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（ホワイトデーという事で、甘い二人のお話にする筈だったのですが・・・何処をどう間違ったのかギャグになりました・・・あれ？天羽の妨害、激し過ぎ・・・orz因みに、緋咲が不安に思っているだけで、拓ちゃんはちゃんと緋咲が好きですｗ（←ここ重要！）恋愛に関する考え方が根本から違うので、擦れ違ってるだけｗ大体、拓ちゃんが身体を許してる時点で気付かなきゃ駄目ですよ・・・ねぇ？（苦笑））
ポーカーフェイス
口に咥えた煙草から灰が落ちる。
吐き出された紫煙は、肺を濁らせて・・・気分を更に下降させる。
灰皿の中、積まれた様な残骸が、イライラを解消させる筈もなく。
男にしては長くて綺麗な指先が、手元の資料を当ても無く捲っていく。
書かれている内容が、視界に写っていても・・・理解される事は決してない。
その脳裏に浮かぶのはずっと、ただ一人の姿だけ。
『―――ああ、くそっ！』
気を抜くと出てしまう【言葉（おと）】で、小さく呟くと緋咲は咥えていた煙草を灰皿にきつく押し付けた。
そんな彼の姿に、同じ部屋にいた者たちが、ビクッとしたように振り返る。
見られている事にも気付かないように、緋咲は普段なら絶対に見せないような顔で、少し長い前髪を苛立つように掻き揚げた。
「カオちゃん！？どしたぁ・・・？」
その尋常ではない様子に、幼馴染みであり、この会社の共同経営者である陣野が声を掛ける。
他のメンバーは、遠巻きにそんな二人を見詰めるだけだ。
「―――あぁ？」
顔を上げた緋咲の視線は、いつもの人の良い仮面が剥がれている。
普段のポーカーフェイスを保てないほどに、緋咲が苛立っているのだと気付いた陣野は苦笑した。
「随分と、荒れてるねぇ・・・」
理由も何となく理解って。
先程まで、電話していた相手と何かあったのだろうという事は、付き合いの長さから想像付いた。
「んで、どうしたよ？良ければ、あっちで相談に乗るよ？」
取り合えず、煮え切ってしまいそうな幼馴染みを慰める為に、場所を移動する。
クィッと指差したのは、応接室だ。
他の奴等には言えない事も、昔から知っている幼馴染みの自分には教えてくれる。
尤も、性格が捻くれていない相手に口を割らせる事なんて、陣野にとっては朝飯前でもあるから、今更だ。
それでも、素直に席を立って動いた緋咲に、陣野は少し驚いた。
何の抵抗も無く、自分の言葉を受け入れる緋咲が、本当に切羽詰っているのだと気付いて―――。
幼馴染みの初恋は、傍から見てると、本気で危なっかしい。
今まで側に居て、こんなにも下手くそな恋愛をするとは、想像もしていなかったから。
逆に羨ましい気もする。
尤も、諸手を挙げて陣野が応援するには、相手が悪過ぎた。
その容姿と生まれだけで、緋咲は望めば全てを手に入れられた。
友人もいるし、女にも不自由しないし・・・お金も持っている。
容姿も男としては上等で、１８０cmを超える均整の取れた長身は、姿勢の良さも手伝って、他の者よりも頭一つ飛び出しているようだ。
青紫の髪は、緋咲にとても似合っているし、母親から受け継いだ北欧系の端整な顔は、女が放っておかなかった。
そう、女に不自由はしていなかった筈だ。
なのに・・・。
なのに、何をとち狂ったのか。
『好きになった奴がいる』
初めてそう告げられた時も、驚いたけれど・・・その相手が男だと告白された時の驚愕は、本当に言葉も出なかった。
自分自身が、性に関しては奔放なので、男でも女でも気に入った相手ならOKだったりしても・・・まさか、緋咲までがそうなのだとは夢にも思わなかったからだ。
幼馴染みだからこそ、陣野の事は許容していたが、自分がその標的になるのはずっと嫌悪していた緋咲が、本当に天変地異の前触れだと全身に身震いが走ったほどだ。
それでも、今までに見た事がないような、途方に暮れた顔で、相談された時には泣けそうになった。
誰にでも壁を作って、心の奥に潜り込ませないような緋咲が、本気で好きになった相手。
『―――あれが欲しい。手に入るなら何でもする。でも、どうすれば良いのか理解らない。俺は、傷付ける事しかできない・・・』
慟哭の様に呟かれた台詞は、今も陣野の胸に響く。
狂ったように仕事に取り組んで、何かを切り捨てるように自分を追い詰めていた緋咲を、酔わせ潰して、聞き出した言葉は、余りにも切なかったから。
最近は、漸く柔らかな雰囲気を醸し出していたから、ずっと上手くいっているのだとばかり思っていたのに・・・。
「・・・俺が、悪いのか？」
机に突っ伏して、頭を抱えている緋咲に、陣野は思いっきり溜め息を零した。
「―――さぁ？」
「平蔵っ！」
「だからぁ・・・それ、惚気？」
冷ややかに言い返すと、グッと詰まった緋咲にもう一度陣野は止めを刺した。
「―――会いにいけば良いじゃん。んで、攫って来ちゃえ！」
「それが、できればっ！！」
「・・・それって、本当に付き合ってんの？」
確認するように問うと、更に沈んだ。
机に齧り付く勢いで、グルグル言っている姿は、手負いの獣のようだ。
ちょっとだけ心が痛むが、原因を知った今では同情も無い。
だから、陣野の口調も辛辣になってしまう。
本当にこんな幼馴染みは知らない。
どんどん人間臭くなっていくのは、良い事なのか、悪い事なのか？
「あー、ゴメンゴメン。」
一応、口先だけで謝ってみる。
それでも、緋咲は復活しない。
余程、付き合っているのかどうかと言う事に自信が持てないのだろう。
「んー、でもバレンタインにチョコは貰ったんだろ？」
何処のガキの付き合い方だ？と笑っちゃいそうなイベントに、陣野は苦笑い付きで言葉を返す。
その見返りに、物凄い人気のレストランの食事と豪華なホテルのチケットを手配した身としては、その後の緋咲のご機嫌な姿もちゃんと覚えているのだ。
因みに同じ行動を、緋咲は去年のクリスマスでもぶちかましていたりする。
毎度毎度、どうすれば良いのか遠回しに探るように聞いてくる緋咲に、陣野は思わず親身になって手伝ってしまっていた。
尤も陣野にとってみれば、その方がその後の緋咲の能力が何倍にも上がり、儲かるから万々歳だったりする。
幼馴染みの関係さえも、お金の輝きには敵わない。
陣野にとっては、この世で一番大事なのは【金（マネー）】で、信頼できるのもまた然り。
物心付いた時から培ってきた精神は、今更変える事も出来ない。
「・・・俺にだけじゃなかったらしい・・・」
ボソリと呟かれた言葉に、アチャーと本気で天井を見上げる。
どうやら、地雷を踏んでしまったようだ。
しかし・・・と思う。
陣野の持っている人脈の中でも、緋咲は本当に１・２を争そう程、お買い得品なのだ。
その庇護を手に入れられるのならば、何でもするという者がそれこそ数え切れない星の数ほど居たりする。
そんな緋咲に、心から愛されて、未だに落ちない人間がいるという事の方が、陣野には驚きだった。
「それって・・・脈ナシ？うわー、有り得ない。相手って、本当に人間？宇宙人じゃないの？それとも、特殊な性癖の持ち主とか？」
「・・・平蔵・・・」
「だってさぁ・・・カオちゃんだよ？幾ら、強引に出れなくてもさぁ・・・あれ？じゃあ、まだ抱いてもないんだ？」
情けない顔で顔を上げた緋咲に、陣野が考え込むように思った事を口にする。
途端に、緋咲の視線が、微妙に明後日の方向に逸れた。
それだけで、陣野には理解ってしまう。
「―――やる事は、やってるんじゃん・・・んで、何で怒ってんだよぉ。」
呆れたように陣野は頬杖を付く。
「・・・理解らないんだ。」
「・・・はぁ？」
そっぽを向いたまま、ボソリと告げた緋咲に陣野は目を丸くする。
「どう思われているのか・・・考えると、この辺がムカムカして・・・」
そう言って、胸の辺りをギュッと掴む緋咲に、陣野は一瞬思考回路が止まりかけた。
何処の乙女の思想だ、それは？―――と、口端まで出掛かった言葉を無理やり飲み込む。
思わず、コーヒーに逃げ場を求めてしまう程、強烈な笑動が、全身をカタカタと震わせる。
だがここで笑ったならば、確実に鉄拳が繰り出されるだけに、必死に押さえ込む。
「―――アイツにとって・・・俺は何番目なんだ・・・？」
だが、人生の悲哀を全て背負っているような沈痛な面持ちで、繰り出された台詞は破壊力が半端なかった。
「―――ぶはっ！！」
等々抑え切れなくて、陣野は盛大に噴出した。
「平蔵っっ！！」
赤くなって怒っている緋咲は怖いが、笑いの発作は鎮まらない。
「ちょ・・・ご・・ごめ・・・ゴホッ・・・なぐら・・・なっ・・・」
慌てて立ち上がって逃げの体勢を取りながら、陣野は息も絶え絶えに訴えた。
それでも、顔は笑ったままだ。
余りにも笑い過ぎて、涙が出た。
「―――歯ぁ、食いしばれ・・・」
フルフルときつく握られた緋咲の拳が、出番を求めて持ち上げられる。
万事休すのその状態で、泣き笑いの表情を浮かべながら陣野は逃げ回った。
「・・・あのぉ・・・お取り込み中、すみません・・・緋咲サン。」
カチャッとドアが開いて、救いの手が差し延ばされた。
ドアから顔を出したのは、資材担当の土屋だった。
「なんだ？」
何事も無かったかのように椅子に座って、緋咲は土屋の言葉を待った。
後ろでは、新たなる笑いの発作に侵されている陣野が、壁にへばり付いたままだ。
「―――電話です。１分以内に取り次がないと、社長が困った事になるって言ってます。」
「あぁ？誰だ？」
「・・・あー、天羽様だとか・・・」
土屋の言葉が言い終わらない内に、緋咲は椅子から立ち上がった。
そのまま、ずかずかと歩いて応接室を出ると、自分の席の受話器を取り上げる。
「―――もしもし・・・」
物凄いぶっきら棒な声で、緋咲は電話に出た。
『・・・あぁ。５８秒。ギリギリだな。』
「お前・・・何の為に電話なんか・・・」
『んー？俺たちの天使を哀しませた罰？』
「あぁ？何、フザケテ・・・」
『―――緋咲くん？』
受話器から聞こえてきた声に、緋咲の動きが止まった。
『あの・・・まだ、怒ってる？さっきは、ごめんね・・・携帯に電話しても・・・切ってるから・・・』
小さな声は、くぐもって・・・今にも消え入りそうで・・・。
『・・・拓ちゃんが悪い訳じゃないだろ？いきなり、思い付いたように言ってくる緋咲が悪いんだよ・・・今日の事は、もう一ヶ月も前からの約束だろ・・・』
『でも・・・』
『あー、天羽っっ？！何処、電話してんだぁ？！拓ちゃん、早くこっちおいでよっ！！』
『あのっ・・・明日、―――明日なら大丈夫だからっ・・・！』
『ほらー、主役がいなきゃ話にならないって！！』
受話器の先で、色々な声が飛び交う。
必死に告げる拓の声が、賑やかな声に飲み込まれていく。
緋咲は思わず受話器をきつく握り締めた。
『―――緋咲』
叩き付けて切ろうとした前に、静かな声が聞こえて、思わず手が止まる。
『・・・バレンタインのお返しだ。あの時、俺たちがどんな気持ちだったか、理解ったか？簡単には拓ちゃんは渡さないから・・・』
綴られる言葉の真摯な響きに、緋咲は全身の血が沸騰するかと思った。
そんな事は言われなくても理解っているのだ。
今度こそ、緋咲は無言で受話器を叩きつけた。
怒髪天を突くの勢いで、椅子にどっかりと座ると、胸ポケットから煙草ケースを取り出してそのまま咥える。
愛用のジッポで火を点けて、二度ほど空吹かしすると・・・俯いて黙りこくった。
「・・・カオちゃん・・・？」
戻ってきた陣野が、恐る恐る声を掛ける。
緋咲の背負っているオーラの色が、半端なく強かったからだ。
眉間に眉を寄せて、目を閉じた緋咲が何を考えているのかは、陣野にも理解らなかった。
だが、受話器を叩きつけた剣幕は、相当の怒りだろうと思うから。
「あいつ等・・・上等だ。」
やがて顔を上げて、瞳を開いた緋咲の目には、強い意志が宿っていた。
わざと、この日に標準を併せてきたのだ―――と、緋咲は確信したのだ。
やられた分はやり返す・・・売られた喧嘩は、買わなきゃ駄目だ。
どうせなら、３倍返しにしてやろうではないか。
人の良い拓の性格を逆手に取られた腹いせは、もっと見せ付けてやる事で返してやる。
「・・・平蔵。今月の末から休み取るからスケジュール調整してくれ。そうだな、一週間程、海外に雲隠れするから。」
「・・・はぁ？」
「こうなったら、他の奴等の手の届かない処で・・・あいつに俺の本気を分からせてやる！」
真面目な顔で言い切った緋咲の言葉に、陣野は付いていけなくて、口をあんぐりと開けてしまう。
因みに、今日は３月の１４日で・・・今月末と言うのは、間違いなく年度末決算で。
ただでさえクソ忙しい時期に、雲隠れすると言い切ったのは、この会社の紛れも無い社長で・・・。
「―――あほかーーーっっ！！」
思わず、叫んだ陣野に罪はない。
今でさえ、ここ最近は毎日の様にスケジュールが詰まっていると言うのに、余りの無茶ぶりに、思考も固まる。
大好きなお金の計算が、一年の結果として出てくる大事な時期なのに、一番の稼ぎ頭がのたまった台詞はとんでもなく破天荒なものだった。
「そんな事、出来る訳ないだろ？！唯でさえ、この時期は決算に併せて新年度の契約更新とか・・・新規開拓とか・・・」
「んなの、俺がいなくても出来るだろうが。」
「―――出来るかっっ！！」
「あぁ？出来ないのか？」
パニック状態の陣野が喚くと、緋咲の鋭い視線が突き刺さる。
「お前の能力はそんなもんなのか？」
見下ろされるように言われて、陣野はカッと瞳を見開いた。
「―――ハッ？！俺様に出来ない事なんてある訳ないだろっ！！」
「だよな。」
売り言葉に買い言葉で、思わず言い切ってしまった陣野は、次の瞬間、したり顔で嗤う緋咲に気付いて、がっくりと肩を落とした。
「・・・じゃあ、頼むな。まぁ、ギリギリまでは動いてやる。」
そう言うと、緋咲は机の上に山と積まれた書類を手に取った。
それは、この話はもう終わったという緋咲の態度でもある。
これ以上何を言っても無駄だと知っている陣野は、スゴスゴと自分の席に戻った。
手元の書類を片付けながら、緋咲の思考は沈んでいく。
脳裏に浮かぶのはいつも泣きそうな拓の顔。
本気で泣かせたい訳ではないのに・・・見たいのは笑顔なのに。
今まで付き合ってきた女たちとは、性別だけでなく・・・その本質さえも違うから。
だから―――その心が理解らない。
何を差し出せば、その心を手に入れられるのか？
拓は、金にも物にも釣られない。
好きだと言いながら、その口で他の者も大事だと綴る。
自分を焦らしているのかと思えば・・・それが、天然で。
当然の様に、拓の周りの連中も許容している。
その存在さえあれば・・・他には何もいらない連中ばかりで。
不思議な【存在（もの）】。
なのに、側にいる瞬間の居心地の良さは、他の誰が相手でも敵わない程、心を満たす。
それは、産まれて初めての衝撃。
今までの自分の全てを覆されてしまった。
欲しいモノは、何でも手に入れてきた。
放っておいても、相手の方から近付いてきたし・・・そこに心は要らなくて。
どんな淑女でも、最後には自分の手中で淫らに乱れていた。
全部の女がそうではなくて・・・たまたま自分の側に寄ってきた者たちがそうなのだとしても・・・ここまで靡かない相手は初めてだから。
培ってきた自尊心さえ、ボロボロにされてしまった。
溺れているのは、自分の方なのだろうか？
思考の淵で、そんな自分を嘲る様な過去の自分がいる。
それでも、知ってしまった今では、過去に戻ることは出来ない。
渇望と欲望と切望に苛まれようとも・・・この心を捨てる事はもう出来ないから。
後は、奪うしかない。
その全てを―――自分のモノにする為に。
その身も心も・・・何もかも。
―――本当に覚悟を決めなければならないのは、どちらなのだろうか？
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