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出会いは突然に
入学式に遅刻するという、前代未聞な出来事から早３日。
―――１年Ｄ組。
教室の中で、拓はまた違う問題に頭を悩ましていた。
入学式の後、何とか無事に教室に入れた拓は、そこでまたしても運命に踊らされてしまったのだ。
銀の髪に褐色の肌。
"緋"の色彩の双眸。
ハーフなんだ・・・と、彼は自分の事を言った。
名は天羽時貞。
もの凄い美形である。
拓よりもはるかに高い身長。
スラリとした長い四肢はそのままモデルといっても過言ではないだろう。
ファッション雑誌の中から抜け出てきたような容姿を持つ時貞は、拓を見た瞬間に麗しい笑みを浮かべたのだ。
後ろで、それを目撃した女生徒が倒れたとかいう噂は何処まで本当なのか理解らなかったけれども・・・。
べったりと懐かれてしまったのは―――事実だった。
何故？―――理由が理解らなくて、拓は困っていた。
他にも時貞と友達になりたくて手くすね引いて待っている連中がごまんといるのに、何故自分なのだろうか―――と。
声をかけて来る連中には、時貞は見向きもしないのだ。
それがまた、拓には不思議で仕方なかった。
不意に、教室内がざわつく。
時貞の傍で居心地が悪い拓は、意識を逸らそうとして、その原因を探った。
そうして、教室の入り口に見えたその姿に、思わず席を立ってしまった。
「―――拓ちゃん？」
不思議そうな時貞の問い掛けにも、答える暇は無い。
慌てて反対側のドアから逃げようとした拓は、その前に見付かってしまった。
「―――チビっ！！」
低い威圧のある声に、ビクゥと身体が縮む。
息が出来なくて、苦しくなった。
ズカズカと近付いてきた緋咲が、拓の腕を取った。
「・・・あの・・っ！」
「―――ちょっと、来い。」
言われて、涙が出そうになった。
助けを求めようとしても、クラスメート達は遠巻きに見ているだけで・・・。
ずるずる引きずられて行かれそうになって、半ば拓が諦めようとした時だった。
「―――緋咲？」
静かな声が、その場の緊張を解いた。
呼ばれて振り返った緋咲は、大きく瞳を見開いている。
「・・・セロニアス？何でテメーがここに？」
いつの間にか、捕まれていた腕が離れていたので、拓はホッとした。
「―――色々と・・・ね。それより、拓ちゃん何処に連れてく気だ？」
キラリと"緋"が強まる。
「・・・拓ちゃん？―――あぁ、こいつか。」
二人に同時に見つめられて、拓は心臓が止まるかと思った。
二人とも異様に目立つ者達なのに、その話題が寄りによって自分だと言う事が、物凄く驚きで。
「一緒に、遊びに行こうかと思って探してたんだが・・・。」
「へ？遊びにって・・・午後の授業は・・・？」
「んなもん、サボりに決まってんだろ？」
きっぱり断言されて、拓は泣きそうな表情となった。
入学式には遅刻して、その上３日目で授業をサボったなどという日には、不良のレッテルは間違いないだろう。
平穏な日々を望んでいる平凡な拓に取っては、最悪な事態である。
「・・・緋咲。」
「何だよ？」
「―――一人で遊んで来い。」
「あぁ？！」
時貞の言葉に、緋咲が怒りの表情を浮かべる。
凶悪と呼べそうなそれを真っ向から受け止めて、尚も時貞は引かない。
「・・・拓ちゃんを・・・俺の大事な親友を巻き込むな。」
＜・・・・・・・・・・・はぁ？＞
真面目な顔で言い切った時貞の言葉に、拓の思考回路は停止しかけた。
出会ってからまだ３日目である。
勿論、初対面からだ。
それで、親友とは―――――。
頭の中が、？マークで一杯である。
「親友？このチビがお前の？！」
心底驚いたという風に緋咲に指を指されて・・・拓の意識は失神寸前である。
思わず、親友でごめんなさい・・・と謝ってしまうとこであった。
「・・・一目惚れだ。」
したり顔で言う時貞の言葉が限界だった。
パタリ。
―――拓は失神した。
クスクスクス・・・。
柔らかな笑い声が響く。
ゆっくりと覚醒した拓は、視界に映った見慣れない景色にびっくりして飛び起きた。
「目覚めた？」
目の前にいたのは、綺麗な女の人で・・・は無かった。
「あの？・・・ここは？」
「ここ？保健室。君は教室で倒れて、ここに運ばれてきたの。覚えてる？」
首のトコで一纏めにしてある金糸のような髪は背中まで流れ、赤く濡れるような唇がやけに目立つ美人なのだが・・・着ている制服が男子用だったのだ。
「―――保健室・・・。」
あのまま意識を失ったのだと理解して、拓ははぁーーーっと深い溜め息を付いた。
取り合えず、あの修羅場は乗り切ったようだ。
尤も、まだまだ問題は山積みのままなのだが・・・。
ジーッと見つめてくる視線に、拓は気付いた。
「・・・何か？」
人に見られるのに免疫がないので、困ったように問い掛けると、時貞に負けない程の美笑が帰ってきた。
「千冬。」
「は？」
「千冬慎だよ。１年Ｄ組の浅川拓くん。―――あの『龍神』を初日で落とした奴がいるって言うからどんな奴かなって思ってたんだけど・・・為るほどね。」
赤い唇が動いて、舌が少し見えた。
途端に、背筋をゾクリと何かが駆け抜ける。
「・・・綺麗な瞳してる・・。宝石みたいだ・・・。」
じりじりと近付かれて、ベットの上でたじろいでしまう。
何なのか想像もつかない拓は、不安で一杯である。
どうして、こう理解不能な人物にばかり気に入られてしまうのか・・・謎は深まるばかりで・・・。
「キヨミちゃーーーん！！俺のお菓子出してぇ♪」
突然、ガラッと扉を開けて入ってきた人物と目が合った。
拓に近い小柄な体付きで、茶髪に金メッシュという風体の相手は、拓達を見て固まった。
「悪っりぃーーーっ！！お邪魔だったぁ？！」
問い掛けられて、思わず拓はブンブンと首を横に振る。
「いたいけな男の子襲っちゃ駄目じゃん。」
「―――鮎川。」
メっと言う風に指を立てて言う相手に、美人が立ち上がる。
「千冬はぁ、手ェ早いから、気をつけないと"ヤ"られちゃうよぉ？！所で、キヨミちゃんは？」
「・・・学会。」
「ふーーーん・・・いないんだぁ。俺のお菓子何処かなぁ・・・？」
戸棚やテーブルの上をガタガタと捜しまくる相手に、疲れたように千冬は頭に手をやった。
「気が削がれた。」
そうして、固まってしまったまま動けなかった拓の顎を持ち上げると、そのまま頬にキスした。
「また、今度ネ。」
耳元で囁かれて、瞬間に真っ赤になった。
それから、相手が男だったと気付いて、青褪める。
スラリとした完璧な肢体は、男子服さえ着ていなければ、確実に女性だった。
「・・・はーーーーーっ・・・」
また深い溜め息が零れる。
このままでは寿命がいくつあっても足りそうも無かった。
「―――！！―――」
顔を上げた瞬間に、目の前に合った顔にびっくりしてまた後擦さってしまった。
「・・・見かけない顔だけど・・・１年？」
「え？・・・あ・・・はい。１年Ｄ組の浅川拓です。」
「ふーーん・・・俺、２年Ｄ組の鮎川真里。宜しくね。」
にっこり笑って差し出された手に、思わず握り返してしまう。
緋咲のような威圧感もなければ、恐さも無い。
人懐っこい笑顔は、緊張すら解かしてしまうような明るい物だった。
同じくらいの体格というのも、理由だったのかもしれないが。
「こう見えてもアメフト部なんだ。もし良かったら今度遊びにおいでよ。」
「・・・えっと・・・。」
「別に勧誘とかじゃないから、安心して良いよ。」
ケラケラと笑う真里に、拓は漸く先輩と呼べる相手と知り合えたと喜んでいた。
「はい。鮎川先輩。」
「先輩だなんて・・・真里で良いよぉ。」
「ええ・・・？―――じゃあ・・・真里先輩・・・。」
困ったように、それでも小さく答えた拓に、真里は一瞬真剣な顔となった。
やっぱりヤバかったかと拓が身を竦ませた途端・・・。
「―――可愛いーーーーっっ！！拓ちゃん、可愛い過ぎ！！」
ぎゅうっと抱きつかれて、驚いた。
「・・・あああ・・・あの・・・・」
慌ててジタバタするが、小柄な筈の真里の身体はビクともしない。
それでも、頭をカイグリされているだけなので、拓も漸く動きを止めた。
「何かあったら、俺に相談してね！俺が出来る事だったら、助けてあげるから！！」
にっこり笑って言う真里が、拓には救いの神に見えた。
入学して、こんなに優しい言葉をかけて貰ったのは初めてだったのだ。
「・・・宜しく、お願いします・・・。」
―――深々と拓は頭を下げた。
「―――拓ちゃん！」
保健室を出た瞬間に、声を掛けられる。
振り向くと、時貞がこちらに歩いてくる所だった。
「もう、大丈夫なのか？」
「・・・うん。」
傍に来た時貞の心配そうな声に、拓は小さく頷いた。
そうして、気になっていた事を恐々と口にした。
「―――緋咲・・・先輩・・・は？」
「・・・帰ったんじゃないか？」
尋ねた途端に、ムッとした顔になった時貞に、拓は冷汗を零した。
「それより、拓ちゃん―――緋咲と知り合いだったんだ？」
少し低いトーンで尋ねられて、ドキリとする。
"緋"い瞳が、真っ直ぐに拓を見詰めていた。
「え？・・・あぁ・・・入学式の時・・・迷って・・・それで・・・」
しどろもどろ、説明する。
深い"緋"の双眸に見られていると思うと、どうにも上手く説明できなくて・・・。
「―――裏手の桜の傍で、偶然会っちゃって・・・」
まさか、煙草を吸っていたトコに出くわして、火事と間違えたなどといえるはずも無く。
ははは・・・と乾いた笑いを浮かべた拓に、時貞はフンと鼻を鳴らした。
「―――随分、気に入られたもんだ。」
「・・・え？！」
ボソリと呟かれた時貞の言葉の意味を、拓は計りかねた。
「何でもないよ。拓ちゃん。」
問い掛けは、綺麗な微笑に誤魔化された。
一瞬の沈黙。
何とか話題を探そうとして、拓はある事に気付いた。
そう言えば､自分の事ばかり話しているが、二人の方がずっと前からの旧知のように対峙していたのだ。
先輩に対して、タメ口を利く時貞の方が、拓には不思議だった。
「あの・・・時貞くんはどうして・・・知ってるの？」
だから、口にする。
それが、一番の墓穴だと拓は気付かないのだが・・・。
瞬間、時貞の表情が沈んだ。
笑顔が凍りついたような気がした。
「え？あの・・ボク・・・何か・・・。」
困ったように呟く拓に、時貞はハッと相貌を戻した。
「―――昔の知り合い。ただ、それだけさ。」
静かに言う時貞の言葉は、拓にではなく自分に向けられているようだった。
長い睫が、密かに震え・・・大人びた表情を浮かべる時貞は、拓の知らない顔をしていた。
それ以上は何だか聞いてはいけない気がして・・・拓は口を閉ざした。
二人の関係が気になったのは言うまでもない事だったが・・・これ以上自分に火の粉が降りかかってきそうな展開は避けたかったのだ。
「・・・帰ろうか。」
「うん。」
時貞の言葉に、拓も頷いた。
分かれ道になった所で、時貞が足を止める。
不思議そうに拓は時貞を見た。
「倒れる前に言った事・・・本気だから。」
「・・・ん？」
突然の言葉に、意味が掴めない拓が首を傾げる。
そんな拓に、時貞は少しだけ困ったように―――微笑った。
「―――俺たちは、親友だよ。今んとこ、俺だけが思ってるのかもしれないけど・・・」
「え・・・あっ・・・」
言われて、思い出す。
途端に、恥ずかしくて拓は真っ赤になった。
「それは・・・まだ・・・会ってから何日も経ってないし・・・その・・・」
拓の言葉に、また時貞の表情が沈む。
寂しそうな眼差しが、何故だか胸に痛かった。
「嫌？」
聞かれて、拓は返答に窮した。
いきなり友達をすっとばして親友と言われる程、親しくもないのだが・・・何だかそれを告げる事が出来なくて・・・。
「―――嫌じゃないよ！でも・・・ボクはまだ時貞くんと会ったばかりで・・・だから、友達からでも・・・良い？」
最後は消え入りそうな声で、それでも自分の気持ちを拓は応えた。
それが、今の拓に言える精一杯の言葉だから。
「勿論！」
拓の言葉に、時貞は目を見張ってから・・・破顔した。
本当に嬉しそうなその笑顔に、見惚れていた拓はいきなり肩を抱き寄せられた。
そうして、次の瞬間頬に当たった感触に気付いて瞳を丸くした。
「早く親友になれるおまじないだよ、拓ちゃん。」
直ぐに離れた時貞にそう言われて、拓は何が起きたのか漸く理解して、バッと耳まで赤くした。
「―――時貞くんっ！」
「あははっ・・・じゃあ、また明日ネ！拓ちゃん！！」
慌てた拓が声を上げた時には、既に時貞は背中を向けて歩き出していた。
その背中が、街並みに消えていくのを見ながら、拓は困ったように立ち尽くしていた。
『―――一目惚れだ。』
意識を失う前の時貞の言葉を思い出して、拓はまた脳貧血に陥りそうだった。
「―――本気・・・？」
小さく呟いた疑問は、応えが返ることもなく、喧騒のざわめきの中に消えていった。
―――それはまだ、ほんの序章。
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