＜第一章・前編＞ 

 
＜カナガワ帝国＞には首都ヨコハマの他に、全部で１０の主要都市があった。
前首都のカナガワ・カマクラ・ミウラ・フジサワ・チガサキ・ヒラツカ・オダワラ・サガミハラ・アツギである。
主要都市にはそれぞれにその都市を治める権力者がいる。
その権力者たちを束ねる存在として、現在はヨコハマが主権を握っているのだ。
そうして、アカデミーはヨコハマに所属していた。
『ヨコハマの王』は今はワニブチである。
以前はナツオだったのだが、一年前に退任してからその跡を継いでいる。
就任する時から、色々と揉め事もあったのだが、その圧倒的な力によって、全ての者を黙らせてしまった。
だからと言って、独裁者という訳でもなく・・・天性とも言えるカリスマ性で、ある意味民からは絶大なる信頼を受けていた。
だが、それでも面白くない者たちが存在し続けるのも事実であり・・・辺境の部族から攻撃を受ける事も度々はあったのだ。
更に、西北に広がる山岳地帯には、まだまだ未知の魔物たちも多数存在しており・・・最近はそんな魔物が都市近郊にまで出現しては悪さをしていくという困った状態が続いていたのだった。
 
 
アカデミーを出発したタク達は、まず一番近い首都のヨコハマで情報を集めた。
武器屋と防具屋で旅支度を整えてから、道具屋で小物を買い漁った。
旅に必要な物全てを用意してから、酒場にいるだろう情報屋を探す。
店の主人に聞くと、奥に居る人物を紹介してくれた。
「へーい！オレの名はヘイゾー様だ！何が聞きたいんだ？！」
男とも女とも見える人物に、タクは目を丸くした。
タクをじろじろ見てる視線の妖しさに気づいたマサトが割って入る。
「オレたち“宝探し”するんだけど、現在のリストと場所・・・ランクを教えて貰えないかな？」
表面上はあくまでも穏やかに、人当たり良く問いかける。
その質問が余りにも意外だったのか、ヘイゾーは大きく瞳を見開いてから嘲笑の笑みを浮かべた。
「アンタ等が“宝探し”？止めとけって！ジブン等が探し物になっちまうぞォ・・・」
言いながら、手を振って帰るような仕草をするヘイゾーに、タクは悲しそうな表情を浮かべた。
言われても仕方のない事とは言え、面と向かって言われるのは辛い。
ビキッとマサトの額に血管が浮かに上がる。
だが、マサトが呪文を唱えようとするよりも早く、突如現れたトキサダに、ヘイゾーは固まった。
「―――“セロニアス”？！」
トキサダを見ながら、真っ青になって後退っている。
そんなヘイゾーの様子に、マサトはやる気が失せてしまう。
「トキサダくん？」
人込みの中では、余り姿を現さないトキサダが突然出てきた事に、タクがびっくりして声を掛ける。
『こいつ・・・タクちゃん、悲しませた。』
それが、いかにも重罪だとばかりに、低く言うトキサダに、ヘイゾーの顔色がどんどん悪くなっていく。
ピリピリする空気の中で、トキサダが怒っている事に気付いたタクは、小さく息を付いた。
そうして、微笑う。
「・・・良いんだ。だって、仕方ない事だから。ボク達の旅は始まったばかりだし・・・レベルが低いのはしょうがないよ。」
そうトキサダを宥めると、タクはヘイゾーに向き直った。
「―――彼は、トキサダくん。ボクの大切なトモダチです。」
「トキサダ・・・？“セロニアス”じゃないのか？」
「“セロニアス”？」
「ああ。“龍神”の事だ。アンタたち・・・何者だ？」
タクの言葉に、ヘイゾーは先刻までとはまるで違う態度で問いかけてくる。
「ボクは“精霊使い”のタク。マー坊くんは“魔法使い”。それで、トキサダくんは一応ボクの持ち霊で・・・。ボク達は、先日アカデミーを卒業したばかりなんです。これから“トレジャーハンター”になる為に、修行の旅に出るから、情報が欲しくて―――お願いです。情報を教えて下さい。」
丁寧に説明して、ペコリと頭を下げるタクに、ヘイゾーは慌てて姿勢を正した。
「おいおい？悪かった！オレ様が悪かったよっ！！ドラゴン族の“持ち霊”がいるヤツにシツレーな態度取っちまって。オレが知っている情報で良けりゃあ、何でも教えてやんよ！！」
全身を切り裂かれそうな空気に、耐えられなくてヘイゾーは大げさにそう言うと懐の中から何枚かの羊皮紙と書物を取り出した。
「えーと・・・これが、カマクラ街道沿いで、旅人を襲う盗賊たちの宝で・・・“ピンク・ルビーの短剣”だろ・・・それから、アサヒナ峠の樹海の中の“アール・ディー”。こいつはどんな怪我や病気も治しちまう万能の杖だ。あとは・・・」
次々と情報を教えてくれる。
取り敢えず、いくつか聞いた所で、タクは代金を払おうとした。
だがヘイゾーは、ブンブンと首を横に振って金を受け取らなかった。
「金はいんねーよ。情報はお詫びナ。それと、アンタたちにはいらない忠告かもしんねーけど＜宝＞・・・特に＜十宝＞には必ず強力な守護人がいるから、レベルが上がるまでは手出ししない方が良いぜ。中には、術が効かなくて、力だけで倒さなくちゃなんねーヤツもいっからな。」
「うん。どうもありがとう・・・。」
親切に言ってくれた忠告だと思って、タクは笑顔でお礼を言った。
「・・・じゃあ、話がついた所で、出発しよう！」
忠告に耳を貸すどころか、最初っから聞く耳を持たないマサトが、さっさと酒場を後にする。
トキサダも用は済んだとばかりに、姿を隠す。
「―――タク。」
慌てて、後を追おうとしたタクを、ヘイゾーは少しだけ呼び止めた。
「死にたくなかったら、“拳闘家”か“剣士”を仲間にするんだゾ。」
真剣な顔で告げられる駄目押しの警告。
その言葉に、タクは少しだけ困ったように笑みを浮かべた。
「・・・本当は、“騎士”もいたんだよ・・・」
小さく告げるタクの言葉が、何だか泣き声のように聞こえて・・・ヘイゾーはそれ以上、掛ける言葉を失ってしまった。
 
 
「―――タクちゃん？」
後から店を出てきたタクの様子がおかしいので、マサトが声を掛ける。
「どうかした？アイツに何かされたのか？！」
「え？！ううん・・・そうじゃなくて・・・。パーティに“剣士”とか入れた方が良いって言われて・・・」
その言葉に、マサトはムッとした表情で、酒場を振り返った。
そして、中指を立ててあっかんべーと舌を出した。
「―――余計なお世話っ！！」
途端に、酒場の中から“ドカン！”という音が響き渡った。
「・・・マー坊・・・くん・・・」
「殺しちゃいないよ♪大事な情報屋だしね。」
言って、ふふーんと笑うマサトに、タクは冷や汗を流すしかない。
「でも・・・やっぱり、必要なのかなぁ・・・。」
困ったように言うタクに、マサトはブンブンと首を横に振る。
これ以上、タクとの旅にお邪魔虫を増やしたくなくて。
「大丈夫だって！オレ、強いから。―――もっと、強くなるから。」
タクの不安を取り除くように、力強く笑う。
“魔法使い”が、＜力＞云々なんて、他の者が聞いたら、笑われるだけだ。
それでも、マサトの力が強い事をタクは知っているし・・・自分の為にそう言ってくれた事も理解っているから・・・。
「―――うん。ありがとう。」
タクは微笑で、そう応えた。
マサトも安心したように、頷く。
タクの荷物の中には、ヒデトの愛剣が入っている。
使えなくても、持っていくのだと言った、それはタクのたった一つの我侭で、“想い”。
タクはヒデトと旅をしているのだ。
だから、自分達のパーティに“騎士”はいらない。
タクがそう思っている限り、マサトやトキサダもそれを認めているのだ。
―――だから、その分強くなると決めた。
タクを守れるように・・・いつかタクがその悲しみを乗り越えた時に、傍にいた自分達を選んで欲しいから・・・。
「じゃあ、強くなる為に・・・行こう！」
明るく言うとマサトはタクの手を取って歩き出した。
「―――マー坊くん？！」
驚いたタクが顔を赤くして手を放そうとするが、離れそうもなくて・・・仕方なくそのまま一緒に歩き出す。
すると、反対の手に何かが触れた。
それは、姿を消しているトキサダの手だった。
ギュッと握られる両手の“想い”。
繋がった手の温もりが、タクが独りじゃないと伝えているようで。
これから先に、どんな事が待っていようとも―――戦いの日々でも。
この手の温もりだけは、絶対に裏切らないのだと理解って、タクは泣きたくなる位嬉しかった。
 
 
夕暮れ近くになって、漸くタク達はカマクラ都市に辿り着いた。
「あの・・・情報屋の大嘘付きっ！！盗賊なんか一度も出てこなかったぞっ！！」
宿屋で今夜の寝床を確保した後で、マサトは苛付いたように荷物を投げ出した。
『出て欲しかったのか？』
タク達だけになったので、姿を現したトキサダが、床に座り込んで問い掛ける。
足が棒になってしまったタクは、ベッドにへたり込んでいた。
「ボクもう・・・駄目・・・。」
精神的に疲れている為に、身体を動かすのも億劫な状態のタクは、今にも瞼がくっつきそうである。
確かに、盗賊は出てこなかった。
だが、代わりに山のように現れたのは魔物だったのだ。
こんな首都の近くで魔物が現れるとは思っても見なかったタクは、びっくりしてしまって術を出すのにもいつも以上の“念”を使ってしまったのだ。
最初は嬉々として、攻撃魔法をガンガン使って魔物を蹴散らしていたマサトではあったのだが、流石にその量に嫌になってしまい・・・。
最終的には、文字通り蹴散らして走り出したのである。
のんびり戦っていたのでは、あっという間に日が暮れてしまうし・・・日没と同時に、魔物の数はもっと増えると踏んだからであったが・・・。
「大体・・・昼間っから、何だってあんなに出てくんだろっ？！あーゆーのは、夜の世界の生き物なんじゃないのかよ？！」
マサトにしても、違和感は拭えないのだ。
いくら何でも、あの量は異常である。
術を使える自分たちならまだしも、一般の商人達も通る街道で、あれだけの魔物が出没すれば、もっと騒ぎになってても不思議ではない筈である。
なのに、宿屋の主人はタク達に、ただ盗賊に襲われなかったか？と尋ねただけだった。
その違和感が納得できなくて、マサトは苛立ったように、自分の髪を掴んだ。
チリチリと、胸の奥で疼く何かが、マサトの感情を煽っているようで。
スッと動いたトキサダが、毛布を持ってタクに近づく。
目の端で捕らえたその光景に、マサトの考えは吹き飛んだ。
「ちょっと、待てっ！！」
慌てて、自分の寝床から飛び起きて、トキサダの動きを止める。
『何だ？』
「何してる・・・。」
『添い寝。』
ニィーッと人の悪い笑みを浮かべて、尚もトキサダは毛布ごとタクの隣に潜り込もうとする。
「最終奥義食らわせてやろうか・」
額にピキマークを付けながら、怒りの表情を浮かべたマサトが、物凄い怪力でトキサダだけを引っこ抜いた。
「“持ち霊”が、主人と一緒のベッドに寝るなっ！」
『“持ち霊”だから、良いんだ。』
あくまでも、寝ているタクを起こさない程度の小声で、言い争う。
尤も、何処まで行っても我が道のトキサダには、マサトの剣幕もお構いなしだ。
だが、しれっとした顔で言い切った台詞は、マサトの怒りに油を注いだようなものだった。
「オマエ・・・タクちゃんが起きてる時は姿晦ませて・・・後から潜り込んでたのか？今まで―――」
初めて知った恐るべき所業に、マサトはブルブルと拳を振るわせる。
『―――・・・。』
無言で、肯定したトキサダに、終にマサトの堪忍袋の尾がプチンと切れた。
「テメーとは、一遍決着を付けなきゃなっ！」
修羅の形相で凄むマサトに、トキサダはやれやれと言う風に首を傾げた。
トキサダには、マサトがどうしてそんなに怒っているのかが理解できなかったからだ。
『オマエ・・・オレとタクちゃんが主従関係だと思っているのか？』
だから、敢えて口にする。
「“精霊使い”が“精霊”を持ち霊にするって言うのは、一般ではそう言うんだよ。」
当たり前の事を言うトキサダに、マサトは口を尖らせて言い切った。
そんなマサトに、トキサダは冷酷とも言える嘲笑を浮かべた。
『―――一般・・・ネ。』
可笑しそうにクスクスと笑うトキサダに、マサトの方がバツが悪くなってくる。
何となく、これ以上は効いてはいけない気がして、マサトはグッと、トキサダに詰め寄った。
「・・・タクちゃんに、言うぞ。」
取り敢えず、最強の決め台詞。
弱い所を付かれたトキサダも、流石に笑うのを止めた。
『やっぱり・・・オマエ邪魔だナ。』
「それは、こっちの台詞。」
バチバチと部屋の中を放電が走る。
一触即発の緊張した空気が、タクの寝ている空間を避けて、部屋の温度を下げていくようだった。
 
 
暗闇の中を、動く姿があった。
今夜は、満月。
力が有り余る程の、月光。
月の光を浴びて、薄っすらと浮かび上がるのは“紫”の鬣。
暗闇に光るのは、野獣の輝きを秘めた黄金の双眸。
その腰に下げられた短剣が、“赫”く煌く。
「行くぞっ！！」
低い声が、その口から命令となった。
そうして、動き始める・・・『影』たち。
今夜も獲物を求めて―――――。
 
 
「・・・盗賊だあぁぁぁ！！」
「『ロクサーヌ』が現れたぞっ！！」
真夜中に、突如響いた悲鳴のような声に、タクはハッと目を覚ました。
だが、起き上がろうとして、それが出来ない事に気付いてから、その原因を理解して愕然とした。
タクの両隣に、トキサダとマサトが陣取って寝ていたからである。
しかも、二人してタクを羽交い絞めにしているのだ。
「・・・・・・・・・・・」
余りの事に声も出ないタクだったが、外の騒ぎはどんどん大きくなっていく。
こんな騒ぎの中で寝ていられるのも、驚きだが・・・取り敢えず二人を起こす為に何とか身体を動かしてみようと―――努力はしてみた。
だが、所詮タクの力で二人の戒めを解く事などできる筈も無い。
暫く格闘していたタクだったが・・・やはり無理だと理解って全身の力を抜いた。
外の騒ぎも何時の間にか収まってしまったので、今から行っても間に合わない事も原因だったのだが・・・。
「―――はぁ・・・。」
溜め息を一つ吐くと、仕方なくタクはまた眠りに身を任せた。
自分の状態を知ってしまったので・・・どうか悪夢を見ませんように―――と、願って。
 
 
―――遠くの方で、長く尾を引く咆哮が聞こえたような気がした。
 
 
翌日の天気は快晴であった。
部屋の中は嵐が過ぎ去ったような状態となっていたが・・・。
「・・・・・・・。」
黙ったまま、部屋の惨状を見ているタクに、流石にバツが悪くてマサトも口を開かない。
トキサダに至っては、いつもの事なのだが・・・。
「―――どういう事？」
夜中に目覚めた時は、暗闇だったし・・・動く事も出来なかったので、まさかこんな状態だとは思ってもいなかったのだ。
「えーーーと・・・オレ、寝相悪くてぇ・・・」
気まずそうに言うマサトの言葉は大嘘である。
あの後、部屋の中は嵐となったのだ。
そうして、ケリが付かなくて、二人して妥協したのだ。
―――三人で寝る事に。
勿論、この場合タクの意思は蚊帳の外である。
「そうなんだ・・・。」
深く追求したくないタクも、冷や汗をかきながら納得する。
我関せずを決め込んでいるトキサダが、一枚絡んでいるだろう事は、理解りきっていたが。
『夜中、騒がしかったな。』
ボソリと呟くトキサダに、タクは驚いた。
「―――起きてたの？」
『・・・寝てた。』
あんなに一生懸命頑張って腕を外そうとしていたのに、ビクともしなかったのが、起きていたからだとすれば、ちょっと泣きが入ってしまう。
一瞬の間を置いてから、トキサダはしれっとした顔で言い直す。
「・・・騒がしかったって？何が？」
こちらは本気で寝ていたマサトが、尋ね返す。
やっぱり大物かもしれない。
「えっと・・・だから、盗賊が出たとかって・・・騒いでて・・・」
「えーーーーっ？！盗賊って、夜に出んの？！」
「・・・それは、分からないけど・・・。」
「何だぁ・・・それなら、暫くこの町で情報集めようか、タクちゃん。あんなに魔物がうじゃうじゃいる街道じゃなくて良かったね。」
少し考えてから、笑顔で言うマサトに、タクもまた頷くことで応えた。
「これからの事は、メシ食ってから考えよう。取り敢えず、酒場に行って・・・その盗賊のことでも調べて・・・っと、その前にここ片付けなきゃナ。トキサダも手伝えよ。」
有無を言わさなぬ強い口調である。
“精霊使い”でもないのに、“精霊”をこき使う者も珍しいかもしれない。
尤も、マサトはトキサダの事をただの“精霊”だとも思っていないが。
タクを護るれっきとした恋敵と思っているのだ。
「あ・・・ボクも手伝うよ。」
ガタガタと倒れた机や椅子を直すマサトに、タクも動き出す。
タクまで片付けを手伝っては、トキサダが嫌といえる筈もない。
朝が苦手なので、不機嫌な顔をしたままパチンと指を鳴らす。
途端に、穴が開いていた壁が修復された。
そうして片付けている内に、何とか元の部屋に戻った。
「こんなもんかな・・・？」
「あぁーーー、ハラ減ったぁ・・・。」
パンパンと手を叩いて完了の言葉を告げると、マサトが大げさにそう言った。
途端に、タクのお腹もグルグルと自己主張を始める。
「ハハ・・・！」
「食べに行こうっ！！」
タクを促して部屋を出ながら、マサトは上機嫌だった。
 
 
カチャカチャと、食器の音がする。
昨夜の騒ぎの所為なのか、酒場で食事を取っている者も少なかった。
「昨夜、盗賊が出たんだって？怖いね。」
酒場のオヤジに、注文をしながらマサトが情報を探る。
気の良いオヤジは、二人がまだ少年で旅人なのを見て取ると、気を許したように重い口を開いた。
「・・・大きな声じゃ言えないんだが・・・今までは街道沿いで出没していた連中が、最近は町の中にまで現れる始末で、昨夜も“貴族”の館に忍び込んで、警備に当たっていた“騎士”達を物ともせずに、お宝を盗み出しちまったそうだ。」
「へぇ・・・じゃあ、オレたちなんか、安心して旅する事も出来ないね・・・。」
不安そうに言うマサトに、オヤジはケラケラと豪快に笑った。
「あいつ等は、義賊だぞ。悪どい事をやってる者からしか、金品を奪ったりしないさ。」
「義賊？」
「あぁ。盗んだ金を、貧しい者に分け与えたり、先の戦で親を失った孤児たちの面倒を見てる連中だからな。」
「―――そうなんだ。」
オヤジの言葉に、タクは目を丸くした。
盗賊と言うのは、悪い人の事を言うのだとばかり思っていたのである。
「・・・昔は、確かに旅人を無差別に襲う奴等もいたんだが・・・あいつ等が、仕切るようになってから、この辺じゃそういう盗賊って奴等は見かけなくなったよ。」
「ふーん・・・。」
オヤジの言葉に耳を傾けながら、マサトはピクピクしていた。
ヘイゾーの情報が、全然役に立っていない事が理解ったからだ。
この分だと、他の情報の何だか、眉唾ものかもしれないと思って、眩暈がしてくる。
「一応、そいつ等の名前教えて貰えるかな？」
何とか気を取り直して、オヤジに問い掛ける。
「―――『ロクサーヌ』って呼ばれてるよ。“紫”の『ロクサーヌ』。だけど、この町じゃ、余り大きな声で言っちゃ駄目だぞ。誰が聞いてるか理解らないからな。」
「理解った。サンキュー♪」
にっこりと人懐っこい笑顔を浮かべて、マサトが礼を言うと、タク達はカウンターから離れた。
そうして、テーブルに付いて食事を始める。
ライ麦パンにシチュー。
サラダと、ミルク。
ベーコンと卵はマサトのプラス注文だ。
豪快に食べているマサトの横で、タクは何かを考え込んでいるようだった。
「タクちゃん？」
気付いたマサトが、問う。
“精霊”のトキサダは食事をしないので、町の様子を見に行って貰っていた。
「うん。ボク達の探している盗賊は、もういないのかな？」
困ったように告げるタクに、マサトはその原因を思い当たって食べていた手を止めた。
「―――それはどうかなぁ？分かんないけどさ、その、ムラサキって奴等と会ってみなくちゃ先には進めないだろ。ヘイゾーの情報が間違ってるかもしれないし・・・。だけど、今んトコは新しい情報屋を見つけるまで、それを頼りにしなきゃ駄目みたいだし。どっちにしろ、当たって砕けろって事。取り敢えず、体力付ける為に食べちゃおう。」
「そうだね。」
マサトの言葉に、漸くタクも納得して食事を始めた。
 
 
「あー、食べた食べた♪」
山盛りになっていた食事を、何処に入れたんだという状態で食べきったマサトが、にこにこと笑顔でカラになった食器をテーブルに置いた。
一生懸命に食べたタクも、何とか自分の分を食べきる。
「ごちそうさまでした。」
両手を合わせて一礼をしてから、食器を片付ける。
「また来るねー☆」
上機嫌で、店を出ようとしたマサトは、次の瞬間物凄い殺気に気付いた。
それが、自分達に向けられていると悟ったマサトは、タクを庇うようにして周りの気配を伺う。
「・・・マー坊くん？」
突然のマサトの表情の変化に、タクも驚いたように身を硬くする。
マサトは、殺気の向けられた方向に素早く視線を向けると、壁の向こうまで見通すかの如く神経を研ぎ澄ませた。
だが、殺気は一瞬のモノで・・・マサトの＜探索＞をすり抜けて、何処かに消えてしまった。
「―――行こう。」
フッと全身の気を抜いて、マサトはタクを促した。
「あの・・・」
「大丈夫。気の所為だったみたいだから。」
タクを安心させるようにそう言うと、マサトは笑顔を作った。
それが、作られた笑みである事を、長い付き合いの拓は判ってしまったが、それ以上追求する事は止めた。
必要な事ならば、タクに話してくれる事も知っているから。
マサトが話さないという事は、タクは知らなくても良い事なのだから。
「トキサダは・・・何か理解ったかなぁ？」
「うーーーん―――朝が嫌いらしいから・・・案外、その辺で日向ぼっこしながら寝てるかもしれないね。」
話題を振るマサトに合わせながら、タクは困ったように微笑った。
言いながら、それが実際にありえる事だったからだ。
「仕方ない奴だなぁ・・・オレたちも、日向ぼっこしようか？」
呆れたようにマサトも微笑う。
宿屋に戻る途中に公園を見つけて、二人は顔を見合わせた。
「「あそこに、いそうっ！！」」
声がハモって、笑いながら走り出す。
暖かな光を浴びている緑の芝生の上・・・その気配は確かに存在していた。
 
 
「―――マサトの奴に感付かれたか・・・？」
煉瓦造りの塀の陰。
光の当たらない場所で、低く呟かれた言葉。
黒の衣装に身を包んだ長身の男は、更に闇に中へと身を翻す。
完全に気配が闇の中に沈む直前に、頭上の太陽は彼の腰に刺さっていた長い刀剣を映し出した。
炎のエンブレムが刻み込まれた柄は、確かに＜十宝＞の内の一つだった。
宝の名は―――“ニンジャ”。
一撃必殺の闇の剣だ。
その剣の作り出した陰も、陽光によって掻き消された。

  
タク達の知らない所で、＜十宝＞の輪廻は、静かに動き始めようとしていたのだった――――。
 
 
　　　　　続く．　　　／　　　戻る