＜第二章・後編＞

 
ガヤガヤと騒がしい街並み。
道行く人々の話し声や笑い声。
駆けてゆく子供達。
そこは、首都『ヨコハマ』。
堅固な城壁と結界に護られた城下町。
配置された“騎士”たちが、護る巨大な＜都＞。
 
 
取り敢えず今後の行動を決める為にヨコハマまで戻ってきたタク達は、漸く緊張が解けてホッとした。
まだこの街を旅立ってからそんなに経っていないのに、こんなに安心できるのはここが前と変わらない風景だからだろうか？
魔物と戦い続けた旅が、まるで嘘のような気分にさえなってくる。
それでも、確かに魔物の数は増えているのだ。
旅立ちの時にはいなかった首都近くの街道でも、タク達は魔物と遭遇したのだから。
しかも、夜間は城壁が閉まる事になったのも最近の事だ。
影は静かに・・・だが確実に濃くなっていくようだった。
宿屋の部屋の中で、タクは小さな溜め息を付いた。
『疲れたのか？タクちゃん・・・』
気付いたトキサダが、問い掛ける。
タイジュも視線を向ける。
二人に、タクは困ったように微笑った。
マサトの姿は今は無い。
―――王宮へと行っているのだ。
『オレ、他の＜十宝＞の在り処を知ってる・・・。』
アサヒナ峠を出発する時、マサトは小さな声でそう呟いた。
驚いたタクに、苦笑しながらマサトの瞳は笑っていなかった。
一晩考えた―――そう、マサトは告げた。
苦しそうな声だった。
そうして、マサトが話した台詞は、タクの想像を遥かに超えたものだった。
 
 
『―――＜十宝＞の内、五つはヨコハマにあるんだ。』
『ヨコハマ？』
瞳を丸くするタクに、真剣な顔でマサトはそう告げた。
『聖騎士団の隊長は、代々＜十宝＞の選んだ者がなる。だから、第一騎士団の『ヤシャガミ』のトップで、現国王のワニブチが持っている“ジェイソン”。それから、第二騎士団『バクオンコゾウ』の“レッド・フォア”。第三騎士団『ロードスペクター』の“ニンジャ”に第四騎士団『モウリョウ』の“インパルス”。後は、ヒデトが持っていた“シルバー・ホワイト”だけど・・・これは、王宮では把握していなかった。それでも、＜十宝＞の内の四つがある事で、ヨコハマは首都として永い間・・・他国を支配してきたんだ。』
重い口調で語られるのは、それが極秘事項である為。
それでも、タクが＜神子＞として＜十宝＞探しを始めれば、必ず通らなければならない道だから・・・。
『オレは、タクちゃんが＜神子＞だとは、この前戻った時、騎士団に告げなかった。タクちゃんが“トレジャー・ハンター”になりたいと言っていたから・・・。＜神子＞だと知られれば、その『力』を誰が求めるかも判らないからだよ。今、騎士団の間では権力争いが絶えなくて・・・オレはそれが嫌で、魔法力を高める為にアカデミーに入り直したんだ。』
『―――マー坊くん・・・』
初めて知る事実を、タクは真剣に受け止めた。
マサトは、ずっとタクの事を思って行動してくれていたのだと理解って、心から感謝した。
『ありがとう・・・話してくれて。でも、敵は暗黒神だと言っていたよ。そうして、＜十宝＞の力を集めて、魔物の世界を作って君臨するって・・・。ボクはそんな世界は嫌だ―――怖いけど・・・争う事は凄くイヤだけど・・・悲しむ人が増えるのはもっと嫌なんだ。だから、話してみたい・・・＜十宝＞と。』
『権力争いの道具にされてしまうかも知れなくても？』
『・・・でも、マー坊くんは奏しなかった・・・。』
『それは・・・でも・・・。』
辛そうに顔を歪めるマサトに、タクは微笑った。
『＜十宝＞は＜神子＞を傷付けないって、タイジュくんが教えてくれた。ボクには、トキサダくんやマー坊くんやタイジュくんが傍に居てくれる。“シルバー・ホワイト”も“レッド・フォア”も“ディトナ”もいてくれて・・・護ってくれるって・・・。』
それは、静かな声だった。
それでも、強い響きを持っていた。
絶大なる信頼。
揺ぎ無い―――“精神”。
太陽の光りを浴びたタクは、神々しい程の輝きを纏っていた。
だがそれは、裁きを下す刺すような輝きでは決してなく、柔らかな陽光の暖かい光。
不意に泣きたくなって、マサトは唇を噛み締めた。
きつく“杖”を握り締める。
タクを、権力の闘争に巻き込みたくなかった。
―――隠している、醜い修羅の自分を知られたくない。
それが、余りにも自分本位な想いだと理解って、恥じたのだ。
『―――オレは、タクちゃんを護るよ・・・譬えそれが、騎士団に反逆する事になったとしても・・・』
顔を上げたマサトには、もう迷いは無かった。
 
 
 
「・・・マー坊くん・・・遅いね・・・」
小さく呟く。
タクが＜神子＞だとばれたら、身動きが取れなくなるから、先に現王であるワニブチに話を付けて来ると言って、マサトが宿屋を出て行ってから既に３時間が経っていた。
このまま夜になってしまえば、王宮に上がる事も出来なくなってしまうだろう。
窓の外を見れば、夕焼けに染まった街並みが広がって見えた。
その奥に、厳然と聳え立つ王城。
言葉にした事で、不安が更に強まった。
だが、タクはマサトを信じている。
しかも、マサトは“レッド・フォア”を置いて行ったのだ。
＜―――マー坊くん・・・＞
強くタクが想いを込めた時、急に“レッド・フォア”が真紅に輝き出した。
「・・・これは・・・？」
途端に、街中が騒がしくなってくる。
何人もの王宮付きの“騎士”が、動き回っているのが理解った。
『マサトのヤツ・・・』
トキサダの眉が怒りで釣り上がる。
「違う・・・！彼等は真っ直ぐにここに来ていない。まだ、ボク達の居場所は気付かれてないよ！！・・・マー坊くんに何かあったのっ？！“レッド・フォア”ッ！！」
マサトの“杖”に呼び掛けると、“杖”は空中に浮かび上がり、その向きを変え―――ある方向を示した。
それは、＜ヨコハマ＞の一番端で、寂れた場所だった。
ヨコハマ出身でも、アカデミーで育ったタクは行った事の無い未知の地域である。
「あそこに、行けと言うの？・・・でも、どうやって・・・。」
「取り敢えず、こうしていても始まりません。強行突破してでも、あそこに行きましょう。」
不安そうに告げるタクに、タイジュが意見を述べた。
このままでは、どちらにしても捕まってしまうのならば、打って出て少しでも自分達に有利なように動くのが得策だと感じたからだ。
野生の勘が、危険を察知していた。
どうやら居場所を気付かれたようで、大分近くまで声が聞こえてきていた。
コツン・・・。
不意に、小さな音が聞こえる。
窓から響いたその音に振り返ったタクは、そこにいた人物に目を丸くした。
『オマエ・・・ッ！！』
トキサダが身構える。
だが、相手は手招きをするように拓を呼んでいる。
その口許が、形を造った。
「―――逃げるぞ。こっちだ・・・チビ・・・？」
『声』にしたのは、タイジュだった。
そうして、タクを見つめる。
一瞬の逡巡の後で、タクは窓に近付いてその取っ手を引っ張った。
「遅ェゾッ！！―――チビッ！」
いきなり怒鳴られてしまい、反射的に身を竦めてしまう。
だが、そのまま抱えられてしまった事に、更に驚いた。
「えっ？！」
「・・・いいから、おとなしくしていやがれ、暴れて落っこちても知らねーゾ！」
低くそう告げると、ヒザキは紫の髪を靡かせて跳躍した。
流石は“盗賊”を生業としているだけの事はある。
タクを抱えても、そのスピードは尋常ではなかった。
その腰に揺れる、“ピンク・ルビー”の短剣によって、タイジュは相手が敵ではない事を見抜いた。
しかも、同じ半獣人だという事までも。
軽やかに屋根の上を疾駆しながら、タク達は“騎士”の連中に見つかる事無く、目指す場所へと辿り着く事が出来た。
その間、抱えられっぱなしだったタクの寿命が縮みっ放しだった事は、誰も気付かなかったようだが・・・。
 
 
「ここまでくりゃ・・・大丈夫だろ。」
人気の無い路地裏で漸く地面に降りると、ヒザキはタクを解放した。
途端に、ふら付いてしまったタクは、またしてもヒザキに抱き止められてしまう。
「―――きつかったか？」
ぶっきら棒な口調の中に、気遣いを感じてタクは大きく首を横に振った。
そうして、自分の力で立ち上がる。
まだ感覚がうまく戻らなくてフラ付くが、何とか支えが無くても立つ事が出来た。
「・・・大丈夫・・・。ありがとう・・・お陰であの場所から見つからずに逃げれたから。えっと・・・確か“ピンク・ルビー”の・・・」
「―――ヒザキだ。確かにこれで、借りは返したからな。」
タクの言葉に、ヒザキはそう断言した。
「うん。本当にありがとう。」
その言葉に、タクは感謝の言葉を返す。
礼を述べるタクに、ヒザキは黙ったまま踵を返す。
「あの・・・！」
タクが言葉を口にする前に、ヒザキの前にタイジュが立ち塞がった。
「何だ？テメー？！」
「お前も＜十宝＞の＜守護人＞ではないのか？」
「あぁ？ンなこたぁ、俺にはカンケーねぇ。今回の事は、カリを返す為にやっただけの事だ。」
不機嫌そうに言葉にするヒザキにタイジュは眉を顰める。
「―――＜十宝＞は＜神子＞を護る為にある。＜守護人＞も＜神子＞を護る為に存在する。その意義を脅かす者は、この俺が許さない。」
ブワッとタイジュの髪が逆立ち、茶色に染まる。
「フザケンナッ！！テメーの意見なんザ、聞いてらんネー・・・退けッ！！」
空気が一気に緊張していく。
一触即発の険悪なムードに、タクは泣きたくなった。
どうして・・・こんなにも次から次へと争い事が絶えないのだろうか・・・。
「あの・・・二人とも・・・今はそんな場合じゃ・・・」
必死に場を収めようとして、震える声で言うタクの言葉も睨み合った二人には届かない。
トキサダは知らん顔をして、ただタクを安全な場所へと避難させようと辺りを探しているだけだ。
タクは途方に暮れてしまった。
只でさえ、驚きと緊張の連続で神経が磨り減っているのに。
「―――やれやれ、随分と騒がしいし遅いと思ったら。・・・こんな場所で＜十宝＞同士で戦ったら、結界の意味なくなるだろ？それ位＜守護人＞だったら理解ってるだろうに・・・」
不意に背後から降って沸いた声に、その場の全員が驚いた。
タクはその柔らかな物言いに。
そして他の者たちは、近付いてくる気配を読めなかった事に。
反射的に身構えた連中を尻目に、その者は全然隙の無い様子で、タクに近付いた。
「君が、タクちゃんだろ？オレは、マコト。マー坊から、聞いてないかな？この“レッド・フォア”の元＜守護人＞なんだけど。」
ニコニコ笑顔で言い切った相手に、タクは反射的に“杖”を見た。
するとそれを肯定するように、“杖”が光りを発する。
「オレ達は隠居した身だから、余り表舞台には出たくなかったんだけど・・・“レッド・フォア”の頼みで、＜ヨコハマ＞の・・・しいては＜カナガワ帝国＞の危機じゃ仕方ないもんね、ナッちゃん。」
更にその後ろに人が居た事については、もう言葉も出ない。
しかも、その人物はタクですら知っている者だった。
「―――ナツオ王・・・？」
「へーっ！ナッちゃんの知名度って、まだまだ健在なんだねぇ。王座を退いてから、もう一年以上経ったのに・・・まぁ、在位も長かったし仕方ないか。」
そこにいた人物は確かに、前王のナツオだった。
アカデミーの理事室に飾られていた人物画と変わらない姿に、タクは愕然とした。
「お前が＜神子＞なのか？では、アキラが予言した通りに＜運命＞は動き出したと言う訳か。」
「うんうん。封印された“龍神”と契約を交わした者がアカデミーにいるって、キヨミちゃんに聞いた時には、まさか＜神子＞の出現を示唆してるとは考え付かなかったからねぇ・・・。オレも＜守護人＞を辞めちゃったし・・・。まぁ・・・こんな場所で立ち話もなんだし、家においでよ。」
笑顔だが、そこには有無を言わせない強さがあった。
言葉にも態度にも敵意は全く感じられなくて、タクは全面的に信用する事にした。
 
 
 
「ホントに何も無くてゴメン・・・まぁ、酒は置いてあるんだけど・・・勧める訳にもいかないしね・・・。」
苦笑しながらマコトが差し出したのは、湯気の立った暖かいお茶だった。
懐かしい味に、タクはホッと息を吐き出した。
幾つものガラクタの山を築いた鉄屑の横を通って、タク達が連れて来られたのは幾重にも結界を張り巡らせた特殊な部屋だった。
豪華な様相とは程遠い質素な造りではあったが、暖かい空間である。
「―――ここは？」
「んーーー？―――オレとナッちゃんの秘密基地。」
「は？」
「うーーん・・・今の若者には理解らないかなぁ？まぁ、自分の好きな事が、何でも出来る大切な空間ってトコかな？昔っから、ナッちゃんと一緒に王宮を抜け出しちゃ、こっそりここで遊んでたんだよね。今のワニブチは、真面目な男だから、抜け出す事なんてしないけど・・・その分、頭が固くていけないね・・・。」
「そんな、下らねぇヨタ話をする為に、俺達を呼んだんじゃねぇだろうなぁ・・・。」
全然、話が進まない事に対して、ピクピクとヒザキの額に血管が浮き上がる。
「あぁ、そうそう！実はね、マー坊が王宮内で捕まってしまったんだ。」
「―――ッ！！」
いきなりの展開に、タクは弾かれたように動揺した。
「マコト・・・話が飛び過ぎだ。＜神子＞が困惑してるゾ。」
横から、低音だが優しい響きの声が出される。
「そうか、じゃあ一つづつ説明しようか。」
「―――短く頼む。」
余り気にしていなさそうなマコトに、今度はタイジュが釘を刺した。
「はいはい。・・・まず、この＜ヨコハマ＞に＜十宝＞の半分がある事は知っているかい？」
「ええ。それは、マー坊くんから聞いています。それぞれの４つの聖騎士団に一つと、ヒデトくんが持っていたこの“シルバー・ホワイト”だと・・・」
「あぁ。なら話は早い。つまり、この＜ヨコハマ＞が首都なのは、その＜十宝＞があったからなんだ。更に＜十宝＞にも暗黙の順位があって、＜神子＞が決めた者・・・もしくは一番『力』の強い＜守護人＞を選んだ＜十宝＞が、他の＜十宝＞を治める事が出来る。つまりは、このカナガワ帝国の王になれるって事。更に、最近は騎士団同士で揉め事が絶えなくて、結束が弱体化しているんだ。ナッちゃんの武器は＜十宝＞ではなくても、＜神子＞が選んだ伝説の武器だったから、＜十宝＞もおとなしく収まっていてくれたんだけどねぇ・・・。」
「―――え？＜十宝＞の＜守護人＞でなくても、王になれるのか？」
マコトの話に、驚いたようにタイジュが声を出す。
「それは、“オンソク”の武器だから。しかも、＜十宝＞だったオレの“レッド・フォア”とワニブチの持ってる“ジェイソン”を抑えて最強を誇ってたし・・・。」
「“オンソク”って、＜ヨコハマ＞が首都に定められた先の戦いで活躍したっていう、伝説の４人が持っていた武器の事ですか？！」
授業で習った英雄が、目の前に実在する事実に、タクは感動した。
「伝説って・・・そうか、そういやあれから１００年位経ったっけ？内戦の傷跡を修復するのに、大分掛かったし・・・仕方ないか。」
遠い目をして告げるマコトに、タクは違う意味でショックを受けた。
目の前のマコトとナツオの姿は、どう見ても２０歳前後の青年にしか見えないのだ。
「どうやら、見かけの年ではないらしいな。」
「・・・基本的に＜守護人＞になると、体内時計が一番良い瞬間で保たれるんだ。だから、普通の人よりは長生きかもしれないね。勿論、不老不死ではないから、“生命”の期限が無くなれば、自然と共に眠る事になる。特に半獣人系で＜守護人＞になった場合は、数百年生き続けた例もあるから、君たちも年相応ではないだろう？更に“精霊”に至っては、消滅しない限り、“不老不死”だから・・・オレ達なんか若い方だよ。」
タイジュの言葉に、ニコニコ応えるマコトは、少し考えると末恐ろしい事を平気で言った事になる。
この場の平均年齢は、一体幾つになつのだろうか・・・。
「―――まぁ、オレ達が隠居した事も、騎士団が権力争いに躍起になった原因の一つなんだ。オレが“レッド・フォア”の後継者にマー坊を推薦して、“レッド・フォア”が選んでくれたは良かったんだけど、“オンソク”の武器の後継者という事で、『バクオンコゾウ』が�ａD２の称号のままなのが、他の騎士団連中には気に入らなかったらしくてね・・・。正確には、他の＜十宝＞が・・・。そんな中で、マー坊が＜神子＞の存在を隠していたのは、自分が王になる為だろうって言う風評が走り始めたものだから、騎士団を抑える為にワニブチも動かざるを得なかったかんだ。」
「でも、それは・・・ボクの為にッ！！」
「・・・理解っているよ。君が＜神子＞だと理解って一番驚いていたのは、マー坊だったからね。＜巫女＞であるモエコが知っているのだから、ワニブチも知っている筈だ。間違いなく“ジェイソン”が教えるだろう。問題は、先日の『力』の具現で、他の＜十宝＞にも＜神子＞の存在が知れ渡ってしまったという事だ。最初に言ったように、騎士団の隊長は全員＜十宝＞の選んだ＜守護人＞だし、＜神子＞を手に入れた者が覇王になれる事も知っているんだ。」
「じゃあ・・・マー坊くんはボクの所為で・・・ボクが＜十宝＞と話したいって言ったから・・・だから・・・。」
真っ青な顔で、タクは呟いた。
自分の存在自体が争いを齎した原因なのだと、理解ったから。
「それは、違う。」
ゆっくりと口を挟んだのはナツオだった。
「騎士団独自に権力を与えてしまった前王である俺の責任だ。すまない・・・。」
頭を下げられて、タクは驚いた。
「＜十宝＞の一つである“シルバー・ホワイト”が、王宮ではなくアカデミーに戻った時に、オレ達は気付くべきだった。そうすれば、魔物たちの復活を防げた筈だった。暗黒神の影響で、世界の調和が乱れなければ、＜神子＞も存在せず・・・君もこんな争いに捲き込まれる事は無かったんだ。」
「＜十宝＞は＜神子＞を護る為に、造られたのではないのか？」
「―――本来は、そうあるべきなんだ。・・・と、言うよりも＜神子＞の絶対的な『力』を注がれた武器が＜十宝＞と呼ばれるようになったと言った方が正しいだろう。だから、＜十宝＞は力の源である＜神子＞を求め続けるし・・・惹き付けられる。＜十宝＞に選ばれた者たちもまた、その“意志”に逆らえない。＜守護人＞である限り・・・。オレ達は、もう＜守護人＞じゃないからこそ、こうして客観的に動けるんだけど・・・」
そこまで話してから、マコトは言葉を切って、口許に指を当てた。
それが、何を意味するのか気付いたタク達は、慌てて息を飲み込んだ。
やがて、急いだような複数の足音が聞こえてくる。
ナツオがゆっくりと立ち上がった。
そうして、部屋の外へと出て行った。
焦ったような声と、助けを求めるような声が、切れ切れに聞こえてくる。
『・・・彼等は、『バクオンコゾウ』の連中だ。あそこの副隊長は、ナッちゃんの弟だし、マー坊の幼馴染も多いから・・・今回の件で、ワニブチに渡りをつける為にここに来たんだろう。一応、騎士団全員に君達の捕縛の命令が伝達されているからね、ここからは出て行かない方が良い。』
そっと、耳打ちするように告げたマコトに、タクは泣きそうになる。
『―――大丈夫だよ。ワニブチが本気で処罰する事は無い。“レッド・フォア”が動かずにここにあるのは、そういう意味なんだ。ただ・・・他の＜十宝＞の手前、身柄を拘束したと伝令を発したに過ぎない。警告するつもりで、大分怖がらせてしまったね・・・』
不安を取り除くように、マコトはタクの頭をポンポンと軽く叩いた。
そうしている内に、外の話し声が収まって、ナツオが部屋の中に戻ってきた。
「・・・前『バクオンコゾウ』の隊長としては、慕ってくる連中を誤魔化すのは辛いトコだね、ナッちゃん。」
「―――＜十宝＞が動いているなら、仕方ないだろう？まぁ、どうせ見せ掛けの誤魔化しなど、直ぐにバレる。」
「少しでも、時間稼ぎが出来ればそれで、良いんじゃないの？だって、オレ達は隠居さんだし・・・出来る事も限られてるからさ。」
「現王には話を通してある。直にマサトもここに来る筈だ。夜明けと共にこの＜ヨコハマ＞を出て、＜フジサワ＞・＜チガサキ＞方面に行くと良い。“ショウナン”地域には、まだ＜十宝＞が残っている筈だ。尤も、魔物が勢力を伸ばしているのも、未開の土地である＜逢う魔ヶ森＞の方からだから、そちらに近付く事になってしまうが・・・。」
真剣な顔でナツオにそう言われて、タクはゾクリと身を震わせた。
途端に、胸に当たった感触に、唇を噛んで顔を上げた。
そうして、真っ直ぐな瞳で、ナツオを見返した。
「もし・・・もしもボクたちが強くなって、この世界が乱れた原因を突き詰めて、暗黒神に支配されない世界に出来れば、ボクは＜神子＞ではなくなって・・・それで、権力争いをしなくても済むのだとしたら・・・皆が悲しい思いをしなくても済むのなら・・・ボクは・・・・・・」
ゆっくりと綴られる深い“想い”。
胸元のリングに誓うように・・・タクはそれを握り締めた。
「別に王座なんかに、興味は無いが・・・魔物共がそこら中を我が物顔で歩いていちゃ、おちおち仕事も出来やしねぇ。」
ボソリとヒザキが呟いた。
「―――＜神子＞に仕えるために生き続けてきた身・・・何処へなりとも・・・。」
タイジュが誓いを口にする。
『・・・好きにすれば良い。オレはタクちゃんといられればそれで良いって、いつも言ってるだろ。』
何時でもタクの意志が一番のトキサダが、反対する筈もなく・・・。
「ありがとう・・・皆・・・。本当に、ありがとう・・・。」
「―――別に、テメェの為じゃねぇからな、チビ。・・・ったく、＜神子＞だか王座だか知らねぇが・・・“ピンク・ルビー”が煩くて仕方ねぇ。しかもこいつを狙ってるヤツまでいるんじゃ、売られた喧嘩を買うだけだ。精々、足手纏いにならないように鍛え直せ。―――ってぇ！！」
トキサダとタイジュが動くよりも先に、パコーンという小気味の良い音が響いた。
「・・・人がいない間に、随分と大きな口を叩くじゃないか・・・“ムラサキ”。」
「―――マー坊くんっ！！」
そこに立っていたのは、紛れも無く捕まっていた筈のマサトだった。
「マー坊・・・？随分早い到着だったな・・・。ワニブチに解放してもらうのは、明け方の予定だったのに・・・。」
「おとなしく捕まってるオレじゃないのは、マコトさんが一番良く知ってるだろう？―――と、言いたいトコだけど、正確に言うとオレを出してくれたのはモエコさんだったよ。ワニブチは動かないから・・・って。まぁ、王宮内だったら、隠し通路とか全部マコトさんたちに教わってたから、後は自力で脱出してきたんだ。」
マコトの問い掛けに、マサトは嬉しそうにそう答えた。
「・・・動かない？」
ナツオの表情が変わる。
「不味いな・・・それは。そろそろ王宮でも影響が出てきてるって事か・・・。急いだ方が良い。事態は思ったよりも緊迫してるようだ。」
ナツオの呟きに、マコトも困ったように眉を寄せた。
「マコトさん・・・？」
「マー坊・・・。オレ達は王宮に戻る。ワニブチは動かないんじゃなくて、動けないんだ。この＜ヨコハマ＞を守り通すつもりだろう。だから、頼むよ。どうやら、暗黒神の復活に対して、幾つかの＜十宝＞が関わっているようだ。騎士団をこれ以上バラバラにさせない為にも・・・。オレ達はもう＜守護人＞ではないから、直接戦う事は出来ないけれど―――守る事は出来る。お前たちが戻ってくるまで・・・＜ヨコハマ＞はオレ達が守り続けるから・・・。」
ゆっくりと諭すように告げるマコトの視線を、マサトは真っ直ぐに受け止めた。
ずっと憧れていた・・・。
騎士団には所属せずに、ナツオ王だけの“騎士”であり・・・＜十宝＞の＜守護人＞として、“レッド・フォア”に絶大なる加護を受けていた『闘神』の称号も・・・その人柄にも。
「・・・マコト・・・さん・・・。」
「＜神子＞を御守りしろ。大丈夫だ・・・“レッド・フォア”は、もうお前を＜守護人＞として認めている。後は、お前がどれだけその『力』を引き出す事が出来るかだけだ。＜十宝＞を使うのではなく、＜十宝＞を信じろ。判ったな。」
「―――はい。」
それは、最後の教え。
師としての・・・先駆者としての・・・。
重みのある詞に、マサトは胸が苦しくなる。
でも、涙は零さない。
これが、今生の別れでは決して無い筈だから・・・。
「他に動く＜十宝＞の出てくるだろう。―――タク。王座に就いて識った事だが・・・この世界には、善と悪が存在する。どちらも秩序を成り立たせる為には、必要不可欠なものだ。秩序が乱れれば、世界は崩壊する。対極に位置する善悪は、どちらが正しくてどちらが間違っているのかなど、人には判断出来ないものだ。迷ったら、自分を信じろ。＜神子＞は『天界』が使わした者だと云われている故、地上界の人も動物も妖精も精霊も・・・森羅万象が従う。それを恐れず、その力を使えば良い。それが、『天界』の“意志だ。」
タクには、ナツオが声を掛けた。
低く響く音は、厳かな声音で、タクの胸に響いた。
その途端、胸に痞えていた何かがすうっと軽くなった気がした。
一言一言を意識に刻み込んで、タクは大きく頷いた。
不安が全く無くなったと言ったら―――嘘になる。
それでも、マコトとナツオの言葉が、タク達の進む道を示し・・・力を授けてくれた。
＜神子＞と＜十宝＞と＜守護人＞の関係も、おぼろげながら理解できた。
まだまだ謎が多くて・・・、未知の事の山のようにあるけれど・・・。
―――前に行く事は出来るから。
「―――必ず、戻ってきます。」
ナツオを真っ直ぐに見返したタクの瞳には、陰りの無い強い意志が輝いていた。
 
 

まだ日が昇る前の薄靄の中、タク達は＜ヨコハマ＞の街外れに来ていた。
ナツオに話を聞いたという、『バクオンコゾウ』の連中も、何人か集まっていた。
それぞれが、一言ずつマサトに声を掛けていく。
そんな様子を、タク達は少し離れた場所で見ていた。
やがて、山のように荷物を抱えたマサトが、連中から別れて戻ってくる。
「・・・へへ・・・一杯貰っちゃった・・・。」
照れ臭そうに言うマサトの瞳は少し潤んでいた。
それでも、もう振り返る事はしない。
「―――良いの？」
だから、タクが問い掛ける。
「うん！絶対戻ってくるし・・・ここが、オレの＜帰る場所＞だから！」
強く言うマサトに未練は無い。
それが理解って、タクも頷いた。
そうして、真っ直ぐに前を見つめた。
 
 
遥か彼方の＜逢う魔ヶ森＞。」
そこに辿り着くまでに、もっともっと強くならなければならない。
もっと広く・・・『世界』を識って・・・自分を鍛えて・・・。
最後の瞬間まで、自分を・・・仲間を・・・＜十宝＞を信じきれるように。
それは、とても大変な旅だと理解っていても。
それでも―――。
 
 
―――まずは、一歩を踏み出した。
 
 
 
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