笹の葉サラサラ 軒端にゆれる

お星さまキラキラ 金 銀砂子(すなご)

五色の短冊 私も書いた

お星さまピカピカ 空から見てる

ふんふんふん〜〜〜♪

鼻歌を歌いながら、拓は笹に短冊を結び付けていく。

今夜は七夕で、月に一度の満月の夜。

こうやって色々な綺麗な短冊に願いを書くと、神様が叶えてくれるという独特な風習は、奇数月の月と重なる日に行われる事が多い気がする。

１月1日の元旦に始まり・・・３月３日の桃の節句。

５月５日の端午の節句に、今日の７月７日の七夕。

９月と１１月には全国的に有名なお祭りは無いと思うけれど・・・もしかしたら、隠れたお祭りはあるのかもしれない。

そんな事を考えながらも拓は手を動かして、新しい短冊を掴んだ。

短冊に書かれている内容は本当に人様々だ。

欲しい物を単純に書く人もいれば・・・人間関係や、他の事を書く人もいる。

尤も、日本の祭りは遥か昔に大陸から伝わった物も多いので、何処までが日本古来からのものなのかは想像もつかないけれど・・・。

不意に風が吹いて、短冊を飾り付けていた笹を揺らした。

さらさらとした涼しげな音が、湿気を含んだ今の時期の蒸し暑い空気を和らげてくれた。

昨夜の雷雨は物凄くて、夜中に何度も眼が醒めてしまったけれど・・・今日は打って変わって快晴の上天気で、天気予報でも梅雨の中休みという太鼓判を押していた。

見上げた空は確かに上天気で、既に夏とも言えそうな太陽が久しぶりににっこりと顔を出していた。

「拓ちゃん、そっち終わった？」

背中から掛けられた声に振り向くと、手にビニール袋を持った真里がニコニコしながら近付いてくる処だった。

「マー坊くん？あっちは終わったの？」

「ううん。ちょっと休憩しようと思ってジュースとアイス買ってきた。」

はいっと手渡されたのは、袋の中から取り出されたアイスキャンデー。

既に真里の手にも同じ物があった。

「あ・・・ありがとう。ちょうど冷たい物が欲しかったんだ。」

拓も嬉しそうに袋を開けて、貰ったアイスを口に含んだ。

途端に、口内に広がる甘味と冷たい感触に、ちょっとだけ身を震わせる。

「おいしい。」

「うん。おいしいね。」

表情を綻ばせた拓に、真里もにこやかに微笑う。

「アキオくんたちも休憩してるの？」

「うん。あっちはアッちゃんが皆の分を持ってってくれたから。」

「ふーん。・・・ごめんね・・・ボク・・・自分の方をやっちゃってるから、手伝えなくて。本当はいつも一杯バイクの事とかでお世話になってるからあっちのお手伝いもしたいんだけど・・・」

「えー、別に良いんじゃない？拓ちゃんこそ、一人でダイジョーブ？オレ、こっち手伝おうか？」

アイスを食べながら困ったように告げる拓に、真里が真面目な顔で聞き返す。

真里の言葉に、拓の表情が更に困惑した物となっていく。

「え？―――あ、だ・・・大丈夫。うん・・・こっちはボクがやるから・・・個人的な物だから、そんなにくっつける枚数も無いし・・・本当に、ボクの我が侭で作る物だから・・・」

アイスを食べて暑さを吹き飛ばした筈なのに、拓の全身を別な意味での汗が伝っていく。

しどろもどろ言葉を返す拓に、真里は訝しげに眉を顰めた。

「―――拓ちゃん？」

不思議そうに真里が声を掛けようとした途端に、少し強めの風が吹いて拓がくっつけていた短冊を揺らす。

赤・青・黄・紫・橙・・・。

クルクルと回る短冊に書かれている文字が、自然と目に入る。

その内の一つに真里の目が釘付けになった。

「・・・・・なに・・・これ？」

「わぁ！？マー坊くんっ？！何して・・・っ！！」

思いっきり目を据わらせた真里は、それを笹から毟り取った。

焦った拓が、思わず声を上げる。

「ちょっとっ！！これも・・・これも？！」

「お・・・落ち着いてぇっ！折角皆が書いてくれた短冊なのにぃ・・・」

次々と短冊を笹から毟り取ろうとする真里に、拓が必死に縋り付いていく。

だが、真里は怒った表情のまま行為を止めようとしない。

毟り取った短冊を、真里はそのままビリビリに破り捨てた。

小さく破かれた破片が、地面に落ちて風に吹かれていく。

「ううぅ・・・殆ど飾りつけ終わってたのにぃ・・・」

「―――拓ちゃんっ！」

半べそを掻いている拓の肩を、クルリと振り返った真里がガシッと掴む。

突然の行動に、拓は涙に潤んだ瞳を更に大きく見開いた。

「どうして、あんなのをご丁寧に笹にくっ付けるんだよ？！本当に願いが叶っちゃったら、どーすんのさっ！？」

本気で怒っている真里の剣幕に、漸く拓もシュンと肩を落とした。

「―――じょ・・・冗談だと思ってたから・・・ご・・・ごめん。そうだよね・・・折角の七夕の祈りなのに、あんまりフザケタ内容のはマズイよ・・・ね？でも・・・折角今月は七夕に集まるから、皆の願いを短冊に書いて、七夕の笹に付けたいって言うのは僕の我が侭だったから・・・こうやって書いてくれただけで・・・嬉しくて・・・内容まで気にしないようにしてたんだ・・・」

小さな声で、シュンとなったまま言葉を綴る拓に、真里の怒りも徐々に収まっていく。

元々、怒っていたのは拓に対してなのではないのだ。

この短冊を書いた奴が一番悪い。

だが・・・。

「・・・冗談じゃ済まないよ？神様のお墨付きなんか貰ったら、本気で行動する奴らばっかりだって知ってるだろ？オレだって、嫌だよ・・・」

「・・・マー坊くん・・・」

そっと抱擁するように、真里は拓を抱き締めた。

きつくしたら、逃げてしまうから・・・怖がらせないように・・・そっと。

それは、とても難しい事だけれど。

最初に目に付いた短冊の願い事。

それを書いたのが誰なのかは理解らないけれど・・・。

【拓ちゃんと、キスしたい】

それが、自分の秘めた想いを暴かれた気がしたのだ。

隠していたモノを突き付けられた気がしたのと、確実に同じ想いを持っている者が居る事に対しての怒り。

他にも書かれた【願い】はそれぞれの本音以外の何でもない。

【拓とずっと一緒にいたい。】

【拓ちゃんに好きになって欲しい】

【拓ちゃんを自分のモノにしたい】

余りにも在り得ない・・・と、冗談だと拓が思い込んでいるから、まだ大丈夫。

自分たちの想いを・・・願いを、拓が気付いたら・・・。

それが、何よりも恐ろしい。

―――優しい拓はきっと誰も選ばない。

誰かを選んで他の者を排他する位なら・・・自分の心を押し隠して、全てを諦める。

オール・オア・ナッシング

だから、拓の傍に本気で居たいのなら、欲しがってはいけないのだ。

それは、凄く残酷な事実。

全員が理解っているからこそ、たまにこんな風に箍が外れてしまうのだ。

無記名の短冊に、秘めた想いを書き込んでしまうほどに・・・。

さらさら・・・。

風に吹かれて、短冊が揺れる。

クルクルと回っていく、【願い】。

天の神様への願い事。

叶えて欲しくて・・・でも、叶わない【想い】。

今夜は七夕で・・・月に一度の満月の夜で・・・。

拓に魅せられた連中が、走る為に集う月夜。

百鬼夜行と呼ばれる者たちの走りの祭り。

最近は、拓の呼び出しがあれば、満月の夜以外でも集まってしまう事も多々あるが・・・基本は月に一度の逢瀬。

七夕の起源になっている織姫と彦星の物語では無いけれど・・・一年に一度ではないけれど・・・それでも。

真里のように、同じ学校で同じクラスでもなければ・・・他の連中にとって拓は織姫のような存在なのだろうか？

一緒にいたいとか、自分のモノにしたいとかいう想いが溢れてしまう程、求めている相手。

こんな風に傍にいる真里でさえ、焦がれているのだから・・・彼等の想いはもっと切ないのだろう。

それでも・・・渡したくないし、認めない。

―――この想いを手放す事を、真里ももうできはしないから。

さら、さらり。

笹が風に揺れる度に、金や銀の紙で作られた飾りが陽光に反射してキラキラと輝く。

「願いが叶うんなら・・・オレがいくらでも、書くから・・・」

「―――うん・・・。まだ、短冊あるから・・・一緒に書いてね。」

拓の肩に顔を埋めて、真里は小さな声で呟いた。

その言葉に、漸く拓は表情を変えて・・・ホッとしたように笑顔を浮かべた。

これだけ晴れているのだから、今夜も格別な満月だろう。

満月の夜の全ての決着は、神様が付けるのではなくて、自分たちの走りで付けるのだ。

今夜は絶対に負けられない―――そう、真里は思った。