運命の導き。


ひらひらと舞い散るのは・・・薄ピンクの花びら達。
先週まで満開を誇っていた樹木は、葉桜に変わろうとしていた。


４月７日。
神奈川学園―――入学式。


「―――遅刻だぁ・・・・！！」
半泣きな表情のまま、ダッシュしていた少年は、突如ピタッと立ち止まった。
そのままキョロキョロと辺りを見回す。
入学式の会場である講堂の位置を、完全に見失っていたのだ。
「ここ・・・何処？」
不安げな問いに帰ってくる答えは勿論無くて。
入学早々―――少年は迷子になっていた。


少年の名は、浅川拓。
高校生にしてはちょっと小柄かもしれない。
ひょっとすると同学年の女子の方が背が高いかも？―――と言えるほどである。
顔も童顔で、中学生と間違えられてもおかしくない。
真ん中分けしたさらさらな髪に、大きな零れ落ちそうな瞳。
少年だが、大人になりきらない雰囲気は、何処か中性的な要素を秘めていた。
「・・・えーっと・・・確かこの前の説明会で・・・。」
試験の時から思っていたのだが、私立神奈川学園は県下一のマンモス校である。
幼稚園から大学まで、一貫教育の古い歴史のある学校であった。
教室のある建物が学年毎に違い、教師棟に、図書館、体育館、大講堂、特殊学部棟に、生徒会執務棟等、数多くの建物が連立している。
更に、それぞれの部活などの敷地も合わせると、一体どれ程の広大さなのか、拓には計り知れなかった。
校庭からここまで１０分以上走ってきたので、息も苦しくて。
「・・・どうしよう・・・。」
持って来ていた地図も役に立たない。
なにしろ、自分が何処にいるのか・・・それすら理解らなかったからだ―――。


拓がとぼとぼ歩いていると、不意に白い煙が漂ってきた。
＜―――火事？！＞
ドキッとして、慌てて辺りを見回すが、生憎と水はない。
「・・・か・・・か・・・火事・・・―――！！」
大声を出して人を呼ぼうとした瞬間に、何かが拓の身体を掴んで引っ張った。
抑えられた口によって、悲鳴は出なかったが・・・。
「・・・何だ、１年坊かよ。」
恐くてギュッと目を瞑っってしまった拓は、低いその声にビクッとした。
恐る恐る目を開けると、飛び込んできたのは紫で。
―――声も出ない。
「―――テメエもサボりか？入学早々良い度胸してやがんな。」
紫だったのは、相手の髪の色だった。
更に鼻頭に刻まれた傷が、異様な迫力を持っていた。
学年の徽章はブルー。
拓達新１年がイエローだから、間違いなく上級生と言う事で。
「・・・名は？」
聞かれて、涙が出そうになる。
入学早々、こういう御方とお知り合いになれる自分の不運が恨めしかった。
「―――た・・く・・・。」
「あぁ？」
小さく答えた声が聞こえないと言う風な顔に、拓は真っ青になった。
殴られるかもしれないと思ったからだ。
先程の白煙の原因が、相手の足元に転がっていたのを見た瞬間から、嫌な予感はしていたのだが・・・。
「チ・・・はっきりしねえヤツだな。俺は、緋咲だ。―――覚えとけ、チビ。」
そう言うと、緋咲は拓の肩をポンと叩いて、歩いて行ってしまった。
その背中が完全に視界から消えた瞬間に、拓はへなへなとその場に膝をついた。
恐かった・・・のだ。
―――物凄く。
殴られなかったのは良かったが、完全に覚えられてしまっただろう事が理解って、拓はこれから先の学園生活をどう過ごせば良いのか途方に暮れてしまった。


―――出来る事なら、もう２度と会いませんように・・・―――
巨大なマンモス校なのだ。
余程の運が無ければ・・・自分から近付こうと思わなければ、学年も違うのだから会わなくて済むかもしれない。
そう、拓は思った。
そう、願いたかった。


だが、運命は確かに存在するのかもしれない。
それから、３日も経たない内に再会する事になろうとは・・・この時の拓には想像もつかない事であった。


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