再会と難問


入学から、半月が経とうとしていた。
相変わらず、時貞の人気は凄くて・・・暇さえあれば女子が手紙を持って告白しにくる勢いである。
それも、同級生だけではなく、先輩からもだ。


時貞がモテるのは、正直羨ましいが、仕方のない事だと思う。
あれだけ容姿が良かったら、女の子が憧れるだろう。
尤も、拓が困っている最大の原因は、そんな女の子たちの告白を統べて断っている時貞が、何故か拓だけを傍に置いているという噂のせいだ。
別に好きで傍らにいる訳ではないのだが、如何せん人の詮索など都合の良いようにしかとられないものだ。
だから、羨望の眼差しで見られるのは仕方ないにしても、完全に嫉妬の視線を向けられるのには困惑していた。


だから、拓は時貞が呼び出された時に、教室から抜け出した。
食事は一緒に取ったのだ。
昼休みくらい一人になっても構わないだろう・・・。
そう、思っていた。
―――紫の髪が現れるまでは。


「・・・よぉ。」
目の前に現れた人物に、拓は目を丸くした。
「―――話がある。」
言われて、拓は逃げられない事を悟った。
「・・・付いて来い。」
導かれるままに付いて行くと、そこは最初に会った場所だった。
今日は煙草の吸殻は落ちていなかったが・・・。
「・・・あの・・・。」
「座れ。」
どうしても恐くて逃げ腰になってしまうが、取り合えず拓は言われたとおりにした。
どうして、そうしてしまうのかは不思議だった。
嫌なら、ダッシュで逃げれば良いのだ。
だが、いつも漂わせている違和感がなくて―――。
「・・・お前、セロニアスの何だ？」
いきなり問い掛けられて、拓は息を飲み込んだ。
「―――セロニアス？」
「あぁ・・・天羽だったな、そういや・・・。」
言われて初めて、緋咲が話したいのは時貞の事なのだと理解した。
「時貞くん？・・・何って言われても・・・ボクにも良くは理解らなくて・・・。初めて教室であった時に仲良くしようって言われて・・・。」
「あいつが、誰かにあんなに懐くトコなんざ、見た事ねぇ。フザけたコトぬかしてやがったが・・・いい加減な奴だからな。何処まで、本気なんだか・・・。」
「あの・・・」
「あぁ？」
「―――昔からの知り合いなんですか？時貞くんと・・・」
言葉にした途端に、緋咲はカッと眼を見開いた。
それは、怒りの表情だ。
ドキッとした拓の背筋に、冷たい物が走る。
触れてはいけない禁線に触れてしまったかのような緊張が、空気を震わす。
人気のない裏庭である。
助けてくれる者もいない。
拓は、殴られるのを覚悟した。
「―――ご・・・ごめんなさいっ！！」
謝って、頭を下げる。
だが、殴られる衝撃は何時まで経ってもやってこず・・・拓は不思議そうに目を開けた。
すると、目の前には酷く傷付いたような眼差しがあった。
それは、以前見た時貞の"緋"の双眸と、酷く酷似していた。
「ボ・・・ボク・・・」
拓は泣きたくなった。
緋咲を傷つけたのが、自分の言葉の所為だと理解ったからだ。
「・・・知り合い・・・そう、あいつが言ったのか？」
拓は唇を噛み締めた。
何だか息苦しくて堪らなかった。
二人の過去に、これ以上首をつっこんではいけない気がしたのだ。
きつく握り締められた緋咲の拳は、白くなっている。
「―――あいつ・・・何考えてやがる？」
低く呟かれる言葉に、拓は生きた心地がしなかった。


「―――おい、こんなトコで何してる？」
突然、降って沸いたような声に、拓はビクゥっと身を竦ませた。
静かな・・・だが強い意志の込められたような声音。
妙に耳に響いた。
「チッ・・・テメエか・・・秀人。」
苛ついたような緋咲の声に、拓はハッとしたように振り返った。
そうして、大きく瞳を見開いた。
相手も驚いたように、拓を凝視していた。
「・・・秀人・・・センパイ・・・？」
「―――拓か？！」
「やっぱり！！秀人先輩だ！！どうして、ここに？」
「それは、こっちの台詞だ、拓！まさかこんなトコで会うなんて・・・夢じゃないだろうな・・・。」
懐かしいその姿に、拓は目頭が熱くなる。
まだ中学生だった拓が、いじめっ子たちに追い掛け回されていた時に助けて貰ってから、秀人が卒業するまでずっと親しくしていたのだ。
「ボク・・・秀人先輩が卒業してから、一生懸命頑張って・・・」
言っている内に目の前が霞んでいく。
何だか、漸くこの学校に入って本当に良かったと実感できたのだ。
「―――ったく、泣き虫なのは、相変わらずかよ？」
苦笑いする秀人の雰囲気は昔と少しも変わらなくて、拓はごしごしと涙を拭った。
「えへへ・・・。」
テレを隠す為に、拓は笑った。


「―――おい。」
地の底から響いてくるような声に、漸く拓はそこに緋咲がいた事を思い出した。
「・・・随分、ご機嫌じゃねーかよ・・・」
物凄く怒っているらしいのは、その表情から見て取れた。
どうしようと、拓がオロオロとしていると、そんな拓を庇うように秀人が一歩前に出た。
「拓は、俺の大事な後輩だ。チョッカイ掛けるのなら、他の奴にしろ、緋咲。」
有無を言わさない強い口調。
カッと緋咲の頬に朱が走った。
「フザケンナ！！誰がそんなチビにチョッカイかけるかっ！！それより、後輩？聞いた事ねーぞ。テメエは一匹狼気取ってたんじゃねぇのか？」
「―――別に。つるむのが面倒なだけだ。」
怒声を発する緋咲に対して、秀人はそう告げただけだった。
「あの・・・秀人先輩・・・」
「―――相変わらず、お前も無防備だな。」
「え？」
「・・・気付いてないなら、良い。行くぞ。」
意味不明の言葉を言うと、秀人は拓の腕を掴んで歩き出す。
「秀人ォ！！」
「―――こいつに何かしたら、俺が黙っていないからな。」
振り返る事無く、低く告げる。
強い威圧の込められた台詞に、緋咲はそれ以上何も言わなかった。
勿論、拓が何か言えるはずもなくて・・・秀人に引かれるままにその場を後にした。


「・・・あの・・・ありがとうございました。」
一応、礼を告げる。
何にせよ、あの凶悪に緊張していた場から抜け出せたのは、秀人のお陰なのだから。
緋咲に関しては、考えるのも恐かったが・・・。
「変わってねぇな・・・」
苦笑する秀人の口調も変わらない。
拓を安心させるその雰囲気も―――。
ポンと手を置かれて、クシャッと髪を撫でられる感触も同じで・・・。
少しだけ、昔に戻ったような気がした。
「先輩も・・・。」
拓も小さく笑った。
「今度の連休、どっか遊びに行くか？」
思いもよらなかった誘いに、拓は目を丸くする。
「―――何か予定入ってんのか？」
「え？！・・・ううん！！びっくりして・・・その・・・行きたい！―――凄く、行きたいですっ！！」
続けられた言葉に、慌てて返事を返す。
ずっと憧れてた先輩に再会できた事だけで胸が一杯だったので、まさかそんなお誘いが掛かるとは夢にも思ってなかったのだ。
「・・・そうか。じゃあ、これ、俺の�ｂﾈ。開いてる日を連絡しろよ。」
苦笑したまま、秀人はポケットから学生手帳を出して、何かを書き込むとそれを破って拓に差し出した。
受け取った拓が見ると、それは電話番号のようだった。
「これ・・・先輩の？」
「あぁ。いない時は留守番にでも入れといてくれ。」
言われて、拓はこっくりと頷いた。
「―――行き先は・・・また決めような。」
急に秀人の顔付きが変わったので、拓がびっくりすると・・・秀人は拓の頭をポンポンと軽く叩いて歩いて行ってしまった。
そうして、拓もそこが一年と２年の校舎の境界線である事に気付いたのだ。
何人かの学生が行き来している場所である事も・・・。
しかも、午後の授業の始まりの鐘さえ聞こえてきて・・・拓は慌てて走り出した。
教室まで７００ｍ・・・。
鐘が鳴り終わるまでに入れるかどうかは・・・運との戦いだった。


「―――今年は、随分と楽しめそうじゃない？」
とある建物の一室。
豪華な作りのその部屋の壁側には何台ものパソコンが並んでいて、カタカタと機械音が鳴っている。
窓際で外を見ていた生徒が発した声に、パソコンの前に座っていた者の手が止まる。
「・・・何か、見えたのか？」
低い声が、その口元から発せられる。
「―――ブラックリストの連中を惹き付ける一年が、居るって噂知ってるか？」
「噂―――だろ？」
ニコニコと笑いかける相手に、表情を崩さないまま応える。
「本当だったら？」
「使えるな。」
「手を出したら、噛まれるかもよ？」
「―――誰が？」
さも心外だと言う口調に、最初の者も苦笑する。
「・・・恐い副会長だな。」
「お前も、恐い生徒会役員だろ。しかも、部の連中から一目置かれてる・・・な。」
「―――鍛えられたから。」
「・・・お前のは、地だ。」
冷たい会話が続いていく。
表面上は穏やかなのがまた底知れない不気味さを漂わせていた。
「取り合えず、お祭り騒ぎには持って来いの"供物"だろ。」
「・・・あぁ。会長に、伝えておこう。」
それで、会話は終わったとばかりに、またカタカタとキーボードを叩く音が始める。
薄暗い部屋の中・・・秘密の企み。
標的になったのは―――。


＜・・・また遅刻しちゃうよぉ・・・！！＞
困った顔で駆けて行く拓の小さな身体が、教室の中に吸い込まれていく。
視線を注いでいた相手は・・・薄く唇を持ち上げて微笑っていた。



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