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ＬＯＶＥＬＯＶＥＬＯＶＥ
これは、夢だ・・・。
終わりのない・・・悪夢。
辺りが鮮血に染まっていく。
誰よりも大切な者が、ゆっくりとスローモーションのように倒れて・・・ピクリともしなくなる。
恐ろしい程の、現実感を伴った―――怖い夢。
誰かが叫んだ。
“征服者に、聖罰を！”
“自由と平等を勝ち取る為にっ！！”
狂ったような民衆。
幼い頭には、狂気に捕らわれた者たちは皆、恐怖の対象でしかなかった。
鳴り響く銃声の音。
長く続く断末魔の悲鳴。
何処を、どう走ったのかも理解らない。
誰と一緒に逃げたのかも・・・。
気がついた時は、一人だった。
たった一人で・・・暗闇の中に一人っきりで。
血と泥に塗れたまま・・・冷たい雨の中を歩いていた。
ずっと・・・。
ずっと永遠に続く・・・悪夢。
「・・・クン・・・時貞クンッ！！」
ぼんやりとした意識の覚醒。
ゆっくりと瞳を開くと・・・そこには大きな瞳に一杯に零れ落ちそうな涙を溜めた拓の顔があった。
「・・・拓ちゃん？」
「良かった・・・目が覚めて・・・ずっと、起きないから・・・ボク・・・」
そうして、ポロポロと泣き初めた拓は、ギュッと時貞に抱きついた。
そんな拓の様子に、時貞は、漸く記憶を失う前の出来事を思い出した。
「そうか・・・銃声で・・・オレ・・・」
ライブが終わって、会場の移動をしている最中に、強盗犯と警察の撃ち合い現場に巻き込まれてしまったのだ。
「・・・大丈夫？」
思い出してしまい、また青冷めた顔となった時貞を、拓が心配する。
下から覗き込む真っ直ぐな大きな瞳が、時貞の心を落ち着かせる。
そうして、拓を安心させるように、その身体をキュッと抱き込んだ。
「時貞クンっ？！」
焦ったような拓は、こういう時貞のスキンシップにまだ慣れない。
「・・・んっ・・・！」
恥ずかしくて、逃げようとした瞬間に唇を奪われて・・・抵抗も封じ込められてしまう。
その存在を確かめる為のディープキス。
腕の中の存在が、時貞の“唯一”。
何よりも・誰よりも大切な『拓』。
拓が側に居るかぎり・・・その温もりを両腕の中に感じられる限り・・・時貞が、悪夢に飲み込まれる事はない。
だから・・・。
ゆっくりとキスから開放しても・・・拓はもう逃げようとはしない。
全身を時貞に委ねて・・・おとなしくしているだけで。
逃げても無駄だという事を知っているのか・・・それとも、時貞の不安に気付いているからなのか・・・。
それを、拓が言う事はないけれど。
腕の中の温もりが嬉しくて、時貞はそっとキスをする。
その髪先や柔らかな頬に・・・。
それだけで殺伐していた心に、安らぎが蘇る。
悪夢に蝕まれた全身の緊張が、ほぐれていく。
柔らかな温もりが、逆に時貞を包んでくれる。
ずっと探していたもの・・・暗闇の中で、“未来”を示してくれる小さな『輝き』。
拓の側で生きようと決めた時から、時貞は過去の自分を脱ぎ捨てる事ができたのだ。
そうして、半ば無理やりだとしても・・・拓は時貞の“想い”を受け入れた。
最初は戸惑いもあったようだが・・・今では、すっかり慣れて徐々に心も開くようになっている。
それが、また時貞の“至福”となっているのだ。
「・・・“拓”ちゃん・・・愛してる・・・」
愛しくて愛しくて堪らない拓に、甘く甘く囁く。
百万回でも・・・この“想い”が届くのなら。
「―――うん。ボクも・・・。」
真っ赤になってはにかむように微笑う、拓の笑顔が、いつだって時貞の生きていく為の“力”なのだから・・・。
「・・・って、ラブシーンなんかしてねーで・・・起きたんなら、次の場所にさっさと行くゾ！セロニアスゥ！」
「あっ、カオちゃん・・ヤベー・・・ッッ！！」
次の瞬間、部屋の中の空気が凍りつく。
―――時が止まる。
「・・・っ！！“アブ”ネーじゃねぇかよ、おいっ」
ゴクッと唾を飲み込んだ後で、一応付き合いが長いので立ち直りも早い緋咲が怒鳴る。
「“ジャマ”だ・・・あっち行ってろ。」
その緋咲の怒鳴り声以上に、不機嫌な時貞の声が響く。
「だからって、テメーは、いきなりナイフ投げるかよ？フツー・・・・」
「―――アーア・・・だから、まだ早いって言ったじゃん？！駄目だって・・・こーゆー時のセロニアスは、何言ったって無駄なんだから・・・“ミーヤ”が何であっちでガマンしてると思ってんだよ？前にもっと酷い目に遇ったからに決まってんだろって・・・ほらぁ・・・戻ろーゼ。」
「・・・ゼッテー、“ナットク”いかネーゾ！！」
シッシッと追い払う動作をする時貞を睨み付けながら、陣野にも促されて緋咲は戻っていく。
呆然と事の次第を見ていた拓は、恐る恐る時貞の顔を覗き込む。
「―――良いの？皆・・・心配してくれたんだよ？」
そっと尋ねる拓に、時貞はニッと笑ってスリスリと擦り寄る。
この至福の時間を邪魔する奴は、喩え誰であろうと時貞の“敵”なのだ。
だから、喩えそれが今回のセッションのメンバーであろうとも容赦などしない。
「良いんだよ、拓ちゃん。昔っから言うだろ？“人の恋路をジャマする奴は、ナイフに刻まれて死んじまえ”って・・・♪」
ニコニコと笑う時貞は、本気だ。
だから、拓の笑顔が固まって、冷や汗が頬を伝う。
いつもいつも思うのだが、どうして時貞の諺というのは、時貞にとって都合の良いようにしか覚えないのだろうか・・・と。
自分が一緒にいないと、この御仁は何処まで行ってしまうのか、本当に不安で・・・。
だから、拓は時貞の側にいるのだ。
『拓ちゃんがいないと、オレは生きていけないんだ・・・狂気に捕らわれて、全ての“モノ”を破壊する事しか知らないから・・・だから、拓ちゃん、オレを殺してよ。側にいてくれないんなら・・・・オレの“存在”を消してほしい・・・』
それは、一種の脅しのようなものだった。
だけど、それが時貞の本心なのだと知った時、拓はどうしようもなく時貞が可哀相だと思ってしまったのだ。
そんな風にしか、他人に依存してしか生きられない時貞が、哀れだと思った。
だから、自分にどんな“力”があるのかは理解らないけれど・・・側にいてあげたいと。
時貞の側に居て、一緒に笑ったり怒ったり泣いたり・・・そうして彼が幸せになれるのなら。
―――それでも良い・・・と。
尤も、それが、“結婚して一緒に住む”までに発展するとは・・・毛頭も思わなかったけれども・・・(-_-;)
余りにも凄い事ばかり起こって・・・もう怒るのも馬鹿馬鹿しくなって・・・気付けば、こんなにも長い間一緒に過ごしていた。
それなのに、時貞の“想い”は変わらなくて。
いつも、いつの時も・・・拓を“第一”として、慈しんでくれる。
だから、拓もこの温もりの中で幸せなのだ。
願えるならば、自分以外の“ヒト”にも、もう少し優しければ良いのに・・・と思っている。
そうすれば・・・時貞がどんなに純粋で優しくて悲しい“者”なのかを、他の者も理解るのに。
前にそう問うたならば、時貞は一笑しただけだった。
大切なものは本当に一つしかないから、大切なのだ。
いくつも“虚像”があったとしても、“真実”でなければ、何の価値もないのだから・・・と。
寂しそうに微笑った時貞の表情が辛くて、ただギュッと抱きつく事しかできなかったあの時。
拓からの優しいキスが、精一杯の償いだった。
尤も、その後で、償い以上の行為をされた記憶も残っていたりするが・・・・
「・・・“拓”ちゃんは、こんなオレはキライ？」
ソッと問い掛けのように口にする時貞の言葉が、拓の胸を締めつける。
苦しくて、ただ泣きそうな顔で首を横に振る事しかできない。
「・・・拓ちゃんは、優しいな・・・」
吐息のような時貞の呟きが、心臓を鷲掴む。
堪えきれなくて零れ落ちる涙が、シーツに染みを作る。
「どうして、泣くの？」
時貞の問い掛けに、拓は激しく首を降って抱きつく。
「・・・“拓”ちゃん？」
突然の拓の行動に、驚いたような時貞の声が上がる。
「・・・キだよ・・・大好き・・・だから・・・だから・・・一人にならないで・・・」
掠れた声で“想い”を告げる拓に、時貞は一瞬大きく瞳を見開いて・・・破顔した。
腕の中の拓が愛しくて可愛くて、どうしようもなくなってしまう瞬間。
だからこそ、誰にも渡せないし・・・譲れない。
それが自分のわが儘だと理解っていても。
腕の中にすっぽりと納まってしまう拓の身体をきつく抱き締めて、その耳許に唇を寄せる。
「・・・一人になんかならないよ。だって、拓ちゃんがいてくれるんだろ・・・こうやって、オレの側に・・・ありがとう・・・」
そっと囁くと拓の肩が小刻みに震えだす。
声を殺して泣く拓が、とても愛しい。
こんな風に、自分の心配をしてくれる“拓”が、だから、時貞の生きる“力”なのだ。
「何処までも何処までも一緒に行こう・・・大丈夫。オレは拓ちゃんを見失ったりしない。繋いだ手を離したりしないよ・・・」
言い聞かせるように呟いて、その背を慰めるようにポンポンと叩いてやる。
やがて、その動作に拓の心が休らいで・・・眠りの世界に入ってしまうまで―――それは続けられた。
「・・・ったく、何であの“チビ”なんだよ。」
ドラムのチューニングを終えた緋咲が、ポツリと呟く。
「仕方ないじゃん。セロニアスが選んだんだもの。」
クスクスと笑いながら陣野がキーボードを慣らす。
時貞に追い出された二人は、そのまま練習スタジオに戻ってきたのだ。
「だからってよぉ・・・何で、“アイツ”なんだ？」
「あれぇ？・・ってぇ事は、カオちゃんも知ってるって事？！ヘェェ・・・オレ初耳ィっ！！ねぇねぇ、ドコで知り合ったのォ！？」
「ウルセェゾッ！！」
「・・・カオちゃん・・・マジで怒んないでよぉ・・・」
額にビキビキマークを浮かべる緋咲に、陣野が後擦さった。
「ちょっ・・・ちょっと気になっただけじゃん(-_-;)」
「テメエには、カンケーねぇトコだよっ！！」
「でも、オレには、カンケーあるよ。」
「―――セロニアスッ？」
怒鳴った途端に、背後から地を這うような声が戻ってきて、緋咲は青冷めた。
「オレに、拓ちゃんの事で隠し事するなんて・・・許さないよ・・・ヒザキ・・・」
「おうっ・・・どう許さねーのか、教えてもらおうじゃねーかよ・・・オレだって、さっきのテメーの態度にハラワタ煮えくりかえってんだからよっ！！」
ビシィッとその場の空気に亀裂が走る。
対峙した場所から、龍と豹が飛び出してきそうな雰囲気に、陣野はさっさと見切りを付けた。
「・・・“止”めた。」
だが、あっさりと躱わしたのは、時貞の方だった。
クルリと振り返ると、そのままポケットの中から取り出したタバコに火を付ける。
「・・・セロニアス・・・ 」
怒りにフルフルと震えている緋咲が、怒りの行き場を失って爆発寸前である。
「―――ヒザキと喧嘩すると、オレも無事じゃないし・・・オレがケガすると拓ちゃんが泣くから・・・だから、しない。」
凄まじい三段論法に緋咲の身体から、がっくりと力が抜ける。
何という身勝手さ・・・。
尤も、今に始まった事ではないけれど。
だから、『龍神』とも呼ばれている。
誰にも捕らわれずに・・・自分の思いどおりに“飛翔”する存在として。
ならば、何故・・・？
何故、あの“存在”にそこまで想い入れるのかが理解らない。
「何で、“アイツ”なんだよ、セロニアスゥ・・・」
自分も“ＪＯＫＥＲ”をくわえながら、緋咲が問う。
一瞬の沈黙。
時貞はゆっくりと煙を吐き出した。
「“ヒザキ”には、理解らない。」
「あぁ？！答えになってねーぞ！！」
「―――落ち着けよ・・・だから、オレがどんな言葉を言ったって、テメーが納得しなきゃ、理解らないだろうって事サ・・・」
もう一度煙を吐き出して・・・告げた言葉が全てを物語っていた。
確かに、時貞がどんな言葉を言おうとも、緋咲が納得しなければ仕方ないのだ。
「だけどよぉ・・・言わなきゃ納得しない事だってあるじゃん・・・。」
隅っこの方で、安全圏で意見を言う陣野は、自分の実力を良く知っていた。
だが、ひょっとするとこの中で一番知りたがりなのも彼なのかもしれない。
「―――しょーがねぇな。・・・じゃあ、特別に教えてやるよ。」
ククッと人の悪い笑みを浮かべると、時貞は、吸っていた煙草を灰皿でもみ消した。
そうして、時貞の笑みを見た瞬間から、嫌な予感で一杯の緋咲に近づく。
「ヒザキィ・・・」
台詞と同時に、目線がほぼ一緒の相手を一瞬の内に壁際に追い詰める。
髪を掴んで顔を上げさせ・・・呆然と固まっている緋咲の唇まであと１ｃmの距離。
「・・・キスして良い？♪」
クラクラしそうな麗笑で問いかけられて、バッと真っ赤になった緋咲は必死に時貞を突き飛ばした。
「フッ・・・フザケンナッ！！」
ゼーハーゼーハー肩で息をしている緋咲の憮然とした表情を見て、時貞が笑い転げる。
「テメェッ！！」
「ストップっ！！知りたいって言ったのは、ヒザキだろっ？！」
「だからって、何であんなマネ・・・・」
思い出すのも嫌そうに顔を歪める緋咲に、時貞はククッと笑みを零す。
「あーーっ！！理解ったぁ♪」
百面相をしていた陣野が、漸くポンと手を叩いてそう叫ぶ。
「何が理解ったんだぁ・・・おい(~_~ﾒ)」
時貞に何言っても無駄だと理解した緋咲は、その矛先を陣野に向けた。
「えっ？！だっ・・・だからぁ・・・！？セロニアスは、カオちゃんじゃダメだって事！ついでに言うなら、このヘイゾー様でもミーヤでもダメって言うか・・・“拓”ちゃんじゃなきゃダメなんだろっ！！」
慌てて、言う陣野に緋咲は時貞を振り返る。
その言葉が合っているのかどうかを知る為に。
勿論、時貞はにっこりと微笑を浮かべて、良くできましたという風に頷いていた。
「そう・・・“拓”ちゃんじゃなきゃ、ダメ。オレの“想い”を受け止めて・・・返してくれたオレの“唯一”だから♪」
穏やかに言う時貞に罪はないだろう。
だが、それを最初っから口で言えば良いものを、わざわざ気色の悪い行動を追加した事に関しては、想いっきり悪意以外の何でもない気がしてならない緋咲であった。
しかし、それを言ったならば、更に嫌な事をされそうなので、グッと堪える。
「・・・ついでに言うなら、ちっちゃくて可愛くて、柔らかくって愛しくて・・・真っ直ぐで純情で可憐で食べちゃいたいぐらいフカフカで・・・優しくて、他人の為に心を傷めたり、一緒に泣いたり、怒ったり、笑ったりして・・・キュッと抱き締めると、オレどうにかなっちゃいそうな・・・“拓”ちゃんだから。・・・だから、オレの“拓”ちゃん取るなよ。」
夢見るようにうっとりと告げる時貞に、聞いている二人の方が耳が腐りそうな気がした。
余りにも甘々過ぎて、“もう勝手にしてろっ”という感じである。
『獏羅天』の“切り裂き魔”・『顎の時貞』・殺戮と破壊の『龍神』と呼ばれていた頃の面影は、全くない。
それでもあの頃、触れば一瞬の内にナイフでズタズタに引き裂かれそうな程の凶悪な“緋”い瞳をしていた時貞は、いつも絶望に取りつかれていた。
その陰りが、無くなっただけでも・・こんな風に馬鹿話をできるようになっただけでも・・・良かった気がした。
それが、時貞が拓を選び、拓がその“想い”に応えたからだというのなら・・・納得せざるをえないではないか。
喩え・・・自分の“気持ち”が永遠に伝えられなくなったとしても・・・。
知らずの内に、緋咲は胸元へと手を移動させる。
胸にかけてある、小さなロケット。
誰にも中身を見せた事のないその内に・・・入っているのは古ぼけた写真。
たった一枚きりの・・困ったような、はにかんだ笑顔。
これだけは、時貞には見せられないな・・・と。
心に鍵をかけて、『秘密』をそっと握り締めた。
「拓ちゃんに、オレの“故郷”を見せてあげるよ。」
次の演奏先が決まった瞬間に、そう告げた時貞の声が、少し震えていた事に気付いた拓は、泣きそうな顔となる。
そこが、時貞から、安らぎを奪った場所だという事に気付いて。
そんな拓の頬に、時貞はそっと口付ける。
「―――大丈夫。オレはもう“力”のない子供じゃない。拓ちゃんが居てくれるから“ナン”でもできるよ。ダディとマァムにオレの拓ちゃんを紹介するよ。・・・オレの一番大切な人だって・・・」
優しい時貞の言葉に、拓は泣きながら精一杯の笑顔を浮かべる。
「・・・時貞クン・・・」
「愛してるよ・・・拓ちゃん・・・」
囁きは、いつしか睦言になっていく。
ベットの上・・・重なり合う二人の身体がシーツの波間に沈んでいく。
互いの身体を抱き締めあいながら・・・温もりを確かめ合って・・・眠りに付こう。
どんな悪夢も入り込めないように、幸せに包み込まれたままで。
トクトクと響く互いの心音が、安らぎと安心を与えてくれるように。
重なり合ったまま・・幸せな夢の国へと渡って行こう。
優しい“音色”を探しに・・・。
暗闇で泣きじゃくる子供が、天使の温もりに包まれて・・・笑顔を浮かべながら眠りにつく・・・。
―――そんな素敵な、夢を見れたような気がした。―――
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