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君の為に祈る詩
街中がイルミネーションで輝き始める。
今夜はクリスマス・イブ。
純粋なクリスチャンは、教会のミサに出席し、厳かな時を愛する家族と共に過ごす大切な―――聖夜。
尤も、日本人のクリスマスといえば、お祭り騒ぎの一環になってしまうのだが・・・。
にぎやかなパーティー会場。
豪華なホテルのホールを借り切って行われたそれは、各国の有名人が集まる華やかなものだった。
どちらを向いても楽しげな雰囲気の中・・・たった一人だけ苦虫をかみ殺したような顔をして、異彩を放っている者がいた。
銀の髪に、褐色の肌・・・人を魅了する"緋"の色彩の瞳。
端正な彫りの深い顔立ちに、長身のスラリと均等の取れた肉体。
モデルのような容姿で、なのに人を寄せ付けない雰囲気はまるで、魔王のように気高く美しかった。
勿論、彼の傍には誰もいない。
自分の美しさに自信を持っている女達が、何とか気に入られようと近寄って行ったが、鼻にも掛けられなかったので・・・今は誰もが遠巻きに眺めて吐息を漏らしているだけである。
そんなご婦人方の心も知らず、彼は怒っていた。
何故ならば―――居ないからである。
いつも傍にいなければ心配でどうにかなってしまいそうな程、大切な存在が。
マネージャーから、同席禁止命令を受けた時、出席する事すら嫌だったのだが・・・。
『お仕事なら仕方ないよね・・・』
駄々ッ子を宥めるような口調で言われて、渋々同意したのだ。
いっそ、こんな話を持ってきた奴を殺してやろうかとも思っていたけど。
―――それは、彼の愛する者が悲しむので、辞めることにしたのだった。
彼の名は、天羽時貞。
日本人の父親とアメリカ人の母親の間に生まれたハーフである。
幼少の衝撃的な出来事の後、更に神経を逆なでするような環境に育った為に、限りなく性格が捻くれ曲がっている。
我が侭で、気紛れで、半ば死んだように生きていた時に、巡り合った"唯一"。
その存在が在ったから、時貞は絶望の淵から戻って来れたのだ。
死神の鎌すらへし折ってきた男に、もう怖いものなど何も無い。
あるとすれば、それは―――。
「―――いい加減、キゲン直せ。」
諸悪の根源が声をかけて来た途端に、時貞は絶対零度の冷たい眼光で相手を睨み付けた。
だが、別の意味で時貞を良く知っているその者は、少しも堪えない。
逆に相手も苛立ったように、睨み返してきた。
いつもは立てている紫の髪を、今日は下ろして・・・長い前髪の間から覗く眼光は時貞のそれに負けてはいない。
「・・・あと、１５分。―――それで、一週間のオフを奪い取ったんだからな。せいぜいクライアントのご機嫌取っとけ。それと、記者連中もな。ここで、目を付けられると、追っかけ回されるぞ。」
低く言う相手に、時貞はますます怒りの表情を浮かべる。
まだ、１５分もこの地獄を味わえと抜かす相手の息の根を止めたい所だが、それではこのパーティー自体が壊れかねない。
目の前の相手は、時貞と同格の力の持ち主なのだから。
緋咲薫―――。
時貞の幼馴染であり、現在はバンド仲間でありドラム担当である。
さらに言うならば、他にやる者もいないので、リーダーも兼ねている。
見た目とは裏腹に結構面倒見が良いので、気紛れな時貞を抱えて、バンドを維持させていられるのだが・・・。
表の一切の交渉はサイドギターの桜宮の仕事だ。
その桜宮は、現在必死に今回の依頼を持ってきた相手のご機嫌を取っている。
もう一人のメンバーであるボーカル兼キーボードの平蔵は、さっさと立食コーナーで、豪華な食材を貪っていた。
たかが一時間・・・されど一時間である。
鬱陶しい絡みつくような視線も苛立ちを膨張させるモノでしかないが・・・。
手の平に爪を立てて握り締める事によって、時貞は漸く我慢した。
誰よりも大切で愛しい者とのこの後の時間を、誰にも邪魔されずに楽しみたいからである。
ここでぶち切れて、めちゃめちゃにしてしまう事なんか、容易い事だ。
だが、それでは愛しい者に余計な心痛を背負わせてしまう事も、時貞は知っているから。
それでも・・・。
「―――もうウンザリだ。俺は、帰る。そう、ヤツに伝えろ。」
地の底から響くような声で、断言すると時貞は座っていたソファーから立ち上がった。
「おい、時貞！」
咎めるような緋咲の声にも耳を貸さない。
元々、目立たないように壁際に居たのだ。
しかも一刻も早くこの場所から出られるように、出口の傍で―――。
「あれ？セロニアスぅ・・・帰っちゃうの？」
あと少しでホールから出られると言う所で、平蔵に見つかった。
チッと舌打ちして、それでも無視して行こうと思った時貞は次の瞬間、固まった。
「へっへー、気付いた？でも、他の連中には内緒だゾ。じゃないとカオちゃんとか怖いからナ・・・」
ニコニコ笑う平蔵の後ろ・・・隠れるように立っていた者に、時貞の苛立ちが消滅した。
「――あ・・・あの・・・お仕事なのに・・・ごめんね。・・・平蔵くんが、変装して紛れ込んじゃえば分からないからって言って・・・だから・・・」
真っ赤な顔で、しどろもどろ告げるその者は、可愛らしいドレスに身を包んだ拓だった。
時貞が誰よりも大切で愛しい"唯一"。
長い髪に、うっすらと化粧を施された拓は、何処から見ても女の子だった。
「セロニアスがこーんな顔で怒ってるから、キゲン直して貰おうと思ってさ・・・。折角の夜なのに、楽しまなきゃソンじゃん？」
タダで、飲み食い出来るし・・・と続ける平蔵の言葉に、時貞は見惚れる程の美笑を浮かべた。
「・・・サンキュ。」
平蔵に小さく礼を述べると、拓に手を差し出した。
「―――おいで。」
「・・・怒ってない？」
おずおずと尋ねる拓に、今度こそ時貞は破願した。
泣きそうな、切なげな顔で拓をそっと抱きしめた。
その感触・・・。
時貞が、欲しくて欲しくて堪らなかった『存在』。
やっと、心が落ち着いた気がした。
「―――逢いたかった。」
だから、口にする。
その"想"い―――を。
漸くほっとした拓は、全身の力を抜いて時貞にもたれ掛かった。
「うん・・・。ボクも・・・。」
小さく呟いて、その胸に顔を埋める。
「コホン！」
小さな咳払いに、平蔵の存在を二人は漸く思い出した。
「・・・ここじゃ、目立つから・・・バルコニーにでも、行ったら？」
平蔵が指差した先には、外に抜ける窓があった。
その提案に、時貞は大きく頷いた。
「グッド・ラック＆メリークリスマス☆」
背後に平蔵の声を聞きながら、時貞は拓を促して歩き出した。
暖房が効いているホールとは違い、冬の外は流石に寒い。
「大丈夫？時貞くん・・・寒いんじゃない？」
寒さに弱い時貞に、拓が心配そうに問い掛ける。
だが、時貞は黙ったまま拓を抱きしめた。
「―――こうしてれば、暖かいよ。」
耳元で囁かれて、拓は瞬時に顔を染め上げた。
拓が女装をしているので、見つかっても中の良い男女としか見えないだろう。
平蔵の機転に時貞は感謝した。
尤も、普段から女っぽい格好や化粧をしている平蔵の事だから、他に衣装が無かっただけかもしれないが・・・。
「良かった・・・。時貞くんの機嫌が悪いって平蔵くんが言うから・・・ボク心配で・・・。」
小さく告げる拓を、時貞は更に強く抱きしめた。
「拓ちゃんが来てくれたから、治った。」
言って、軽くキスする。
更に、拓の顔は真っ赤になっていく。
時貞の機嫌が悪かった一番の原因は、拓が居なかったこと。
そして、寂しがり屋の拓が独りきりだという事だったのだ。
その苛立ちの原因が全て一気に解消されたので、時貞の機嫌は最高だった。
ホールの方からは、相変わらず華やかな笑い声などが聞こえてくる。
ガヤガヤと騒がしいので、かけられている筈のクリスマスの音楽も聞こえない。
だが、ここは違った。
喧騒から開放されて・・・穏やかな静寂。
吐く息は白く、身を包む冷気はあったけれど・・・二人で抱き合っていれば、それも気にならない。
「・・・本当は、部屋で待っていようと思ってたんだ。ボクが行ってきてって言ったのに、我慢しなきゃって・・・。でも、もしも今夜中に帰ってこなかったらどうしようって・・・そう思って・・・」
困ったように言う拓を、時貞はじっと見つめる。
「―――だって、今夜は大切な夜だから・・・」
拓の視線が時貞を捕らえる。
黒曜石の輝きが、時貞を映し出していた。
「世界中の人がキリストの生誕を祝ったとしても・・・良いよね、一人くらいは―――ボクだけは、時貞くんの事をお祝いしても・・・」
「・・・拓ちゃん・・・」
「―――誕生日、おめでとう・・・時貞くん・・・」
柔らかな、聖母の微笑み。
"想"いの込められたその言葉に、時貞は胸が熱くなった。
腕の中に包み込んでいるのが純粋な天使のようで・・・。
―――思わず懺悔したくなった。
神なんかいないと・・・全てを呪っていた自分に、与えられた『愛』。
それを恥じる魂が、まだ存在していた事が悔しいけれど、嬉しい。
生きていて良かったと・・・拓と巡り合ってから、何度思ったことだろうか？
この小さくて柔らかくて壊れそうな拓のその大きな魂は、時貞を包み込んでしまう程。
拓がいるから、生きていける。
拓がいるから、"存在"し続ける。
―――それが、時貞の決めた『運命』だから。
「―――ありがとう。拓ちゃん。」
甘やかな声音でそう告げると、時貞は恭しく拓に口付けた。
吐息が、重なった。
ちらほらと、白いものが空から落ちて来る。
それがホールから漏れる光に弾けて、輝く。
氷の結晶―――粉雪。
「雪だよ―――時貞くん。」
「―――ああ。」
「神様も祝福してくれてるみたいだね・・・。」
「・・・俺は、拓ちゃんだけが祝ってくれれば、それだけで十分さ。」
掌で受け止めるようにして、気付いた拓が告げると、時貞は小さく笑った。
そんな時貞に、拓も微笑う。
どんな時も・・・どんな事も。
拓が一番大事。
時貞の言葉が、そう告げているから。
できる事なら時貞に、もう少し他の人とも仲良くして欲しいと拓は思っているのだけれど・・・。
それが、時貞なのだから―――仕方ないのかもしれない。
「もう、戻ろうか？連中も引き上げただろ・・・。」
ホールの喧騒も静かになったようだ。
まだ招待客が出てきていないところをみると、開催者の挨拶でもしているのかもしれない。
そういう、形式ばった事が大好きな人種だから―――日本人は。
「―――後で、怒られないかな？」
「・・・返り討ちされるの分かってるからこない。」
拓の不安を取り除くように、時貞はきっぱりと告げた。
「―――だから、今夜は篭城しよう。」
「・・・時貞くん・・・？」
続けられた時貞の言葉に、拓はきょとんとする。
そんな拓が可愛くて、時貞は頬にキスした。
そして、甘く耳元で囁く。
「朝まで・・・ベットの中で―――」
意味深な誘い文句に、既にそういう関係の筈なのに、拓は真っ赤になった。
思った通りの反応を返す拓が、時貞は愛しくて仕方がなかった。
『・・・拓ちゃんを、プレゼントしてくれる？』
それは、一番最初の誘い文句。
欲しいものは何かと聞かれたから、そう答えた。
それが、本心だったから。
真っ赤な顔で、応えた拓。
あの時から―――
どれだけの時間が過ぎただろう？
どれだけの思い出が出来ただろう？
長くて短い二人の時間。
それでも、今の時貞に取ってはそれが一番の宝物だから・・・。
「―――愛しているよ―――」
百万回言っても言い足りない程の"想い"。
だから、時貞に出来ることで・・・時貞にしか出来ない事で。
綴るのだ―――愛の＜音色＞を。
・・・拓の為に。
・・・拓だけの為に―――。
―――いつも、君の為だけに祈っている・・・。
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