を狙う＜ハンター＞かと思って排除しようと思ったのですが・・・何重にも張り巡らせた結界を突き破る勢いです。まぁ・・・ここももう必要の無い場所・・・」
スッと立ち上がると、タイジュは杖を横に払った。
そうして呪文を唱える。
すると、目の前の空間に巨大な水鏡が現れて、その中に二人の姿を映し出した。
「トキサダくん！！マー坊くん！！」
タクが叫ぶと、それに反応したようにトキサダが視線を合わせた。
「・・・あれは・・・！！」
タイジュが驚いたように何かを告げようとする前に、その水鏡の中からマサトを連れてトキサダが飛び込んできた。
いきなり引っ張られたマサトは、体勢を整える事が出来ずに転がった。
「いってぇーーー、いきなり何すんだよ、トキサダ！！―――タクちゃん？！」
起き上がったマサトが抗議をしようとして、目の前のタクと見知らぬ場所に目を丸くした。
「・・・掛けた術を手掛かりにして、ここまで来るとは・・・流石“龍神”だ。」
「テメーーー！！何者だよ？！何でタクちゃんと一緒に・・・？！」
タイジュの言葉に、マサトが食って掛かろうとして、その手に持っていた“杖”を見て愕然とした。
「同じ＜守護人＞同士では初対面だな。オマエが“レッド・フォア”の持ち主のマサトか？俺は“ディトナの＜守護人＞で、これから＜神子＞の騎士になるタイジュだ。」
睨み付ける二人の眼光に、真っ向から対峙してタイジュはそう言い切った。
「―――マジっ？！」」
マサトが頭を抱える。
『・・・どういう事だ？』
「オレだって、“万能の杖”が＜十宝＞の一つだなんて知らなかったよ！！第一、知ってたらあんな思いしてまで取りに来ないって！！」
『ふーーーん・・・』
「あ？！テメー信じてねーなー？！トキサダ！！大体、これ以上ライバル増やしたくないって、オマエだって理解ってるだろ！！」
『確かに・・・。』
頷いて、トキサダはタクを見た。
緋い瞳が、真っ直ぐにタクを捉えた。
『おいで。』
両手を広げられて、手招きされても困ってしまうのだが・・・取り敢えずタクは二人の側に近付いた。
「二人とも無事で良かったぁ・・・。」
心底、ホッとしたように告げると、途端に二人とも破顔した。
「それは、タクちゃんの方だろ。連れ去られた時はどうしようかと思ったよ。」
『―――心配した。』
「そうそう、凄かったんだよ、トキサダなんか、苦手な“爆煉”まで使って、樹海の真ん中に大きな穴作っちゃったもん。」
「・・・・・・・・・・」
その様子を想像して、余りの怖さにタクは固まってしまった。
『もう時期、夜になる。結界が薄れたこの樹海は魔物の住処になるそ。』
話題を逸らすように、トキサダが言った言葉に、タクは困ったように、タイジュを見た。
「＜神子＞は気にする事ではありません。全ては＜運命＞の歯車による事象。どの道、“ディトナ”がここから離れれば、結界も無くなってしまうのですから。」
さらりと言い切ったタイジュに、タクはがっくりと肩を落とした。
タイジュがパーティに参加する事は、どうあっても逃れられないようだった。
そーっと、トキサダを見ると・・・毛が逆立っているのが理解った。
―――物凄く、怒っているらしい・・・。
これから先の旅路を想像して、ますます頭痛が酷くなっていくタクだった―――。
結局、“ディトナ”の結界を張り直して、タク達は神殿で一晩を過ごす事になった。
暗闇の樹海の中で魔物と戦うよりも、朝まで待ってから出発した方が危なくないからであるが・・・。
「・・・過去の神殿か・・・樹海の中にこんな場所があったなんて・・・」
周りを探っていたマサトが、戻ってきてそう呟いた。
「俺たちは元はヨコスカに住む獣人族だった。先の内戦が終わった後で、人の世界から離れてこの地に着て“ディトナ”の結界によってこの樹海を作り出した後、ここに住み始めたんだ。」
「――――獣人族？！先の内戦って・・・横浜が首都になったっていうあの？！」
伝説の中に出てくるような話に、タクは目を丸くする。
しかも先の内戦と言っても、タクが生まれる遥か昔の話だ。
１００年以上も前の話を、まるで体験したように言うタイジュに、タクは驚いた。
「獣人・・・って、そう言えば“ピンク・ルビー”のヤツも人狼だったけど・・・＜十宝＞の＜守護人＞ってどういう基準で選ばれるんだろう？」
「―――それは、理解らない。」
マサトの質問に、タイジュは気だるそうにそう告げた。
「＜守護人＞はあくまでも、＜十宝＞が選ぶ者。だから、どんなに望んでも、＜十宝＞に選ばれなければ、使いこなす事は出来ないし、＜守護人＞にはなれない。ただ、＜神子＞は“神”に選ばれた者だから、世の中を平定する為に、＜十宝＞を使う事が許される『唯一』の存在らしい。―――俺は、＜守護人＞になった時に“ディトナ”からそう教えられた。」
「・・・教えられた？」
不思議な言い方をするタイジュに、タクは更に問い掛ける。
「“ディトナ”から、波動が伝わるんです。それが、意志を伝えてくる。獣人は自然と話す事も出来る種族ですから・・・。結界の中に在っても“ディトナ”は何でも理解っています。＜十宝＞同士で、通じる何かがあるのかもしれません。」
「ふーーーん・・・。」
タイジュの言葉に、タクは感心したように頷いた。
自分がその中心人物である事は、この際置いておいて・・・。
取り敢えず、凄い事なのだという事は理解った。
「あ・・・それなら、ヒデトくんに何が合ったか理解らないかな？！―――ヒデトくんは“シルバー・ホワイト”の持ち主だった・・・ん・・・だけど・・・」
言っていて、語尾が霞む。
潤みがちになる瞳を大きく開けて、真っ直ぐにタイジュに向き直った。
「“シルバー・ホワイト”のヒデトの事・・・。理解りました・・・“ディトナ”に聞いてみます・・・」
タクの真摯な視線を受け止めて、タイジュはゆっくりと頷いた。
そうして、“ディトナ”を祭壇の穴に差し込んで、その前に立った。
両手を翳す様にして円を描き、印を結んでいく。
瞳を閉じて、神経を集中させる様は＜神官＞のようにも見えた。
薄く開かれた唇から、聞いた事の無い『声音』が発せられ、その音に反応するように、＜杖＞から黒いオーラが出現して、タイジュの身体を包み込んでいく。
「・・・スゲー！オレの“レッド・フォア”でも出来るかなぁ？こーゆーの？！」
マサトが感嘆の声を上げた。
トキサダは黙ったままタクの側で、目の前の光景を睨むように見ていた。
『―――ワレハ、“ディトナ”。＜神子＞ヨ、ソナタノ願イヲ叶エヨウ。』
タイジュの口から、空気を震わせるような＜詞＞が響く。
成り行きを不安そうに見ていたタクは、弾かれたように唇を開いた。
「―――ボクは・・・知りたい！＜十宝＞が＜守護人＞を選ぶと言うのなら、何故“シルバー・ホワイト”はボクの側から離れないの？ヒデトくんは、本当に・・・死んで・・・っ・・・？！だって、話を―――色んな話を聞いていたら、どうしてもヒデトくんが死んだなんて思えないんだ・・・！！だから・・・！！」
堰き止められない想いが、一気に流れ出る。
激情のようなタクの声に、マサトとトキサダの眉が顰められる。
どれ程、傍に居たとしても、その心を占めているのは―――。
『・・・ソレハ、”シルバー・ホワイト“ニ尋ネレバヨイ。耳ヲ傾ケヨ。心ヲ傾ケヨ。答エハ“ソコ”ニアル。『真実』モマタ導カレヨウ―――。』
「“シルバー・ホワイト”に尋ねる・・・？そうすれば、ヒデトくんの事が・・・」
反復するようにタクが言葉にすると、袋の中から反応したように白銀の光が発せられた。
ドキドキしながら、タクが袋を開けると、光りを発していたのは“シルバー・ホワイト”だった。
震える手で“剣”を取り出すと、白銀の輝きは更に強まった。
「―――教えて欲しい。ヒデトくんに何があったのか・・・？あの時、居た敵の正体は一体・・・」
タクが疑問を口にすると、光はいっそう強まってタクの全身を包み込んだ。
そうして、タクの意識は剣と一体化した。
気付くとタクは、深い森の中にいた。
そこは見覚えのある場所だった。
あの夜、タクが『夢見』によってヒデトを見た最後の場所・・・。
＜―――ここは・・・あの時の・・・＞
慌てて辺りをグルリと見回す。
そうして、自分がヒデトと共にいる事を知った。
＜これは、剣の記憶？・・・なら、この後・・・＞
ガサッと音がして、後方から絶叫が湧き上がった。
敵襲だという叫びが、あちらこちらから聞こえてくる。
「落ち着け！！バラバラになって行動するな！薄手になった所を狙われるぞ！！」
鋭い指示が、ヒデトの口から発せられる。
懐かしい耳を打つ響きに、タクは思わず泣きそうになった。
剣を構えたヒデトは、襲われた兵士の下に駆け寄ると、闇に向かって構えを取る。
途端に、茂みを掻き分けるようにして飛び出してきたのは、鋭い牙と爪を持つ狂犬だった。
それが、魔物化しているのは、額に浮かんだ３つ目の赤い目の所為だ。
アンデットとなっているのか、腐臭が辺りに漂う。
「・・・マジで『魔の森』だな・・・。」
そう呟くと、ヒデトは一閃でその魔犬を切り裂いた。
だが、その数は一匹ではなかったのである。
次から次へと襲ってきた獣達は、唸り声を上げて兵士達に飛び掛っていった。
あちらこちらで、襲われた兵士の悲鳴が上がる。
ヒデトの動きも速かったが、如何せん数が多すぎてフォローしきれない。
「ちっ・・・」
このままでは全滅が免れないと気付いたヒデトは、懐から紙片を取り出して、噛み切った指先で血文字を書き呪文を唱えた。
すると、見る見る内に紙は鳩へと姿を変えて、大空高く飛び立った。
それから、剣を構え直す。
低く深い声と共に、剣に気が込められていく。
同時に剣も応えるように、ヒデトの全身を白銀の光で包み込んだ。
「うおぉぉぉぉぉぉおおおっ！！」
動き出したヒデトは闘神のように強かった。
だが、全ての敵を倒した時には、既にヒデトは一人になってしまっていた。
このままでは、任務の継続は無理だと判断したヒデトは、一旦戻って報告をしなければと、気を緩めた。
途端に、“剣”が警告する。
暗闇から飛んできた最初の攻撃は、剣が払い落とした。
『素晴らしい・・・流石は＜十宝＞の力』
樹木の側から顕れたのは、“杖”を持った人間だった。
「―――どういうつもりだ？」
ヒデトの怒りが上がってくる。
絶妙なタイミングと言い、相手が自分達を襲った敵だと気付いたのだ。
『我が名はヤヒロ。暗黒神に仕える者。魔物の世界を造り君臨する魔王。＜十宝＞の力を吾に捧げよ。』
ヤヒロの傲慢な物言いに、ヒデトの額の血管がぶち切れた。
「ふざけんな、テメー！！」
そんな理由で、部隊を全滅させられたのかと思うと、腹立たしいを通り越して、殺意すら沸いてくる。
『その力渡さぬのならば仕方ない・・・奪い取るまでだ。』
そう告げると、ヤヒロは“杖”を高く掲げた。
途端に、蒼黒の炎がまるで生き物のようにヒデトに襲いかかってくる。
反射的にそれを避けると、ヒデトも術を唱え始める。
すると、剣を覆う白銀の光が強くなった。
そのままヒデトは剣を振り下ろし、弾き出される様に飛び出した光りが、矢のように敵に向かって放たれた。
だがそれは、敵に当たる前に、見えない壁によって弾かれてしまった。
「・・・魔法攻撃は効かないって訳か・・・」
眉を顰めると、ヒデトは剣をきつく握り締める。
そうして、物理攻撃を仕掛ける。
高く跳躍して、相手に切りかかろうとしたのだ。
キーーーンッ！！
甲高い音がして、剣が弾かれる。
ヒデトの表情が一瞬で変わる。
ヒデトの剣を弾いたのは、相手が持っていた“杖”だったのだ。
＜十宝＞であるヒデトの“剣”の攻撃を受け止められる“杖”。
それが意味するのは、一つしかなかった。
「―――まさか・・・それは・・・」
『我が武器の名は“ブルー・フォア”。―――吾が覇王になる為、＜十宝＞の力、全て貰い受ける。』
ヤヒロはそう言うと“杖”で、“剣”とヒデトを振り払った。
それは、凄まじい波動だった。
どす黒いオーラがヤヒロの全身を覆っていた。
“剣”が小刻みに震え出す。
圧倒的な『力』がそこには存在していた。
引き擦り込まれそうな深遠の“闇”が―――視えた。
ゾクリと、タクの全身も震えた。
そうして、蒼黒い炎が、ヒデトの腕を貫いた。
タクの震えは止まらない。
夢で見た光景が、目の前で展開していく。
＜・・・止めて・・・止めて・・・・・・＞
声が、出ない。
―――恐怖が、全身を支配していく。
脳裏に浮かぶのは絶望的な結末。
強大に膨れ上がったヤヒロのオーラが、動けなくなったヒデトに向かって放たれた。
その刹那・・・ふわりと影が舞い降りた。
ヒデトを護るように―――顕れた“金色の光”。
白金の光は、暗黒の波動とぶつかって弾け飛んだ。
辺りが爆風に捲かれて、樹木が薙ぎ倒された。
“剣”はヒデトを護った。
だが、意識を失ったヒデトは大地に臥したままだった。
爆風が収まった後でも、敵は倒れていない。
ゆっくりと近付いてくるヤヒロに、“剣”は奮えた。
『“シルバー・ホワイト”の『力』吾に与えよ。』
告げられる命令を、“剣”は―――拒否した。
それは＜十宝＞が＜十宝＞であるが故・・・。
ヤヒロが“杖”を掲げて印を結ぶ直前に、“シルバー・ホワイト”は白銀の矢となって天空に飛び上がった。
“剣”は―――識っていた。
“金色の光”が誰なのかを・・・。
だから飛んだ・・・その者の元へ。
“剣”が選んだ＜守護人＞が、誰よりも大切に想ったその場所へ――――。
“剣”は啼いていた。
タクの腕の中で小刻みに震えていた。
慟哭と悲哀・・・波動が伝わってくる。
タクも涙を零していた。
悲しくて辛くて、胸が張り裂けそうだった。
“剣”の悔しさが、痛いほどに理解った。
『タクちゃん・・・』
掛けられたトキサダの声に、タクはゆっくりと顔を上げた。
タクを包み込んでいた白銀の光りは消えていた。
「・・・ボクに何が出来るのかなんて理解らない・・・でも、放っておく事は出来ないよ・・・。これ以上、こんな悲しい事が起きない為にも・・・ボクは＜十宝＞を探さなきゃいけないんだ・・・。それが、ボクにしか出来ない事なら・・・。」
静かに伝えるタクの詞に触発されたように、タクの身体から黄金の光が立ち上る。
それは、浄化の光り。
―――癒しの源。
反応するように、マサトの“レッド・フォア”とタイジュの“ディトナ”がそれぞれ光りを放った。
マサトの表情が複雑なものとなる。
だが、言葉は発せられなかった。
トキサダも黙ったままだ。
タクが本気で決めた事なら、トキサダは口出ししない。
その傍らにいられる限り・・・。
タクが“シルバー・ホワイト”の記憶と同化している間に戻ったタイジュは、“ディトナ”との伝心を止めていた。
そうして、＜神子＞の存在を改めて強く感じた。
結界の中に居ると言うのに、溢れた浄化の光りは樹海を彷徨っていた魔物達を消滅させてしまったのだ。
それ程の『力』。
―――護るべき『存在』。
自分が＜十宝＞に選ばれた＜守護人＞で居られる事が、本当に誇らしかった。
タクが＜神子＞の『力』を発動させた時、確かに＜十宝＞は＜神子＞の存在を確認した。
―――同時に＜守護人＞も気付く事になる。
様々な意識が交錯し、動き始める世界。
“―――＜十宝＞は＜神子＞を呼び寄せ、＜神子＞は＜十宝＞を惹き付ける。”
それが、“運命”として回り出す『輪廻』。
幾度転生しても・・・縁によって巡り会う“十の絆”。
譬え、互いに相反する道を選んだとしても・・・。
『・・・＜神子＞の力を手に入れれば・・・』
遠く、闇の中で呟かれた言葉は・・・まるで呪詛のように響いていた―――。
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